王国から依頼②
運び入れた品を、幸は中に運ぶと、オーブンレンジを閉めた。
「あとは、焼くだけ・・・・・・」
「あぁ。ようやく完成だな」
レシピを記したメモを読み、敬一は頷く。
ヴァールが帰った後、二人は本日のメインイベントでもあるオレンジパイ作りを再開していた。
適当に作った以前とは違い、今回は大真面目にレシピを読みながら作っていて、その段階もついに最後の局面にさしかかっていた。
後は文明の利器での完成を待つだけ――そんな中で、携帯電話の着信音が響いた。
敬一は液晶に出た通知を見て相手を悟ると、素早くそれに出た。
「お、サムか。久しぶりだな、生きていたか」
『あぁ。死んだらこうやって電話出来てないしね』
軽い揶揄を含んだ舌鋒に、相手からは苦笑が返ってきた。
電話の相手は、敬一の相棒であるサム・ヘルヴェイグだ。現在は敬一とは離れて別行動をしている彼は、敬一の不謹慎ともとれるだろう声に、しかしいささかも動じたりしない。
そんな彼の元気そうな声に、敬一は笑を浮かべる。
「そいつは何より。で、用はなんだ? 例の仕事の進捗か?」
『うん、そうだ。頼まれていた【ベレシス】の下部組織の拠点潰し、完了したよ』
相手から返ってきた声は、少し楽しげに弾んでいた。
【ベレシス】は、敬一たちと、そして世界各国と対立している国際テロ組織の名である。
その拠点を壊滅させたという知らせに、敬一はしかし大きな反応は示さない。
「そうか、お疲れ。これで、お前らに頼んでいた仕事も片付いたよな」
『そうだね。で、次はどこを潰しにいけばいい? 西か、東か?』
「まぁ待て。一旦奴らの拠点潰しはやめだ。別の仕事が入ってな。お前も呼びたい」
『別の仕事?』
何やら楽しそうに、あるいは次の餌を待つ獣のようなサムの弾んだ声だったが、敬一の言葉を聞くと、一瞬で怪訝な声に変わる。
敬一は、そんな彼に対して、先ほどヴァールから告げられた、スカイナビア王国からの依頼について説明した。
黙ってそれを聴いた後、サムは相槌を打つ。
『なるほど。国内情勢が安定していない、クレムリン王国における会談の護衛ね』
「そう。久々に、お前も含めてやろうと思っていてな」
『俺は別に構わないよ。でも、リオンやアッシュはどうする? まさか、二人も同行させるのか?』
「いや、二人には休暇をやる。お前と違って、アッシュたちは戦闘馬鹿じゃないしな。いい加減疲れた頃だろうし」
『なるほど。確かに』
敬一が下した差配に、サムは納得の声を漏らした。
その返答に、思わず敬一は苦笑してしまう。自分を戦闘馬鹿扱いされておいてそれに納得するとは、よほどそのことを自覚しているとみえる。敬一も自身にその傾向はあると自嘲気味に感じてはいるが、サムの場合はもうその段階を優に飛び越えてしまっている。
そのあたりが、少なからず面白かった。
『でも、それにしても俺を呼ぶなんて。何か嫌な予感でもあるのか?』
声には、強い疑問の色があった。
その問いは、ほとんどの者にとっては意味が分からないだろう。相棒であるサムを同じ護衛二読んで何がおかしい、というところだ。
ただ、サムの戦いぶりを知っている者は、それに納得するはずだ。
普段こそ大人しいが、ひとたび戦場になれば、その場を血の池地獄にするほど激しい戦いと戦果を挙げるのが、サムという人物である。それだけ強いということであるし、一方で獰猛で危険だとも言えた。
自らがそのことを自覚しているサムの問いに、敬一は首を振る。
「いや、ない。だが、たまにはいいだろう?」
『まぁ、構わないけどね。毎回拠点潰しは飽きてくるし』
「あぁ。じゃあ、予定通りアッシュたちとこっちへ来い。いいもん喰わせてやる」
『了解。それじゃあ』
そう言葉短く交わすと、敬一は携帯を切る。
その様子を見て、リビングの奥から、セルナが顔を出した。
「護衛のメンバーは決まったんですか?」
会話が気になったのか、そろそろ幸との合作が出来る頃なので偵察に来たか、分からないが現われたセルナに、敬一は顎を引く。
「あぁ。言ってはいなかったが、決めてある」
「誰?」
「俺とサムに幸。それとスーとセルナ、お前たちだ」
そう告げると、幸とセルナは、納得半分疑問半分といった顔色を浮かべる。
「僕たちもですか? それは何故です?」
「主な護衛は俺とサムや幸でこなすが、情報収集やバックアップでお前とスーの二人を用意しておく。不安定な国の情勢だからな。情報が時に命取りになる」
敬一は、そうメンバー選定の理由や基準を明らかにした。
それを聞くと、すぐに二人は納得する。
「確かに、セルナがいれば情報面で遅れることはなさそう」
「スーさんも心強いですしネ。あの人の前では、大抵の人間は丸裸だ」
「あぁ。セルナ、それで早速だが、現在のクレムリン王国の情報を集めておけ。たぶん、スカイナビアの方が仕事を始める時に説明してくるだろうが、予習は大事だ」
「了解です。任せてください」
敬一が言うと、セルナは合点承知したと言った様子で力強く頷く。
ちょうどその時、オーブンの音が鳴った。
三人が目を向け、幸が代表してそれを開く。
すると中から、熱したパイの生地と、芳醇な香りが漂ってきた。
「出来たな」
「うん、出来た」
「今度は卒倒者を出さずに済みそうですネ」
笑いながら、三人はそう言葉を交わす。
その顔には、喜びと安堵がそれぞれ浮かんでいた。
この後、三人はまた依頼の話について話し合う事になる。
だがその前に、彼らはひとまず完成したオレンジパイを運び、それを咀嚼することへと意識を向けたのだった。
【悪魔たちの正義】Narrow Interview ――狭間の噺―― 嘉月青史 @kagetsu_seishi
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