裏社会への第五歩

くつくつ、ことこと

そんな音がぼやぼやした耳に届く


霞がかった意識がだんだんハッキリしていく。

俺は…何をしているんだ…?たしか、パンを、盗んで失敗した…それで殺されそうになって…それで…それで…?


そこでハッとしてガバリと起き上がる。とたんに、

「ゔっ…」

ズギリとまるで噛まれた様な痛みが頭にはしった。

思わず頭を触るとなにか巻かれていた。

「…手当、されたのか?」


不思議に思っているとパタパタと歩く音が聞こえた。ハッとなり警戒する、なぜ手当をされてるのかは知らないがなにが目的かわからない、警戒するにこしたことはないだろう。


木製のドアをギリと睨みつけ誰が来るのか、もしもの時飛びかかれる様に身をかがめる。

キィ、とドアが開いた。


ふわり、本当にそんな音が聞こえたかと思った。

ひらりと入ってきた白い服はまるで遠くから見た天使様の翼のよう、伏せがちの目は俺をボロ雑巾みたいに殴りやがった商人がつけていた眩いばかりのサファイア。揺れるウェーブがかかった髪はキラキラしてて、息をし忘れた。あまりにも綺麗で、本当に息が止まった。こんなこと今までになかったことだ。


顔をあげたその人は起き上がっている俺を見るとふんわりと笑った。


「ああ…!よかった。意識が戻ったのですね!」

ゆっくりとこちらに歩いてきた。何時もなら何が目的だとたずね、警戒し、逃げなければならないのに

受け入れてしまった。


膝をつき、目線を合わせまたふんわりと笑う。


「元気になってよかった。はじめまして、私の名前はアルカディア·ヴァルキエナ。気軽にシスターと呼んでください。」



###############


アルカディア·ヴァルキエナ、そう名乗った女性は呆けている俺に手を出した。


咄嗟に、バシリと出された手を掴む。

「なんで、手なんか、だ、出すんだ。なにを、するつもりだよ。手当をしたのもあ、あんたか?」


きっと掴む俺の手は震えていただろう。

少し目を見開いて驚いた顔をしたその人は悲しそうに少し眉を下げた。

「ごめんなさい、少し回復魔法をかけようと思っただけなの、そうよね。警戒するのも当たり前よね…けれど、これだけさせてくれないかしら。」


その人の目があの場所たまり場では見ないくらい澄んでいて、なぜか罪悪感がこみ上げてきた。

掴んだ手をおろしてぎゅっと体を強張らせる。


「わ、わかった…」


そう言えばぱぁと顔が花が咲いたように綻んだ。


手当がしてある額に手を掲げる。目を閉じてすぅと息をすった。


「…すべからく癒やせよ、汝は許されし者。命の息吹に今許されん、全ての苦しみよ消え去らん…レスト!」


パァと額に淡い緑の光が灯る。さっきまでズギリと痛んでいた頭はもう痛くはなかった。


「すごい…」

思わず感動し、言葉をもらす。

くすりと笑うアルカディアさん。その笑顔はとても綺麗でかぁと顔が赤くなるのがわかった。


##########


「さて、君には改めて自己紹介をさせてほしい。」

そう言った彼女はニコニコと笑った。

先程もらったスープを置き目を見つめた。


そんな僕の態度に満足したのかまたニコリと笑う。

「改めて始めまして、私の名前はアルカディア·ヴァルキエナ。最近この街に来たシスターです。騎士の家の生まれです。私はこの街に孤児院を開きに来たんです。」


孤児院と聞いたときつい俺は聞いてしまった。

「なんで、そんなことをするんですか…!?」

キョトンとした彼女に今までの事が蘇る。


ストレス発散の為にわざわざ殴りに来る冒険者、タダ働きさせて最後にはボロ雑巾みたいに打ち捨てた商人。なにも恵んでくれない街の奴ら。

あんたには関係ない!今更来たって遅い!そんな気持ちが沸き起こる。


「…すみません、もっと早く来てられたらそう思われるかもしれないとはおもっていました。」

その言葉にカッと来る。でも、


「私はあなた達の苦しみをまだ知りません。私は都で暮らしてきました。だからあなたの気持ちはわからない。だけど今からあなた達の気持ちを教えて下さい、私といてください。あなたが私を必要としないなら出ていってもらって構いません。ただ私はここの状況を聞いて、なにもできない事が歯がゆかった。何故苦しんだ者がさらに苦しまなければならないのかと。」

一度息を吸って整えた彼女は俺と目を合わせてまた口を開く。

「私は、あなた達の為に来ました。偽善かもしれないです。でも、あなた達の為に働きたかったんです。あなた達と共に生きてたい、できるならば救いたい。そう思ったんです。」


そんな俺達からしたら訳のわからないことを言う、

元々都で暮らしてた優雅なお嬢様ならその場所で生きてるほうがずっとマシなはずだ。食いもんに、寝床に、着る服に困らなくていい場所に。

なんだ、それ…わざわざ苦しみに来るなんて昔聞いた、天使様じゃないか。



ハハッ…


渇いた笑いがその場所に響く。

またキョトンとしたにああ…と思う。


シスターは知らないんだ、その優しさがあれば俺達腐った奴らの心を救えると思ってるのか。

そんな簡単に進むわけないのに。


なんて、綺麗な天使様なんだ。


「うん、一緒に暮らしたいよ、シスター。」


俺の言葉にまたパァと笑った。まさに花も恥じらう笑顔だった。


嗚呼、守らないと。この天使を、俺を甘すぎる理想で救ってしまった神様を。俺が、俺が守る。


「はじめまして、シスター。俺の名前はエドワード、エドって呼んでね。僕のシスター。」




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孤児院院長がいつの間にか裏社会の教祖的立ち位置にいる事について 因幡の素兎 @inabano_usagi

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