王国から依頼①

「で、依頼とはなんだ? どっかの誰を消せとか殺せって話か?」

 商店街から拠点へと戻ると、敬一は少しふざけた様子で尋ねる。

 その言葉に、拠点へと招かれていたスカイナビア王国の使者、ヴァールの端正な表情は不快げに歪んだ。

「僕らの主が、そんな野蛮な依頼をするような人間と思っているのか?」

「いいや、冗談だ。あいつがそんな馬鹿な依頼を持ってくるとは思っていない」

 不満そうな相手の声に、敬一は肩を竦めて言う。

 応接間にいる二人はソファに座りながら、互いに向き合っている。両者の間のテーブルには、それぞれ水と紅茶が置かれていた。

 敬一は、そのうち自分のコップ野水を口に含む。

「でもまぁ、どんな依頼なのか想像がつかないな。わざわざ国外に親衛隊まで派遣して、俺らと接触を図るほどのこととはな」

 軽い口調で、しかし真面目な事を敬一は口にした。

 スカイナビア王国は、西洋北部にある国家である。

 つい数年前まで隣国と戦争をしていたその国は、かつて敬一たちの助力もあって終戦二こぎ着ける事が出来た過去がある。そのため、敬一たちとはなかなかに良好な関係を築いた国家であった。

 敬一の疑問に、ヴァールは頷く。

「当然の感想だと思う。だが、今回は殿下から直々のご依頼、しかもご指名だ」

「聞こう。一体何だ?」

「殿下ならびに要人たちの護衛を頼みたい。半月後に行なわれるクレムリン王国での会談への出発から、その会談中、ならびにご帰国の間までの、ね」

 依頼の内容を要約して言い、ヴァールは敬一をのぞき見る。

 それに、敬一は首を傾げた。

「クレムリン王国での会談? そんなのあるのか?」

「あぁ。期間は二泊三日を予定している。その間の護衛だ。詳しくは、この資料を――」

「いいぞ。ただ、報酬はいくらだ?」

 何やら書類を取り出そうとしたヴァールだが、ややあって固まる。

 そして、呆気にとられた様子で目を丸める。当然だろう。依頼について詳しい交渉をしようとしたのに、それも省いて了承の声が返ってきたのだから。

「は? い、いいのか……まだ詳しい条件は出していないぞ?」

「そんな小手先の情報はどうでもいい」

 もっともな指摘に、しかし敬一は鼻で笑う。

「俺らにとって大事なのは、相手との関係と付き合い、それから報酬だ。クリスティーナは信頼できる相手だし、相応の報酬を貰えれば請け負うさ」

 あっけらかんと、さも当然の様に敬一が言う。

 その言葉に、ヴァールは愕然とするほかない。

 普通ではあり得ない価値観である。

 当然のことではあるが、傭兵の仕事は命がけのことだ。それを、相手との関係があるからとはいえ、無造作に請け負うなどは普通ではなかった。

「……陛下から聞いてはいたが、まさか本当にこうもあっさり請け負うとは、ね」

「褒めても何も出ないぞ……なんてな。まぁただ、報酬以前にいくつか訊いていいじゃ?」

「なんだい?」

「何故、わざわざ俺らに護衛の依頼を持ってきたんだ? 正式な外交ならば、親衛隊や開催国の護衛もつくだろう。わざわざ傭兵団に声をかけずともいいはずだ」

「普通、最初にそれを聞いてくるものじゃないかい?」

 苦笑しながら、ヴァールが言うが、それに対して敬一は肩を竦めるだけだ。

 それを見てヴァールは続ける。

「君たちは、クレムリン王国内部の情勢には詳しくないのかい?」

「……まぁ、訊いてはみたが、大体知っているさ」

「だろう? あの国は、以前から王国の制度を打倒しようという革命家と呼ばれる勢力が積極的に活動している」

 そう言って、ヴァールは憂慮と警戒を含んだ顔をする。

 クレムリン王国は、西洋東部の北にまたがる大国である。

 古くから西洋国家と折り合いをつけながら発展してきた歴史で、国の体制として王政を敷いている。近代社会でありながら専制政治を執り行っている国家であり、王権が強い独裁国家としても知られていた。

 しかしながら、近年はそんな政治体制に変革を求めている勢力が現れ始めている。要するに、王政を廃止して民主化を進めようとしているのだが、その勢力と旧来権力が対立している国内情勢であった。

「彼らの中の過激派には、武装集団を形成して、デモ活動において軍隊と睨みあったり、軽い衝突を起したりしている者たちもいる。今はまだ、大規模な衝突は起していないが、危惧することが現実となるのは時間の問題だろう」

「なるほど。そんな国内情勢に鑑みて、戦力を増やしたいと」

「そうだ。護衛に連れていける人数は制限がかかっている。その中には、出来るだけ精鋭を組みこみたいというのが殿下、というよりも大臣の考えだ。そこで、その精鋭に信頼できる君たちを選んだというわけだ」

「ふむ。しかし、いいのか? そんなことをするのは、国家にとって恥じゃないのか?」

 少し意地悪く、敬一は尋ねる。

 その問いに、ヴァールの顔もわずかに苦いものになるが、敬一は容赦することなく続ける。

「傭兵ごときを増強の護衛に選んで。しかも、外人だろう?」

「……恥を承知で話せば、僕たちは練度が足りないんだ」

「ん? どういうことだ?」

 返ってきた言葉が予想にはなかったことから、敬一は怪訝な顔をする。

 ヴァールは語る。

「僕たち親衛隊の多くは、軍隊から選抜されて構成されるが、今の親衛隊が出来たのはつい最近なんだ。君も知っての通り、スカイナビアは最近までデーンと戦争をしていたため、戦争にはなれている。ただ、少数の護衛にはまだ実戦不足や経験不足が否めない。今回のような少数の護衛には、不安が付きまとう」

 だから、とヴァールは言う。

「君たちのように、護衛なれした傭兵たちに頼らざるをえない。そして幸いにも、君たちは傭兵とはいえ、我が国とは馴染み深く、また戦争終結に貢献してくれた存在でもある。そんな君たちならば、この依頼も頼みやすいというわけさ」

「そうか。そういう事情か」

 相手の説明に、敬一も合点がついた様子で言う。

 戦争慣れした軍人も、個人での護衛というのには不得手だ。護衛が制限された場で、それが不得手な人間の集まりでは不安がつきまとう。

 ゆえに、敬一たちの手を借りたいというのだ。その道のスペシャリストで、信頼に足りる彼らに、である。

「どうだ? 受けてくれるかい?」

「受ける、とは先ほど言ったぞ? 再確認は不要だ」

 頷き、敬一はそれから苦笑する。

 そこには、少し呆れと心配するような、気遣う様な色があった。

「お前、口が軽いな。俺と同世代かそれ以下なんだろうが、もう少し外交術を学んだ方がいいぞ?」

「ぐっ……それはそうかもしれないが……」

「まぁ、だからクリスティーナも派遣したんだと思うが」

 敬一が言うと、それにヴァールは不審な顔をする。

 敬一は言う。

「普通なら、こう言う依頼は外交官を通して頼んで来るところだ。だが、彼女はわざわざ自分に近しい護衛の人間を派遣してきた」

 そこまで言ったところで水を再度口に含み、敬一は続ける。

「あいつなりの誠意だろう。事情をよく知り、話せる相手を俺たちに遣わして語るためのな。それだけで、俺らとしては依頼を受けるだけの充分な理由だ」

「………………」

 敬一がこともなげに語った言葉の内容に、ヴァールはまたも驚いた目をする。

 そして、ややあってから続けて苦笑する。

「君は、器が大きいのか、それとも勢いある押しに弱いのか、よく分からないね」

「ははっ。お前も随分はっきり言うな。気障な言い回しといい、やはり外交官向きではないな」

「そうかもしれないね。ただ、護衛の際にはそれなりに戦力になると自負している」

「そうか。それは楽しみだ」

 言って、敬一は肩を竦める。

 そんな話をしていると、応接間の扉が開く。

 敬一はそちらを見て、扉が開いた用件を素早く察すると、ヴァールに向き直る。

「せっかくだ。ついでにちょっと食べていけ。俺らなりの歓待だ」

「いいのかい?」

「あぁ、気にせず食え」

「……じゃあ遠慮なく――いや、待て」

 心遣いに快諾して、ヴァールは出された食べ物に手をだそうとした。

 が、置かれたものをみて、彼女は固まる。

「……なんだい、これは?」

「オレンジパイだ」

「泡立っているんだが?」

「あぁ、気にせず食え」

「いやいやいや」

 敬一の勧めに、彼女は明らかに狼狽した様子で言う。

 歓待に料理を出してきた心遣いは、分かる。

 だが、その中身が見た目のおどろしい品であるのは。分からない。

 食べたらただではすまないだろう、そんなものにヴァールが焦る中、それを持ってきたセルナは満面の作り笑顔で言う。

「遠慮しないでください。後始末……もといたくさん余って困っていたんですヨ」

「待て! 普通こんなものを客に食わせるか?!」

「あぁ。気にせず食え」

「さっきからそればっかり言ってないか?!」

「なんなら、依頼を断ってもいいんだぞ?」

 コップの水を傾けながら、敬一は楽しげに言う。

 完全に遊んでいるのだが、ヴァールにはまだ付き合いが浅い分、その細部のニュアンスは伝わらない。

「きょ、脅迫じゃないか……」

「まぁまぁ。死にはしないさ、たぶん」

「ぐ……。た、食べればいいんだな・・・・・・。い、いただきます」

 一時は抵抗しつつも、ヴァールは意を決した様子で、オレンジパイを運ぶ。

 すべては主命のため――気障な言動であるが、芯の部分は真面目なのだというのが分かった。

 覚悟を固めたヴァールは、そしてパイの一部を頬張る。

 その後何が起こったかは・・・・・・察していただきたいところである。

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