6. 体制交換

 あれだけ険悪だった薩摩さんと長州さんが土佐さんの仲介で手を結んでいたという事実には、わたしはもちろん、江戸会長ですら知る由もありませんでした。

 決して慢心があったわけじゃないんですけど……。

 いえ……生徒会への風当たりが弱まっていた事で、やっぱり油断があったのかもしれません。


 薩摩さん達は密かに校内で『生徒会の咎』という物々しい表題をつけて、ある事ない事、わたしたち生徒会の所業を一つ一つ解いて周り、さらに署名を集めるなどして、いつの間にやら自分たちの勢力を巨大なものにしていました。

 わたしも所々で不穏な動きを掴んでは、会長に報告はしていたのですが……。


「捨て置け。京学長もこれ以上、騒ぎを大きくして貰いたくないと仰っているし、連中が騒いだところで、寧ろ我々の方に連中を罰する為の大義名分があるというものだ。奴らが騒ぎ立てれば騒ぎ立てるほど、墓穴を掘っているだけに過ぎん」


 と言って、取り合おうともしませんでした。

 まあ、会長の仰る事も分かるんですけどね……。

 それでもわたしは一抹の不安を拭い去る事が出来ませんでした。


 そして……そのわたしの不安が現実のものになる日がとうとう来てしまったのです。


「か、か、会長ぉぉぉぉ‼︎ 一大事! 一大事ですぅぅぅぅ‼︎」


 わたしは京学長から一枚の紙切れを受け取ったのですが、その内容に目を通すなり半狂乱で生徒会室に駆け込みました。


「アイちゃん、どうした? 騒々しい。あと、廊下は走ってはダメだぞ?」

「あ、はい。そ、そうでした! わたしとした事が……申し訳ありませ……じゃなくてですね! 一大事なんですよぅ‼︎」


 わたしは今にも泣き出しそうな声をあげて、京学長から手渡された紙切れを会長のデスクに叩きつけました。


「これは……?」


 会長はその紙切れに目を通すと、やがて眉を寄せ、唇をギュッと噛んで口惜しさをあらわにしました。


「バカな! 私に会長の座を降りろと⁉︎」


 それは京学長からの通告書でした。

 学長の仰るには、会長の校則違反により学園内の生徒会に対する反発が非常に強くなっており、このままでは学園の規律が保てなくなる。事態収拾の為、騒動の発端となった江戸会長は会長職を後任に譲れ……というものだったのです。


「会長! 薩摩さんたちが裏で糸を引いてるのは明らかですよ! 抗議しましょう!」

「いや……だとしても先手を打たれた以上、我々が抗議するだけ、京学長は余計にこちら側の非を責める事になるだろう」

「そんな……! わたしは認めませんよ! こんなの理不尽です! 一方的過ぎます!」


 けれど、会長は表情を曇らせたまま、首を縦に振ろうとはしませんでした。

 確かに会長の処分に関しては、京学長の判断がつき兼ねているというだけで先延ばしになっていただけですし、いずれはそのお達しが来るものだと覚悟はしてたつもりです。

 でも! 江戸会長に就任しろだなんて話、わたしには到底容認できませんよ!

 あってはならない事です。

 それでも江戸会長はやっぱり江戸会長でした。


「生徒会と反生徒会派の争いも膠着状態だっただけに過ぎん。それが動き始めた以上、勢いはこれまでとは比べ物にならない。奴らは津波のように押し寄せて来るだろう。そんな事が学園内で起こるのは私も本意ではない」


 ああ……そうでした……。

 わたしと来たら、江戸会長の立場ばかりを気にして、学園の生徒たちの事をまるで考えてませんでした。

 生徒会は学生たちの学園生活を守るためにあるもの。

 生徒会長である江戸会長は、この状況でもその事を忘れてはいなかったのです。

 会長の仰った事で目を覚ましたわたしは自分が情けなくなってしまいました。


「何を泣いている。アイちゃんが泣く必要もないだろう?」

「え? あ……」


 どうやら自分でも気がつかないうちにわたしの目から涙が溢れていたようです。

 会長はそんなわたしを優しく抱擁し、頭を撫でてくれました。

 わたしは会長の胸にすがり、彼女の制服を涙で濡らしたのでした。


 やがて……。


「う……あわわっ! す、すいません!」


 ひとしきり泣き尽くすと、わたしは今の状況が急に恥ずかしくなって来て、慌てて会長から離れました。

 だ、だって、会長の胸で泣いてたんですよ⁉︎

 憧れの会長の胸で……。

 もう幸せ……じゃなくて、失礼じゃないですか! ええ! とんでもない粗相です!

 決して「ずっとこのままで居たい」なんて思ってませんでしたよ!

 嘘じゃないです!


「気が済んだか?」

「あ、は、はい! 失礼しましたぁ!」


 分度器で測ったくらい正確に体を九〇度に折り曲げて頭を下げるわたしに会長はクスッと笑いました。

 そして予想だにしなかった、とんでもない事を言い出したのです。


「では、私の後任はアイちゃん……貴女に任せるとしよう」

「は……?」


 わたしは目が点になっていました。

 そりゃそうですよね? わたしの聞き間違いじゃなければ、江戸会長はわたしに会長職を譲ると仰ったんですよ?


「い、いやいやいや! 何を言ってるんですか⁉︎」

「だから、私の後任をアイちゃんに任せると言っている。京学長のお達しは『後任に譲れ』というものだ。ならば、会長職をアイちゃんに譲り、私はアイちゃんを補佐する形で顧問という立場を取る。それならば京学長も文句は無かろう? つまり体制交換だ」


 確かに文面からすると、京学長の指示内容は飽くまで江戸会長が会長職から退き、後任に譲れというものですけど……江戸会長は単に生徒会内部て役職の入れ替えを行うという考えのようなのです。


「い、いや、でも……わたしなんて無理ですよ! 荷が重過ぎます!」

「だから、私が補佐すると言っている。大丈夫。これまでも懸命に働いてくれたアイちゃんだ。私としては後任に最も相応しいと思うぞ?」

「そ、それは嬉しいのですが……」


 何だか、なし崩し的にわたしが後任という事となってしまいました。

 わたしに会長職が務まるのかという自信はもちろんなのですけど、それ以上に……反生徒会派がこれで納得するのかという方が不安でした。



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