4. 謹慎は変

 池田屋事件の後、わたしは事のあらましを京学長に報告することとなりました。

 学長は浮かない顔で僅かにため息を漏らすと、薩摩さんを呼ぶようにと長州さんの担任に指示を出します。

 前にも言いましたが、薩摩さんは長州さんのクラスのクラス委員長なんですよね。

 今回は長州さんの問題で薩摩さんとわたしの二人に話をするとの事なんだそうですけど、薩摩さんとて反生徒会派。そんな人と一緒に……となると、わたしも緊張します。


「失礼ば致しもす! どげな御用じゃっどかい?」


 薩摩さんは学長室に入って来ると、わたしの姿を認めるなり、その大きな目を細めて一瞥しました。

 こ、この人……綺麗な割に眼力があるというか……迫力あるんですよねぇ……。

 正直、怖いです……。


「あなた達にお話しするのは他でもない、長州さんの事です」

「ああ……」


 例の喫茶池田屋での一件は薩摩さんも既に聞き及んでいるらしく、さすがの彼女も少し困ったように表情を曇らせました。


「うちもまっこてひったまがりもした。ほんのこてクラス委員長として申し訳なかち思ぉちょりもす」


 それまで迫力のあった姿とは一変。お説教されてる子供のように肩をすくめて小さくなってます。

 しかし、京学長はかぶりを振りました。


「別にあなたを責めているわけではありません。私としては、これ以上、学生同士での大きな諍いに発展して欲しくありません。その点でも、長州さんの言動はそれを煽るようなもので、私としても見過ごす訳には行かないという事です」


 まあ、そうですよねぇ。

 事の発端が江戸会長の校則違反だったとは言え、生徒間のいがみ合いがいつまでも続くのは学園としても好ましい状況じゃないですもん。

 わたしだって早く収束して欲しいって思ってます。


「長州さんは今の江戸さんを生徒会長の座から引きずり下ろし、自分が生徒会長になる事を画策している……。そうですね?」


 京学長はもう一度確認するように、わたしに目を向けて訊きました。

 わたしは自信を持って頷きます。


「そいは……」


 薩摩さんとしては寝耳に水だったようで、二の句が継げないといった様子でした。


「この度、私は長州さんを厳重注意処分とし、信頼できるあなた方お二人に彼女の動向を注意深く見て頂きたいと思ってるのです」


 この言葉がわたしの身体を芯から震え上がらせました。

 だって、「信頼できる」ですよ⁉︎

 わたし、京学長から信頼されちゃってるんですよ⁉︎

 え? 江戸会長を差し置いて、わたしですか⁉︎


 思わず感動に打ち震えてしまいました。


 薩摩さんもあまり表には出しませんでしたが、少しはにかんだ微笑を浮かべてます。


「まっこて勿体なかお言葉。痛み入りもす」


 床に頭がついてしまいそうなくらい深々と頭を下げてます。

 わたしも薩摩さんに釣られるようにペコリと頭を下げました。

 ところがです。


「学長! 京学長!」


 突然、学長室に乱入して来たのは、なんとなんと渦中の人……長州さんでした。

 それも血走った眼で半狂乱になったかのような剣幕。

 わたしは思わず身がすくんでしまいそうになりましたが、今し方、京学長から「信頼」の言葉を頂戴したばかり。

 勇気を振り絞って長州さんと学長との間に割って入ります。

 本当は怖いんですよぉ。でも、こうでもしなきゃ格好つかないじゃないですか。


「ボクは無実です! 生徒会による陰謀です!」


 いやいやいや! 陰謀を画策してたのはどっちですか!

 そう突っ込んでやりたいところだったのですが、わたしには抑えるので精一杯でした。


「長州サァ、見苦しかど!」

「長州さん。これ以上、事を荒立てるようであれば謹慎処分を言い渡しますよ?」


 それでも長州さんは止まりません。

 それどころか尚も顔を真っ赤にして「謹慎は変です! おかしいです! どうしてボクが!」と食い下がります。


「こん、馬鹿たぃが!」


 ——パチン!


 薩摩さんに頬を叩かれて、ようやく長州さんは大人しくなりました。

 それでも、長州さんは恨めしそうな目を薩摩さんに向けてます。

 これはまた……別のところで摩擦が起こりそうですね……。

 まあ、薩摩さんのクラスの事なんで、そこは薩摩さんにお任せするしかありませんかねぇ……。

 にしても……長州さんの「謹慎は変です!」と言った時の顔……。まるで本当に身に覚えの無い言い掛かりをつけられて、それを切実に訴えているかのような、どこか悲しげにも見えた、あの顔。

 当分忘れられそうにありません。


 この時はわたしもこれで落着するものだと高を括っていました。

 まさかわたし達の知らないところであのような動きがあったなんて……。


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