エピローグ

少女の日

 月日は流れ――


「絵里、久しぶり」

「お帰り、みつき」


 2018年の3月のことだった。絵里は祖母の葬儀のために東京から帰省していたみつきと再会することとなった。幼少期から変わらぬ聡明そうな顔に安心感を覚え、にっこりと微笑んだものだ。


 絵里はみつきと町内の喫茶店で、様々なことを話し合った。


「あれからかなり時間が経ってしまったな」

「ねー。わたしたちにお互い子供がいて、一緒に遊ばせるようなことをさせたら、烈火の剣のエピローグっぽいのに」

「どうやらそういう縁はなかったようだ」


 お互い相手がいないことを悲しむこともなく、絵里とみつきは笑い合う。


「絵里は今何をしているんだ?」

「今はね、『古道を守る会』に参加している」


 古道を守る会とは、その名の通り熊野古道の保全はもちろん、観光客たちとともにウォーキングする会だ。熊野古道に看板を立てたり、ゴミを拾ったりと、さらに細かい活動に分かれている。レモン色のジャンパーがスタッフの証であり、よくケーブルテレビの取材を受け、絵里も映されたことがある。また、スタッフの中にはすでに退職した岡島先生の姿もある。今でも絵里を先導し、語り部の役目を担っているのだ。


「そうか。絵里らしい活動をしているじゃないか」

「もうすっかりおばちゃんっぽくなっちゃったけど」


 照れ笑いを浮かべると、みつきはふっと小さく息を吐いた。


「私も、そろそろ別のことをしたくなったところだ」

「別のことって?」

「……熊野の山で、興味深い活動をしている人たちがいるという話を聞いてね。ジビエに携わる女性や、熊野の生態系を守るために林業を営み出した人や、湯の峰の旅館で小栗判官の語り部をしている人の話だよ。私も彼らのように熊野の地で何かをしてみたい。30歳を過ぎると、また子供のようにいろいろやりたくなってくるんだ。まあ、具体的にはまだ何も決まっていないけど」

「ということは、こっちに住むんだ。よかった」

「とまあ、この話も、あとでなかったことになるかもしれない」

「そんな……」


 ふふっと笑うみつき。そのチャレンジ精神は、かつての山岳部部長のころからまったく色褪せていなかった。


 ふと、窓の外を見るとリュックを背負った少女が二人歩いていた。

 一目で彼女たちが登山靴を履いているのに気付き、みつきが興味を抱く。


「……この街の子かな? 昔の私たちに似ているじゃないか」

「ほんとだ。目つきの悪さがみつきそっくり」


 二人はバス停で立ち止まると、そのまま次に停車したバスに乗り始めた。


「那智山行きのバスに乗ったな。これから、那智の滝や那智高原へ行くのかもしれない。将来有望だ」

「山岳部なのかな?」

「……だと、いいな。今年は2018年だから……大会はまた金剛山・大和葛城山か……。彼女たちもいろいろがんばっているのかもしれない」

「懐かしいね」

「そうだな……。優華もあきらも、元気にしているだろうか」

「優華は中国地方でバスガイドやってるって聞いたけど。あきらはどこで何をしているやら……でも、たぶん楽しいことをしているだろうね」


 ずずずっと。


 クリームソーダを飲み干し、からんとグラスの中で氷が音を鳴らす。


「ねえ、みつき。よかったらだけど、一緒に山に登ってみない? 那智駅から、那智山まで、一緒に。水害から復興した街を見てほしいんだ」

「いいよ、私も……絵里と再会したらそうするつもりだったんだ」

「それじゃ、一緒に行こう!」


 にっこりとほほ笑むと、絵里とみつきは会計を済まし、外へと飛び出した。



 新たなる光の下で――


 歩調と肩を合わせて――


 二人は共に歩んでいく。



 野ゆき

  山ゆき

   海辺ゆき



 少女だったときを思い出しながら――

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縦走ガールズ アルキメイトツカサ @misakishizuno

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