商店街にて①

「よろしいですか。レシピ通りのものを買うんですよ? けっして余計なものを買わないようにしてください」


 念には念を入れて、スーは敬一と幸に対して注意を行なう。

 三人は現在、近くの商店街までやってきていた。人々の活気と往来が活発な通りで、敬一と幸、それから幸と手を繋いだスーが歩いている。


「特に敬一さん。隠し味によさそうと言って、妙なものを買わないように」

「おっと。俺には厳重注意か。手厳しいな」


 スーからの傾国に、敬一は肩を竦めて笑う。


「そんなに俺が妙なものを買うように思うのか? 心外だな」

「買いそうだから注意したんです。以前も同じ事があった気がしますからね」

「確かに」

「酷いなぁ。信用ないな~」

「信用されていたら、私はついてきていませんよ。今日の私は、監視役です」

「ははは・・・・・・」


 胸を張るスーに、敬一は苦笑する。

 厳しい言葉だが、本気ではないだろう。スーも幸も、真剣に言っているのではなくちょっとした揶揄で言っているのだ。

 それがわかり合っているのか、敬一たちの間では笑みが伝播する。

 和やかな空気の中、三人の買い物は始まった。



 しばらくして、買い物は終わる。

 商店街にある店の中から、敬一が買い物袋を持ちながら、三人は出る。


「これで全部だな」

「うん。余計なものは、何一つ買ってない」

「本当ですね? 嘘はついていませんね?」


 再三にわたってスーが言うと、敬一たちはスーを見下ろす。


「嘘をついてどうする。本当だよ」

「ならば結構です。私も、監視役としての最低の責務は果たせました」


 満足そうに微笑むスーに、敬一たちも思わず微笑みをこぼす。

 天使のような相貌の少女が、ませて誇る姿は、非常に愛らしいものだ。


「それに、せっかく敬一さんと幸さんの二人きりの時間を邪魔したのですから。監視役の責任を果たさなかったら、私はただのお邪魔虫になってしまいますからね」

「気にするな。なぁ?」

「・・・・・・うん。そう言われると、好機を逸した気がしなくもないけど」


 確認に、やや唇をすぼめる雰囲気を漂わせる幸に、敬一は肩を竦める。


「どうします? これからお二人はデートをなさいますか? それなら、私は一人で帰りますが?」


 二人のやりとりをみて、スーが悪戯っぽく笑う。

 その天使の揶揄に、幸は目を瞬かせ、敬一は失笑を浮かべる。


「出来ない相談だな。道を覚えてはいるだろうが、お前を一人で行かすのは危ない」

「うん。悪い奴に絡まれる可能性もある」

「そうですか・・・・・・。そんなに私、頼りないですかね」


 二人のやんわりとした制止に、スーはややしょんぼりする。

 落ち込む少女に、幸が首を振る。


「そうじゃない。スーちゃん、可愛いもの」

「それ以前に、お前は見えないだろう? あまりにしっかりしているから忘れそうになるが、そんな人間を一人にいさせられるか」


 敬一が言い加えると、幸も「そうそう」と頷く。

 スーは、そうは見えないが、全盲の少女だ。

 生まれつき、全く目が見えないらしく、視界は常に薄明るい光の世界に包まれているそうだ。

 その代わりに、聴覚や触覚などの他の感覚器が異常なまでに発達しており、一般人とは異なる世界観で、しかし健常者と変わらない生活をすることが出来ている。

 二人の気遣いに、スーが微笑む。


「ふふっ。ありがとうございます」

「気にするな。じゃあ、帰るぞ」

「うん。あ――」


 帰路につこうとする最中、幸が何か二気づいた様子で足を止める。


「どうした?」

「あれ。可愛い・・・・・・」


 幸が目を向けている先を、敬一は追って目を向ける。

 そこは、土産物の露店のようだった。店頭には、いくつもの人形が置かれている場所だ。

 幸は、そんな店を見てから敬一に確認をする。


「ちょっと見ていってもいい?」

「あぁ。珍しいな、お前があんなものに目をつけるなんて」


 そう言って。三人はその店の品揃えを見に行く。

 店頭に並んだ人形は、みな中型というべきか、小さくはないが大きすぎもしない、両腕で抱えると気持ちよさそうな程度のサイズだった。

 それらを見て、敬一は幸に問う。


「で、どれがいいと思ったんだ? まぁ特定の一体だけじゃないかもしれないが」

「これ。これがいい」


 言って、幸はそのうちの一つを手に取った。

 彼女が手にした人形を見て、敬一の顔が思わず強ばる。幸が手にしたのは、可愛らしい人形たちの中では異物といえる、少しおどろおどろしい生物だった。

 二つの大きな耳に、頭頂から背中にかけてまであるトサカ、緑色を基調にしたカラーと口から謎の液体をかたどった何かが漏れるという、独創的なフォルムをしていた。


「これ。ねぇ、スーちゃんもそう思わない」

「触らせてもらってもいいですか?」

「はい」


 スーの願いを受け、幸はスーへそれを差し出す。

 目が見えないスーは、触ることで物の情報を読み取る。現に彼女は、受け取った人形を視点が定まらぬ視線で、ペタペタと触りだした。

 そんな様子を見て、流石にそれが可愛いとはあり得ないだろう、と敬一は思う。

 だが、


「まぁ、確かにかわいらしいですね、このフォルム」

「マジでか?! 結構ゲテものじゃないか、それ!」


 敬一がぎょっと口走ると、それを聞いた幸とスーは、不満げな目と表情で敬一を見る。


「そんなことない。敬一、見る目がない」

「可愛らしいじゃないですか、とても」

「えぇ・・・・・・」

「おや。嬢ちゃんたち、見る目があるねぇ」


 敬一が絶句していると、やりとりを見ていた店番のおばちゃんが口を挟んでくる。


「そいつはこの地域のマスコットキャラ、『チュパカブラビットくん』だよ。このおどろおどろしい風貌と愛らしいフォルムで、一部のマニアから絶大な人気を得ているキャラだよ」

「ほら。人気だって」

「うん。一部のマニアから、って条件付きらしいがな」


 勝ち誇る幸に敬一は返すが、二人は気にした様子なく人形を観察している。

 共に人形の品評に夢中なのか、敬一を無視してそれを手に取っていた。


「なんだい兄ちゃん。こんな可愛い子たちを連れてデートなんて、罪におけないねぇ」

「はぁ・・・・・・」

「どうだい。せっかくだから買っていかないかい? ちょうど今セールス中でねぇ、二つ買うと、全体から三パーセント引きだよ」

「それはまた微妙なセールスだな・・・・・・」

 

 思わずぼやき、表情を固める敬一だが、おばちゃんは気にした様子はない。

 敬一は、視線をおばちゃんから二人の少女へ向けた。


「欲しいのか?」

「はい!」

「うん。出来れば・・・・・・」


 二人の願い入れに、敬一はややあって息をつくと、それから財布を出し、値札の合計の金額をおばちゃんに出す。


「毎度あり! いやぁお兄ちゃん、イケメンだねぇ!」

「そうか。ちなみに買わなかったら何だったんだ?」

「買わない奴はブサメンだよ!」

「おい」

「冗談さ。はい、おつりだよ」


 おばちゃんが返してきたおつりを受け取ると、敬一は踵を返す。

 それに、人形を買って貰った二人は続く。

 余計な出費に対し、敬一は少し気分を重くしかけたがやや後ろを歩き、嬉しそうな顔をする美少女二人を見ると、「ま、いっか」という気を紛らわす。

 そう思いながら、敬一は歩を進めていく。

 そして、しばらく歩いたところだった。


「――で、さっきから俺たちを観察していたお前は誰だ?」


 足を止め、敬一は横へ目を向けて問う。

 そこにいたのは、パンツスーツ姿の女性、否、少女であった。オレンジ色の短髪のその娘は液晶の携帯を弄っているのを装っていたが、敬一がはっきりと狙いをつけて声をかけると、その言葉に驚いた様子で顔を上げた。


「・・・・・・いやはや。まさか、気づいていたのかい?」

「認めるのは早いんだな。害意がないから敵ではないと思ったが、もう少し渋ると思ったぞ」


 敬一がそう言うのを聞くと、少女は視線を巡らせる。

 見ると、幸やスーも視線を自分に向けていた。そこには、急に敬一が声を掛けたことに対する驚きはなく、むしろ当然声をかけただろうと分かっていた様子で、敬一同様の不審を向けていた。


「君たちも、気づいていたのかい?」

「うん。さっきから、視線は感じていた」

「正確には、人形を私たちが見つけたあたりからですね。私たちが気づいたということは、敬一さんも気づいていると思って、放っておきましたが」


 こともなげに二人が言うと、少女は感嘆の息を漏らす。

 少女がもし、ただの一般人でたまたま見ていただけなら、敬一たちも声をかけなかっただろう。

 三人は三人とも、その視線の主がただ者でないと見抜いて声を掛けてきたのだ。

 そのことまで悟り、少女は拍手でもするように、軽く携帯を握ったまま手を叩く。


「流石だな。流石は、【深紅の仮面】の傭兵たちといったところか」

「何者だ?」

「これは失礼。僕は、こういう者だ」


 そう言うと、偽装に持っていた携帯をしまい、代わりに一枚の名刺を取り出す。

 敬一はそれを受け取り、目を落とす。

 そこには、こう書かれていた。

 スカイナビア王国直属親衛隊所属、ヴァール・デシレ――と。

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