102.ヒトの強さと魔物の弱さ

 竜人は疾風となり、瞬く間に間合いを詰めてくる。

 彼我の距離が消滅した瞬間、シグは踏み込んで竜人へ斬撃を叩き込む。風切り音を伴って奔った斬撃は、しかし竜人の鋭い爪と弾き合い、いなされる。

 体勢を崩しかけたシグは、そのまま斜めへ転がるようにして次の攻撃を回避、狙いどおりに竜人の爪の斬撃は空を切る。

 位置を立ち変えた両者は、振り向きざまにそれぞれ剣と爪の斬撃を繰り出す。

 両者の刃はぶつかり合い、火花を散らして両者を弾く。

 弾かれるや、二人は再び肉薄し、鬩ぎ合う。

 しばらくは、その繰り返しと攻防が続く。

 細かな斬撃の機動と攻撃の速度に違いはあるが、両者は繰り返し同じ手札で鬩ぎ合う。

 序盤の牽制戦は、相手を推し量るとともに、相手の隙が出来る瞬間を待つ。

 その鋭く激しい攻防に、周りの兵士たちは割って入る事はできない。

 魔物たちもまた同様で、一方で魔王と互角に鬩ぎ合うシグに対しての驚嘆が、彼らにはあった。

 そんな中、両者の攻撃が衝突し、今度は弾き合うことなく競り合う。

 至近距離での交錯、それにシグとトニトルスは視線をぶつけ合う。


「ふん。人間にしてはやるな!」

「それはどうも」


 仮面の笑みを浮かべ、シグは鍔迫り合いを嫌うように、膝蹴りを叩き込む。

 それを見たトニトルスは、後方へ退き、両者の距離は開いた。

 間合いが開き、二人は再度にらみ合う。

 そんな中で、シグはふと周囲の空間の変質を察する。

 その違和感を覚えた直後、シグは警戒して後方へ飛び退く。

 それは、賢明な判断だった。

 次の瞬間、空間が歪んだ後に爆裂し、暴風が周りに吹きすさぶ。

 爆心地にいれば肉体が砕けていただろう破裂に、シグはぞっと悪寒を覚えた。


「ほう。今のを躱すか。やるな」


 一方で、トニトルスは攻撃を躱したシグを賞賛する。

 不可視の攻撃は、普通の人間相手ならば必殺であったことだろう。

 それを躱したことに、トニトルスは素直に賛辞を送る。

 一方で、シグは相手がまだ攻撃手段を隠し持っていることに内心驚きつつ、これ以上は余力を残して戦うべきではないと判断する。

 瞬間、彼の光に炎が宿った。

 蒼い炎が瞳と全身から噴き上がり、それを見たトニトルスが目を見開く。


「・・・・・・なんだ、それは?」

「これから死ぬ奴に教える意味はない」


 素っ気なく言い放つと、シグは地面を蹴った。

 戦闘はいよいよ本番に入る。

 蒼い残影を置き去りにしたシグは、ぎょっとする相手の懐まで侵入すると、鋭く強烈な斬撃を叩き込む。

 その斬撃に、トニトルスは躱そうとするが間に合わず、肩口から腹部を切り裂かれる。

 血飛沫が舞う中、トニトルスは後退し、空間を歪めて攻撃しようとする。

 だが、それを呼んでいたシグは、一瞬の停滞の後にトニトルスの横へ駆け、そして背後へ回り込む。

 爆風が前方で流れる中、シグは背後から斬りかかる。

 振り向きざま回避を図るトニトルスは、深手こそ負わないまでも、やはり回避仕切れずに負傷し、後退する。

 攻撃を立て続けに受け、トニトルスは不利を悟ったのだろう。

 奴は攻撃を避けた後、上空へと飛翔し、続けざま肉薄したシグの斬撃を躱した。

 上空から、血をこぼしながら見下ろしてくるトニトルスに、シグは視線を持ち上げる。


「降りてこい」

「ふん。落としてみせろ」


 空へ逃げた相手を憤るシグに、トニトルスはそう言って、口腔を開く。

 次の瞬間、その口腔から火の砲弾が射出された。

 迫る火竜弾に、シグは横へ躱し、相手をどうやって落とすか考える。

 一方、トニトルスは上空から一方的に、シグを攻撃し始めていた。

 卑怯に見えるが、これは殺し合いの戦場――命を懸けた戦いに、卑怯の二文字は存在しない。

 生き残った方が勝ちなのだ。

 それを体現するかのような攻撃に、シグは苦戦を余儀なくされた。

 空から一方的に攻撃しながら、トニトルスはシグの消耗を狙う。

 スタミナが尽きたところで襲いかかれば、勝機は自分にあると踏んでいるのか、今はひたすらに、奴は上空から攻撃を続けていた。

 が、そんな彼の領域を、犯す者がいた。

 突然背後から飛んできた刃に、トニトルスはぎょっと避ける。

 それを躱した直後、今度は大量の矢が降り注ぎ、トニトルスは空間を圧縮してそれを吹き飛ばす。

 突然の攻撃は、この場に駆けつけた増援、エヴィエニスとアダルフら亜人の攻撃だった。

 彼らの奇襲、戦いの介入を想定していなかったトニトルスは、思わず体勢を崩して低空へ下がる。

 その瞬間を、シグは見逃さなかった。

 こちらへ背を向けた彼に、シグは速攻で迫り、その翼に斬りかかる。

 次の瞬間、翼は両断され、魔王は地面へ失墜する。

 地面に叩きつけられたトニトルスは、勢いよく着地するシグを睨んだ。


「おのれ・・・・・・増援か!」


 そう呟き、魔王はそちらを睥睨する。

 やってきたのは、サージェとエヴィエニス、それにアダルフら亜人の部隊だ。

 その中で、アダルフは部下に即座に魔王を囲むように指示を出し、犬頭の亜人たちは素早く疾駆してトニトルスの退路を断つ。

 その動きを見て、トニトルスはまだ包囲が出来ていない方向へ逃げようとした。

 しかし、それも狙いの内であった。

 次の瞬間、トニトルスが逃げ込んだ方向で爆発が生じ、爆炎がトニトルスを襲う。

 烈風と灼炎に襲われたトニトルスは、それを受けて元来た道を転がる。


「シグ、今だよ!」


 攻撃を繰り出したサージェがそういう中で、神の熾火の力を纏うシグは、魔王へ迫る。

 そして、相手が振り返りざま繰り出す爪の斬撃をいなし、返す刃でその側を切り抜ける。

 血飛沫が舞い、魔王は倒れる。

 同時に、魔王はシグを睨んだ。


「おのれ・・・・・・何故だ? 何故我らが人間などに負ける・・・・・・!」


 悔しさと怒りを伴わせた声で、魔王は言う。


「くそ・・・・・・あの兵器と、亜人どもさえいなければ、我らが勝って・・・・・・」

「それは、副次的なものにすぎないな」


 もう立てそうにない魔王に、シグは近づきながら言う。


「お前たち魔物は個としては強い。だが、力に劣る人間は、それを補うための行動が取れる。違う国家や種族と共闘でき、また協力して新たな武器を作った」


 そう言って、シグは脚を止める。


「それが分からないうちは、魔物は人間には勝てないだろうさ」

「・・・・・・なるほど。それが理解出来ていれば、我らにも勝機はあったのだな」


 シグの言葉に、やけに素直に魔王は認める。

 これに、周囲の一部が眉根を寄せる。


「我を倒す褒美に教えてやる。確かに、人間は変われる強さを持つ。だが、変われるのは、人間だけではない」


 そう言って、トニトルスは口角を持ち上げる。


「やはり、魔物たちの世が来るのは、近い」

「・・・・・・ご忠告、痛み入るよ。だが、残念だが、魔物の世が来ることはない」


 そう言うと、シグは剣を持ち上げる。

 そして、振り下ろした瞬間、竜人の魔王の首は刎ね飛ぶのだった。



 ここに、大大陸各地で繰り広げられた、人魔大戦の幕は降りる。

 だが、これがあくまで一次だったと人間が知るのは、また後の話である。

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