4-7. Epilogue



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きみたちはすでに知っているかもしれないが


世界にはすがたの見えないかいじゅうが住んでいる


彼はとてもえらいかいじゅうだ


きみたちがこうして友だちとおしゃべりをして、おかあさんと口げんかをして、好きな子に手紙を書くことができるのは、実はかいじゅうからあるものをプレゼントされているおかげなのだ


あるものって?


それは「言葉」だ


……ただし


かいじゅうは君たちに言葉をプレゼントするが、おなかが空いたら言葉を食べてしまう生き物だ


そうなると、君の友だちもおかあさんも好きな子も、みんな一緒にかいじゅうのお腹のなか


そんなのはイヤ、だって?


それなら君は感謝をしなくちゃならない


そして時々、見えないかいじゅうにプレゼントをおくろう


かっこつける必要はない


君自身の物語でいい


それはきっと、かいじゅうもまだ食べたことのない物語だから


語ろう、歌おう


よろこびやかなしみを金色の紙ひこうきに乗せて


かいじゅうはいつでも待っている


どんな時でも、君のとなりで




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「今日もたくさん飛んでいるわね」


 姫さまが桃色の髪をなびかせながら、窓の外を見て微笑む。


 空にはたくさんの金色の紙飛行機が飛んでいた。様々な世界の風穴を通り抜けてきた人々の物語が、双子山から吹く風に乗って悠々と空を舞っているのだ。


 それは身近な人に贈るためのものであったり、見知らぬ誰かを励ますためのものであったり、あるいは自分自身のために書き綴ったものであったり。


 中身は様々ではあるけれど、不思議とそれを求める人の元に届くようになっている。


「きっと、透明な怪獣がこっそりり分けてくれているんですよ」


「まぁヴィオラ、あなたってば冗談が上手いんだから」


 くすくすと笑う姫さまに、わたしは「姫さま宛てのものも来ておりますよ」と部屋に山のように積まれている金色の紙飛行機を開き、その中身を読み上げる。




 狭間の世界からこの世界ロスト・ワールドに戻ってきてもうすぐ二年。


 全てが元どおりというわけにはいかなかったけれど、かつてイサムやバルカが復興を進めてくれたおかげもあって、徐々に崩壊する前の姿を取り戻し始めていた。


 変わったことといえば、作者不詳の物語『新説・さみしがりやの巨大怪獣』の本が大流行したということ。


 透明な怪獣の存在については本気で信じている人もいれば、作り話に過ぎないと思っている人もいるけれど、その本の影響で多くの人が物語を語ることに関心を持ち始め、金色の紙飛行機を飛ばし合う文化が生まれた。


 そのおかげか、わたしがこの世界に戻ってきて以降、一度も災害や紛争のような崩壊を導くような事件は起きることなく、穏やかな日々が続いている。


 ひとつ不思議だったのは、姫さまをはじめとして言葉を失っていたはずの人々が、いつの間にか再び言葉を扱えるようになっていたこと。


 兄山の笛吹きさん曰く、きっとバクーが食べ過ぎた分を返してくれたんじゃないか、ということらしい。


「あら、これはあなた宛てじゃないかしら?」


 姫さまから三つの紙飛行機を渡された。


「申し訳ございません、混ざってしまったみたいで」


「いいのよ、気にしないで。せっかくだからそれも読んでみせて」


「はい。姫さまがよろしいのであれば……」


 一通目は、狭間の世界に残ることにした森のおばあちゃんからだった。




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ヴィオラへ


元気にしておるかいの?


こちらは親子ともども息災じゃ。


狭間の世界は退屈じゃが、まれにどこかの世界からの迷い子が訪れることがあっての。


わしらは退屈しのぎに、その迷い子の世話をし、時が来たらその子にとって居場所となりそうな世界へと案内してやることにした。


笛吹きはというと最近はちと反抗期でな、やめたほうがいいと警告したにも関わらず「父親に会いに行く」と言ってわしらが元いた世界に足を運んでしまったことがあった。


結果、肩を落としてとぼとぼ帰ってきおった。あまりいい思いはしなかったのじゃろうて。


おぬしもよくわかっておる通り、血のつながりは自然と居場所を作ってくれるほど生ぬるいものではない。ほんの少し糸をかけ違えれば、絡み合いもつれ合い、いつしか互いの足を引っ張るものとなることもある。


縛られる必要はない。


おぬしはおぬしの今の居場所を大切にしなさい。


……ああ、そうそう、たまにはわしが住んでいた小屋を掃除しておいてくれ。気が向いたらそちらに遊びに行くからの。


ミルコより




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 二通目は、『スーサイド・ワールド』のバルカからだ。




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ヴィオラへ


三点朗報がある。


一点目、モルテ卿を発見し自らの罪を認めさせるに至った。


我が優秀な部下たちの働きにより、笛吹きの伝言体であるモルテ卿の居場所を特定した。どうも奴はまた新たな紛争を引き起こすために別の国に潜伏していたらしい。バクーの現状を伝えてもなお動じる様子はなく、どうも奴は本体ゼロ番の思考とは独立して世界を崩壊に導くことそれ自体に快楽を覚える狂人のようだ。今は我が軍の監視下に置き、カウンセリングを進めている。


二点目、我が故国及びその周辺国は長きに渡る戦争を終結することを宣言した。


世界は複雑に見えて、真実はいつでもシンプルだ。我々が抱えていた問題も紐解いていけば単純なことだった。戦争が長引いていたのは、各国の軍のトップが結託してそうなるように仕組んでいたからだったのだ。


事情を説明すると長くなりそうなのでここは読み飛ばしてもらっても構わないが、要するに平和協定によって軍縮が進んだことで既得権益を失うことを恐れた者たちが、モルテ卿を利用して戦争が起こるように仕向け、いずれかの国の勝利にならない範囲で互いに情報を流し合いながら戦争を行い、国が軍事費を増強するように工作し続けてきたのである。恥ずかしながら、元・大元帥であった我が父もその片棒を担いでいた。


私は最前線で知り合った他国の将校と協力し、父を含む甘い蜜をすすっていた者たちの悪事を暴くことに成功、今は同志とともに平和協定の結び直しを進めている。


三点目、我々は風穴を異世界との交易に活用するためのインフラを開発中だ。


貴様らとの出会いを通じて知ったのは、我々が住む世界が他の世界と比べて高度に発達した状況にあること、そして一方で他の世界には未だ活用しきれていない資源が山ほど残っているということだ。異世界間の交易を実現するにあたり整備しなければならないものは多々あるだろうが、枯渇した世界に住む我々にとって異世界の存在は希望の一つだ。


もしこれが実現の段階に至ったら、ヴィオラ、ぜひ私に力を貸してほしい。


国に戻ってからというもの忙しい日々が続きすぎて、『ロスト・ワールド』の安穏とした風が少々懐かしく感じるこの頃だ。


大元帥 バルカ・サンドリア




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「ふふ、なんだかバルカさんらしい手紙ね」


 姫さまはそう言った後、三通目の手紙を指差した。


「それは彼からのでしょう?」


 姫さまのどこか悪戯な笑みに、わたしは観念して頷く。


 姫さまは自分ごとのように顔をほころばせると、そっと近づいてきてわたしの耳元で囁いた。


「ねぇ、本当はどっちが先だったの?」


「え」


「どっちが先に好きになったの、って話。本当はあなたの方なんじゃない?」


「……さぁ」


 わたしは肩をすくめ、姫さまから顔をそらす。


「どうだったか、もう忘れてしまいました」


「あらあら、自分のことになると素直じゃないんだから」


 姫さまの呆れたような声を背後で聞きながら、わたしはゆっくりと金色の紙飛行機を開く。この手紙を書いた人の顔を浮かべながら——






***






「そろそろ届いたかな」


「ハイ、ストンノ計算ニヨルト、間違イナイカト」


「ちょっと待て、そんなのどうやって計算したんだよ。世界を飛び越えてるんだぞ」


「『ロスト・ワールド』ニ繋ガル風穴ガ出現シタ時点ニオイテ、ストンガ検知シタヴィオラ・サンノ匂イレベルヲ測定、ソコカラ距離ヲ算出シ、イサム・サンガ紙飛行機ヲ投ゲタ時点ノ風速ヲ記録、割リ算シマシテ手紙ガ届ク日数ヲ計算シマシタ」


「意外とまともな計算式じゃないか……」


「ソンナコトヨリ、風穴ノ出現時間ハ有限デス。急イデクダサイ」


「わかってるって!」


 台風の影響で雨風強まる中、俺は必要な道具を抱えてかつて異世界へ旅立った時に使った家の裏にある小さな山の展望台へと向かう。


 あれから二年。


 異世界に行った時のことがはるか昔に感じられるくらい、とにかく色んなことがあった。


 まず、狭間の世界から家に帰ったら両親にめちゃくちゃ叱られた。


 何も言わずに二週間以上留守にした上に、髪の色が真っ赤になって、皆無に等しかった筋肉が少しついたせいで、受験勉強に嫌気がさして不良グループと一緒に悪さをしてたんじゃないかと思われたらしい。


 俺は素直に謝り、何があったのかをありのまま話した。とはいえ簡単に信じてもらえるとも思わなかったから、ストンとヴィオラの筆跡で書かれた物語を証拠として見せた。それでも両親は疑っていたけれど、「勇がそう言うなら」となんとか納得しようとしているようだった。


 そのあとに受験勉強をやめて異世界に住みたいって話をした時は、再び疑われて危うく病院に連れていかれるところだったが、どこからか笛の音が響いて家族で乗っている車の前に風穴が現れ、車の半分が飲み込まれかけた時、両親はいよいよ異世界の存在を認めざるをえなくなった。


「アレハ一体誰ノ仕業ダッタンデショウネ」


「たぶんグリムさんだと思うよ。姿は見せてくれなかったけど」


 金銭面での支援は受けないというのと、たまには顔を見せに帰ってくるというのを条件に、家を出ることへの許しを得た俺は、残りの時間をに費やしていた。


「あれさ、ヴィオラに見せたら、ちょっとはこの世界に未練が出るんじゃないかと思うんだよね」


「夢ダッタンデスヨネ? ヴィオラ・サンノ」


「そう。小さい頃からの、ね」


 それは、今背負っているバックパックの中に詰め込まれた数冊の本。


 『新説・さみしがりやの巨大怪獣』の日本語版と、あとはヴィオラが異世界で翻訳した物語を編纂した短編集だ。著者名は「武部菫たけべすみれ」。本人が直筆で書いた委任状と原稿を出版社に持ち込んで、彼女の名義で書籍化してもらったのだ。担当編集者も半信半疑ではあったけれど、七年前に行方不明になったはずの少女が書いたという話題性により、想定以上に売れて今は重版がかかっている。


「残したかったんだ。彼女の生きた痕跡を、この世界にも」


 皮肉にも、彼女の生存を諦めていたはずの武部家の人々は今躍起になって彼女を捜している。担当編集には絶対に本当のことを言わないようにと口止めしてあるから、彼らが真相にたどり着くことは無いだろうけど。


 やるべきことはやった。


 そして、俺はこの日を待っていた。


 ストンが再起動する日、すなわち『ロスト・ワールド』に繋がる風穴が開く日を。


「イサム・サン。『ロスト・ワールド』ニ着イタラ今度ハ何ヲスルンデスカ?」


 何気ないストンの一言に、俺はふと足を止めた。


 そういえばヴィオラに会う以外何も考えていなかった。


 でもこの感覚、どことなく覚えがある。


 ……そうだ、二年前のあの旅の中で何度も経験してきたじゃないか。


 わけの分からない状況の中で手探りに進んで、何度も目的を見失って、それでも歩き続けて……ようやく大切なものを掴んだんだ。


 だから、今更不安になる必要なんかない。




「なんとかなるさ。俺は意外と、何もないところから何かを見つけるのは得意みたいだから」




 背中を押すように強い風が吹く。




「ヴィオラ、もう少し待ってて。二年かかっちゃったけど、今から行くよ」




 俺は傘を開き、全力で地面を蹴って跳躍した——








〜end〜



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A LO■T WOR■D 〜異世界行ったらすべてが崩壊していた〜 乙島紅 @himawa_ri_e

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