第4話 仲間を求めて

「じゃあソースケ。メンバーを揃えるわよ」


「了解だ」


 昼食が終わり、午後の退屈な授業もやり過ごし、かなめと宗介は任務を遂行すべく活動を始めた。


 野球という競技には最低でも選手が9人必要である。現時点で確保できている戦力はかなめと宗介の2人のみ。最低でもあと7人の選手が必要である。


「まぁ、3番ピッチャーは当然私よね。燃えるわ」


 いまだメンバーすら決まっていない状況だというのに、かなめは既に自分の活躍を妄想し始めていた。


「ソースケ、知ってた? 野球の本場メジャーリーグでは、最強打者は3番なのが常識なのよ? 日本みたいに、第一打席に打順が回ってくるかも分からない4番なんかに、運命を托したりしないの」


 フッ


「まぁ、あんたに言っても仕方ないわよね」


 およそ打順というものすら理解していないであろう宗介に、かなめはヒマラヤの山頂くらいの高さから言葉を浴びせてご満悦だ。どうせドンパチに巻き込まれた時はかなめが逆の立場になるのだから、こういう平和な時くらい思いっきり上から喋らなければ不公平というものである。


「ともかく、3番でピッチャーは私に任せなさい? ソフト部のキョーコにだって負けないんだから」


 自分の雄姿を妄想しながら、往年の大投手を彷彿とさせるようなトルネード投法を披露する。先日は散々ごねたかなめだったが、野球自体は嫌いではない。というより好きな部類だ。やるからには目立ちたいし、活躍したい。勝つためにはメンバーだってしっかり集めたいのだ。


「キョーコとミズキには、昨日の夜、メールで協力してくれるようにお願いしておいたわ。ミズキはショッピングに行くって駄々こねてるけど、キョーコはオッケーだって」


 つい先日、さんざんショッピングに行くと駄々をこねていた人物は他にもいたような気がしないでもないが、どうやらこれで選手は3人。もしくは4人になったようである。


「やっぱり、あてになりそうなのは椿君よね。あの身のこなしなら、4番でセンターラインも任せられそうだし。同好会の三人も、いかにもパワーヒッターのゴリラって感じで5番と6番7番は決まりって感じ」


 野球はやっぱりホームランが華である。かなめの頭の中では既に超重量打線が結成され、ホームランが雨あられと降り注いでいる。センパイは言っていた。生徒も教師もOBも期待していると。今から大歓声が聴こえる様ではないか。


「そういえば、ソースケ。あんたは何番打ちたいの? あたしとしては、足も早いし目もいいから、1番なんかおすすめなんだけど」


 かなめの頭の中で、ヘルメットを被った宗介がバッターボックスに立つ。そして、相手投手に対し予告ホームランを突き付ける。怯む相手に宗介の表情は凛々しく、かなめも、悪くないなぁなどと思ってしまう。そして――


 バットに注意を引き付けた宗介は、隠していたもう片方の手を使って、相手投手を射撃した。


「……やっぱあんたは参加しない方がいいわね。それが世のため人のためってもんよ」


 妙にリアルな妄想で宗介に見切りをつけたかなめは、痛そうにかぶりを振るのだった。宗介はというと、ずっとコッペパンをかじりながら生返事をするばかり。


 そんなこんなしながら、2人は空手同好会の面々をスカウトすべく校庭の隅へと歩を進めたのだった。




「相良! 貴様どの面下げて俺に会いに来た!」


 校庭の一角にたどり着くやいなや、細身の男が宗介に拳を繰り出してきた。椿一成である。


「ふん!」


 ガキンッ!


 重い音が響き、宗介のグロックが一成の拳を受け止める。火花が散り、衝撃で2人の身体が地を滑った。


 熟達の格闘家と歴戦の戦士が、互いに睨み合う。浮かぶのは嫌悪感。そう。この二人、犬猿の仲というのも犬と猿に失礼なくらい、いがみ合っている関係なのだ。


『今日こそやってやるんじゃぁ!』


 後ろでは、色黒な大男が3人、ウキウキとした声で煽っている。空手同好会の面々だ。一成ほどではないが、この3人も宗介と因縁があり、その関係はとても良好とは言えない。


 というのも、この4人がなぜこんな青空の下で空手の練習を行っているのか。部室を失った原因となったのが宗介であると、同好会の面々は考えているのだ。


「やめなさいソースケ」


 すぱんっ!


 目の前でいつも通りの喧嘩を始められたかなめは、慣れた手つきで宗介だけをハリセンでしばきあげた。襲撃された側だった宗介は不本意そうにかなめを見上げたが、一方でかなめの姿を見つけた一成の顔には紅が差す。


「千鳥。お前も来ていたのか」


「うん。イッセーくん達にお願いがあってね」


「なんだ。言ってみろ」


 先ほど宗介に殴りかかった男とは思えない愛想の良さで、一成はかなめに向き直った。硬派に見せようとしているが、全身から嬉しそうなオーラがほとばしっている。かなめのことを好きだということは、本人と戦争オタク以外にはバレバレだ。


「林水センパイに野球の試合をやれって頼まれちゃってさ。イッセーくんたちにも参加してもらえないかなーって」


 やや媚びた微笑みを浮かべながら、かなめは一成を見上げた。特に意識したわけではない。一成にはこうした方が効果的だという、無意識の勘だった。


 それを受けた一成の顔はみるみる上気していく。クリティカルヒット! 効果は抜群だ!


「ま、まぁそうだな。千鳥が俺のことを頼りにしているんだから、断れないよな」


「じゃあ、一緒にやってくれるのね!」


 デレデレの一成に、やや高めの声で、はしゃぐかなめ。その空気から弾き出されていたへの字口は、なぜだか非常につまらない気分に支配されていた。ついつい余計な敵意が口をつく。


「常日頃から愚鈍で母校の名を貶めているお前に、汚名を返上する機会を与えてやろうというのだ。感謝して参加しろ」


「断る!!」


 当然のことだが、一成は激昂した。


 バキッ!


 かなめの拳が宗介の頭を打つ。せっかくまとまりかけた交渉をひっくり返されたかなめはご立腹だ。ここで一成に抜けられたら超重量打線を組むという、かなめの野望が遠くへ行ってしまう。大歓声を逃すなんて、そんなのは嫌だ。もう既に妄想の中でかなめは胴上げまでされているというのに。


「あんたはなに余計なこと言ってるのよ!! イッセーくんせっかく乗り気になってくれてたのに!!」


「痛いぞ千鳥」


「うるさい!!」


 すぱんっ! すぱんっ!


 どこからか取り出したハリセンが火を噴く。


 一方、そんな事情を一切知らない一成は、怒って後ろを向いてしまった。千鳥のことは好きだが、それ以上にこのボサボサ頭は好かないのだ。


「千鳥には悪いが、俺はこいつと一緒のチームで野球をするなんてお断りだぜ。他をあたってくれ」


 こうなるともう面倒くさい。かなめは宗介の耳を引っ張って、囁きながらも語気を強めた。


「ちょっと、ヘソ曲げちゃったじゃないの! あんたがなんとかしなさいよね!」


 理不尽な話だ。と宗介は思っていた。そもそも宗介は一成をスカウトすることに乗り気ではなかった。強大な敵と戦うというのに、信の置けない者を味方に引き込むなど、愚の骨頂である。


 が、これ以上かなめを怒らせるのもばつが悪いので、仕方なく一成に話しかける。面白くなさそうな顔をしながら。


「椿、こっちに来い。取引だ」


「黙れ! どんな条件だろうと、お前なんかと一緒に野球はやらん」


「そうか」


 最初の声は苦々しく、次の声は晴れ晴れしかった。心なしか嬉しそうに、かなめの方を振り返る。


「千鳥、交渉は決裂した」


 すぱんっ!


 容赦なく浴びせられるハリセン。仕方なく宗介は、また一成の方に顔を向けた。


「椿。こっちに来い。取引だ」


「何度来ようが、俺の答えは変わらん。帰るんだな」


「そうか」


 またしてもどこか嬉しそうに、かなめの方を振り返った。


「千鳥、交渉は――」


 すぱんっ!


 仕方なく、また一成の方に苦々しい顔を向ける。


「椿。悪くない条件だぞ」


「帰れ」


「そうか」


 満足そうにかなめの方を振り返る。


「千鳥――」


 すぱんっ! すぱんっ!


 ハリセンの回数が増えた。


 仕方なく、また一成の方に顔を向ける。今度は観念した表情だ。


「椿。耳を貸せ」


「断る」


「いいから話を聞け」


 ようやく一成を説得する気を見せた宗介は、嫌がる一成の耳元で、なにやらヒソヒソ話を始めるのだった。

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