Final・たった一人の穢れない狼(タッタヒトリノケガレナイオオカミ) alone wolf 


 生まれた時から一人だった。

 ことあるごとに静かに教えられた。親の淋しげな言葉は、強制よりも力を持っていた。自然、無口な子供に育った。親に言っても仕方が無いと、理解してしまったのだ。理解してしまえば、口をつぐむ以外の選択は無かった。周囲の人々は自分を裏切るのかもしれないと、最初から不信感に駆られるようになった。優しい顔をしていても、少年の本性を知ったらどうだろうか。

 牙と爪を持つ存在に対し、自分は害獣のような扱いを受けるのではないか。

 父親は言った。

 忘れるんじゃない、俺達だけじゃない。

 俺達は、決して一人じゃない。

 笑顔だった。精一杯保っていたが、どこか不安そうに見えた。

 親の表情に隠された寄る辺無い危うさを、兄は自分以上に強く感じ取っているようだった。兄の、一人で立とうとする遠くを見つめた眼差しが忘れられなかった。

 人には近付かない方がいい。

 ―――その方があなたは傷つかないで済むから。

 親の言葉の本当の意味を知ったのは、もっと皮肉な形だった。

 危険を避けていたはずの自分は、手に入った幸運のために言いつけを破り、身をもって傷付く痛みを思い知った。

 生まれた時から一人だった。あれほど、強く感じた事は無い。

 生まれ落ちた世界は、最初からゆがんでいた。

 気付いたのはいつだっただろう。もう覚えていない。幼い頃母親に尋ねた記憶だけが、残っている。

 ―――おかあさん、どうして僕は違うの?

 何が違うの? と問い返してから頭を撫で、抱き締めて聞き取れないような声で母親は言った。

 ―――ごめんね。

 震える謝罪を、黙って聞こえない振りをした。

 生まれた時から、埋まらない溝がある。異端の存在だった。

 月の光を浴びれば、姿が変わる―――。普通の〝人間〟とは違う。だから、隠し通さねばならない。

 お互いの平和のためにも。

 少年はヒトと共に生きる世界に存在しながら、から忌避され続ける歴史を持つケモノであった。両親は、隠して生きなければならない性質を負わせた事を息子達に詫びた。正直、今さらどうにもならないと思った。体の特徴は自分にとって日常茶飯事で、当たり前だと感じていたのはどうやら違うらしく、いまいち実感が湧かない中で、初めて親に頭を下げられた。

 兄のショックを受けて青褪めた表情を、克明に覚えている。

 自分も、同じように動揺していた。肌の上を、まるで小さな虫が何匹も這っているような不安があった。

 生まれた時から一人だった訳じゃない。気が付いたら、一人になっていた。気が付いたら、自分の周囲には誰も居なかった。

 周りは暗闇で、自分しか存在しない。

 いや。

 それはひょっとしたら、ただの勘違いで。

 気が付いたのが今だっただけで、生まれた時から一人だったということなのだろうか。

 不必要な幸運と偶然が重なって、手に入ってしまった友人がいた。言いつけを破った所為(せい)かは分からないが、結局、傷付けた。違いが、傷付ける結果を導いた。

 赤い雫が目の前を舞い散る。苦味を帯びた、えも言われぬ感触が口内を満たす。

 友人を傷付けた。掛け替えのない友達だった。

 舞い散る赤い花弁のような鮮血は、余りにも美しいものとして記憶されている。

 嫌な記憶だ。悪夢のような、真実だ。

 

 灰色の世界を疾駆し続け、喉が潰れそうになる。息が上がる。

 少年が走っている。動きにくい学生服で、必死で足を動かしていた。横顔にまだ幼さを残して、真新しい学生鞄を抱えている。進学したばかりなのかもしれない。

 周囲は無人だった。居るべき人が、存在していない。聞こえて当然の物音が、していない。周囲に漂う異様な雰囲気に負けないように、唾を飲み込む。腕を振り、舗装された道路を蹴飛ばした。

 逃れたい。逃れたくても、今この現状からは逃れられない。

 心に爪を立てられるような気持ちだった。

 それでも、

 足音が、背後から近付いてくる。

 複数の足音が尋常では無い速度で、少年を追い詰める。少年は、追っ手の姿を確認するために振り向く暇も惜しんで走り続けた。追ってくる者達は、全員が一人も漏れずに仮面を身に付けていた。儀式の道具めいた、獣を模した面だ。縁日で売っているようなちゃちなプラスチックではなく、目や口が朱で縁取られて、白地に紋様が描かれていた。

 呼吸が弾む。追い詰める人影は、言葉を発しない。仮面の向こうに、微かな息遣いを感じる。足音だけを響かせて、遂行すいこうさせるべき目的を抱いていることを感じさせながら、一糸乱れず追いかけてくる。

 襲い来る獣を背後に、少年は必死に灰色の空間を疾走する。

 影が次第に距離を詰め、併走へいそうする。段差に足元がもつれて、少年の体勢が崩れた。その隙に胸倉を掴まれ、少年は飛び掛かられて道路に押し倒された。抱えた学生鞄が手を離れて飛び、数メートル先に落ちる。続々と仮面を付けた姿が周りを包囲する。―――その数およそ十余人。

 内心少年は溜息を吐きたくなる。いつも通りだ。少年にとって朝起きるのと同じくらい、平凡な繰り返される日常だった。

(どうして、こんなことになったんだ?)

 自分に向かって、お決まりの問いを繰り返す。相手が口を開かないうちから少年はもがき、喚いた。

「おれは、俺は知らない! 俺は何も知らない!」

 どんなに騒いでも。腕をつかんだ獣はひたすら無言だった。

 集団が突如割れ、感じる気配が変化した。

 少年は近付いてくる姿を仰いだ。

 革靴に細い足首を包む濃紺のハイソックス、白い腿とスパッツ、丈の短いスカート、ニットベスト、首元を開いたシャツブラウス。

 追跡者達と同様の面をつけ、短い赤茶の髪が揺れた。

 少女と思しき人物は、片手に棒を携えていた。

 少年の頭の横に、光沢を帯びた金属の棒を勢い良く突く。しゃがんで、首を傾げた。少女が細い指を伸ばすと、薄くパールの入ったマニキュアが輝く。

「噛んじゃ駄目よ」

 少女は指を、少年の口の中に乱暴に突っ込んだ。何かを確認するように眺めて、ああと呟く。

「当たりだね。キミはオオカミ……。金司きんじちゃんが、怒ってるよお?」

 少年の口元からは、ただの犬歯というには尖り過ぎた牙が覗いていた。

「キミの名前は、氷山コオリヤマ弥斬ヤタくん―――だよね?」

 彼女は、よどみ無く少年の名を当てた。少年は驚かなかった。

 間違いも歪みも無い。現に、弥斬やたはその名前のために追われていた。

 声を低めて、柔らかくさとすように少女は言う。

「ねぇ、『千獣の王せんじゅうのおう』を知らないの?」

 呆れたように一呼吸置いてから、一方的に喋り続けた。

「いけないなあ。大人しくしてなくちゃ……、ちっちゃい子が歯向かっても、いいこと無いんだよ。知ってる? 分かってるかな? 集団チームがあるってこと、獣の規則ルールのこと」

 尋ねながら、棒に指を滑らせる。何も言わず睨み付けている弥斬を見てか、不服そうに声色が変わった。

「……ネェ、可愛い顔してても駄目なんだってば。馬鹿じゃなかったら、お利口にしててね? おっけー?」

 頷く素振りも見せなかったので、頭を更に強く押さえつけられる。

「逆らわないの?」

 少女は、棒を回転させて弥斬の頬を殴った。顔に棒を押し付けて、無感情な声で続けた。

「キミ、まるで入りたての新入り《ルーキー》って感じ。能力も発動できないの? ねえ。ホント? コオリヤマ・ヤタは遠慮容赦えんりょようしゃの無い殺戮者さつりくしゃだっていうのに……信じられないなぁ」

 弥斬は目を逸らし、かたくなに反応を返さなかった。

「とにかく、マジモノの、デッカイおにーさん達には、逆らっちゃ駄目だよー」

 棒を外して、弥斬の頭を数度小突く。

「解放してあげて」と、少女は言った。

 灰色の場所ここは、異能の領域だ。命を賭けたやり取りが、そこかしこで繰り広げられる。命を拾って帰れるなら、運がいい。

 運が悪ければ最悪だ。命だって平気で無くす。

 立ちはだかる人影達は、異口同音に唱えた。

「我等が王に屈服せよ。追従せよ。我等が王にあだなすす者に此の世の存在価値は無し。滅私奉公こそが美徳である。我等千獣の一匹。千獣の王へ忠誠を」

 仮面の向こうで、少女が微笑む気配がした。

「〝千獣の王キングオブサウザンビースト〟」

 弥斬は歯を食いしばった。

「我等、最強なり」

 少女は背を向け、棒を後ろ手に持って、淡々と通告した。

「……お仕置き、やっちゃってー」


 弥斬は壁にもたれ、体重をあずけ背中をこするようにして立ち上がった。人の気配が消えると同時に、ざわめきが戻る。閑散としている裏通りとはいえ、稼動する物音は聞こえている。機械の駆動音。車のエンジンが吹かされ、自転車が軋み、人の足音が聞こえる。話し声、家事一切の細々とした動作、世界が物音に溢れていることに、弥斬は再び気付く。鈍い傷の痛みを、感じた。

 世界は色付いていた。灰色の結界が解かれてからは、酷く鮮やかに見えた。

 世界には、裏と表がある。薄紙一枚を翻すと、即座に裏世界は顔を現す。表と裏は、いつだって共存している。

灰色領域グレーゾーン

 今は片鱗さえも見えないが、巨大な、大半の人々は存在さえも知覚できない仕掛け細工がこの場所にも存在している。

 世界を表と裏にわける場所、世界の裏側に潜む異能が何にも隠れず紛(まぎ)れず姿を現す場所だった。ある一定の領域に、一度に二人以上の異能が進入することで発動する結界だ。中には、何の能力も持たない人間は入ることができない。

 早く、この場から離れなければならない。灰色の領域は影も形もないが、新たな異能が進入し、戦闘に巻き込まれる事態だけは避けたかった。

 弥斬は壁から離れた。空は群青に、青に、茜色に染まっている。時刻は既に夕暮れ時だった。地面に寝そべっている人間は、不審者か異常者か、異常者志願か浮浪者である。揉め事は起こしたくない。万が一にも、人と関係したくない。鞄を拾い上げて、中身を捕られなかったことにも安堵せず、疲れた表情で歩き出した。


 家に帰り着いても、親の気配は無かった。鍵を開けて、扉の内側に入る。

 車も無いし、まだ仕事から帰らないのに違いない。いつも通り。なんら変わりない状況だ。親は自らの子供に本性を見せることを恐れるかのように、夜遅くに帰宅する。

 弥斬は居間に置かれたやけに充実している救急箱を広げて、打ち身や切り傷などの手当てを済ませる。擦り傷を消毒し、絆創膏を張る。余りに大きな箇所には、テープを使ってガーゼを貼り付ける。

「いてぇ……」

 消毒液がしみて、思わず呟いた。

 現在、コオリヤマヤタという自分と同姓同名の『異能いのうごろし』が老若男女無差別に異能を殺害している。『異能殺し』とは文字通り、〝異能〟特殊能力者限定の殺人鬼だ。

 勿論、弥斬自身は無関係だ。全くそんな記憶は無い。ただ珍しい名前だということもあり、どこから流出したのか、勘違いして襲ってくる〝異能〟が後を絶たない。

 狩られる前に、狩れ。

 弥斬がまだ中学生であることも知らずに待ち伏せる奴らが大半で、彼らは弥斬の年齢に驚き、ほとんど能力を使えない姿を怪訝けげんに思い、安全のために、もしも無力さが偽りだった場合の保険のために、好き勝手一方的に戦いを挑んでくる。比例して、傷も日に日に増えていく。

 悪趣味なかたりだ。弥斬としては、酷く迷惑している。

「また怪我をしてきたのか?」

 ふすまの脇に、影のように立っている姿があった。兄だった。兄弟は、よく似ていないと言われる。生まれつき穏やかそうな顔立ちの兄は、心配そうな表情と声色で、純粋に心底弟を気にかけているようだ。言葉や仕草に、裏があるとは到底思えない。 

 弥斬は、兄と並ぶと驚くほど険のある顔付きをしている。

 唐突な疲労感が訪れて弥斬は脱力した。溜息が出る。血をけた兄弟のはずなのに、襲われるような目にあっているのは弟の方だけだ。

(何で、俺だけ……)

 非常識な人生の中でも飛び切りの自体だ。―――それも、殺戮者に間違われるだなんて。

「……いい。大丈夫」

 心配をかけないためと言うより、面倒臭さが先に立って兄を遠ざける。兄は少しの間、沈黙した。

「喧嘩は、ほどほどにしろよ」

 どう勘違いしたのか兄はそんな風に呟いて、ひそやかな足音と共に廊下の奥へと消えた。

 食事を取ってから、部屋で泥のように休む。布団に倒れ込んで寝そべっていると玄関の方で音がした。どちらか分からないが、親が帰ってきたのだろう。親は、自分達兄弟には狼の姿を見せたことも無い。弥斬は時折、ほんの一瞬自分が人狼であることを忘れる。人に混ざり、どこの家庭ともさほど変わらない暮らしをしているために。

 冷たい空気が、弥斬を呼ぶ。月を見ると、何かにせかされるように鼓動が早くなって血が騒ぐ。片目でカーテンの隙間から、窓の外を眺める。月が弱い光を投げかけていた。どんなに細くあっても、月は弥斬の体内を流れる血をたぎらせる。一度体を起こし、隙間がないようにカーテンを引いてから眠りに落ちた。

 

 朝が来れば着替えて支度したくを済ませ、学生鞄を抱えて、家を出る。一般的な少年少女と同じく退屈な日常で、義務的に笑い、本来は寡黙な性質を誤魔化す。弥斬は、自らの役割にどこか自覚的だった。友人紛まがいが声を掛けてくるが、適当にあしらっておく。

 職員室に出頭して、プリントを手渡す。宿題のプリントは昨日の戦いで、敵の爪にかかってぼろぼろになっていた。珍しいことでは無い。教科書も、クラスで一人だけもうすでにどう使い込んでもこうはならないというくらい酷い有様だ。

 プリントをテープで張り合わせてコンビニでコピーして、問題を解いて提出したら、こんなものを受け取れないと突っぱねられた。相手は偏屈へんくつで有名な教師だった。

 お前は何を考えてるとか何とかののしられた辺りで、

「でも、中学ってギムキョーイクだから、ろくに出なくたって卒業させてくれるじゃないすか」

 ぼそりと漏らしたら、更に聞き取りづらい口調で怒鳴られて、おもむろに右手が振り上げられ、職員室に乾いた音が響き渡った。

「そういう話をしとるんじゃなかろうが!」

 まさしくそうだ。頬を張られて、一人ごちた。自分は、こういう余計な一言が多過ぎる。トラブルを招くと分かっているのに、だ。

 教師達何人かが、さすがに殴るのはまずいと止めに来る。問題になることを恐れているのだろう。他の数人は、見ない振りを決め込むか、展開を見極めようとするかのように、視線をこちらに投げてきていた。

 現代社会では時代錯誤じだいさくごな虐待だったが、弥斬は殴られ慣れているので教師の平手打ち程度どうってことは無い。叩かれることに対し理不尽な思いや不快感はあるものの、いっそどこか気が楽だった。

 狼人間だから差別をされるのではなく、素行不良だから差別されている。死ぬ可能性がない分、緊張もしない。突き返されたプリントを手にしたまま、ぼんやりと職員室を出る。

 

 鞄を肩に教室に入ると、濃い血のにおいが鼻先を流れた。牙を剥き出しそうになって、堪える。視線の向かった先で女子が一人、人差し指の先にバンドエイドを巻いていた。

「ホント、ありがとぉ」

「いいよー、たまたま持ってただけだし」

「切っちゃうなんて、ホント、サイアクー」

 刃先がかすかに赤くなったカッターナイフが、机の上に置いてある。染まった刃先に釘付けになってしまう。人の血が嫌いだった。見た目が恐ろしいとか、そういったたぐいの話ではなく、高揚させられるからだ。今にも襲い掛かってしまうんじゃないか、そんな自分が恐ろしい。


 今日は気が重かった。二クラス合同の体育があるからだ。複雑な気持ちを抱かざるを得ない〝彼〟と出会う可能性が高い。

「おい、お前、スゲーなその傷」

「え? そうかー。ガキの頃、木から落ちたんだよな。確か」

 男子が、指を自らの首元の半円をなぞるように動かす。

「随分器用に傷痕がついたなぁ」

 隣のクラスの男子の会話は、嫌でも耳についた。

「おい、弥斬! 組もうぜ!」

 グラウンドに出ると声を掛けられる。明るい髪色をした男子で、弥斬より大分背が低い。先ほどの、傷痕のある男子だ。

 実は小学校からの幼馴染である。誘いを断るのは不自然だ。

「そうだな」

 弥斬は頷いた。

 本当の友人と呼べるような人物は、もう存在しない。

 どうにか全ての授業が終わり、帰りの会の後、素早く片付けをして真っ先に教室を抜け出す。

「おーい!」

 声を投げられて、立ちすくんだ。

「一緒に帰ろうぜ!」

 こちらに向かって、彼が来る。顔を分からない程度に引きつらせ、首を振った。

「いや、用事あるから。ごめん。またな」

「そうか? じゃーな!」

 そう言うと、元気に去っていく。彼は、自分とは違って友人が多い。きっと別の当てがあるのだろう。

 最近、調子が悪い。何だか感覚が不安定になっているようで、気が重い。通学路を逆に辿っていると、弥斬の目の前を、赤いランドセルが走り抜けた。頭の両脇で結った細い髪のふさが、弾んで揺れる。一拍遅れて走ってくる男女の姿があった。少女が、複数の学生めいた若い男女に追われている。

「……マジかよ」

 思わず言葉が零れた。明らかに統制された動き。気配が、違った。。弥斬の戦闘本能が告げている。人気が無いとは言え、場所が街中(まちなか)である。異能が一般人を追っている事態に出くわすなんて、思いもしなかった。弥斬は混乱した。見る限り強制的に異能を別のフィールドに隔離かくりする〝灰色領域グレーゾーン〟は、学校周辺に存在していないらしい。

 鞄を抱え直すと、少女を追って走り出した。

 自分に何が出来るだろう。無力さなど、痛いほど分かっていた。しかし、見過ごせるほど、人生をうまく生きていない。

 二つに結わえた髪と赤いランドセルが、角を曲がって消える。

 追跡者達の姿を見送り、タイミングを少し送らせて角を曲がる。

 曲がってすぐ、男女が立ち止まっていた。彼らは少女を見失ったらしい。一人の男と、目が合う。意識的に感情を殺している瞳に、固い意志が宿っている。

(マズった!)

 弥斬は全速力で方向転換し、駆け出す。彼らは、今度は迷い無く弥斬に向かって来た。

 戦いの場において目撃者、不審者は捕らえられ情報を吐かされ、場合によっては始末しまつされる。弥斬は走った。理不尽に襲われるのは慣れっこだし、幸運が重なれば上手くける。集団は統制を欠いた動きは出来ない。攻撃を受けても避け続け、受身を取り続けて耐えていればいつかは相手が諦める。

 かといって、適当に殴られて解放されるかどうかなんて、甘いのだ。隙を突ければ、逃げ切れる。逃げる算段を、計算し続ける。

 ところが今日はついていないらしかった。弥斬は舌打ちをする。小回りの利く一人対、鈍重な多数という構図にはならなかった。構成されているのは、見事に多勢に無勢という形だ。弥斬は、徐々に強まっていく最早逃げられないという予感に駆られながら、決して振り向かなかった。

 背中に気配を感じて避けようとした瞬間、首に腕が巻きついて上から潰すように飛びつかれ、道路に転がる。囲まれる。昨日の、今日でまた同じような状況におちいっている自分が酷く笑える。実際には背中に冷や汗がにじみ、笑みの欠片も浮ばなかったが、笑い出したいくらいだった。

(耐えろ)

 赤い色が、脳裏に焼きついている。

(―――俺は戦えない)

 弥斬は蹴りや殴打に耐えるため、歯を噛み合わせた。腱を切られたり、骨を折られたり、内蔵を傷付けられても。死ななければまだ大丈夫、無事な範囲だ。

 怪我を堪える計算をし始めた――――。

 その時、自分の内側をかき回されるかのような違和感が弥斬を襲った。

 牙が突如とつじょ伸び、唇を割って飛び出す。

「…………あっ!?」

 腕が前に引っ張られるようにして、体が前のめりになった。

 足が動く。自分の意思に反して、弥斬は敵に向かっていた。

 敵は素早く攻撃を避け、腕に引きずられるように振り回され、弥斬の体は無様ぶざまに路傍に転がった。

 自分とは別の意思が宿ったかのように、弥斬の腕がしなった。

 意に反した動きに仰天するが、足は勝手に路面を蹴る。軋みを上げて、爪が伸びる。牙の覗く口が開かれ、喉がひくついた。血を、欲しがっているみたいに。

 こんなことは今まで無かった。今日まで、堪えられたはずだ。

 未成熟な肉体を震わせる、歓喜に似た衝動があった。体は、戦いに飢えていた。異常事態だ。自分の体が思い通りにならない。それでも、指先まで満ちて行く突き上げるような感情は何だろう。

 答えに辿り着く前に、弥斬は喉を裂くような雄叫びを上げていた。


「素晴らしいわ。さすが、オオカミ

 学ラン姿の少年と、複数の男女の戦いを見下ろせるビルの三階、窓辺に少女が一人居る。爪を尖らせ縦横無尽に駆け回る少年を見て、少女は満足そうだった。

「自らの能力を閉じ込め、鍵を掛け、縛り上げる。それは何て無益なことでしょう」

 右手を差し伸べ、人形を動かすように器用に指を踊らせる。

 重ねられた細い幾本もの銀の腕輪が、動きに合わせて鳴る。

「彼を閉じ込めるのは―――鎖。恐怖という、恐れという鎖」

 手元に黒い動物を従え、微笑みを作る。

「箱庭という名の檻の中で、彼の翼は朽ちていく。……自らで操作すること止めても、能力は消えてなくなるわけじゃない。貴方あなた身体カラダの中に、確かに存在している」

 高価な菓子を目の前に差し出されているかのように、昂(たか)ぶりを押さえきれない様子で、少女は吐息を漏らす。

 解放してあげましょう。

「可愛い私のお人形―――。操り人形マリオネット、一丁上がり」


 右へ左へ、弥斬は自分の意思に反して振り回されていた。誰かに操られているかのように勝手に繰り出される攻撃は、荒過ぎて相手に全く当たらない。ただ着実に、弥斬の体力をむしばんでいく。

(一体どうなってる――?)

 乱雑な動きを読み、円を詰めてくる男女と、いうことを聞かない自分自身におびえる弥斬が居た。人の気配がほとんどしないとはいいつつ、誰に見られるとも分からない不安な状況で焦りだけが蓄積していく。

(気持ち悪ぃ―――)

 コンクリートの塀に横様にぶつかって、不恰好にずり落ちる。口から、血交じりの唾液が滴った。距離を縮めて覗き込まれるかのように、弥斬を中央に半円ができる。

 空気を切り裂く破砕音はさいおんがした。映画やテレビでしか聞いたことの無い音だった。男女が吹き飛ぶような勢いで散開するのを見て、弥斬は目を見張った。

 開けた場所に居たのは、若い男だった。

「子供苛めて、何が楽しいんだ」

 黒いジャケットに赤いズボンで、ジッパーやチェーン等の加工が施された派手な衣装を身につけていた。首輪のようなデザインの、黒いベルトのチョーカーを締めている。パンクファッションの物好きなヒーローみたいな登場に、緊迫感が流れる。

 パンク男の右手に、拳銃が握られていたからだ。構えられた銃口からは、微かに硝煙が上がっていた。

「こういうのは、趣味じゃない。だから、とっととどっか行ってくれないか」

 彼らは、様子をうかがっていた。

 パンク男はおもむろに近付いてくると、振りかぶって手近な一人を殴った。不意を打たれて崩れたそいつを片手にぶらげ、乱暴に投げる。投げられた者は無残にも飛ばされて、立っていた者にぶつかった。巻き込まれて、共に路面に倒れる。

「消えろ」

 男から発された威圧感に押されるように、男女は気絶した仲間を担ぐと走り去った。呆気にとられている弥斬だけが、残される。

「あ、」

 言葉を発する前に、銃口がこちらを向いた。体温が一気に下がった気がした。眉間に、照準が合わされている。一切温度の無い眼が、標的として弥斬を見ている。

「黙れ、黙って立ち上がれ」

 混乱しながら、弥斬は立ち上がった。いつの間にか、肉体の主導権は弥斬に戻ってきていた。酷く疲労していたが、疲れに気を配る余裕も無かった。

 銃口を、左胸に押し当てられる。心臓の鼓動が、今まで生きてきた中で一番大きく、早く感じられた。

 撃たれれば、止まる。

 イメージが即座に浮ぶ。圧倒的な成す術の無さが全身に重く圧し掛かる。自分の役立たずの爪と牙が、もし完全に動いたとしても冷たい金属の塊に適わないことが理解できた。

「後ろを向け」

 背中に、銃口の感触があった。

「進め」

 パンク男は、当然のように冷静に言った。拳銃を操縦桿そうじゅうかんのように扱って、二人が着いた場所は新築のマンションの前だった。エレベーターに乗っている間も拳銃は外されず、フロアを抜け、一つの扉の前に立った。ここまでの時間が弥斬には強烈に長く感じられた。パンク男は弥斬の背後から手を伸ばし、ドアノブをつかんだ。扉にはカードキーの差込口のようなものがついていたが、ドアノブは簡単に回って扉が開いた。

「靴を脱げよ」

 言われるままに玄関で靴を脱ぎ、部屋の中に入るとすぐにリビングがあった。

「先輩」

 パンク男が呼ばわるが、反応は無い。

「ここで待ってろよ」

 男は弥斬から初めて離れ、奥の扉を開け、部屋の中に入って行く。開け放された扉からは、巨大なベッドと、ベッドの上の布団が膨らんでいるのが見えた。

 ようやく拳銃が遠のき、弥斬はやっと深い呼吸をした。

 聞き取れないが会話と物音があり、男が戻ってくる。

「もうすぐ来る。今、シャワー浴びてるから」

 セリフを言い終えるか否かのタイミングで、奥から水音が聞こえて来る。しばらくして、部屋の主らしき男がタオルを被って現れた。アイロンの掛けられたしわの無いシャツと、細身のブラックジーンズを身につけている。足元は、素足だった。濡れた髪から雫が垂れないように、タオルで掻き回しながら口の中で喋る。

九条くじょう君、駄目じゃないか。こんな子供、拾って来ては」

「先輩、ごめんなさい」

 道端で拳銃を撃った男が途端に殊勝な物言いになったので、弥斬は無表情を繕(つくろ)いながらも驚いていた。

「でも俺、親に、困ったら先輩のところに行けって教わったんです」

「親御さんに失礼な冗談を言うもんじゃない」

「本当ですよ」

 会話を聞いているだけで、少しずつ二人の関係性が目に見えて来る。上下関係があるにも関わらず、実際は同等と変わりないようだ。互いが互いを尊重し、互いの能力を理解しているらしい空気が流れていた。

「君に、ペットを飼う趣味があったとは思わなかったよ」

 悪趣味な言葉に弥斬は顔を歪めかけたが、九条の表情は変わらなかった。

「保護しただけです」

(どこが保護だ?)

 目の前の二人の話が、全く見えない。拳銃を突きつけられた弥斬は、よっぽど口に出したかったが我慢した。

「いいかい、九条君。そういう甘さは必要ないんだよ。よく見てみて。ほら、狼の子供じゃあないか」

 不用意に伸ばされた人差し指を口に突っ込まれ、横に広げられて弥斬は面食らった。尖った牙のことを示しているらしい。

「あ。本当だ」

「だろう。また君は厄介やっかいな種を拾ってきて。拾うにしても、犬や猫だけにしておきなさいと言ったのに」

 どうしよう先輩に言われたのだから追い出そうか、という逡巡が九条の瞳に垣間見え、腕が跳ね上がって再び銃口を据えられる。

 弥斬は緊張して、体を強張らせた。

「止めなさい。部屋が汚れるじゃないか。全く……忘れたのかい、僕と君は能力者じゃないんだぞ」

 九条は、先輩の溜息混じりの言葉に向かって言い返した。

「分かってます。でも、それって何か関係あるんですか」

「この子だよ。―――だから、この子が問題なんだ。自分の腕をペットに噛み千切られても、それが原因で死んでも、君、笑っていられるかい」

 弥斬を指し示して、先輩は指を軽く振る。上下に動く指は、酷くうっとおしそうだった。

「じゃあ、今、今だけでいいですから」

「嫌だよ」

「とにかく、ほんのちょっと、話すだけですから」

「だから」

「本当に、本当に、本当に、ほんのちょっとですから!」

「分かったよ、好きにしなさい」

 段々大きくなっていく九条の声に耐えかねたように、先輩は折れた。頭をかいて、若干腹立たしげに弥斬を一瞥すると、踵を返して扉の向こうに消える。

 扉が閉ざされる。

 九条は弥斬を振り向いた。

「それじゃ、先輩にああ言ってしまった以上、お喋りでもしようか?」

(俺は、一体どうすればいいんだ?)

 弥斬は途方に暮れて、拳銃を持った相手に逆らうわけにも行かず、項(うな)垂(だ)れた。

 座れとうながされてリビングに置かれたソファに座る。

「俺は、九条。九条くじょう山砥やまと

 九条はテーブルを挟んで向かいのソファの前で黒いジャケットを脱ぎ、背もたれにかけると足を組んで座った。

 深く腰掛けて、ソファに体重を預けきっている。

「じゃあ、まあ、何でもいいから」

 骨ばった手を差し伸べられて、弥斬は言葉を探した。

 何でもいいからと言われて困ったことは何度もあったが、これほど必死だったのは初めてだ。

「質問、しても……いい、ですか」

「いいですよ」

「何で、助けたん……ですか」

 九条の行動は滅茶苦茶だったが、一応弥斬を救ったことになるのだろう。九条は何も考えていないような、心が肉体から離れているかのような顔をして喋った。

「あぁ、意味も無く、助けたくなっちゃったんだよね。まぁ知らなかったけどさ、異能とか、そういうの関係ないな。俺、先輩にも叱られるけど、時々そういうことあるんだよな」

「異能じゃね……じゃない、んですか」

「敬語は使えて損は無いけど、無理に作る必要ない。窮屈だって顔してるし」

 打って変わって気楽な雰囲気で、弥斬の言葉を押しとどめ、九条は天井を仰いだ。緊張した面持ちの弥斬とは正反対だ。

「そうそう。一応、一般人。何の能力も無いね。君とは違うわけだ」

 でなきゃこんなもん持ってないよと、銃を回転させる。

「武装しなきゃ、やっていけないんだ」

「あの人、も?」

「ああ、そう。先輩も」

 九条は頷く。

「俺達これでも鍛えてるんだ。戦おうって意志があるから。凡人でも、鍛えればある程度強くなれる。体も、心も、頭も」

 九条は、立ち上がると身近な引き出しから工具を取り出し、拳銃を分解し始めた。

「世の中、異能と凡人じゃない。こっち側に居るか、あっち側に居るかだ。俺たち、そういう意味では素直に一般人とは言えないしな」

 暇つぶしのように硬質な光を反射する拳銃の手入れをしながら、淡々と九条は言った。

「でも、大体の一般人は、こっち側の存在を知らない」

 こっちってどっちか分かるか、と九条は尋ねる。弥斬は、考えてから首を振る。

「戦いと虐殺が公然と行われている場と、行われていない場」

 九条は、拳銃に触れながら自分でも言葉を探しているようだった。

「異能だろうが、凡人だろうが、人は強くならなきゃ。そうでなきゃ、何も守れないんだ」

 おかしいな、お前とこんな話をするなんて、と九条は皮肉めいた笑顔を見せる。笑える九条の心境が、弥斬には理解できない。全く笑えないという点では同意しかねたが、弥斬も同じ気持ちではあった。拳銃を突きつけた男と、和やかに会話しているだなんて。

(ありえないだろ、普通)

 しかし、もうとっくに普通の状況からは逸脱してしまっていることに気付かざるを得なかった。

「俺達は、だから、入れねぇよ。どうやら存在しているらしい、『灰色の領域』にはさ。でも、そこで何かが起こっているらしいってのは、臭う」

 九条は、鼻の頭を指で擦った。

「もう大分、自分の身は自分で守らなければいけない時が来てんだ。分かるだろ。人間とか何とか、言ってらんねえよ。みんな知らないなんて、異常だ」

 弥斬の思案も気にかけず、鋭く尖った視線が、見据える。

「普通の何の能力も持たない人間が、無理矢理異能の世界に踏み込んでどうにかしてやろうってのが俺達の目的だ。例え特殊な能力が無くても、ただ戦闘に特化して鍛えられた人間は異能に対応しうるってのを見せてやる」

 九条の瞳には、どこか狂気のように見える炎に似た感情が揺れていた。

「なぁ、分かるだろ。お前だって、知ってるだろ。能力者だもんな。あの仕掛けガゼットだ。あの、性質の悪い玩具みたいな仕掛け細工。俺と、先輩は今のところあれについて調べている。――〝狗猫ハウンドキャット〟って、聞いたことないか?」

「……知らない」

 素直に初耳だ、という様子を見せる。

「何だ。まぁ、有名でも困るけどな」

 熱心に言葉を並べた割に淡白な対応をすると、九条は説明に掛かった。

「そういうチームを組んでるんだよ。俺もな、その一員」

 チーム、チームと言うと語弊があるか。呟きながら、結局その語弊については話さず話を進める。

「あの仕掛けが、いつから出来たのか。どこにあるのか。増殖のペース。それから、誰が作ったのか。何が、行われているのか」

 九条は拳銃を組み立て直し、まだ無い煙を散らすように唇をすぼめて銃口を軽く吹いた。

「誰が、何のために。それを調べてるんだ。それで、この世界がどっちの方向へ動き出そうとしているのかを、見極めてやろうとしているのさ」

 自らの一部であるかのように拳銃を撫でさすり、だらしなくソファにもたれる。

「俺はもう、話題が尽きたぞ。今度はお前が話せよ。何でもいい、どうせ興味ないんだ。青春っぽい悩み事でもいいけど」

 あからさまな歯に衣を着せぬ言い方に弥斬は嫌悪感を示したが、唇を僅(わず)かに動かした。

 逡巡しゅんじゅんの後、口を閉ざした。

「何だよ、言えないのか?  ……じゃあ、追求はしないけど。ああ、それならどうして襲われてたんだ?」

 質問に答えようとして、顔も見えなかった少女の存在が意識の中に蘇った。口にしかけて、気付かれない程度に呼吸を挟んで言葉を選ぶ。不用意に情報を明かさないことは、習慣化していた。

「分からない……、でも。襲われるのは慣れてる。だから、きっといつもと同じだ」

「へえ?」

「勘違い、されるんだ。異能殺しと」

「お前みたいなガキが?」

 当惑した顔で弥斬を眺め回して、九条は一瞬だけ笑みを浮かべた。

「ほんとか? お前、殺し屋だろ? って言われてるわけ?」

 茶化すような言い草だったが、弥斬は強張った動作で首肯する。

「ふーん。それは、大変だな。……〝狩人ハンター〟かな。どんな奴にしろ、お前みたいなガキ苛めてるなんて、いい趣味してんな」

 声を立てて笑うが、九条の眼はどこまでも冷え切っている。

「で、お前はどうすんの? のうのうと苛められてるだけなわけ? そういや、妙な戦い方してたっけな」

「あの時は、変だったんだ。おかしくて当たり前だ」

 操られていたみたいだった、とは言わない。それに、と弥斬は続けた。

「それに……俺は、戦えない」

「人獣の癖に?」

 配慮の素振りすら無い言葉に、弥斬はいちいち傷付けられた。

 九条の言葉は、ガラスの破片が、皮膚に刺さるようだ。傷口からは鮮血が滲む。赤だ。異能でも、彼と同じ色をしている血しか出てこない。

「好きで、なったわけじゃない。全部、一つでくくるな……!」

「そうか。俺は、なりたかったけどな」

「俺は!」

 弥斬は九条の言葉を遮って、叫んでいた。

「なりたくなんかなかった。友達、を、傷付けたん、だ」

 九条は、無言で弥斬を見つめている。弥斬は、九条と目も合わせられなかった。先ほど一番に思考の中に現れた過去の光景が、目の前に再現されてしまいそうだった。駆け巡る記憶、抑えられなかった力、泣き喚くだけしか出来なかった自分。

 肌に傷一つついていないのに、どこも痛くないのに、服の前が真っ赤に染まっていた。

「そん時、すげぇ、怖くて……。俺は、もう二度と、あんなことしたくない……」

 友人の血の味をまだ、弥斬の舌は覚えている。弥斬にとって、血は正気を失う毒でしかない。友人と呼ぶ存在でもいつの日か鋭い爪で、餌として切り裂いてしまいそうな自分が確実に居る。友人は、その事件について一切の記憶を失っている。だからもう、弥斬は謝ることもできない。彼にとって弥斬は、小学校からの親しい友達の一人でしかないのだ。

 弥斬は自らの能力を、嫌悪する。人であり、獣である。両方のどちらでもない。引き合う二つの均衡の中に生きざるを得ない弥斬の針は、今、明らかに人の方に振れていた。

「はあん。俺は、友達を傷付けたことはねえけど、そりゃあ、辛かったんだろうなあ―――」

 余りにも軽々しい物言いに、弥斬はソファから立ち上がり食って掛かろうとした。眉間に、素早く銃口が向けられる。弥斬は泣きそうになって、九条を見下ろした。

 合点がいった、とでもいいたげに九条は口にする。

「あぁ、何だ。お前、あの時、やられたかったの?」

「……違う」

「じゃあ、俺が死ねばいい?」

 九条は手を翻し、銃口を自分のこめかみに押し当てた。弥斬は躊躇ためらいの無さに息を呑み、身を乗り出した。

「動くな」

 瞬間的に銃口が、弥斬に照準されている。九条は右手に一丁、左手に一丁拳銃を持っていた。片方は少年に、片方は自らに。

 いつでも、どちらでも殺せる状況だ。

「急に動くなよ。急に動いたら、反射で撃っちゃうかもしれない」

 弥斬は唇を噛みながら、時間をかけて手を伸ばし、拳銃を九条の頭かららした。

「やめろ」

「他人だぜ。どうってことないだろ」

「俺は、見たくない!」

「見たくない、ね……。そんな風に我慢ばっかりしてたらさ、いつかお前は死体あさりをするようになると思うけど」

 九条は、肉を目の前に怯える獣を見たみたいに弥斬を嘲笑ちょうしょうした。

「友人を切り裂くか、他の誰かを切り裂くか」

 天秤てんびんに掛けて量れと、迫る。

「切り裂くのを、やめるか。―――永遠に」

 九条は弥斬に向けていた銃を外して、ベルトに挟む。片手にはもう一丁の拳銃を持ったまま、ソファから立ち上がる。

「飽きた。もういいや。好きにしろよ」

 九条は言い捨てると、部屋から出て行った。一人取り残されて、弥斬は言葉を失った。糸が切れたように、ソファにまた座り込んだ。

 ドアが軋んで、学生鞄を持って立つ男が現れる。九条が呼ぶ先輩だった。

「君のじゃないか?」

 先輩が持っていたのは、弥斬の鞄だった。差し出されたものを見て、弥斬は頷いた。先輩は満足気に微笑み、鞄を渡してきた。鞄を膝に抱える。背中の中ほどまで届く長い髪をしていながら、相手に清潔感を与える人間に弥斬は初めて会った。

「これ、……取っ、て来たん」

「ああ、ついさっき。あの子は気が回らないから」

 先輩は、呆れたように肩を竦めた。先輩は弥斬が座るソファの背もたれに手を置いて、話しかけてきた。

「友達っていうのは、女?」

「男、です、けど」

「……意外だな」

 先輩は瞬きをする。

「相手が男でも傷付けたのを心配する? 君は真面目だな」

「何で、ですか」

「真っ先に、僕は女か尋ねただろう。まずそこに僕の先入観がある。分からないはず無い」

 先輩は相手を煙に巻くような語り口で、聞く方にとっては余計に話を難しくした。

「もしも君の相手が女なら、いやらしい損得勘定の心配をしなければならない。性別なんて些細な部品だけれども、残念ながら、余分な感情が加味されれば、こじれる確率はぐんとあがる。生きていれば、孤独のあまり、相手を求めることはある。恋愛感情なんて、狂気の沙汰だ」

 そう思わないかい、と両手を広げる。

「デリカシーのないやつは、必死になって駆け回る。女の子。弱い。助けなければ。思い込みの英雄主義heroismだけでも最悪なのに、自己陶酔narcissismまで足されている。固定観念に上塗りして、自分を英雄のように過信しているんだ。そうすると、こじれるんだよ。助けようなんて、思い上がっちゃいけない。助ける? ふざけるな。お前がするのはただの罪滅ぼしだ。それ以下でもそれ以上でもない」

 弥斬は目を白黒させて、聞いていた。

「女性は助けを待つだけの存在か? 男性は先陣を切って飛びこまなければならないのか? そんなのは最早旧態依然の黴臭い思考だ。無意味nonsenseだ。悪趣味だ。くだらない。……もっとも、最近では若干気付いているような風潮も見られるけれど。でも世の中は未だ黴臭かびくさい大人が支配しているからな」

 話に口を挟む暇すら、与えられない。

「方向性を見失った、愚か者だ。僕たちは皆、道を探さなければいけない」

 だからこそと先輩は言った。

「だからこそ、僕たちは戦うのだ」

 演説を終えた先輩は、微かに微笑んでいた。

「僕はつまり、君が君の友人を欲望の対象にしていないかが気になっていたんだ」

 先輩は、言葉を詰め込まれて意識が朦朧もうろうとしている弥斬に向かって一言でまとめた。きびすを返して、背中を向ける。

「しかし君は友達だからというそれだけの理由で、悔やみ、悩み、助けようとしている」

 先輩は長髪を揺らして振り向いた。

「君は、分かっているな」

「……だって、友達ですから」

「coolだ」

 先輩は、手を握って親指を上向きに立てた。言い終えると、九条が消えて行ったのと同じ扉に向かった。

「巻き込んで悪かったね。あの子は、親切で優しいけれど――。酷く強引で手段を選ばないんだ。あの子はあの子で、気まぐれだしね。帰りたかったら、好きな時に帰りなさい」

 半身を隠して言い、振った手のひらが最後に消える。扉が閉じられた。先輩は、芝居のような仕草の多い変わった人だった。

 弥斬はまた、一人取り残された。例えは悪いが、見た事も無い奇妙な宗教の演説でも聞かされた後のような気分だった。一人一人、信じる物は違うということだろうか。だが自分でも不思議なことに、何故かどこかもっとものような気も、していた。


 窓から見る空は、予想外に夜のとばりが近付いていた。思い立って鞄から携帯電話を取り出すと、着信のランプが明滅していた。画面を確認すると、兄の名前が表示されている。

氷山こおりやま夜貴やき

 履歴から呼び出して、掛けなおす。程なくして、兄が電話に出た。兄も狼であることを、自分以上に弥斬は忘れる。

『どうした? どこにいる? 母さんが心配してた』

「今、何してんの?」

『……何でもいいだろ』

 兄は、笑った。

「……これから、帰るよ」

『そうか、じゃ伝えておくよ』

 返事を聞いてから、通話を切った。鞄を抱え、足音を潜めて移動し、玄関で靴を履き、相変わらず鍵のかかっていない扉を押し開ける。

 ドアノブを捻って、なるべく音が立たないように扉を閉じる。

 階段の方が、エレベーターのあるフロアより近かった。何かに背中を押されているかのごとく、早足で下りていく。九条が拳銃を持って姿を現しそうな気がしていた。彼がいざとなった時に躊躇ためらわないことは、もう既に予想できた。

 焦って最後の方は駆け降り、マンションの正面の道路に出た。

 上がってしまった息を整え、周囲を見渡す。一直線に続く道を、眺めてから歩き出す。アスファルトの上に、足を踏み出していく。周辺の気配を探るが、殺気めいたものは感じられない。

 灰色の、アスファルト―――。街灯が頼りなく、明滅している。弥斬は、回想する。回想してしまう。思い出してしまう。荒んだ、乱れた服装をした高校生くらいの―――。

 灰色の領域で出会い、彼が初めてコオリヤマヤタと名を口走った。存在を探していると言った。弥斬はまだ〝灰色領域〟についても知らず、今よりもっと無知で、幼かった。たった半年しか経っていない。でも、弥斬にとって全てが見事に引っ繰り返された激動の半年だ。

 弥斬はその時、初めて兄の中にオオカミを見た。兄の加害現場を、記憶している。両目を兄の手のひらで覆われて、音しか、声しか聞こえない。激昂する彼と、兄の淀みの無い滑らかな声音が、不安を煽った。

『弥斬、安心していいんだよ。俺はちょっとした悪者を始末しに来ただけだから。こいつは悪人なんだ』

『悪い奴は罰を受けなきゃならないんだよ。それまで人に与えた罪を、罰として背負わなきゃならないんだ』

 記憶は不自然に途切れていて、奇妙な様子を消した兄によって家に近い公園で目覚めさせられた。邪魔だからと明確に口にはしなかったが、足手まといとして気絶させられたのかもしれない。腹が鈍く痛み、上から押さえた。

 得体の知れない兄の行動。

 もしかしたら、兄は?

 疑いのための後ろめたさが、弥斬の足を鈍らせていた。

「ねぇ」

 俯いて歩いていたが、声を掛けられて顔を上げる。一人の少女が居た。弥斬は面食らった。背中に背負った赤いランドセルの持ち手を、両手で握っていた。頭の両脇で二つに結った長い髪は、兎を連想させる。身に纏った雰囲気は、可愛らしいというより危険だった。

 弥斬の脳内で、下校途中の出来事が巻き戻って再生される。

 顔は見ていないが、背格好や服装も合致している。男女に追われて、弥斬が助けようとした少女だ。

「あんたさー、あたしのこと、助けてくれようとしたの?」

 生意気な口調で、ぶつけるように少女は言う。

「それって、余計なお世話なんだけど」

 急な展開についていけなかったが、口が勝手に喋っていた。

「目の前で人が襲われてたら……助けようとするだろ」

「げー。偽善者ぁ。嘘こけクソッ垂れ!」

「き……きったねえ口きくんじゃねえよ!」

「思い上がんないでよねえ。これでも、あたし、超強いんだから」

「何だよ、お前」

「ただの狩人かりゅうど

(ランドセル背負った、二つ結びの華奢な狩人なんて居てたまるか)

 弥斬は不審げに問い返す。

「狩人?」

「そうだってば。赤頭巾ちゃんじゃないって。狼だけじゃなくて、邪魔者をみんな狩るの」

 偉そうにあごを上げて、高飛車に言う。そんなことも知らないのとでも言いたげだ。

「ふうん……」

 弥斬は関わるのが面倒になって、歩き出した。ところが、少女は当然のように髪を跳ねさせながら後を着いてきた。

「なんでどっか行こうとすんの? 信じらーんねーの」

「俺に、何か用でもあるのかよ」

「あたしは無いけど」

「じゃあ来るな」

「でもぉ、」

 少女は確信犯的に語尾を延ばした。弥斬と少女が足を踏み入れた途端、足元から灰色の幕に覆われるように領域が展開する。

「あたしも、異能だし?」

 弥斬は、少女を振り向いた。何だかはかられているようで、苛立っていた。

「何がしたいんだよ」

「わかんない」

「何で、わかんねーんだ」

「姉ちゃんが、あんたと関わって来いって言うんだもん。あたしはわかんなーい」

 お腹減ったぁ、と脈絡無く言って、少女は歩道のブロックに腰を下ろす。弥斬は眉間にしわを寄せながら、どうしたものか考えた。弥斬が歩き出して、領域の範囲内を抜ければ仕掛けは自動的に解除される。だが、領域を出ることが解決に繋がるかはいまいち不明だった。少女は、単純に後をついて来るかもしれないし、戦う意思の無さそうな少女を状況もよく分からないのに放置して行くのは気が引けた。

 弥斬は少なくとも、何らかの情報を引き出せれば自分にも得だろうと、少女に話を振った。

「なぁ、お前……えーと、〝千獣の王〟って知ってるか?」

「え、何それー。ひゃあははっ! あっ、でも、待って聞いたことあるかも」

 ランドセルを横に置くと、ポケットから取り出したポップなキャンディーカラーで、デフォルメされた動物や花などがひしめいているファンシーなメモを広げる。中身を上から覗くと、判読不能な汚い字で何事か書かれていた。平仮名が多用され、漢字も間違っているらしく、読めない。ギャップが激しくて頭痛がした。現実はこんなものだ。

「せんじゅうのおう……えぇ、やっばーい。要注意リストど真ん中」

 少女は、いっそ楽しげにきゃあーっと嬌声を上げた。

「超危ないよ! 強いんじゃない? やーん、やばいやばい!テンション上がる! アゲアゲだね!」

 別の世界の言語を耳にしているような気分だったが、弥斬は尋ねた。

「なぁ、狩人って……」

 話している最中に、九条が似たような単語を口にしていたと思い出す。

「お前、〝ハンター〟ってやつ?」

「え? そーだよ! ていうかそれ、英語にしただけ? あっははは!」

「……じゃあ」

 少女は明るく肯定し、弥斬は沈黙した。

「んー?」

「じゃあ、狩るっていうのは」

「倒すの!」

「……能力チカラで?」

 きょとんとした顔で、少女は言った。

「当たり前っしょ。なーにそれ、ネター?」

「や、じゃ、ねえの。自分の能力で、人を傷付けるとか……」

 少女は、ええーと意地悪く笑った。

「だって戦うだけだもん。人も何も、無いじゃん。みんな人じゃん? 凄い、何かカッコいいんだか悪いんだかーって人もいるけどぉ。最終的には、弱肉強食ってヤツ?」

 声を立てて、屈託くったく無く語る。

「楽しいしぃ。あたし戦うの得意だし、自分に合ってる気もすんのー」

 弥斬は、少女が喋る間中黙っていた。

「大体、あたし邪魔なヤツしか狩らないよぉ。姉ちゃんにも言われるもんー。マジメじゃない?」

「俺は、戦いたくない」

「じゃあ逃げれば?」

「こんな能力欲しくなかった」

 弥斬の呟きを聞いた少女は、目を見開いてから獰猛どうもうに笑った。

 思いの他長い赤い舌を出して、白い歯で舌を挟み、歯を舌から離して言う。

「だったら死ね」

 握り締めた手の中で、一本だけ残した親指を少女は下へ向けた。

「姉ちゃんも言ってたもん。自分に誇りが持てないんだったら、死んだ方がマシ。酷いこと言うよねぇ。……あ、本気にしないでよね! これはあたしの言葉じゃないんだもん。あたし戦うのは好きだけど、基本へーわ主義者だもん。バトるのは、趣味?」

 弥斬は、次から次へとマシンガンのように打ち出される少女の話に巻き込まれ、立ち尽くしていた。

「にしても、なーんか興味なくなって来ちゃった。テンション下がるぅー」

 ランドセルの取っ手を握って、両足を暴れさせる。唸りながら身悶えていたが、勢い良く立ち上がって弥斬に向け言い放った。

「あたしもう十分喋ったし、もういいよねぇ? うんそうしよ。飽きちゃったもん。帰る」

 七分丈のジーンズをはたいて、汚れが無いかどうかをおざなりに確認する。少女は弥斬の顔を見て、言葉を零した。

「逃げたいんだっけ? そんな目してないじゃん」

 口ばっかり、とけたけた笑った。

「本当は本気じゃないんじゃないのぉー?」

 笑いの止まらない口元を両手で隠して、少女はあっという間に走って行った。

(今日は、初対面の人間に片っ端から飽きられる日なのか)

 だとしたら厄日としかいいようがない。

「最悪だ……」

「そうかい?」

 弥斬が苦々しく独り言を口にしたその時、たくましく重い手のひらが肩の上に置かれた。

「こっちにとっちゃ、最高の日かも知れねえなあ」

 領域はまだ解除されていない。

 弥斬は、気付かれないように息を吸い込んだ。

 強烈な予感があった。

ってのはお前の名前だろう?」

 その通りだ。

 背の高い男を、見上げる。男は、仮面をつけている。仮面から溢(あふ)れた髪がたてがみのように散らばっていた。振り乱された頭髪は、黄金そのもののように輝いた。仮面の奥の目が細められたが、笑ってはいない。弱者をいたぶる愉(ゆ)悦(えつ)も、これっぽっちも感じられなかった。仮面が指先で外される。仮面の下から現れた顔立ちは荒々しくも整った造形をしていて、服の上からでも中身が鍛え抜かれた肉体だと分かる。

「俺がアタマだ」

 親指で自らを指し示し、尖った牙を剥き出す。

「〝千獣のキングオブサウザンビースト〟頭領、創元そうげん金司きんじ

 聞いたことはあるよな?

 問いかける男の脇には、影のように二人が控えていた。一人は男、もう一人は女だった。女の姿には、見覚えがあった。昨日、弥斬を襲った少女だ。

「―――〝狼狩り〟。〝狩り狼〟……か」

 金司が唸る。遠慮無く手のひらで頬を触られる。鋭く尖った爪で傷がつき、赤い筋が刻まれていった。

「そうは見えねえなぁ……。確かに」

「でしょう」

 少女が口にする。

「お前が、俺達の仲間を傷付けたのか?」

 背中を叩かれ、弥斬は紙屑のように吹き飛ぶ。アスファルトを転がって、必死に受身を取る。呼吸がうまくできない。歴然とした力の差を、感じた。

「……マジかよ。力さえ扱えちゃいねえ、ただのガキじゃねえか」

 抱えきれない疑問に対して、創元は苦りきった口調だった。

「おい、こいつの頭、上げてやれ」

「了解」

 男が近付き、容赦なく髪を掴んで引っ張り上げた。うめきながら、仰け反るようにして弥斬の顔がさらされる。背丈が半端じゃなかった。目測で百九十センチメートルを越えるしなやかな巨躯で、動作は信じられないほど緩やかだった。長めの黒髪が仮面の縁にかかっているが、隙間からは顔から首へと伸びる黒い刺青いれずみが見えた。服の袖から現れた腕にも、手の甲にまで渡る同様の刺青が刻まれている。刺青は、時折薄青く光っているように見えた。力の解放と共に、浮き上がるのだ。

「おい、どう思う?」

「何かの間違いではないでしょうか」

「だよなあ」 

「……俺は、違う。違う」

 唇から、必死で単語をしぼり出す。

「何でこっちが訊いても居ないうちから答えられるんだ?」

 言葉に詰まって、歯噛みする。

(聞き飽きてんだよ)

 追い詰められるのも日常茶飯事で、質問が予想できるからだといくら言っても、きっと伝わらない。

「同姓同名、ヒト違いか。珍しい名前だ、確率は低いだろうが……」

 首を捻りつつ、創元は弥斬を検分する。能力を測る―――暴力を、振るう。弥斬は、歴然とした力の差に翻弄ほんろうされ続ける。

 悲鳴が、唇から勝手に出て行く。襟首えりくびを捕まれて、宙ぶらりんになる。何だかなぁ、と創元は当てが外れたというように肩を回した。

 振り返って仲間達に顎をしゃくった。

「引き上げだ、お前ら。こんなガキが仲間を殺しまくった奴とはとても信じられねえ」

 霞む目で、弥斬は金色の瞳を見ていた。

「あばよ、幸運だったな。不運な発育不良の〝ニセ狼狩り〟」

 シャツの喉元を握り締めた指が緩んで、弥斬の体は重力に従って落下しかけた。

「―――おい」

 創元の手が止まる。

 弥斬の目にも、声を発した人物が映った。

「ガキ苛めて、何が楽しいんだよ」

 黒いジャケット、赤いズボンを身にまとい、ヒーロー紛いの登場を決めた、パンクロックな装いの男。拳銃一丁を片手で構え、きつい視線を送っている。

「相当ダセーぜ、〝千獣の王キングオブサウザンビースト〟」

「……何もんだよ」

 一触即発の雰囲気が、辺りに濃厚に漂い出す。

九条くじょう山砥やまと―――猟犬ブラッドハウンドペアレントは、殺猫キルキャット高司たかつかさ克士かつし。〝狗猫ハウンドキャット〟だ」

「あぁ、あの、凡人集団……。どうやって領域ココに?」

「あれの仕掛けを、解明したのさ。それ以上は言えない」

 銃身に唇を当てて、黙る仕草をする。

「だったら、体に聞くまでだな」

 創元が咆哮した。

「おいお前ら!」

 吼える創元に寄り添って立つ二人が、前に一歩進み出る。

 黒髪の男と、赤毛の女だ。

嶋黒しまぐろ一誠いっせい。全ては、若の仰せのままに」

若槻わかつき枻鹿かじか。君主の喜びは、私の喜び」

 背後の集団の声が重なり、雷のように轟(とどろ)いた。

「我等が王に屈服せよ。我等が王に仇為す者に此の世の存在価値は無し。我等千獣の一匹。我等が王、創元そうげん金司きんじ。千獣の王へ忠誠を!」

 弥斬は緩んだ拘束する腕を押しのけて、地面を蹴った。正面衝突した吼え猛る声が、逃げる背中を追い掛けて来る。戦いの合間を縫ってひたすら逃げる。銃声と、声の圧力に押し潰されそうだった。

 走り続ける足の膝が、震えている。手が汗で湿っている。

 呼吸が弾んで治まらない。息が浅くなって続かなくなって、走れなくなった。地面に倒れ込んで、弥斬は膝をつく。どこまで走ったのか、自分が今どこに居るのか。把握できていない。

 顔を、上げた。

 黒いコートの男が立っていた。後姿だった。赤いランドセルを背負った、二つ結びの少女と向かい合って立っていた。

 表情は見えない。その後姿は、

 弥斬が叫ぶ前に黒い影が雨のように降り注ぎ、周囲が闇に包まれた。弥斬は訳のわからない恐怖に駆られ、もがいた。走り出そうとしたが―――体が、動かない。網に捕らわれているようだった。細い紐が四肢をくくって五体を包んで、絡めとって拘束する。全身が糸で縫いつけられているかのようだった。

 覚えのある感覚だ。

 意識を張り詰めさせた瞬間、弥斬は殴られた。腹の中身が一気に逆流して噴出しそうになる。右、左の頬、腹、腿に蹴り、胴に蹴りをもらい弾き飛ばされる。もう一度顔へ、顎へ衝撃が来て、脳が強引に揺さぶられる。弥斬は、吐いた。天地が逆転し、指が気味の悪い濡れたぬるいものに触れた。自分の吐瀉物すら、暗闇の中では認識できない。

 自身の右腕の指が、動いた。動作は、自分の意思ではなかった。弥斬は、立ち上がった。操られている。何者かに。操られながら、弥斬は筋肉の躍動を感じる。関節がどのように稼動しているか。体のばねで、どのように移動しているか。どれほど動かせるのか。どうやれば動かせるのか。弥斬の体は、思い出そうとしていた。弥斬自身が覚えているわけじゃない、血の記憶とでも呼ぶべきもの。

 動きは、次第に滑らかになってくる。動作から動作への繋がりが、徐々に素早くなってくる。余分な動きが、削除されていく。体が次にどう動くのか、弥斬が意識を持っていくだけで、操られた体に速やかに対応できるようになる。

 戦いの最中、弥斬の中に生まれてくる感情があった。

 胸を焦がす、締め上げる、炎のようにくすぶって、内側から体内を焼く感情だ。

 弥斬は、敵に対し、殺意を抱いていた。

 高揚していく。弥斬は笑う、笑う笑う笑う笑う笑う笑う!

 どちらが強者かを競い、弱者を排除し、他人を傷付ける喜びに、笑う! 陶酔が感覚を麻痺させ、戦闘への神経だけが限りなく研ぎ澄まされていく。

 弥斬の爪は、敵を傷付けた。熱い液体を、被った。

 黒い闇は晴れ、周囲の状況が認識できるようになる。

 視点を下げた。目の前に少女の矮躯わいくが転がっていた。片方の取っ手が切れたランドセルが、周囲に落ちていた。教科書や、ノートなど中身が広がっている。路面に、真新しい赤い水溜りが出来ている。細い未発達な体が、中央に沈んでいる。二つに結った長い髪がまだらに、腹部から赤い色が滲み出している。 

 投げ出された腕。反応しない、肉体。

 黒服の男の姿は影も形も無かった。

 弥斬は暗闇の中で自分が戦っていたのが、この少女だったと理解した。

 無意識の内に、自らの頬に触れた指が滑る。液体によって、滑る。指先が赤い。爪の間も、染まっている。小学生の少女と、過去自分が傷付けた小柄な友人の姿が重なる。

 過去と現在の光景が、オーバーラップする。モノクロの記憶と、輝くような鮮烈な色。

 赤だ。赤だ。赤だ。

 弥斬は、口を開いていた。

「赤。だ。赤だ。赤。赤。赤だ、赤だ、赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ赤だ!」

 切り裂いた肉体から、溢れる命の一部を目にする。

(俺の中にも、これが流れているのか!)

「あぁ――――!」

 声にならない、叫びを上げる。猛り狂った獣の咆哮が、割れ鐘のように響き渡った。弥斬の爪がナイフのように尖る。自分の意識で、弥斬は能力をコントロールできていることにも気付かず、爪を、首を絞めるみたいに喉元へ向けた。喉を切り裂く寸前に後頭部に衝撃を受けて、緩慢な速度で意識が闇の中へと落ちていった。

 

 弥斬の体が、崩れ落ちる。

 背後には、黒い服を身に纏った男が立っていた。

「これでいいんだろう」

 男は、声を投げた。声に反応して、建物の影からロングヘアの少女が姿を現した。腕に、銀の輪が光る。横たわった弥斬の影の中から、一部が飛び出して少女の影に消える。

「やあ、影の奏者そうしゃ

洒落しゃれた言い方が得意ね」

 少女は小さく笑った。

「もちろんよ。でも、うーん……残念。あなたみたいな有能な〝狩り手ハンター〟がここを去るなんて。主人パパは悲しむでしょうね」

 少女はどこまで本気か分からない溜息を吐く。夜貴は憂鬱そうな笑いを零(こぼ)し、身に纏った黒いコートの袖から腕を引き抜いた。

「俺はもう、疲れたよ」

「でも、手が〝減る〟よりはマシ。本当に。効率を上げるためには、闇雲に増やすよりも補充を怠らないことが大事」

 弥斬の方に近寄って、兄は弟の傍らにひざまずいた。

「何で俺がお前の名前を語ったのか、お前はずっと疑問に思っていただろ?」

 それは、と囁く。気を失って、耳にすることの出来ない弟に向けて真実を告げる。


「お前の体に傷をつけ」

 夜貴は労わるように傷を負った弥斬の体躯に触れ、

「お前の心に傷をつけ」

 夜貴は弥斬の頬を手の甲を使って撫で、

「お前のその手を血で汚し」

 返り血に染まった弥斬の肌を拭った。

「優しいお前に――この衣を着せるためだ」

 夜貴は、兄として弥斬が友達を襲ったことを知っていた。自分の能力に嫌悪感を抱いていることも、理解していた。

 だからこそ、思い付いた方法だった。

 夜貴は幾多の血を吸った黒いコートを弟の体にかけた。

 もし再び人を傷つけたなら、優しい弟は自分からこの衣を手に取るだろう。血に濡れた手を持つ自分が、普通の、穢れの無い道を生きることを許せなくて―――。

 衣を纏ってしまえば、終わりだ。

 手を血で汚すたび、弥斬は衣を脱げなくなるだろう。

「本当に、いいの?」

「何が、かな」

「能力を捨てるの? 表の世界に迎合するの?」

「でなければ、こんなことをすると思うか?」

 夜貴の顔に、表情は無い。

「いいんだ」

 戦闘区域を生きることに疲弊した兄は、弟をあちこちで流血の生まれる戦いに満ちた隠された世界に置き去りにする。弟を犠牲にして――――卑怯にも、図々しくも、血塗れた狼は薄汚れ適度に暗く濁った明るい世界へと帰る。

 苦々しく、安穏とした、殺伐とかけ離れた世界へ。

「ごめんな、弥斬」

「さようなら、〝狩り狼〟の氷山夜貴」

 別れの挨拶にも振り向かず、かつての狼、氷山夜貴は立ち去った。


 弥斬は目を覚ました。

 状況が理解できない。周辺を見渡したが、そこに死体は無かった。まだ所々乾いていない、血溜りだけが残っていた。夢だったのだろうか。夢だったらいい。妄想だったらいい。弥斬は祈るように思いながら、自らの手を見下ろした。

 尖った爪も、指も、手のひらも、乾いて濁った赤に染まっていた。涙を流す資格も無いと思った。身動きした体から、何かがずり落ちる。首だけ振り向くと、真っ黒いコートが、かかっていた。

 兄の纏っていたものだと、わかった。

 あれが兄だと、弥斬はどこかで確信していた。

(兄ちゃん、あんたのお陰で俺はこんな怪我を負ってんだぜ)

 どうしてだよとぼやきたくなる。通じないことを知っていても、今ここに存在しない兄に向けて。

(どうせ、あんたに出来ることなんかないんだ)

 弥斬は、今一度自分の手のひらを見下ろす。

 もう、戻れない。本当は、最初から分かっていたのかもしれない。

 全身から倦怠感が取り除かれ、感情とは真逆なのに開放されたかのような爽快な気分だった。

 弥斬は、暴力を振るう事に喜びを感じていた。殺意を抱くことに快感を得ていた。自分がそう思っていたという事実を知ってしまったら、もう元には戻れなかった。

 弥斬は他人を自らの手にかけること、彼らの流血に喜びを感じるのだ。

 未だ灰色の領域の中、足音が聞こえた。

「――――契約しましょうか? 氷山弥斬さん」

 振り向くと、一人の髪の長い少女が立っていた。

「貴方には、新しい〝狩人ハンター〟になって頂きたいんです」

 

「お待たせ」

 光の差さない物陰に、幼い少女がうずくまっている。

「……いたぁーい。もくっちゃん、ねえ、サイアク」

 血みどろの服の裾を指先で扱い、怪我を負った少女は不貞腐れた。

「凄い切れてるよぉ。早く治して」

「今、手当てするわよ。私たちにはそれくらい、造作も無いでしょう。すぐに治るんだから」

 そんな事言ったって、と唇を尖らせる。

「あたし、進んで囮になってあげたのに、そんな風に言わなくったっていいじゃんか。ばーか。サド」

「そんな口聞くもんじゃありません」

 サドなのは、認めなくもないけれど。年上の少女はほくそ笑んだ。

「〝千獣の王〟〝狗猫〟……形は違えど、反乱分子と言う点では同じ。敵同士、潰しあってくれて、ラッキーだったわ」

「終わったの?」

「いいえ―――九条山砥は逃げたみたい」

 やっぱり、多勢に無勢よねと年長の重みを乗せた言葉を口にする。

「ねえ、朗報よ」

 年下の少女が、つまらなそうに顔を上げる。

「一人減り、一人増えでプラスマイナスゼロだけど。新しい仲間が出来たわ」

「へえ、一緒に仕事をするの?」

「そう。頑張って働いてもらわなくちゃね」


 ※


 携帯電話から少々甘ったれたような声が流れ、相手は電話口で滔々とうとうと喋った。話を聞く間、荷物を置いて来たコインロッカーの鍵を失くしていないか確かめ、ポケットの中でいじっていた。

『以上が状況の報告です。不明な点などありましたか』

「ああ……。言葉、崩せ。堅っ苦しい」

『あ? うーん……。まあ、一応、ビジネスだから……。組長が怖いのよ。俺としても』

「そーかよ。真面目なやつ」

『ん、でもま、弥斬は仕事滅多にミスらないから俺としても安心』

 それじゃ後ヨロシク、と通話が切れる。相応ふさわしい戦場を設定してくれた、専属の情報屋という奴だ。世の中には本当に色々な職業がある。

 十字路に立つ。人の姿が流れていく。海の中で一人だけ流れに逆らうように、立ち続ける。弥斬は黒いコートを纏って待っている。待ち人は、情報屋の場所設定ではここに、この場所に必ず来るはずだ。―――灰色の領域が組み上がる。一人の男が立っていた。周囲の人込みは消え、二人切りになる。男は、浮浪者のようにみすぼらしい服を着ているが、まだ若かった。顔にも腕にも、足にも、目につく範囲に全て何らかの傷痕がある。獣の爪痕のような、酷い傷痕だった。

 男は直進してきた。走りながら、叫び出した。積年の恨みの相手に出会ったかのように。

氷山こおりやま夜貴やきぃいぃぃいいぃいいああぁああああぁあ!」

 その名前は―――。

 黒コートに黒ジーンズ、黒ブーツを身につけた弥斬は悲しげな瞳をして応えた。

「その名前は違う」

 男には、聞こえていないようだった。

「俺、弥斬やただよ。兄ちゃん」

 男の動作が急停止した。血走った目が見開かれている。

「―――俺の兄貴は引退した。今はもうアンタが憎むこの社会に紛れて、嘘みたいに地味な仕事に精を出してる。正直アンタにあっても、分からねえと思う。兄貴、こっちの仕事してた時の記憶無いから」

 こめかみを突いて、言う。男の瞳が絶望に、染まる。

「でも、心配することはねえんだ」

 コートの裾を払い、足場を確かめる。

「今は、俺が後を継いでる」

 瞳を合わせる。男の目が、精気を取り戻していく。

「だから、積もる話があるなら、それは俺が聞いてやる」

「怨みも、憎しみも、全部。―――今は、俺が〝狼狩り〟だ」

 弥斬は名乗る。―――〝狼狩り〟は、名乗る。

「俺は、氷山こおりやま弥斬やた

 牙を剥き、爪を剥き、咆哮する。

「かかって来いやぁああああああああぁああぁッ!」

 牙と爪が、交錯する。

 ――――運命の十字路。


 他人を傷付けて、自分が能力を使えていると気付いた。とてつも無く、途方も無く、解き放たれていた。全身を喜びが満たす。極々自然で当たり前の動作で、獲物を狩っていた。当たり前であることを禁じられて、弥斬は飢えていた。

 もう逃げることはできない。

 最初から、逃れることなどできはしない。

 ならば、選ばなければいけない。能力を理解した上で、どの道を進むのか。

 戦いが終わったら、弥斬は明るい世界へ戻る。毛皮を内側に押し殺して、まるで無いものであるかのように振る舞い、親しい友の傍で何食わぬ顔をして笑っている。

 狼は、そこにいる。

 血を被る。

 止まらない涙を拭うのをやめて、戦いの中に踊り込んでいく。

 狂気に誘われ、快楽に酔う。酔ってはいけないのだ。頭の一部はいつだって、酔いから醒めている。苦しみ胸の内で叫びながら、解き放たれることを願いながら、叶わないと諦めを知って、ここにしか居場所が無いと知って、生きている。

 一人が孤独じゃないことを、もう知っている。

 例えたった一人の存在でも、それは孤独だってことでは無い。

 だから狼は、終わらない。

 今日も運命の十字路を戦い、生きていく。


 友の傍で。

 独りきりで。


 異能同士の戦いを眺めている者達がいた。

「―――父様。軍隊はいつ作るの?」

「父様――。暴動はいつ起こるの?」

「―――父様。戦争はいつ始まるの?」

「全てはここからだ」

 黒革の戦闘服に身を包んだ二人の少女を腕にすがらせ、男が立っていた。

「程なくして、世界は反転するだろう。今まで無視を決め込んだ裏の世界は、十分に肥大した。戦争が無くとも、人は死ぬ。世界には戦いが満ちている。腐った社会は、自らを母体に、己が生み出した悪の子供と向き合うがいい」

 語る男の表情に、変化は無かった。

「時代には戦争が必要だ」

「素敵ね。父様の愛に忠誠を誓うわ」

 ロングヘアの少女が横顔に見とれるように、言った。

「あたしは、あんまりそうも思わないけどね……」

 頭の横で二つにわけた髪を結った年下の少女が、言う。

 人の中には獣が住み、異なる能力を持った人が闊歩する。

 人々が事実に気付き、世界の罅から新たな光景を見た時、果たして元通りの日常を歩むことが出来るのだろうか。

 男は、厳かに告げた。

「異能は、逆襲を始める」

 

 異能と人間の境界線を乱す異分子を狩る〝狩人〟にして〝狼狩り〟氷山弥斬は、灰色の領域から解放される。人の最中に舞い戻り、自分の物ではない血液を滴らせる姿を影へと隠す。

 弥斬は自分を肯定もしないし、否定もしない。獣と人の間を生きる。

 血を求め、血に逆らう。これからも、この先も。

 携帯電話を片手に、彼は言う。

 友達が、自分を待ってる。

『もう、用事終わったんだ?』

「ああ、―――そうだよ」

 弥斬は頷く。

「もう、終わった。早いだろ?」

 

 プレイヤー、コオリヤマヤタ。

 レベルアップ! ステージクリアー。

 コングラッチュレーション!

 ナウプレイヤー、コンティニュー?

 イエス? ―――イエス。

 ゲーム、リロード。


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  Next stage is coming soon!!!

  ――Cross road wolf――

  Story is not end!!

  Wait for your turn!!

  Cross road wolf

  To be continued....!!!!!!!!!

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『十字路の狼(ジュウジロノオオカミ)』cross road wolf 紺乃遠也 @knoto8

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