099. 被検者番号3OE:夢か現の葬送行進曲《フューネラルマーチ》


 もう何度目だろう。フロアが揺れる。


 天井の分厚いコンクリートは罅割れ、ぱらぱらと欠片を零し始めた。壁も、床も、不気味な音と共に亀裂を生じさせ、ぐらぐらと歪み始める。


 赤い明滅を繰り返していたランプが消え、あれだけ煩かったアナウンスが途切れた。ふっと真っ暗になったフロアの中、止まない衝撃に思わず、死人のように冷たい床に倒れ込んだ。


 くわえていた煙草が、てんてんと前へ転がる。


 最後の灯りはそのまま、傾き始めた床の上を、ころころと転がり離れて行った。


 不気味な轟音と闇の中、何千という被検者が眠るベッドが、濁流のように流れる。


 床に伏せていた私も当然流され、瓦礫のように壁へ叩き付けられていくベッドや、生命維持を助ける為の機器、点滴のパックを下げたスタンドの中に巻き込まれた。マネキンのようにベッドから吹き飛んでいく被検者達は、壁裂症へきれっしょうの進行具合によって、粉々になって散っていく。アナウンスが流れた時点で、もう彼らは死んでいる。


 魔法側による襲撃でこの地下実験場は勿論、地上に繋がる国営病院は、壊滅寸前まで追い込まれてしまった。もう途切れたがさっきのアナウンスもずっと鳴りっ放しで、被検者の生命維持が出来る環境を保つ手段を破壊され、もう何時間も経っている。吐く息が凍るような環境下に、仮死状態の病人を放置していたのだ。もう誰も、私以外生きちゃいない。生きていた所で、ここからは出られない。


 ベッドと、機器と、粉々になった死体に飲まれた私は、生き埋めのような状態になり、床に叩き付けられる。


 打ち付けた全身の痛みに気を失いそうになる中、壁、床、天井に走った亀裂から、氷柱と雪が噴き出したのが見えた。


 雪と、氷の魔法だ。


 恐らく、ルートFのボスを作る際モチーフにした魔法使いが、地上で暴れているのだろう。名は、何であったか……。忘れて、しまった。同じく、ルートF内で参考にした骸纏がいてんの魔女は、もう、死んだのだったか……? こんな、時にまで……。仕事の事を考えるとは……。私ももう、狂っているなあ……。


「はは――しっかし、本当に予言通りになるとは……!」


 今にも内臓を吐いて押し潰されそうになりながら、ばっくりと裂けた頭から血も流しながら、一人笑う。


 252,288,000秒。


 年に直すと、八年分。


 この数字は、元アメリカだか元ドイツだったかのスーパーコンピューターが八年前に弾き出した、あるカウントダウンである。偶然にも、兄が倒れる事にもなる八年前から既に戦況の悪化は著しく、どこかの国が不安の下に、ある計算を行ってみたのだ。このまま戦争を続ければ、どちらの勝利でいつ終わるのかと。


 その結果が、252,288,000秒後に、鉄側の敗北と戦災により、世界は破滅するだろうという、悪夢のような結末。


 当然鉄側はこの計算を受け入れず、魔法側と戦い続けた。その計算が今日、全くその通りに現実になろうとしている。


 兄が倒れてから、あっと言う間に鉄側は追い込まれた。高卒かつ女の身である私が医師兼科学者になれたように、焦りに焦った鉄側は、あらゆるモノ、ヒトを搔き集め、少しでもその計算を覆そうと足掻いて来た。


 でもそれも、今日で終わる。


 元日本であった土地は、私が今いる、この元関東地区、Tiティーアイ23ニジュウサンが最後だ。他の国ももう、ぼろぼろに破壊された。互いを隔てていた壁は崩れ落ち、殺し合いの果てに、世界は終わる。優勢とは言え、人口が鉄側の五分の一しか無い魔法側だ。魔法という強力な武器があっても、数と科学で押し込まれてしまえば、ひとたまりもない。夢殺むさつの魔法使い、ザスパー・アガッツァーリの魔法が分析され、骸纏がいてんの魔女が、殺されたように。


「余計な……お節介だったかな……? 兄さん、今西、さん……」


 つい、口にしてしまう。


 最も問うては、いけない事を。


 だって、終わるんだ。世界が終わらなかったとしても、この病の治療法は、今も見つかっていないんだ。長く仮死状態に置かれ、ミイラのように痩せ細ったその身体で、生き延びて何になる? つい今し方まで政府に利用され、兵力として駆り出される準備を進められていたというのに。だからせめて、夢の中で……。


 恨まれるだろうか。憎まれるだろうか。


 鼓膜を破るような轟音と、刺すような冷たさが、私を襲う。



 当然返事は、聞こえない。



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被検者番号3OE:夢か現の葬送行進曲《フューネラルマーチ》 木元宗 @go-rudennbatto

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