エピローグ

終焉の旅の始まり

「大魔神様。申し訳ありません」


 魔神軍師の謝罪の言葉が、暗闇に覆われた王城の間に響く。

 かしずく魔神軍師は、言葉を口にしながら、その相貌に畏怖と覚悟を滲ませていた。


「この度の敗戦、責任は儂にございます。魔王たちの軽率な作戦に乗り、人間との戦いに望んだことが、今回の敗戦を招く結果となりました。いかなる処罰も、覚悟の上でございます」

「・・・・・・なるほど。殊勝な心がけだな」


 静かな声で、大魔神は問う。

 声は、怒っているとも落ち着いているともとれる。


「お主が今回の戦いの責任を取る、そう言いたいのだな」

「はい・・・・・・」

「ならば、お前が取るべき責任は一つだ。次の戦いこそ、魔物が勝つように必勝を期せ。それがお前の取るべき行ないだ」


 大魔神がそう言うと、その言葉に、魔神軍師は心底驚いた様子で顔を上げる。

 そして、珍しくその言葉に動揺を込めた。


「し、しかしそれでは、他の者に――」

「示しをつけねばならぬ、というならば無用だ。そもそも、魔王たちの口車に乗ったのは我だ。忘れたか? 貴様が処罰を受ける必要などない。それに・・・・・・」


 言いながら、大魔神は嘆息する。


「魔王、魔神を見渡しても、知恵者はお主を含めて数名しかおらん。そしてお主は公明正大だ。そんなお主をここであっけなく処分しては、いつまで経っても魔物の世は来ない」

「・・・・・・わかり、ました」


 大魔神の言葉に、魔神軍師は恭しく頭を下げる。

 そして、誓う。


「儂も、この後は身命を賭して、魔物に勝利をもたらしましょう。寛大な処置を、ありがとうございます」

「うむ。まだ、戦いは終わったわけではない」


 そう言って、大魔神は笑うわけではないが、目を細める。


「これから、真の戦いが始まるのだ。それを、楽しもうではないか」


 その言葉には、ただ楽しいと言う感情ではなく、それ以上に強い戦意が宿っていたのだった。



   *



「まったく。大大陸の人間は、馬鹿しかいないのか?」


 辟易とした様子で、そう口を開いたのはシグだ。

 彼の言葉を聞いているのは、同僚のハマーとヴィスナだ。

 すぐ横に控えていた彼らは、その言葉に失笑する。


「馬鹿、と言うよりも考えが浅はかだな。普通こんなことしないだろ」

「そうだね。かなり、俺らも面食らったよ」

「浅慮、と難しく言う必要はないと思う。実際馬鹿だし」


 口々に、そう三人は辛辣な言葉を寄せる。

 批難の矛先は、大大陸にある三つの大国に向けられてのものだった。

 魔物との大戦を制し、その団結力と強さを見せた人類であったが、直後、予想外のことが起こった。

 戦いを終えたばかりのリドニーク帝国が、終戦後に何やら口実をつけて、他の二ヶ国に対して宣戦したのである。

 帝国は瞬く間にインシェーニ王国とポリスピア共和国の要衝を落とし、一気に領土を侵攻していった。

 それに、王国と共和国も黙っていなかった。

 彼らは反撃と迎撃に出ると共に、別のルートから逆に帝国領内を侵犯し、戦いを止めるどころか激化させる行動に打って出た。

 防戦に乗じ、他の箇所を奪い取ろうとしたのである。

 これにより、三ヶ国の結束は一瞬で消え、再び抗争を繰り広げる状態になってしまっていた。


「でも、そんな馬鹿も見過ごしてはいられない。だから、今回の特使の任が連合国に要請された」

「分かっている。それぐらいのことは。それについて文句を言うつもりはない」


 ヴィスナの言葉に、シグは頷く。

 いったんは魔物を退けた人間側だが、しかしそれも一時的なものにすぎない。

 まだまだ、人間には結束を続ける必要があり、それを続けなければ、魔物に隙を突かれる可能性はおおいにあった。

 よって、戦争を止めるための特使が、南方諸国家の要請によって、派遣されることになったのだ。

 大国へ向かうその一団には、シグも同行することになっている。


「留守のこと、というかリーグ王子たちを頼んだぞ」

「分かっている。お前も気をつけて」


 そう言葉を交わしていると、横手に目を向ける。

 そちらの方から、待っていた人物がやって来るのが見えた。

 ルシラとラートゲルタである。


「待たせたな。そろそろ出発するぞ」

「了解です」

「うむ。ハマー、ヴィスナ。リーグのことをくれぐれも頼む」

「お任せください」

「姫様も、道中お気をつけて」


 ルシラの声に、ハマーとヴィスナは言葉を返してこの場を去る。

 大国へ赴く特使の代表には、ルシラが選ばれていた。

 また、彼女の他に、セルピエンテの騎士や知恵者、そしてマクスブレイズの面々も加わって、特使団として大大陸三ヶ国に、直接交渉に出向く手はずとなっている。

 そして、その中には意外な者たちも同道することになっていた。


「あ、シグ!」


 その声に、シグはすぐに振り向く。

 目を向けた先では、旅装束に身を包んだ、顔なじみの小柄な少女の姿があった。


「サージェか。どうした?」

「探したよ。なんか、ルメプリアちゃんが呼んでいたよ」

「・・・・・・聞かなかったことにしておく」


 サージェの言葉に、シグは嫌な顔をしてそっぽを向く。

 それに、サージェは首を傾げる。


「どうして?」

「さっき、たまたま聞いたからだ。あの精霊様、ヘイズ姉妹とスネールの四人で、なんか芝居を打つつもりらしい。要するに、俺に悪戯を仕掛ける気だ」

「そ、そうなの?」


 尋ねると、シグは頷く。

 先ほど、シグはたまたま彼女らの会話を聞いたのだ。

 その場は無視したが、内容をしっかり聞き取った彼は、その手には乗らないという腹づもりであった。


「あの三人、今回同行を許されたのを不思議に思わなかったか?」

「三人? あぁ、スネールちゃんたちのこと?」

「あぁ。どうも、あの精霊様が一枚噛んでいるらしい。どうもあの四人、最近仲が良くてな・・・・・・」

「シグ。ここにいましたか」


 苦い顔で語る彼に、気づくとエヴィエニスもやってきた。

 今回の特使には、一部練想術士も同行することになっている。

 エヴィエニスやサージェらもその一員なのだ。

 そんな彼女が、何やら気難しい顔で、シグたちに近づいてきた。


「貴方に、言っておくことがあります。ルメプリア殿とスネールたちに注意してください」

「え? どうしたの?」

「あの四人・・・・・あぁ、他にヘイズ姉妹もいるのですが、彼女たち、貴方に何かドッキリを仕掛けようとしていたようなのです。さっき、それがバレて、マリヤッタ殿に説教を受けていました」


 その言葉に、シグはあきれ顔をし、サージェは口を半開きにして固まる。

 エヴィエニスはというと、頭痛にでも悩まされているような様子だ。


「彼女たちは執念深そうですから、今後も気をつけてください。一応、忠告しておきます」

「分かりました。そうします」


 シグは、彼女の忠告に素直に頷く。

 と、そんな中でふとサージェは気になることがあった。


「ところで、あの四人は何をさせようとしていたの?」

「・・・・・・どうも今日の宿の部屋を、私とサージェと三人の相部屋にしようとしていたそうです」


 苦い顔で、エヴィエニスは語り出す。

 そこまでならば、まだいい。

 三人のかつての関係をしれば、それはちょっとした気遣いとも思える。

 問題はその後だ。


「その上で、部屋を閉じて密閉し、でれなくなったところで何かを投入するらしかったのですが、それ以上は分かりません。何か、ろくでもないものとは思いますが」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 その言葉を聞き、二人は閉口する。

 流石に、ドッキリにしてもたちが悪い部類だった。

 きっと、ろくな事にならないだろうことは目に見えている。


「ふむ。気になるな。何だったか聞いてみてはどうだ?」

「姫様~。首を突っ込んではいけませんよぉ?」


 思わず、話の内容が気になった様子でルシラが口を挟んできたが、それをラートゲルタが止めて、引き離しにかかる。

 何故引き離すのだ、とルシラは文句を言うが、何気なく聡いラートゲルタが、話の内容からいろいろと察したようだ。

 現に、エヴィエニスがシグに、密かに耳打ちする。


「シグには言いますが、投入しようとしたのはやばい香料のようです」

「・・・・・・あいつら」


 一体、何がどういう意味でやばいのかはともかく、シグはいろいろと察しがついたのか、頬を引き攣らせる。

 悪戯である以上、それがもたらす効果は普通のものではないだろう。

 これ以上は言えない。

 こっそり話すシグとエヴィエニスに、サージェは不審そうな顔をする。


「今、なんて言ったの?」

「なんでもありません」

「何でもない。ほら、行くぞ」


 質問に、二人は答えることはしない。

 おそらく、サージェにはまだ刺激の強い話だろうからだ。

 そうして、話を避けるように、二人は歩き出す。

 向かう先は、ルシラたちが向かった、特使団の集まっている先だ。


「あ、ちょっと待ってよ! 置いてかないで」


 二人が先に進んでいくのを見て、サージェは慌てて後を追う。

 疑問を抱きながらも、それ以上に二人において行かれるのは嫌だった。

 サージェが慌てて追った後、三人は並び、そして特使団の元へ向かう。

 微笑ましいが、思えば少し前までは、来る日が来るとは思わなかった光景でもあった。



 こうして、シグたちはルシラの護衛と団の一員として、大大陸を巡る旅に出ることになる。

 が、これが長い長い旅の始まりになるとは知るよしもなく――

 時代の一つの終焉の旅になることになる、というのはまだ先の話であった。

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神の熾火のバーレイグ~終わるセカイと練想術士~ 嘉月青史 @kagetsu_seishi

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