第6話 召喚
「え? ……ちょっとひどくない? なんで勝手に人の身体をサイバー体にしちゃうの!?」
しばらく経って、ようやく事態の深刻さが飲み込めてきた私は、アクアに精一杯、抗議する。
「それは、……すみません。このサイバー世界のマザーシステムが、この世界の崩壊の危機を救うには、現実世界から修正者を呼ぶしかないと判断されたのです……」
アクアは、申し訳なさそうに、たれ耳を、更にたれさせた。しょんぼりしているアクアを見ると、怒った私のほうが悪者みたいだ。
「あ、……あのさ、怒ってごめん。アクアが悪い訳じゃないのに。」
「いえ、怒るのは当然です。勝手に呼び出して救ってくれなんて、紗子さんにとっては身勝手な話ですよね。」
「……ですが、どうか、紗子さん、私たちを助けてはくれませんか?」
アクアは、うるうるした瞳で私を見上げてくる。むー、ここで可愛いを武器にするとは……
「いや、でも無理だよ。私に助ける力なんて無いよ……」
力なく抵抗を試みる。
「それは大丈夫です! なにしろ、マザーが、日本国内の全ての人々の情報の中から、救世主として、紗子さん、貴方を選んだのですから。」
アクアは、期待のこもったキラキラした目で、私を見てくる。
……
…………
「いやいや、無理だから。本当に。取り柄もない普通の人だよ、私。なのに修正者とか、意味わからないよ。」
大体、なんで私なんだ。もっといるだろう、オリンピック選手とか、武道の達人とか。
「大丈夫です! この世界を創造されたマザーが、間違えるはずがありませんから。」
アクアは、今度は自信ありげに耳をぴこぴこと動かした。たれ耳が、若干起き上がってきている気がする。
しかし、マザーへの信頼感が凄くて怖い。こちらの生き物は、みんなこんな感じなのだろうか。
「……あのさー。マザーも間違うかもしれないじゃん。マザーが言ったからってだけで、あんまり信じ過ぎないほうがいいんじゃない?」
思わずそういうと、アクアは、衝撃を受けたのか、空中からガクッと落ちてきた。慌てて抱き抱える。
「そんな。……マザーを信じないなんて、あり得ません。考えるだけでも、マザーへの冒涜です。恐ろしい。」
アクアは、私の腕の中で、ぶつぶつと呟く。若干、震えているようだ。
「そんな大げさな。だって、ただのシステムで、神さまって訳じゃないでしょう。」
「この世界にとっては、神と同じです! 世界と私たちを創造されたんですから。」
アクアは、キッと私を睨んでくる。真剣な姿がなんだか可愛くて、頭を撫でた。
でも、確かに。この世界を造ったというなら、アクアにとっては神と同じだろう。
「……アクア。ごめん、言い過ぎた。もうマザーのこと、信じるな、なんて言わないよ。」
この世界でマザーを疑うことができるのは私だけかもしれないと思いながら、アクアにそう言った。
「……念のため聞くけど、この世界を救えば、私は現実世界に帰れるのかな?」
「修正者になっていただけるのですか?!」
アクアは、元気を取り戻すと、私の腕からするりと抜けて、期待のこもった目でキラキラと見上げてくる。
いや、だから期待されても困るのだけれど。
「修正者のことは一旦置いておいて。とりあえず、どうやったら現実世界に戻れるのか教えてよ。」
そう聞くと、アクアは悲しそうな顔をした後、言いにくそうに話し出した。
「ええとですね、……紗子さんを召喚したマザーは、そのときの過負荷によって、機能の大部分を損傷していまして……」
もう、嫌な予感しかしない。
「自己修復のために、この世界を維持する最低限の機能を残して、活動を停止中なのです。本部の見込みでは、復旧に最低2年はかかるだろうと。」
アクアは、真摯な顔で見上げてきた。
「紗子さんを現実世界に戻せるのはマザーだけなので、とりあえずはマザーの復旧を待つしかないのかなと思われます。」
可愛いが、言っている内容は残酷だ。
「2年……」
あまりの長さに、反論する気力も湧かず、ただそう呟いた。
サイバー世界に召喚された私は、この世界を修正する。 紀乃 結也子 @Yuyako_Kino
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