現代異能ものにあってなお、この物語はひどく優しい

異能のある現代日本。
誰もが震え上がる世界の終わりも、恐るべき災害もそこにはない。
会社があって、電車があって、スマートフォンがある。
町のどこかでは工事があって、独居老人だっていて、虚偽通報を繰り返してしまう人がいたりもする。
たしかに今目の前に広がる場所と地続きに思える、けれどどこにも無い町には、確かにここにない能力が息づいている。

この物語において、能力の根源はひどく傷つく事であるという。
ひとが耐えきれないストレスに自身を歪めてしまううちに、現実の側にもいくらかの歪みを生み出して折り合いをつけてしまうのだと。
そんな異能を軸に据えた物語は、自然と傷ついた人に寄り添って展開していく。
この物語は、現代異能ものとくくられる——どのように能力を使い戦うかにこそ主軸の当てられる——ジャンルの中にあってなおひどく優しい。
泣きながら読んでいました。

暗黒騎士斉藤くんは会社員だ。
斉藤くんの服装はだいたいジーンズにTシャツだ。
斉藤くんは自分の事を暗黒騎士ナイトヴァルザーブレードだと思っている。
斉藤くんが手にした物は暗黒瘴気剣ドラグザルディムカイザーとなり、何だって本当に斬れてしまう。
斉藤くんは、自分は暗黒騎士で今いる場所はファンタジー世界だという妄想と、自分は斉藤一人でここは現代日本だという現実の間をさまよっている。
つまり斉藤くんは変な人だ。
変で、とてもまっすぐな、優しい人だ。

リーゼロッテ(仮名)は会社員だ。
リーゼロッテという名前は、名乗りたがらなかった彼女に斉藤くんが付けたものだ。
リーゼロッテはドール系の可愛らしさを備えた黒髪美人だ。
リーゼロッテは人を癒す能力を使える。
リーゼロッテは斉藤くんの暗黒騎士に真面目な顔をして付き合えてしまう。
つまりリーゼロッテも変な人だ。
変で、何かを大切にできる優しい人だ。
優しい人達の物語だ。

能力が、その人が受け続けたストレスによって起きてしまう病であるために、あまりにも心の均衡を失ってしまえばただ暴れる事しかできなくなってしまう事すらあるけれど。
それでも、それほどの傷にだって、してあげられる事はあるのだと。
届けてあげられる言葉はあるのだと。
ただ怪物は退治された、ああよかった、では終わらない。

これは斉藤くんとリーゼロッテの日常の物語。
毎日続くただの日常業務も、斉藤くんの——暗黒騎士ナイトヴァルザーブレードの言葉にかかれば、鮮やかな冒険に変わるのだ。

一番好きな所をひとつ切り出すなら、やはり歩が好きです。

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