第5話 イッツァ・パーフェクトゲーム

 宗介と一成の怪しい商談がまとまり、ひとまず空手同好会の協力を取り付けることには成功した。


 とはいえ、かなめはいったいどうやって宗介が一成を説得したのか分かっておらず、多少の居心地の悪さを感じていた。


 特に、商談がまとまったときに聴こえた、『よし。なら俺たちは試合に勝つまでは手を貸してやる』という一成の一言が気にかかる。が、そのことを宗介に訊いても、「こちらの話だ」と取り合ってくれない。絶対になにか隠している。


 遠くからなんとか聴こえた言葉といえば、『けっと……ぶし……じゃーも……』という、なんだかよくわからない言葉ばかり。おそらくは下らない決闘かなんかの約束で釣ったのだろうとは思うが、はてさて。


「うーん」


 考えていても分からないものは分からないので、かなめは伸びをしながらいったん考えをリセットすることにした。相手は宗介なのだ。考えるだけ時間の無駄ということもある。


 なんにせよ、運動のできる男子が4人増えたのは喜ばしい。先行きに不安を感じるよりも、今あげた成果を喜ぼうではないか。


 運動神経抜群の一成はもちろん、他の同好会メンバー、マロン、ワッフル、ショコラ(かなめが勝手につけた呼び名である)も頼もしく見えた。どう見たってパワーヒッター。あの筋肉量でホームランを打てなかったら、それはもう筋肉詐欺罪で収監されるレベルだろう。


「これで、あたしにソースケ、キョーコと椿くんたちで7人か。そういえば、小野Dと風間くんはどうだって?」


 自分のように、宗介も当然仲の良い友達を誘っているはず。と思っての質問だったのだが、このボサボサ頭は虚空にハテナマークを浮かべて、なにを言っているんだ? といった空気を醸し出していた。


「小野Dと風間くんよ。誘ったんでしょ?」


 不意に嫌な予感がして、無意識に語尾が強まる。


否定ネガティブだ。誘っておいた方が良かっただろうか?」


「ちょっ! 2人がいれば、9人そろうじゃない! ソースケの方が仲良いから、てっきりあたし、もう誘ってると思ってたのに」


「ふむ……」


 総天然男は暫し虚空を見つめ、


「では千鳥。風間と小野寺は、君に任せた」


 悪びれず、淡々と、交渉をかなめに丸投げしてきた。


「え? あたしが誘うの? 別にいいけど……なんで?」


 この2人については、かなめよりも宗介のほうが親しい。宗介の方から声をかけた方が絶対に自然なのだが。


「俺には他に心当たりがあるからな。そちらを当たってみたいのだ」


「そうなの? ……まさか、軍人さん?」


 危険なにおいを感じ取ったかなめは、胡散臭そうに宗介の顔をのぞき込んだ。親善試合とはいえ、他校との学生対校試合にマオやクルツを呼ばれたら、問題になりかねない。


「いや、陣高生だ」


 その宗介の一言に、かなめは緊張していた肩を下ろした。


「そ。ならよかった。って、うちの高校? あんたが心当たりって……誰?」


 宗介と仲の良い生徒なんて、今名前が挙がっているメンツ以外にいただろうか? さすがに、林水センパイ、ということは無いと思うが。


「後でわかる」


「ふぅん。じゃあ、まぁ、そっちは任せたわよ。できればミズキや風間くん達は参加させないで済んだ方がいいしね」


 結局その日はその場で別れ、それぞれ試合の日を待つことになった。


 ちなみに風間と小野寺は、さんざんかなめスカウトを手こずらせることになったという。




 翌日。雲一つない快晴の空の下、かなめ率いる陣代高校野球部(急造)は、硝子山高校と熱戦を繰り広げていた。


 1番に入ったクルツくんは、みごとに先頭打者の務めを果たして出塁し、それをドンくさいテッサがバント失敗のゲッツーという最悪の形でチャンスを潰した。走り出したとたんに転んでべそまでかくというおまけつきだ。


(まぁ、テッサはこんなものよね)


 せっかく盛り上がっていたベンチの空気は消沈。林水センパイは頭を抱え、ソースケも呆れている。


 そんななか、一人の選手がバッターボックスに入ると、どよめきが起こった。


 3番のかなめである。さっきの嫌な空気を変えるために、相手投手の鼻先に堂々と予告ホームランを叩きつけたのである。


 グラウンドに緊張が走り、一呼吸して応援席から興奮した歓声が上がった。


(来なさい)


 かなめの迫力に呑まれるピッチャー。その投球は、甘く高めに抜けた。


(来た!!)


 ガキーンッ!


 かなめが振り抜いたバットは、快音を響かせ宙を舞った。打球は鋭くショートの頭を抜け、センターがそれを追っていく。その間にかなめは快足を飛ばし、セカンドまで滑り込んだ。


「ツーベース! ツーベース!」


 審判の声と歓声が響く。


(どんなもんよ!)


 高揚した顔でベンチをみやると、ソースケが感心した表情で目をぱちくりさせている。それだけでなんだかかなめは成し遂げたような余韻に浸った。周りを見れば、センパイも、キョーコも、マオさんも、クルツくんも、みんなかなめを称賛している。


 セカンド上から、視線をグラウンドに戻すと、今まさにイッセーくんと相手投手がにらみ合っているところだった。


 しかし、キャッチャーは首を振ると、立ち上がってイッセーくんを敬遠し始める。


(まぁ、ここは無難か)


 客席からはブーイングが響き、グラウンドは気の抜けた空気になっている。その中でイッセーくんの瞳だけが、力を失っていなかった。


(まさか)


 その光に気づいたかなめは、誰にも気づかれないようにゆっくりとリードを取り、


 カキーンッ!


(やっぱり!)


 イッセーくんが無理やり敬遠球を打ち抜いたのと同時に、全力で塁を駆け抜けた。


 打球はセンター前に転がり、それをセンターが華麗にすくいあげると同時に、矢のような送球でホームに返す。


 しかしかなめはもう三塁を回っている。地面を蹴るスパイクから土が飛び、ギリギリのタイミングで本塁に滑り込み――


 クロスプレー。しかし、かなめの指はミットの下で、確かにベースに触れていた。


「セーフ! セーフ!」


 ワァァァァァァァァ!!


 歓声が沸いた。先制点。先制点だ。


 ベンチに戻ったかなめをソースケが、センパイが、キョーコが、マオさんが、クルツくんが、ハイタッチで迎え入れる。


 ワァァァァァァァ!!


 かなめの後ろで、また歓声が湧いた。振り向いたかなめの目の前で、ボールが高々とフェンスを越えていった。


 かなめの好走塁により意気消沈した相手投手が、マロンにホームランを浴びたのだ。


 そのままワッフルもショコラもホームランを放ち、バックスクリーン3連発! 試合は決まった。


 それもこれもすべてかなめの好判断、好走塁の結果である。


 みんながかなめを称賛する中、グラウンドではまたテッサがバント失敗でゲッツーを食らっていた。


(まぁ、テッサはこんなものよね)


 そのままの勢いで、かなめはマウンドに立つ。キャッチャーはソースケだ。


「きみと俺なら大丈夫だ」


 ソースケはそうかなめに囁くと、両手を大きく広げて捕球態勢に入った。


 そのソースケのミットめがけて、かなめは自慢のトルネード投法で剛速球を投げ込んでいく。


「ストライク! バッターアウト!」


 初球から165キロの日本記録を出して、かなめは絶好調である。次々に打者はかなめの剛速球を空振りし、一球で三振、遂には投げるまでもなく三振していく。


 最後のバッターが立つと、かなめとソースケの目が合った。かなめはソースケの瞳をじっと見つめ……投げた!


「ストラックアウト!」


 ど真ん中に吸い込まれていった直球は、なんと200キロだった。


 大歓声のなか、仲間たちがかなめの元に駆け寄ってくる。


 そして、今、キャッチャーのソースケが、ピッチャーのかなめに駆け寄り……抱きしめた!




 がばっ!!


 チュンチュン


 すずめのさえずりが聴こえた。朝特有の太陽のにおいが部屋に満ちている。かなめの手は、きつく布団を握りしめていた。心地よい鼓動が、自分の胸から鳴り響いている。


 10秒くらいして、ようやくかなめは我に返った。


「……夢か。まぁ、そうよね。いくらテッサでも1イニングに2回のゲッツーは無理だわ」


 あまりに都合のいい夢を見てしまった。恥ずかしさに苦笑を浮かべながらも、興奮したその頬は上気していた。


「さぁてと。さっさと用意して、グラウンドに行かないとね」


 自分自身に照れ隠しをするように独り言をつぶやいたかなめは、それでもウキウキとパジャマを脱ぎ始めるのだった。

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