桜下の武士
荻原 数馬
第1話 桜散る季節
「桜の下には死体が埋まっているというが、はてさてこれは死体の種類によって咲きかたが変わるものだろうか」
布団の上で身を起こす玄馬の体はひどく
そんな
沈黙を話を続ける許可としたのか、あるいは最初から小一郎の意見なぞ聞く気がなかったのか、玄馬は続けていった。
「つまりだ、その死体が男と女で、あるいは若いか年寄りか、死因が事故死か病死かで桜の咲きかた育ちかたが変わってくるのだろうかと、まあそういう話だ」
玄馬の両親はすでに亡く、妻を
それだけに、小一郎もまた玄馬とウマが合うところがあり、桜と死体の関係性について、知ったことかと突き放すのではなく真剣に
「桜の下に死体が埋まっているとなぜ美しく咲くのか、それが問題だな。単純に養分が必要だからか、あるいは魂のようなものを吸い上げているかだ」
小一郎の
「養分であればそもそも埋める死体はただの肥料扱いで良い訳で、人間である必要性は無い。だが言い伝えでは、埋まっているのは人間の死体だ。やはり血と魂を吸い上げて美しく咲くのだろうか? いやいや、畑の作物とて肥料の種類によって出来が違ってくるのだから、養分説も捨てるのはちと早いか……」
玄馬はしばらく考え込むような
「やはり、実際に試してみるしかあるまいなあ?」
「試す、とは……死体を埋めるつもりか?」
「左様。できれば桜を十本ばかしずらりと並べて、それぞれ老若男女、さまざまな人種を埋めて咲き具合の違いを見比べて見たいものだが……」
「玄馬、おぬし
「さすがにそこまでは、な」
友人が多少、狂気に
「わしもこのような体であるしな……」
玄馬が
小一郎の
「
この話の流れで頼みがあるなどというのはろくでもない話だと確信しつつ、友と見込んでと言われてしまえば、
「わしが死んだらな、桜の下に埋めて欲しいのだ。できればその後、どんな変化があるか観察してくれ。死体が桜の成長に影響するならば、さぞかしひねくれた木になるだろうよ。ふ、ふ……」
「なんだおぬし、斉藤の墓に入る気はないのか」
「
面白い冗談が言えたとばかりに玄馬は暗い笑みを浮かべていたが、小一郎にしてみれば友人の生死をネタにされては反応に困る。
ひとしきり笑ったあと、玄馬は急に黙りこんで真剣な
自然と、小一郎は膝を正して話を聞く体勢をとった。
「なあ、頼むよ小一郎どの。わしはもうすぐ死ぬ。わかるのだ、もってせいぜい三日だろう」
「なにを弱気なことを。そのようなことを言うておったら治るものも治らぬぞ。さ、布団をかけてもう寝ておれ」
「聞いてくれ、つまらぬ
「わしはな、いつ死んでも惜しくはないと本気で思うておった。
顔を伏せたまま、くぐもった声の玄馬の告白を、小一郎は黙ってうなずきながら聞いていた。
「だが死を意識した今、本当に恐ろしくなった。いや、死ぬことがではない。何も残さず
「わかった、約束しよう。おぬしの遺体はきっとわしが桜の下に埋めてやる。どんな花が咲くか見届けてやろう」
小一郎の力強い返事に、玄馬は表情を明るくしてパッと顔をあげた。
「おお、まことか! 友として誓ってくれるか!?」
「誓うとも。玄馬よ、死ね。安心して死ね。後はこの竹崎小一郎が請け負うとも」
身を離し、側に置いていた刀を引き寄せる。
「いかん、これ
「どうも
小さな長屋の一室に、コツンと小さな乾いた音がした。二人は顔を見合わせ、ひとしきり笑った。
その後、玄馬は激しく咳き込み、
そうまで言われては長居するわけにもいかず、また数日後に様子を見に来るとだけ言い残して小一郎は
それが斉藤玄馬の生きた姿を見た、最後の日となったのである。
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