夢と現実

七戸寧子 / 栗饅頭

本編

 夜の一時半ぐらいだったか。

 私は二階にある自室の明かりを豆電球だけにして、部屋の隅のベッドに潜り込んだ。横向きになり、入り口の扉の方を見ながら半胎児型と呼ばれる姿勢で眠りにつく。





 しばらくして、夜中に、とんとんとんとんという音で目が覚めた。誰かが階段を登る音だ。私の家族は人間が四人、犬と金魚が一匹ずつという構成だが兄は大学、父は単身赴任で家に居ないので実際人間でこの家に住んでいるのは母と私の二人だけだった。つまりこの足音は母のものである。


 かちゃりと小さな音がして、自室の扉が開いた。私の寝ている時に部屋に入ってくるなんて今まで無かったし、そもそも私がいる時に部屋に入るのは朝なかなか起きてこない時ぐらいしかなかったので驚いた。

 しかし、わざわざそれで起きて対応するのも面倒だったので、そのまままぶたを閉じて寝ることにした。


 母が何やら小声で独り言をしているのが聞こえる。もう私も十代半ばと呼ばれる年齢なのにその寝顔を見に来るのは少々気恥しいものであった。


 こっそりとまぶたを開ける。


 しかし、そこには誰も居なかった。


 私は動揺し、身体を起こそうとしたが金縛りのようなものに遭い恐怖に怯えることしか出来なかった。ベッドから垂れた右手に、ひたひたと何かが触る感触がする。

 手で触られているようだが、暖かくは無いし逆に冷たくも無い、はたまた常温にも感じないという不思議なものだった。





 気がついたら天井を見上げて汗だくになっていた。身体は普通に動き、暗い部屋の中で電波時計の上部ボタンを押して時間を確認する。二時十五分と、寝てからあまり時間が経っていないことが分かった。


 先程の出来事は夢だろうか。頬をぎゅっとつねり、痛みで今が現実であることを確認する。

 丑三つ時にあんな夢を見るなんて恐ろしい。私はそのような怪談などの類が苦手で、忘れようとしながら布団に頭ごと入り込んだ。


 しかし、どうも寝付けない。

 理由は分かっていた、尿意である。

 いつもならトイレに行きさっさと寝に戻るところだが、今日は恐ろしくてそれが出来ない。

 かと言って、放置しているのもまずい。

 私は勇気を振り絞り、幼稚園の頃から大事にしている青いクマのぬいぐるみとアニメキャラのジャンボサイズぬいぐるみを両脇に抱え、たった数メートルの廊下を歩きトイレに向かった。


 用を済ませ、廊下に置いてあったぬいぐるみ達を抱え部屋に戻った。二つを定位置に戻し、また布団に潜る。確か、二時半頃の出来事だっただろうか。





 また、階段を登る音で目が覚める。後にわかることだが、正しくは「目が覚めた」ではなく「夢の世界に引きずり込まれた」だが。


 扉が開き、何かが床に置かれる音がした。その直後、小さな部屋の中をタカタカタカタカと軽快に走り回る音が聞こえ始めた。


 この足音は聞き慣れたもので、我が家の愛犬が私の部屋に珍しく入れてもらうと嬉しくて飛び跳ねる音だった。いつもなら微笑ましいその光景を眺めるものだが、今回は恐怖した。


 目を閉じたままでいればよかったのに、夢の中の私はまぶたを開いてしまった。暗闇の中で得体の知れない何かが走り回り、閉めたはずと扉が半開きになっているのを目撃してしまった。


 相変わらず身体は動かせなかったが、右手だけは多少自由に動かせた。夢であってくれと頬をつねる。痛みは無く、夢だと確信したが恐怖は消えず愛犬と同じように走る黒い塊を眺め続けた。


 気がつくと今度はリビングにいた。一階で寝る親に二階に上がらなかったかしつこく質問した。しかし、答えはNoで、愛犬も騒ぐ私を眠そうに見つめていた。確か、時計は四時頃を指していただろうか。





 今度こそ本当に目が覚めた。時計は三時半、さっき部屋を何かが走っていたのも、リビングで親に質問を浴びせたのも夢だったようだ。


 今度こそ本当に恐ろしくなり、さっきのぬいぐるみ二つを布団に一緒に入れて目を閉じる。夢の中で感じた恐怖が身体に残っていたのか、全身に何かが食い込んだような痺れと動きにくさを感じ、寝についた。





 次に目が覚めたのは朝だった。外からの光がカーテンを透かし、安心感を私に与えてくれた。

 私はベッド下に置いたスマートフォンを取り出し、SNS徘徊で心を鎮めた後に一階に降りた。


「おはよう」


 母に挨拶をする。すると、おはようの返事に続いて質問をされた。


「昨日の夜中トイレ行った?」


 私はYesで答える。私がトイレに行ったアリバイがある以上、汗だくで目覚めたのは現実で、そうなればその前後に手を触られる感触があったのも部屋を黒い何かが走り回っていたのも夢で確定だろう。


「そう、水流す音が聞こえたからトイレかなぁって。ところで、ほっぺどうした?青くなってるよ?」


 母が私の頬を指さす。そういえば例のトイレに行った時頬を思い切りつねった。その痕が出来たのだろう、私は鏡で確認をする。


 私は動揺した。


 母の言う通り、親指の爪を食い込ませたところが青い痕になっていた。問題はそこではない。



 爪の痕が二回分あったことだ。

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夢と現実 七戸寧子 / 栗饅頭 @kurimanzyuu

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