第8話 デッドヒートオーバー

 硝子山高校との壮行試合は、陣代高校が勝利を収めることに成功した。


 後は――



「相良、あの約束は本当だろうな」


「肯定だ。貴様が勝利したら、部室の件もマネージャーの件も、俺が会長閣下に掛け合ってやろう」


 ニヤリッ


「その言葉、忘れるなよ!」


 ガッ!


 一成の鋭い蹴りが炸裂した。グロックで受け止めた宗介の身体が地を滑る。


「相変わらず直線的な攻撃だな」


「なんだと!」


 宗介が一成の腕を取り、関節を極めようとする。空中で回転した一成は気を高め、大砲のような掌底で宗介を弾き跳ばす。


 砂煙が舞い上がった。


 大迫力の一戦であるし、これだけでチケットを捌けそうな戦いぶりでもあるのだが、いかんせんいつもの戦い。


 どうせギャグでしか決着はつかないので、カメラは他の戦いに移ろうと思う。




 主力二人が戦う横では、石原とショコラが激突していた。こちらは巨漢どうしの戦いとあり迫力が満点だ。


「おらぁっ!!」


 大砲のような石原のタックル。


「うおぉ!?」


 体重100キロは下らない石原のトライである。十字ブロックで受けきれるものではない。ショコラは弾かれ、背中から地面に叩きつけられた。


 勢い石原が馬乗りとなる。


 優位なポジションに身を置いたことで油断があったのかもしれない。次の攻撃に移るまでのわずかな緩み。ショコラ渾身のヘッドバットが石原の額を打ち据えた。


 石原の視線は揺蕩い、ショコラは勝利を確信した。しかし、そんな石原に女神が降臨した。広○○子だ。もちろん妄想だが石原は心中に女神を見た。


 同時にどこからか、昔聞いたことのある声が聴こえてくる。


『ッツヲミセロ……』


 あの声は誰の声だっただろうか。どこか、大事な人だったような。自分の人生を変えてしまうくらいに、大事な言葉だったような。


『おまえのような腰抜けが惚れてるアイドルのことだ。さぞや救いようのないあばずれなのだろうな。ちがうと言うならガッツを見せろ!』


 それは宗介の声だった。追い込まれたことにより、以前追い込まれた時の記憶がフラッシュバックしたのだ。


「ちがうと言うなら……ガッツをみせろ……」


 力が、身体の底から湧き上がってきた。そうだ。俺は、彼女のために強くなると決めた。そして、自分を変えてくれた宗介のために、今ここで戦っているのだ。


「負けられるかぁっ!!」


 全ての力を右こぶしに集中させ、腹筋をばねのように引き絞り、石原はショコラへと叩き付けた。


 一閃。


 その肉体は陸に弾き飛ばされた鮭のように跳ね上がった。ショコラの意識が落ちる。


「キャプテン……勝利を……」


 そして石原もまた、戦いを郷田へと託し崩れ落ちたのだった。




 咆哮が上がった。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」


 郷田である。モナカとワッフルの二人を相手に、ここまで様子見程度の組手を繰り広げていたのだが、石原の散り様を見たとき、郷田の筋肉は不自然なほど盛り上がり、まるでオーガのように強靭な肉体となった。


 異変に気付いた一成も、宗介と距離を取り、郷田の方に注意を向ける。


 ブンッッッ!!


 無造作に振るわれた郷田の拳がワッフルとモナカを吹き飛ばした。


「「がはっっ!」」


 あまりの衝撃に、一瞬で意識を失う。


「な、なんだこいつは!?」


 グランドに吹き荒ぶ砂ぼこりの中、一成は目を庇いながら声をあげた。なんだ今の途方もない攻撃は。これではまるでバトル漫画だ。出る作品を間違えているんじゃないのか。


「うちの隠し玉だ。椿。お前より強いぞ」


 宗介の言葉の端には、一成を嘲笑する響きが込められていた。


「ぬかせ! 俺の大動脈流拳法の強さを見せてやる!」


 まんまとプライドを刺激された一成は、郷田へと跳び掛かかり――


「大動脈流拳法!!――」「うううううおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!」


 ドゴッ!!


「ばかな!!?」


 郷田の鋭いタックルが、技を発動させる前の一成に突き刺さった。一成の身体が、きりもみしながら転がっていく。


「どうした椿。降参するというのなら、郷田を止めてやってもいいぞ」


「黙っていろ相良! ここまではデモンストレーションだぜ!」


 一成は、自身の健在をアピールするかのように軽々と跳び上がり、勢いよく上着を脱ぎ棄てた。表情は真剣そのものである。


「今度は本気だ! くらえ! 奥義! 大動脈流――」「ふんっっっ!!」


 一成の動きに合わせ、郷田の勢いある右ストレートが呻りをあげた。が――


 ブンッ!


「!?」


 その拳撃は空を裂いただけだった。郷田の体勢が崩れる。


「かかったな!」


 ドゥンッッ!!


「ぬおっっ!?」


 一成の拳が煌めき、郷田の巨体がクレーンカーに弾き飛ばされたかのように吹っ跳んだ。


「俺たち格闘家はな、個人戦闘のプロなんだよ! お前は確かに凄いけど、それだけじゃあ勝てねぇ! 格闘は虚虚実実だぜ!」


 さっきまで宗介と直線的な戦いを繰り広げていた男が、どこまでも上から勝ち台詞を叫んでいた。


 しかし、煙の中からオーガはゆっくりと身体を起こした。コキコキ首を鳴らし、薄笑いで一成を見下ろす。


「お前も……本気じゃなかったっていうのか?」


 一成は、自分の喉が渇くのを感じた。こいつは強い。本当に強い。胸の中で、喜びとも怯えとも取れる感情が暴れだしていた。


 どんどんとオーガが一成に近づいていく。ゆっくり、ゆっくり。攻撃は、出ない。出せない。軽はずみな攻撃は命取りである。


 互いにパーソナルスペースを侵すかどうかという距離で止まった。


 相手の挙動に全神経を集中している。瞬きすら許されない緊張。


 その場にいる全ての者が息を殺し、誰しもが額からじっとりとした汗を零していた。


 次に動くのはどちらか。おそらく、次で決まる。








 そんな鬼気迫る、一切の邪魔が許されないであろう緊迫した空気の外で、一人の男がまったく空気を読まずに静かな所作で動き出していた。


 そう。当然、あの男である。


 ピッチャー相良! 今振りかぶって――


 投げたーーーーーーーーーー!!


 それは青天の霹靂だった。互いに互いしか見えなくなっていた二人は、真ん中に落ちてきたソレに対し、あまりに無防備だった。


 意識外からの動く物体に、二人の視線は反射的に奪われ。そしてそれが何なのか思考を切り替える暇もなく――


 チュドーン!!


 仲良く宙を舞った。


 ドサリッ。ドサリッ。屈強な戦士たちが地面でプスプスと焦げている。


「勝った」


「勝ったじゃねーわよ!!」


 スパコーンッ!


 かなめのハリセンが宗介の頭を激しく揺らした。


「問題ない。郷田はあれしきの爆風では傷も残らないように鍛えてある。椿もまた、あれしきで死にはしない。爆薬の調整は完璧だ」


「どこも完璧じゃねーのよ!!」


 スパンッ! スパンッ! スパーンッ!!


 ドヤ顔を決める宗介の頭に、嵐のような怒涛のハリセン攻撃が降り注いだ。


「しかし千鳥、これが野球の死合いなのだ」


「そんな野球! あんただけなのよ! くぬっ! くぬくぬくぬくぬっ!!」


「俺は会長閣下の勅命を護るために、そして千鳥。君のために戦ったんだぞ!」


「あんたが勝手にアタシを売り渡したんでしょうが!! 野球もできなくなっちゃったし! あーもうあったまきた!!」


 あまりに叩かれすぎて、宗介の身体は地面へとめり込んでいった。その上から容赦のないストンピングがこれでもかと浴びせられる。


 そして遂に、怒りに我を忘れた破壊の女神は、宗介の上で憤怒のタップダンスを踊り始めたのだった。


 こうして彼の意識も宙に消え、悲しみに彩られた死闘は幕を閉じた。夕日がグラウンドを朱く照らす中、最後に立っていたのは戦乙女ただ一人であったという。


 結局この試合は『二子玉川球場の惨劇』あるいは『黄昏のタップダンス事変』として語り継がれ、むこう数年間、陣代高校野球部(とマネージャー)は恐怖の象徴として恐れられることになる。




 ――そして後日。生徒会室。


「ところで相良くん。キミは、アイスホッケーという競技を知っているかね」


「肯定です」


「よろしい。では、説明してくれたまえ」


「はっ。氷に閉ざされたリングの上で、フルアーマーに武装した巨漢たちが棍棒を振るって戦います。あまりの残忍さに、氷上の格闘技と呼ばれております」


「そう。これは死合なのだよ」


 怜悧な生徒会長は満足げに扇子を鳴らし、バッテン傷は自信満々といった体でそれに答えていた。


 最後に、薄幸の美少女の悲鳴が校舎中に木霊した。


「いい加減にしてください!!!!!」


 陣代高校は今日も平常運転なのであった。

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一撃必殺のプレイボール @izayoi_yuuki

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