098. 世界ノ正体
「いい夢見れたかい。兄さん。頑張って役人にバレないように、細工してみたんだけれど」
無数のベッドが並ぶフロアの中を、白い息を吐きながら歩き出す。
先に挙げた、夢の中で、魔法使いとの戦闘経験を積ませる実験。これは元は、負傷兵に対し行われていたものだが、戦況の悪化により一般人は勿論、
それは私が、二十一歳の事。頭の良さを買われ高校卒業と同時に、戦争の為の研究者として、政府に本格的にコキ使われ始めていた頃の事だ。魔法とは、魔力とは何かを調べる為、昼も夜も働き詰めの最中、安眠装置を作った私の師が国の命令で、お前達が調べている魔法を元に、夢の中で戦闘経験を積めるようには出来ないのかと、呆れた命令が出たのである。当然、ノーとは言えない。戦時中とはそういうものだ。だから師も私も、必死になって開発した。作った所でそれが、新たな犠牲者を生むだけではないのかと、頭のどこかで分かっていながら。
戦争とは常に、技術を恐ろしく進歩させる。
行き過ぎた科学は、魔法と変わらない。
師はそのシステムを完成させた三日後に、研究所を魔法側に破壊され死亡した。
開発してやったんだから試験先の病院ぐらい選ばせろと、今や数少ない有能な科学者として、政府に我が儘を言ってやっていた私は、兄が眠る地元の国営病院へ向かっている最中だったので、たまたま襲撃を逃れ生き延びた。
もういつ死んでも、おかしくないと思っていた。
最後に作ったものが戦争の道具だなんて、冗談じゃないと思った。
私は、戦争で傷付いた人を、不治の病に蝕まれていく兄さんを、救う為に勉強をして来たんだ。
当然地方に逃れそうと、役人の目からは逃れられなかった。
だからせめて、実験と称し、兄と今西さんを、少しでも苦しみから遠ざけようとした。
今西さんと兄が仲がよかったのは、兄が元気だった頃から、話を聞いていたのを覚えてる。今西さんが突然入院した時も、兄さんは自分が入院するまで足繁く通って、毎日のようにその話を私にしていた。「今西の奴、ちっとも自分の身体について話してくれないんだけれど、何か、心当たりは無いか? お前、将来医者になるんだろ?
兄が倒れてから六年後、二十一歳になって初めて、今西さんも壁裂症だったと知った。
「――通常なら、死期が近付いているいないを問わず、安眠装置で仮死状態になっている患者は全て、この夢の中で戦闘経験を積ませるという実験に、参加させる事になってたんだ。政府の権力と言うか、圧力でね」
赤く明滅するランプと、止まないアナウンスが降り注ぐ中、ぽつりと私は話し出す。
もうこの地下実験場に閉じ込められてから、ずっと誰とも話せてないんだ。
何度か大きな衝撃がここを襲ったし、多分出口は全て、瓦礫で潰されている事だろう。脱出を試みなかったと言えば嘘になるが、もう、疲れてしまった。
二本目の煙草に、火を付ける。
「……幾ら仕事とは言え、家族に悪夢を見せようだなんて、死ぬ程馬鹿げてると思ったんだ」
煙をふかしながら、ぼそぼそと言う。
一人で喋って、懺悔みたいだと思った。
教会なんて、一度も行った事無いけれど。
許しを請うような態度にも見えるなと同時に思い、その後の言葉は、わざわざ口にしない。
――死ぬ程馬鹿げてると思ったから、兄さんと今西さんの装置にだけ、細工をした。
本来なら二年前、私がこの町に戻ったその日から毎日、この安眠装置を用いた実験により兄さんと今西さんは、今日まで延々夢の中で、私が作った魔法使いと戦うという夢を見せられている筈だった。だが二人の夢だけ、体感速度を相当に速めた。夢の中で約三日間過ごしている内に、現実では凡そ二年が経っているように。本当なら他の
……本当に二年間も、二人がそんな悪夢に振り回されないように、せめて。
夢の内容にも、変化を与えた。元々、実験の為に新たに用意された夢は、
身内の兄はまだしも今西さんは、何千人もの被検者の中から見つけ出すのに難航する。その間にも今西さんは既に計画通り、用意された数あるパターンの一つ、同じ場所に閉じ込められ魔物と戦い続けるという夢を見させられており、装置を一旦止めると兄と同じく、体感速度の設定を現実より速め、夢のパターンを兄と同じ、「ルートF」――。当時から十代達に広く受け入れられていた、異世界転生小説をモチーフにしたストーリー展開を持つパターンに再設定した。……兄さんはよく、この手のファンタジー系のゲームを、戦争により規制される前は、遊んでいたのを覚えていたから。そして、夢を共有するというこの機能は、安眠装置が軍事的に扱われる以前から、備え付けられていたものである。病や負傷などで、人と会う事が困難になった患者の為に、夢の中でぐらい家族や親しい人達と会話をする為にと、師が付け足した機能だった。
政府による実験に埋もれ、使う事は殆ど無いままだったその機能を用い……。私は、兄と今西さんを夢の中で、六年振りに再会させたのである。
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