第2話 桜舞う季節
それから三日後、小一郎が玄馬の長屋を訪ねると、玄馬はすでに息を引き取っていた。体にはかすかに暖かみが残り、まるで小一郎が訪ねるタイミングを
枕元に刀と
玄馬の口元にはわずかな笑みが浮かんでいるようにも見えて、安心して逝けたのは自分を信頼し後を託したからなのだろうかと考えると、
ふと枕元を見ると、二つ折りにした手紙のようなものが置いてある。これは自分に
その内容はまず、小一郎へきっと約束を果たしてくれよという念押しであり、続いて桜並木の名所を指定し、深夜に遺体を運び出す計画を
後日、小一郎は斉藤玄馬が行方不明であると
本格的な戦が絶えて百年ほど経ち、侍の大半が用済みの
決して治らぬ病を得て、世をはかなんで
小一郎は玄馬の言った「
一生のうちに一人だけでも信頼できる友を持ち、無茶な願いを聞いてもらって桜の一部として生きる。それはなんと甘美な夢であろうか。
小一郎は少し、今は亡き友を羨ましいと思った。
それから三十年の時が流れた。小一郎はあの日以来、ことあるごとに桜の様子を見に行っていた。
ゴミが落ちていれば拾い集め、虫がついていればつまみ取り、桜を見に来る度に
木の根本に小便をする酔っぱらいと
一本だけ世話をしていては怪しまれるので、結果として四十数本の桜の世話をしなければならなかった。
最下級といえど、武士が自ら
今では町民たちから”竹崎の旦那”と呼び
桜は、美しく咲いた。これをもって、桜の下に死体を埋めれば美しく咲く、などというのは、風が吹けば
あの世とやらに行ったとき、玄馬への土産話として充分だ。
余談ではあるが、死体を埋めた桜は他と大差なく、小一郎自身も二十年ほど経って罪の意識が薄れるころには、はてどこに埋めたのかと悩むことがしばしばあった。
この日もまた、小一郎は孫の手を引いて散歩に出て、桜を眺めていた。
そこでふと、思い付いたことがある。あいつめ、ひょっとするとわしに墓守をさせたかっただけではあるまいか、と。そう考えると何もかも
「じじさま、どうなされました?」
孫が不思議そうに見上げていた。
「どう、とは?」
「とても楽しそうに笑っていますので……」
言われて初めて自分が笑っているのだと気がついた。そうか、わしは今笑っていたのかと改めておかしくなった。
「むかし、むかしの友達のことをな、思い出していたのよ。本当に面白い奴で、つい笑ってしもうたわ」
花びらが美しく舞う街道を、
玄馬、おぬしはこの桜吹雪の一部となったのだな。とても綺麗だ。潔く、美しく舞い散る姿を見れば、桜が武士に愛され続けてきた理由もわかろうというものだ。
小一郎は隣の孫に聞かせるとも、自分に言い聞かせるともわからぬ声で呟いた。
「桜の下には、死体が埋まっているというてな……」
桜下の武士 荻原 数馬 @spacedebris
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