ボーナストラック

DVD三巻 限定版特典

 THEMIS本部、廊下。


「ど、どぅわぇーッ!?」

「おい、なんの騒ぎだ本郷。休憩時間中とはいえ傍迷惑だぞ」

「はッはははははじめさん! ごめんなさいッ!」

「まあいいが、……なぜ立ちふさがる?」

「えッ、えーと、ちょっとその休憩室はいま大変で」

「何を言ってるんだお前は。誰かいるのか?」

「あ、ストップ、おわっと、ちょッ、なんとおーッ!」

「……ははあ」

「う、ううッ」

「猫だか犬だかカピバラだか知らんが、バレるなよ」

「え」

「司令には黙っておいてやる。まあ、私にも経験はあるからな」


 四畳半の休憩室。こたつとみかん箱が置かれている。


「……あそこで彼氏とか言われなかったの、私、どういう顔したらいいのかなあ」

「俺に聞くな。というかなんで俺を匿ったんだお前。敵だろうが」

「みかん」

「あん?」

「本郷みかん。私の名前! あなたは?」

「名前はない。つうか設定されてねえ」

「うーん、じゃあ、目玉だからアイジロー……だと風見かざみちゃんに怒られそうだし」

「何言ってんだお前」

「みかん!」

「……みかんな」

「よし。じゃあちょっとひねってEYEエイジロー! これで!」

「お前ちょっとおかしいだろ!? なんでハイドラ普通に飼おうとしてんだよ!?」

「え、だって、喋れる相手なら、話せばわかるかもしれないし」

「お前なあ」

「人は襲わないんでしょ?」

「そりゃそうだが」

「合言葉はぁー、なんとかなる!」

「お前らさてはバカだな? 人類最後の砦とか言ってるけどバカだな?」

「喋るハイドラなんて見たことないしさ。ね、エイジロー、どうして喋れるの?」

「定着させる気かよ! あとおまけコーナーに詳しい設定を求めるなよ!」


 数カット後。

 遠景コンビナート、爆発炎上して崩れゆく巨大ハイドラ。

 埠頭。本郷みかんとミカン箱に入った小型ハイドラ。


「泣くなよみかん。わかってたろ、こんなことは」

「うん。ごめん、ごめんね。やっぱり、一緒にはいられないみたい」

「いいさ。俺はハイドラ、お前らは人間。無理があったんだろう」

「でも、私。エイジローに優しくしちゃったから」

「だから、いいさ。今回はダメだったが、そのうちうまくいくかもしれん」

「ほんとに、そう思う?」

「話せばわかる。なんとかなる、だろ?」

「あはは。なんか話があべこべだ」

「百年くらい隠れてれば、珍獣で済むかもしれんしな」

「うん」


 海へ押し出されるミカン箱。切り絵切り絵した波に流されていく。


「さよなら、エイジロー」

「あばよ。みかん」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 波間から見上げる空は、ゆっくりと朱の色に染まりはじめていた。

 潮風を粘膜に感じながら、エイジローは単眼をぎょろぎょろと蠢かせる。


「にしても、どこへ流れ着くんだかなあ……続きあるのか、これは?」


 海の上、人類と侵略者の大戦争など知らず変わらぬ空の色を見る。

 水平線からのぞく朝日に、エイジローは単眼を白めた。


「まあ、なんとかなる、か」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 第三栄光パレス一〇三号室の片隅、最初の持ち込み家具だった、潮で飴色になった木のミカン箱が、いまも表書きを壁に向けて鎮座している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無尽宮ものがたり 里村 邦彦 @satmra

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ