密室のエレベーターなんかで女性の本能を開放する薬を使用したら僕の身体がもたない件について

@track_tensei

密室のエレベーターなんかで女性の本能を開放する薬を使用したら僕の身体がもたない件について

 聞いた話によると、僕の友人は異世界から転生して来たらしい。

 本人は「向こうではハーレムを作っていたので大変だった」と言っていたれど、運動も勉強も僕とどっこいどっこい。見た目も僕と同じくらい。つまりはスクールカースト『中の下』か『下の上』なので、僕は信用していない。

 ある日、彼は僕にこう耳打ちした。


「君が僕の話を信用していないのは知ってる。だから、君に転生ガチャのアイテムをひとつあげるよ」


 彼が僕にくれたのは、液体の入った小さなビンだった。中にはうっすらと光るピンク色の液体が入っていて、コルクで作られた栓には謎の文字の書かれたお札が張られている。


「これは女性の本能を開放する薬なんだ。中の液体は地面に垂らすと即揮発する。これを吸い込んだ女性って言ったらスゴイぜ」


 僕は「ありがちだな」と答えた。ウェブ媒体のライトノベルの導入は軒並み転生なのだと聞いたことがある。近頃はただの転生だけでは目新しくないと言って、とにかく捻くれた転生をするそうだ。

 きっと、彼もただの異世界転生ではキャラが立たないと思ったのだろう。しかし『マジックアイテムみたいな物を現実世界に持ち越す能力者』は果たして目新しいものだろうか。


「僕は君を気の合う友達だと考えているけれど、そういう幼稚な所好きじゃないな」

「僕は君のことを気の合う友達だと考えているし、君の幼稚な所が嫌いじゃないよ」


 彼はニヤリと笑って、僕の手の中にビンを押し込んだ。


「いつだって物は試しさ。イタズラもそう。童貞捨てるのもそう。転生もそう。若い時の特権だよ」


 嫌な顔をする僕を残して、彼はニヤニヤと笑いながら去っていった。放課後の教室に残っていたのは彼と僕だけだったので、僕は一人で教室に取り残された形だった。

 彼は中学生にしては大人びた物言いをするヤツだ。とても異世界でハーレムを作るような気質には見えないけれど、皮肉な物の言い方も考え方も嫌いではなかった。ここはひとつ彼の友人として、彼のキャラ作りに付き合ってやるか、と僕は考えた。

 もしこれが彼の考える異世界転生物語の一部なのだとしたら、無下にするのも忍びないし……万が一本当に転生があるのだとしたら、彼に失礼だからだ。


「……ホントだったらもったいないし」


 僕は軽い足取りで教室を後にした。



  *



 僕は中学校の近所にある大型スーパーに立ち寄った。これはかなり大きなスーパーで、食品や日用品だけではなく、衣料品を扱っているフロアも有している。僕の狙いはその衣料品フロア、わけてもカジュアル服や婦人服を扱っているエリアを通るエレベーターだった。

 経験上、そこを使用するのはファッションに気のある女の子や、高級志向の服を求める妙齢の女性だ。そこでビンを開封すれば、そこに乗り合わせた女性は確実に薬を吸い込んでエラいことになるだろう。

 僕は足早に大型スーパーの一階を抜けて、女性向け衣料品売り場へ繋がるエレベーターへと乗り込んだ。



  *



 エレベーターに乗り込んだ僕は、誤算の余りに頭がクラクラしてしまった。タイミング良く女性が一人で乗り込んで来たら、こっそりビンを開けてやろうと考えていたのに、なんと僕と同時に乗り込んだエレベーターの搭乗客は全員美しい女性だったのだ。

 一人目はパンツスーツ姿のビジネスウーマン。釣り目で眼鏡。気が強そうだがシャープな印象の美人だ。

 二人目は女子高生だろうか。金髪で着崩した制服に型の崩れたカバンを背負っている。普段の僕なら近寄りもしない人種だが、整った顔立ちが目を引くことは間違いない。

 三人目は僕より年下。空色のランドセルを背負っている女の子だ。短い髪、ハーフパンツ、履きこんだスニーカーから活発な印象を感じるが、僕は自分より年下に関心がないのでどうでもいい。割とどうでもいい。

 四人目が……これが一番の誤算だった。肩まで伸びた黒い艶髪、きっちり着こなした中学校の制服、そして凛とした佇まい。見まごうことなく同じクラスに通う上嶺かみりょう華子はなこだ。クラスでも一等の美人で、誰とでも等しく接してくれる素晴らしい女性だ。

 僕はエレベーターの奥に身を寄せながらゴクリ、と喉を鳴らした。

 どの人物も僕には縁がない人種ばかりだ。本やインターネットで色々と想像を膨らませたとしても、それが急に目の前に現れると、こうも緊張するものか。

 冷や汗を垂らす僕をよそに、エレベーターの入り口が静かに閉まった。


「ふぅ……」


 僕は考えるのを止めた。成功するとかセイコウするとか、そういうことではなく、とりあえず、僕は僕の友人のために行動する。これは友情のための行動だ。そう自分に言い聞かせた。

 制服のポケットからビンを取り出して、お札ごとコルク栓を引き抜く。中に入っている蛍光ピンク液体を、一息にエレベーターの床に向かって垂らす。液体は床に向かって滴り落ち、床に触れるか触れないかというタイミングで消えてしまった。正しく霧散したという感じだ。

 僕が床から目を上げると、上嶺がこっちを向いていた。

 明らかに僕のことを見ている。


「や、やぁ……」


 上嶺は僕の曖昧な挨拶に返事も返さず、僕のことを見ていた。見つめていると言い換えてもいい。

 そして僕は気が付いた。他の女性も同じ状態にある。ビジネスウーマンも、女子高生も、小学生も、全員が僕を見つめている。何かを見つけて驚いた様な目つきだった。


「あの……すみません……その……」


 僕がどぎまぎしている間、上嶺は僕との間を詰めていた。顔と顔の距離が近づいて、もう息もかからんばかりだ。上嶺はそのまま大きく口を開け、僕の頬に噛みついた。


「ぎゃッ!?」


 僕の悲鳴が合図だった。他の女性が一斉に僕に襲い掛かった。女子高生が僕の髪の毛を付かんで耳を齧った。ビジネスウーマンは腕を取って二の腕に噛みついた。小学生は脛かじりだ。

 女性を押しのけようとして突き出した手を、誰かが取って噛みついた。指の関節がブチブチと音を立てたような気がした。全身からと音が聞こえる。贅肉を齧る音だ。筋肉をむしり取る音だ。全身が痛んで何が何だかわからない。

 気が付くと僕は床に引き倒されていた。僕が悲鳴を上げようとした時、僕の上に上嶺が蹲っているのが見えた。上嶺が顔を上げると、僕の腹の中から何かがズルリ伸びていった。上嶺が咥えているのは僕の腸だ。


「………ーッ」


 僕の悲鳴はという風切り音の様だった。僕の目玉はグルリと上に回って、視界は暗く沈んだ。僕の頭はどこか冷静に物を考えていた。

 彼は言った。『女性の本能を開放する薬』だと。別に『女性の性欲を開放する薬』だなどとは言っていなかった。色欲も本能だが、食欲も本能だ。

『女性にのみ作用する食欲を異常開放する薬』。

 僕は(なるほどありがちだな)と思った。

 そして、密室のエレベーターなんかで女性の本能を開放する薬を使用したら、僕の身体は1分ともたなかった。



  *



 少なくとも、僕の友人は嘘をつかないヤツであった。

『女性の本能を開放する薬』は『女性の本能を開放する薬』ではあったし、幼稚だったのは僕だった。彼にとってこれが物は試しのイタズラだったのもそうだし、そして転生もまた然り。

 僕は気が付くと見知らぬ廃墟で目を覚ましていた。


「転生ガチャご利用ありがとうございますチェフ!」


 僕のすぐ傍で、シュナウザーの様な犬が喋った。犬は前足でガチャガチャのカプセルの様なものを弄んでいる。

 昨今のウェブ媒体のライトノベルの導入は軒並み転生なのだと聞いたことがある。近頃はただの転生だけでは目新しくないと言って、とにかく捻くれた転生をするそうだ。

 しかし、それは果たして目新しいものだろうか。

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