5. サッちゃん同盟

 とりあえず温情という形で、長州さんへの謹慎処分は撤回されましたが、あれから薩長さんと長州さんは随分と険悪なムードになっていて、お互いに目を合わせる事もしない程になってました。

 ともあれ、反生徒会派はわたし達が意図せずして分裂する形となり、このまま徐々に鎮火していくだろうなぁと少しだけ安堵していたわたしです。


 そんな中、わたしは状況報告の為、江戸会長の待つ生徒会室へと軽い足取りで向かいました。


「些細、了解した。アイちゃんはどうやら京学長からも頼りにされてるようだな。こちらとしても大いに助かる」

「えへへ……」


 会長からのお誉めの言葉。

 ついつい相好が緩んでしまいます。


「長州さんはあれ以来、大人しくしてるみたいですし、薩摩さん達にも目立った行動はありません。ただ、依然として気を抜く事は出来ない状況ですから、会長もしばらくは……その……」


 言いかけて口ごもってしまいました。

 本当は「目立たないよう自重してください」と言いたかったんですけど、さすがに面と向かっては言いづらくて……。

 そんなわたしの意図を汲んで頂けたのか、会長は穏やかな笑みを浮かべて「分かってるよ」と頷いてくれました。

 ああ……やっぱり会長は賢明な先輩です! 一生貴女に着いて行きたいですぅぅ‼︎

 そして、あわよくば……あんな事もこんな事も……うきゃぁぁぁ‼︎


「だがな……」


 一人でトリップしていたわたしを尻目に会長は急に硬い表情を見せ、低い声で続けました。


「彦根の事もある。生徒会への反抗は断じて許し難い。不逞の輩は徹底的に厳罰に処さなければならない」

「ふ、不逞の輩って……」


 これまた物騒な事を言い出すものです。わたしも苦笑いを浮かべるしかありません。


「アイちゃんも引き続き、狼藉を働くような不逞学生の取り締まりに尽力してもらいたい」

「そ、それはもちろんです!」


 会長のためなら、例え火の中、水の中って心情ですとも!

 まあ、それは口には出せませんけども……。


 そんなやり取りもあり、わたし自身、反生徒会派の動きに関しては十分過ぎるくらいに警戒していたつもりでした。

 しかし、水面下でわたし達も予想しなかった動きがあったのです。


 ここからは、わたしが後で聞かされた話となります。


 薩摩さんと長州さんは数日の間、互いを敵視する程には溝が深まっていました。

 反生徒会派の筆頭がこのお二人という事もあってか、生徒会への風当たりは比較的穏やかになっていたものの、反生徒会派の学生たちは主導者が仲違いしている為に纏りが無く、最悪、散発的に暴発する恐れもあったのです。

 この事はさすがにわたしも盲点だったと反省している次第。

 だって、暴発寸前の学生たちを上手く纏める事が出来れば、その膨れ上がった不満は一気に生徒会へ向けられる事になりますからね。

 その事にいち早く気づいた一人の女子生徒が居たのです。


「今一度、学園を洗濯せないとイカンがぜよ」


 薩摩さん達と同じ三年生の土佐とささんでした。

 彼女は飄々としてつかみどころの無い性格なんですが、不思議と誰からも好かれるタイプで、しかも、いざとなると大胆な行動に出るという予測が難しい人なんですよねぇ。

 どちらかと言えば穏健派でしたし、以前は江戸会長とも親しくしてたので、わたしも土佐さんに関しては完全にノーマークでした。


「長州さん。薩摩さんと仲直りせんかぇ? こんままじゃあ、長州さんはただ泣き寝入りするしか無いがじゃき。そぃじゃあ、何ちゃあ変わらんがぜよ」


 教室内で孤立してしまっていた長州さんに、土佐さんは早速説得を試みました。

 でも、プライドをズタズタにされたうえ、喫茶池田屋では一緒に策謀を巡らせていた仲間たちまで、薩摩さんや学長の圧力を恐れて長州さんから離れてしまったのですから、そう簡単に割り切れるものじゃありません。


「簡単に言ってくれるわね。薩摩さんと仲直りしろ? 冗談も休み休み言ってちょうだい」

「長州さんの怒りも分かっちう。けど、こんままじゃ生徒会の思うツボっちゅうこんは分かっちょるじゃろ?」

「それは分かってる! でも、どうしようも無いのよ!」


 長州さんは頑なに拒み続けました。

 当然と言えば当然でしょうねぇ。

 大きな不利を被ったのは長州さんで、薩摩さんは全くの無傷。それなのに長州さんの方から頭を下げるなんて、そんなの彼女のプライドが許さないでしょう。


 土佐さんはその気持ちも理解していたようで、今度は薩摩さんの説得に動きます。


「サッちゃん。こんままじゃ反生徒会派は瓦解するだけぜよ。長州さんと手を結ぼうとは考えられんがか?」

「そいは……よう分かっちょりもす……。じゃっどん……長州サァに今さら、どげな話ばぁ出来っとでごわすか」

「サッちゃん……本当はステイツ君が狙いじゃろ?」


 それを言うと薩摩さんの顔色が一変。耳まで真っ赤になりました。


「そ、そ、そげなこつ……! な、なな、なぃを言うとっとじゃ!」

「あ〜あ〜。隠さんでも分かりゆう。江戸会長に先越されて悔しいゆう事もじゃ。重要なんはここからぜよ」

「なぃを……」


 土佐さんは狼狽する薩摩さんにグッと顔を近づけて、一度周囲を見回すと声をひそめて続けます。


「擦り合わせじゃ。サッちゃんは江戸会長からステイツ君を引き離す。長州さんは新しい会長の座。互いに互いの要求を認めて協力体制を作るがじゃ。おまんらぁが協力体制を整えたら反生徒会派の総力を挙げて京学長に現生徒会の解体を迫る。学長も江戸会長の処分を先送りしたままじゃし、何より事態の収拾をつけたいゆう思いが強いからのう。さすがに拒否は出来んゆうわけじゃ」


 それを聞いて薩摩さんは途端に目を輝かせ、「そいは良か! そいは良か!」と何度も膝を叩きました。

 ホント……土佐さんってつかみどころのない人だとは思ってましたけど、とんでもない策士です!


「しかし、それにはまず、サッちゃんから長州さんに和解を持ち掛けにゃあならんぜ」

「そいはもう……。土佐サァ。おはんが仲介しっくいやい。おはんを介した方が長州サァも話を聞いてくれっとじゃろ」


 土佐さんはニッと白い歯を見せて頷くのでした。


 こうして土佐さんが仲介役となり薩摩さんと長州さんは和解。

 厳重注意処分を受けて間もない長州さんは、しばらくの間、表立った行動を控え、表向きは薩摩さん主導で現生徒会解体運動を実行するという密約……『サッちゃん同盟』が締結されたのでした。

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