7. 生徒会室無血開場

 やはり……というか当然と言うべきでしょうか?

 わたしの危惧していた事は現実のものとなりました。

 生徒会の人事に不服な学生たちがとうとう決起したのです。


 と言うか……もともとのメンバーの中で役職の入れ替えをしただけなんで、当たり前と言えば当たり前ですよねぇ……ハァ……。

 とにもかくにも、学園内は騒然。反生徒会派の学生たちが示威行進を始めたのです。


「現生徒会を解体しろ!」

「江戸会長を許すなぁ!」

「会津は後任を辞退しろぉ!」


 各々がプラカードやら横断幕やら、果ては竹刀やバットまで持っている学生まで居る始末。

 デモというより、もはや暴動に近いですよ、これ!

 それにわたしまでもが標的にされてしまってます。


「え、ええ、江戸会長ぉぉぉ! ど、どうしましょう! こ、こ、これ……」

「落ち着きなさい、アイちゃん。それに今の会長は貴女よ。もっと毅然とした態度で自分たちの正当性をアピールしなければ、連中の思うツボよ」

「そ、そんなこと言われても……」


 てか、何でこの人はこの期に及んで、こんなに落ち着き払っていられるのでしょう?

 今にも暴徒と化した学生たちが、ここ生徒会室に迫って来てると言うのに……。


「バ、バリケードでも作って、徹底抗戦の構えを取りましょうか?」


 他の生徒会役員が青い顔をして机を運ぼうとしてます。それでバリケードを作ろうというつもりなのでしょう。

 けれど、江戸会長は首を横に振ります。


「そんな事をして何になる。学校の備品を壊してしまうだけだろう。一台で二万近くもするんだぞ? それこそ経費をドブに捨てるようなものだ」


 そっちの心配ですかぁ⁉︎

 自分の身に危険が迫っているというのに、それでも学園第一なのは尊敬に値しますが……わたしは備品や経費よりも自分の身の方が大切ですよぅ……。


「アイちゃん……いや、会津会長。よく聞きなさい」

「はい?」


 江戸会長はわたしの肩をポンと叩いて、半泣き状態になってる目をジッと見つめました。


「何度も言うけど、今の生徒会長は貴女なのよ? これが何を意味するか分かってる?」

「え? えっと……」


 頭をフル回転させて、ありとあらゆる知識を総動員してみましたが、やはりわたしには彼女の意図する事が皆目見当もつきませんでした。


「いい? 貴女には今、この生徒会における全ての決定権があるの。つまり、この生徒会をどうするかは貴女次第。私の首を差し出して恭順の意を示すも良し。誰も貴女には逆らわない」

「そ、そんな……!」


 首を差し出すとはまた古風と言いますか、大袈裟な物言いですけど、要するに江戸会長に全責任を負わせる……という事なのでしょう。

 でも、わたしがそんな事を出来る筈もありません。

 誰よりも憧れて、誰よりも尊敬する彼女を売るなんて事……本人がそうしろと言っても絶対にわたしは拒みます。


 でも……だったらどうするか……。


 わたしは考えました。

 きっと、これまでの人生でこの時ほど思い悩んだ事も無かったでしょう。

 そして、ある決断をしました。


「江戸会長を出せぇ!」

「奸賊を許すなぁ!」


 生徒会室に暴徒と化した学生たちの声が聞こえて来ました。もう間近に迫っているようです。

 わたしは一度、深呼吸をすると生徒会室から廊下に出ました。そして徐々に近づいて来る群衆と対峙します。


「聞いてください!」


 お腹の底から、ありったけの声で呼びかけると、暴徒たちの足がピタリと止まりました。

 その中から、人混みを掻き分けるようにして薩摩さんと長州さんがわたしの前に現れ、背の低いわたしを黙って見下ろします。


「生徒会室は……皆さんに明け渡します」


 この言葉にどよめきが起こりました。でも、薩摩さんが僅かに片手を挙げると、再び沈黙に返ります。

 まさか、薩摩さんがここまで反生徒会派の中で力を持っていたとは……。

 その迫力に思わず飲まれそうになってしまいましたが、ここでわたしが怖じ気づいてはいけません。


「江戸さんは……これまで事を反省し、もう生徒会には一切関わらないと誓っています。わたしも……わたしも後の事は皆さんにお任せしようと思ってます」

「ほう……」

「でも! これ以上、江戸さんや他の生徒会の人たちに危害を加えるような事はしないと誓ってくれれば……の話です。その為なら、わたしはどう扱われようと構いません。もしも、それが誓えないと言うのなら……」


 ここまで言って、わたしは膝がガクガクと震えて来ました。

 言うのが怖い。怖くてたまらない。

 でも、わたしが現状では生徒会の代表なんです!

 どんな事があっても、この条件を飲んで貰わなきゃ……わたし自身が納得できないんです!


「誓って貰えない場合は、わたしが許しません! どんな手を使ってでも、わたしが罰を下します!」

「ふふん……。ごごし(大仰な)物言いでごわんどなぁ。面白か」


 薩摩さんは鼻で笑っていますが、それでもわたしを見下ろす目は木枯らしのように冷ややかでした。


「よか。そん約束は守りもんど」

「しかし……あんたには借りがあるからね……」


 長州さんは挑むような目を向けて、つっと口もとを歪めました。


「今し方、自分で言ったろう? ……ってさ」

「か、覚悟の上です……」


 精一杯、虚勢を張ってはいましたが、心の中では不安と恐怖でいっぱいでした。


 これをもって事態は収束しました。

 学園は平和を取り戻し、生徒会のメンバーは一新され、それぞれがこれまでと変わらない普通の生活を送れるようになったのです。


 ただ一人……。

 わたしは長州さんから恨みを買った事によって不遇な日々を送る事になるのでしょう。

 それでも……江戸さんを恨んだりはしません。彼女は今までと変わらず、わたしにとって憧れの先輩なのです!

 とはいえ……これからの事を考えると憂鬱なんですけどねぇ……ハァ……。



 完


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アイちゃんが語る維新学園顛末記 夏炉冬扇 @tmatsu

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