別の世界から突如もたらされた『概念』と、それをめぐる人々の物語

 異世界転生、という概念そのものを、特段の理由もなくまた必要以上に大真面目に考えて、ものすごく面白いものにしてしまった、という印象のお話です。平たくいえば「どういうことなの」。すごいお話です。

 通常、というか一般にというか、『異世界転生』という概念そのものは、ある種マクガフィン的な使われ方をするものだという印象があります。現世があって、別の世界がある。そこに主人公が転移する。現世で培った知識や技能をもって活躍する。その『活躍』が主軸であり、そのためのお膳立てが『異世界転生』という設定。異世界に転生することそのものについては、本質的には結構どうでもいい部分だったりするものだと思うのです。
 本作はそのあたりのアプローチの仕方が違うというか、「現世ともうひとつの別の世界があって、現世側からもう一方に何かが転移する」という、ただそこだけをしっかり押さえたうえで何ができる(起こる)のか、といった作品です。

 転移するのは一冊のノート。本来その世界には存在するはずのないもの。転移先の世界は一応ファンタジー(空想)世界ではあるのですが、魔法といった超常技能や現世には存在しない異種族のようなものはありません。どちらかといえば現実世界の中世・近世に近く、つまりファンタジーというよりはある種のSF的な思考実験のような、そういった様相を呈してきます。
 こう書くとなんだか難しい話のようにも見えますが、さにあらず。語弊をいとわずあえて言います、安心してください、このお話は一言でいえば『アホ』です。突然厳密かつ壮大な歴史ものが始まって、登場人物の言動は大真面目でリアリティがあるのに何故か(というか、だからこそ)コミカルで、つまるところこれは壮大な与太話です。真剣で、緻密で、繊細かつ濃密であるのに、しかしそうであればあるほど増していく与太話感。
 このお話がどこに向かっているのか、何を読まされているのかまるでわからない。なのに面白い、というか、だから面白い。ある意味では「アイデアの勝利」とも言えるのですが、アイデアをただアイデアだけで終わらせない、それを元にどんどん面白さを積み重ねて膨らませていく、その熟練の職人のような徹底した姿勢が本作の最大の魅力であるように思います。

 作品の魅力として、ある種のシニカルさのようなものは確かにある、と思います。事実、ジャンルとしての騎士道物語に対する『ドン・キホーテ』のような、そういった風刺的な意味合いを読み取ることも可能なのですが、しかし個人的にはそういう印象はあまりありません。ただ『異世界転生』という単純なルールを間違いなくなぞったそのうえで、この作者の一番面白いものを叩きつけてきた。そんな感想を抱きました。
 シニカルさが生きているのは他の部分、例えば作中の『サッカー』の開祖たる『聖四祖』。彼らの行動原理や目的の、そのびっくりするくらいの身勝手さや噛み合わなさ加減。何か偉大なことを成し遂げる感動の物語が、でも実際の内情はまあこんなもの、といったような。翻って、なんかみんな好き勝手やってるのにどんどんすごいものができていく(しかも『すごいもの』ではあるのに現実のサッカーを知っている立場からすると斜め上に見える)、その不思議な小気味良さ。ただ楽しく、面白い。作者の「これが面白いんだ」を真っ直ぐぶつけられているみたいな、そういう爽快感がありました。

 騙されたと思って読んでみてください。騙されますから。異世界転生もの、といった作品に期待する魅力、それとは明らかに違うものが飛んできます。飛んできますが、でも飛んできたその『何か』は、間違いなく面白い何かです。保証します。ぜひ。