俺が人食い野郎といる理由

苦竹佐戸

無題

 夜の街を彷徨あるく女に声を掛ける。

 

 髪は途中まで脱色してプリンのよう。

服は豹柄で丈の短いタイトワンピース。

 だがそこから覗かせる脚はお世辞にも長いとは言えないし、厚底のヒールが嘲笑わらいを誘う。

 しかし、小麦色で張りのある肌は健康的に見えるし、その笑みからもれる吐息からは煙草などの匂いはしない。

 それに全体的に痩せてる印象だが、その一際目立つ安産型の尻はとてもいい。

 

 俺の隣から唾の飲み込む音がする。どうやら蟹さんのストライクゾーンど真ん中のようだ。


 「何、おっさんたち? 二人だと高いよ?」


 女はニヤニヤしながら言う。その顔からは知性は感じられない。

 予想通りのことで声を掛けられることが多いようだ。

 俺は懐から財布を取り出すと見せつけるように札を引抜き、女に握らせる。

 女は金額に満足したのか俺の腕に纏わり付いてきた。


 

 俺たちが車に乗り込み走り出してからいくらか経った。

 女はどんどん都市部から離れていくことに不審がり始めたが、連れの蟹さんが田舎暮らしの金持ちだと伝えると、猫なで声で蟹さんに寄れかかるのだった。

 女慣れしていない蟹さんの慌てた声を背中に聞きながら街外れの屋敷へと向かった。


 

 屋敷へ着くと女を浴室に案内して俺はいつもの様に支度をする。

 服を脱いで裸になると軽く湿らせた手拭いで自分の相棒を丁寧に磨く。俺はこいつで何人もの女をイカせてきた。今の俺があるのは相棒こいつがあってこそだ。


「りっ陵くん、おっお待たせ」

 

 声のする方を見ると蟹さんが全裸で立っていた。どうやら準備は万端なようだ。

 俺はニヤリと笑うと、蟹さんに静かにするようにジェスチャーする。

 

 浴室の扉を開けると女の鼻歌が聞こえてきた。確か川崎あゆみだったか。意外と古いな。

 まるで宮殿付きのような広い浴室を歩き、浴槽に浸かる女の後ろに立つ。

 流石にここまで近付くとこのアホも気づいたのか声をかけてきた。

 しかし、大きな浴槽に夢中なのかこっちを振り向く様子はない。

 

「こんな豪華なお風呂初めてだよぅ。もしかしてここでいつもシてるの?」

 

 まぁ、そうだな。何しろ広いし片付けも簡単だからな。


「それわかるー。終わったらそのまま体洗いたいもんね」


 ああ、汚れはすぐ落とすに限る。

 だよねー、とこっちを振り向く。

 ちょうど目線があったのか俺の股間を見ながらニヤニヤし始めた。

 

「なんだ。もうやる気マンマンじゃんか。あんたの相棒、すごいおっきいね」


 それはどうも。だが生憎と俺の相棒はそれじゃなくてこれだ。

 女が俺の台詞を聞いて上げたその顔に、後ろ手に持っていた俺の相棒ゴムハンマーを降り下ろす。

 女はろくに反応出来ず、ハンマーが顔面に当たる。その痛みに女はうずくまるが俺はお構い無しにハンマーを振り下ろす

 何度も何度も何度も。一打一打を乱雑に、丁寧に、乱暴に、愛でるように。柄を通じて肉が潰れる感触、骨が折れる音を感じる。そのたびに、逸物がいきり立つ。


 逸物が果てるまで叩くと女が動かなくなっていることに気付いた。

 俺は慌てて女を浴槽から引摺りだす。

 まだ辛うじて生きてるのか、女の口から呻くような声が漏れた。

 それを聞いてまた逸物が漲る。頑丈に産んでくれたこいつのお母さんに感謝。

 最初の一打しか顔に当たらなかったとはいえ、それでっちゃう奴もいるからな。

 女の頭に水を引っ被せてから膝を思い切りハンマーで叩く。もしもーし?


「ッ、あぁあッ!?」


 気が付いたのか、女はブス色に腫れ上がった顔を歪ませてもがき始める。

 どうやら片目は潰れてしまったみたいだな。

 顔を背けたのでその潰れた目に指を引っ掻けてこっちを向かせる。

 叫んで五月蝿かったので女の身体をハンマーで何度か打ち付ける。

 静かになった女の顔を掴んでよく観察する。


 右側は大きく腫れ上がり、くぼんだ瞼からは水っぽい血が流れている。

 無事な左側も涙やら鼻水やらを垂れ流している。

 さっきのが効いたのか、顔を背けないように必死に堪えている。だがやっぱり怖いのか、その目は俺から逃げるように限界まで横を向いている。

 その滑稽な姿がまた俺の逸物に血を滾らせる。

 堪らない。もっと歪む顔を見たい。

 俺は女の髪を掴むと、仰向けになるように引き倒す。

 また騒いだので躾るつもりでハンマーを振り下ろすが、我慢が利かずにそのまま打ち続けてしまう。

 俺の逸物が収まる気配は全くなかった。

 


「りっ陵くん、もっもういいかな」


 我に返ると目の前には女の残骸が転がっていた。

 手足は至るところで折れ曲がっていて、身体は元の肌が分からないほどに痣だらけになっている。

 そして頭は原形を留められないほど凸凹になってしまっていた。


 俺は声がしたほうを見ると蟹さんが浴室の扉から顔を覗かせていた。どうやら結構待たせてしまったらしい。

 俺は疲れ果てた身体を動かし、浴槽の縁に腰を下ろして蟹さんに手招きをする。

 

 それを見た蟹さんはウキウキとした顔で女の近くにしゃがむと、女の手を持ち上げ、おもむろに指を咥えるとそれを噛み千切った。

 蟹さんは味わうようにゆっくりと咀嚼する。

 そして飲み込むと、また女の手にかぶり付く。

 そうして蟹さんは見る見るうちに食べ進めて、肩までその胃に収めてしまった。


 蟹さんの食欲には毎度驚かされるが、今回は特に顕著だ。

 俺は立ち上がり、蟹さんに一声掛けてシャワーを浴びることにした。


「やっぱり凌くんは女の子の扱いが上手いよね。僕一人じゃこうはいかないもの」


 ああ、誰だって鼻息荒くしながらヨダレ垂らしてる奴には近づきたくないからな。

 たとえ、蟹さんがシャイニーズ顔負けの優男でも、台無しだ。


 蟹さんと組んで直ぐの頃は、この人のメシへの堪え性の無さに頭を抱えたものだ。

 何しろ、好みの女を見つけると、興奮し過ぎて周りが見えなくなってしまうからな。これでは折角のイケメンが台無しだ。

 それでも、最近は少しは堪えられるようになったみたいだが、それでも童貞みたいにキョドキョドしちまってて、話にならないんだけどな。

 

 「ふー、ご馳走さまでした。凌くん、シャワー終わったら交代してね」


 もう、食べ終わったのか。人間一人をこの短時間で平らげるとは……。

 何度見ても面白いよな。大食い大会とかに出れば稼げそうだ。


 「人間以外はそんなに食べれないよ。それに、そんなのに出なくてもお金には困ってないもの」


 俺はシャワーを蟹さんに譲ると浴槽の湯に体を沈める。

 ……ぬるいな。それに血が混ざったのか鉄臭い。仕方ない。お湯を足して誤魔化すか。


 「ちょっと! お湯を出すならい言ってよ。シャワーの出が悪くなるでしょ」


 いちいち細かい奴だな。風呂の温度が良くなるまで待ってろ。あぁ、ついでに壁に飛んだ血も流しといてくれ。

 俺は文句を言いながら壁を洗い始める蟹さんを眺める。

 男にしては少し長い髪は濡れて黒真珠みたいに黒く輝いている。

 しかし、なんであんな艶やかなんだ? 手入れの違いか? ますます女みたいな奴だ。

 白い肌は暖まって血色が良くなったのか、それともまだ血が完璧に流れ落ちてないのかほんのり赤い。

 手足は細く、長い。いったいその細腕のどこに、人間の体を容易く解体出来る筋肉がついてるのだろうか。

 そのボディラインはさっき人間一人を平らげたとは思えないほどにスマートだ。

 しかも、腹にうっすらシックスパックが浮いてやがる。いつも食っちゃ寝てばっかの癖しやがって。

 ムカついたので桶に水を張り、ちょうど背中を向けた蟹さんに浴びせる。


 

 俺は風呂から上がると、蟹さんのわめき声をBGMに体を拭き、服を着る。

 女の服やバックを持ってリビングへ行くと、暖炉の前の椅子に腰掛ける。女の服を暖炉の火に焚べると、バックの中を漁る。

 お目当ての財布から現金を抜き取るとポケットに捩じ込み、近くのテーブルに置いてあった万能バサミで財布と鞄を細かくして、また火に焚べる。

 それらがゆっくりと燃えていくのをぼんやりと眺めがら、女との出会いから別れまでを振り返る。こうすることで自分の中で燻る心を落ち着かせるのだ。

 

 ここに移り住んでから、俺は女たちを殺す度にこうするようになった。

 蟹さんと一緒になる前は女の遺体を眺めてたんだが、蟹さんが食べてしまうものだから、それが出来なくなった。すると、たちまち調子が悪くなってしまった。

 おれも色々と試してみた。タバコの量を増やしてみたり、目についたチンピラどもを片っ端から半殺しにしてみたり。どれも効果が薄かったが、火に焚べること こ れ は格別だった。

 むしろ、今までより調子が良くなった。それ以来、俺はこの習慣を欠かさず行うことにしてる。


 そんな至福の時間を過ごしていた俺だが、頬に冷たいものを押し付けられて我に帰る。

 ……ぶっ殺してやりたいが、戦えば間違いなく負ける。我慢だ我慢。

 振り向くと、氷が入ったグラスを両手に、したり顔をした蟹さんが立っていた。


 「さっきのお返しさ。さぁ、乾杯をしよう!」


 俺に片方のグラスを手渡し、ウキウキした様子で棚に並べられた酒瓶から一本を手に取り、封を切ると俺のグラスと自分のグラスに注ぐ。


 「彼女との素敵な出会いと別れに!」


 俺はグラスを突き出した蟹さんを睨むが、彼は気にする様子もなく、急かすようにグラスを揺らす。

 俺は溜め息をつくとグラスを当てて、グラスの中身を一気に呷る。

 喉がカッと熱くなる。予想以上の度数に思わず噎せてる俺を見て、蟹さんは大笑いしながら酒を呷る。

 しかし、直ぐに霧吹みたいに噴き出すとビックリした顔をしながら酒瓶をみる。

 その顔が可笑しくて、つい笑ってしまう。蟹さんもつられて笑い始める。

 こうして、俺たちは朝まで飲み明かしたのだった。


 目を覚ますと蟹さんの姿がなかった。どうやら、出掛けたらしい。

 俺はダイニングに行くと、グラスに水を注いで渇いた喉に流し込む。あぁ、生き返る。

 もう一杯飲もうと水を注いだところで、勢いよく扉を開けて、興奮した様子の蟹さんが入ってきた。


 「おはよう凌くん今朝出掛けたら素晴らしい女性ひとを見掛けたんだ! あの美しい髪! 瑞々しい肌! 服の上からでも分かる肉! なによりも自信に満ちた瞳! この気持ち間違いないこれは一目惚れだ!」


 ……取り敢えず、落ち着け。


 俺はグラスの水を蟹さんの顔に引っかけててやった。

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俺が人食い野郎といる理由 苦竹佐戸 @nigatake_sado

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