3. 喫茶池田屋事件

 わたしが京学長の身辺を警戒するようになってから程なくして、ある一人の学生の影がチラつくようになりました。

 長州ちょうしゅうさん……。

 確か薩摩さんと同じクラスで、彼女は「学者肌」と呼ばれるほど成績が優秀な人です。

 江戸会長とは生徒会会長の座を争った過去があって、その時は数票の差で江戸会長に負けたんですよねぇ。

 でも、聞いた話だと彼女はかなりの野心家で、今でも江戸会長の隙を見て、自分が学園内の権力を握ろうと画策してるとかしてないとか……。

 とにもかくにも生徒会の風当りが強くなってるこの時期ですから、長州さんに関しても殊更に警戒する必要があります。


 ある日のこと……長州さんと同じクラスの学生から、有力な情報を得ることが出来ました。


「長州さんが何か途方もない事を計画してるみたいよ?」

「途方もない計画……ですか? ま、まさか……学校に火をつけて、その隙に学園を牛耳ってやろうと⁉︎」

「え〜と……それはガチボケかしら?」


 長州さんのクラスメイトは苦笑い。

 まあ、確かにわたしの想像も我ながら飛躍し過ぎだと思いますけど……。

 でもでも! 長州さんってインテリな分、いざとなったら過激な事をやり兼ねないと思うんです!

 ええ! 賢い人ほど、本気にさせると怖いものです!

 多分……。


「まあ、詳しいことは私も知らないけど、あの子が仲間集めて入り浸ってる店は知ってるから、試しにそこへ行ってみたら?」

「ど、どど、どこなんですか⁉︎ そのお店とやらは!」


 思わず興奮して迫ると、彼女はわたしの顔を片手で押し返して、ひと言……。


「駅前にある『喫茶池田屋』よ」


 この有力情報をもとに、わたしは早速その『喫茶池田屋』へ行ってみる事にしたのです。

 潜入調査! 潜入調査ですよ!

 なんかわたし……映画に出て来る国家機関の諜報部員みたいじゃないですか⁉︎

 ……と、一人で盛り上がってる場合じゃありませんでした。

 これは仕事……仕事なんです。


 駅前の『喫茶池田屋』は二階建ての純和風木造建築で、二階の座席は個室になっており、密談にはまさに打ってつけといった造りです。

 わたしは放課後、密かに長州さんを尾行して、池田屋の二階へ上がるのを確認すると、彼女の使う個室の隣室に上手く潜り込みました。

 そして薄い壁に耳を当てて、その途方もない計画とやらの全容を明らかにしてやろうと息を潜めます。


「あの……お客様?」

「あふぇっ⁉︎」


 そんな中、不意に声をかけられたものだから、思わず変な声が出てしまいました。

 見れば若い女性の店員さんが怪訝な顔でこちらを見下ろしてます。

 そりゃそうですよねぇ。

 わたしの格好ってば、どこからどう見たって隣室の盗み聞きをしてる以外の何者でもないですからね。


「あの……ご注文を……」

「あ、え……あ、えっと……ア、アイスカフェラテを……」


 やがて注文通りにアイスカフェラテが運ばれて来ると、わたしは何事もなかったかのような素振りでストローに口をつけます。

 いや、精一杯取り繕ったつもりだったんですけど……店員さんの方も見なかった事にしてる空気を醸し出してて、何となく気まずくなってしまいました。

 それにして……ここのアイスカフェラテ美味しい……。


 さて、気を取り直して、アイスカフェラテをチューチュー吸いながら隣室の会話に聞き耳を立てます。

 どうやら、長州さん以外にも何人か集まっているようで、複数の声が聞こえて来ます。

 この辺り、壁が薄いのは助かりますねぇ。


「やっぱり直訴しかないでしょ」

「京学長を上手く丸め込む事が出来れば、江戸の奴を会長職から辞任に追い込む事も出来るわ!」


 むむむ……!

 江戸会長を辞任に追い込むとは聞き捨てなりません!

 でも、それだけでは決定打に欠けます。

 もう少し情報を引き出させなきゃ……。

 わたしの本心は今すぐにでも隣室へ乗り込んで行って文句を言ってやりたい気分なのですが、ここはジッと我慢の子です!


「あまりおおっぴらに行動起こすとサッちゃんもうるさいからねぇ……」


 意外な人物の名前が出て来ましたね。

 彼女の言う「サッちゃん」とは薩摩さんの事なんですが、クラス委員長をしている薩摩に目をつけられると厄介だという事のようです。

 確か薩摩さんも反生徒会派だった筈ですが、長州さんたちの今の話から察するに、反生徒会派も一枚岩じゃないみたいですね。


「ともかくも! 江戸さんを会長の座から引きずり下ろし、長州さんこそが新しい生徒会長となって学園の風紀を正さなければなりません!」

「そうね……。今回の一件はボクにとっても好都合。ボクが生徒会長になってさえしまえば、サッちゃんにも好きなように言わせないわ」


 ああ……やっぱり長州さんは今でも生徒会長の座を狙ってたんですね。

 それで京学長のところへ何度も赴いては、説得を試みようと……。

 でも……長州さんの狙いは飽くまでも生徒会長の座であって、つまりは権力を手にする事。これが明るみに出れば、いくら京学長と言えども黙って見過ごす訳には行かないでしょう。


 ……と、わたしがアイスカフェラテを飲み切って、どう対処するかを思案していたところでした。

 急にドタバタといくつもの足音が慌しく近づいて来たかと思うと……。


「御用改めよ!」

「長州さん! 貴女に不穏な動きありとの情報が入ってるわ! 神妙にしなさい!」


 あれれ?

 わたしが個室からヒョイと顔を覗かせると、隣室に生徒会のメンバー数人が乗り込んで行くのが見えました。

 わたし以外にも長州さんの事を嗅ぎまわってる子が居たみたいです。

 あとは互いに罵り合いが聞こえて来るだけ。


「あ〜あ……。折角、秘密裏に動いてたのに……」


 わたしは悶着に巻き込まれても敵わないので、さっさとお会計を済ませるなり、そそくさと逃げるようにお店を出ました。


 この時の長州さん一派と生徒会の悶着は『喫茶池田屋事件』と呼ばれ、学園内でも大きな問題として取り沙汰される事になります。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る