第5話 サイバー世界
「おかしいところって……それは、おかしいところだらけだよ! 目が覚めたら、なんでか渋谷にいるし、部屋着だし、それにホラ、裸足なんだよ、私。」
思わず、足の裏をアクアに見せる。
「あと、なんかコウモリみたいなのに突かれるし、でも誰も助けてくれないし……あと、あと! アクアが喋れるのも、浮かんでるのも変!」
おかしいところなら、いくらだって出てくる。思わず熱くなって叫ぶが、それを全く気にする様子も無く、淡々と仕事をしている警察官もおかしいと思う。
更に続けようとすると、アクアが、もういいです、とばかりに手で制してきた。
わけのわからないストレスをもうちょっと吐き出そうと息を吸った私は、可愛らしいウサギの手の肉球を見て、なんだか気勢を削がれて押し黙った。
なんだよ、可愛いじゃないか。吸った息を吐き出すと、少し落ち着いた。
「今、紗子さんが話したおかしいところですが、それは全て、ここが現実世界ではなく、現実を模したサイバー世界だからです。」
アクアは、淡々と説明してくれるが、サイバー世界だからです、と言われても困ってしまう。
……あの、肉球は、触るとぷにぷになんだろうか。
「なにか質問はありますか?」
「……アクアの肉球、触っていい?」
聞かれたので、今の気持ちを正直に答えた。
すると、アクアは、やれやれ、と言わんばかりに首を振った後、手を差し出してくれた。しばらく、ぷにぷにに癒される。
「……話を聞く準備は出来ましたか?」
「……はい。」
アクアの大人の対応に、現実逃避しきれなくなった私は、しぶしぶ頷く。
「紗子さんは、SNSやメール、電話などを使ってますよね?」
アクアは、私の反応から、最初の最初から説明することにしたようだ。
「毎日どころか、常に使ってるよ。」
むしろ依存してると言っていい。
「私たちは、それらをまとめてサイバー情報と呼んでます。」
「へー。初めて聞いた。」
大体のものは、インターネットと呼んでいるし、それで困らないが。
「サイバー情報は、常に、なりすまし、乗っ取り、データ破壊などの脅威に晒されてます。」
「あ、聞いたことある。SNSのアカウント乗っ取られて、困ったとか。怖いよねー。」
私も、せっかくフォロワー数を頑張って増やしたSNSのアカウントを乗っ取られたら、1週間は泣いて暮らす自信がある。
思ったより話についていけて、調子が出てくる。
「サイバー世界ネオニティは、これらの脅威と戦うためにサイバー情報の脅威を可視化した、現実世界のコピー世界です。」
「へー。カシカして戦うんだー。……」
……もう帰れないかなー。すぐに話についていけなくなった私は、帰る隙を探して、チラチラと交番から外の風景を眺める。
「……紗子さん、簡単には帰れませんよ。」
にっこりと笑いかけてきたアクアの優秀さに、震えが走る。諦めてアクアをまっすぐ見ると、満足気に頷いて話を再開した。先生か。
「ここは、システムが、現実世界をリアルタイムでコピーして再現している世界です。現実のように見える全てはただのコピーで、こちらからは干渉できません。」
「へー?」
そう言われても、ピンと来ないが。
「このサイバー世界に実在していると言えるのは、私や紗子さんのようなサイバー体や、現実世界のサイバー情報の脅威を可視化した、敵性サイバー体だけです。」
「ん? ちょっと待って。……今、私のこと、サイバー体とか言った?」
今まで、話半分に聞いていたが、自分が関わると突然、不安になる。大体、サイバー体ってなんなんだ。
「言いました。サイバー体というのは、サイバー情報だけで構成された、この世界の実体ですね。」
「え? 全然、そんな感じしないんだけど。私の身体って、今、サイバー情報なの? じゃあ、現実世界の私は、どうなっちゃったの?」
そう聞くと、アクアは、一瞬、同情するような顔をした後、こほんと咳をして説明してくれた。
「紗子さんの身体は、サイバー世界のマザーシステムが、全てをサイバー情報に変換し、こちらに召喚したので、現実世界には存在しない、ということになります。」
……
…………
………………えー!?
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