思い出の品作り②
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お二人とも、何か言うことはありませんか?」
ほんの数時間後の出来事である。
二人の団欒にひっそりと微笑を浮かべたセルナだったが、今はその顔に憤りが浮かんでいた。
普段はそのような顔をしない温厚な性格のセルナであるが、今そのような顔色をしているのは、当然それにちなんだ行動がおこなわれたからである。
原因は、予想がついているだろうが、敬一と幸の二人だ。
彼らとセルナは、間にテーブルを挟んでいるのだが、そこには今、所狭しとあるモノが並んでいる。
並んでいるが、均一のものではない。
あるものは黒く焼け焦げ、あるものは得体の知れない悪臭を漂わせ、またあるものは泡立っている。テーブルに所狭しと並び、黒く焼かれているという点が唯一の類似点であることを覗けば、まったく違うものにしかみえない。
これが、すべて同じ料理を目指して作られたものだと言われて納得する者はどれだけいるだろうか?
それらは、すべてオレンジパイを作ろうとした敬一と幸の、試作の成れの果てだった。
惨憺たる結果、そして現状に、セルナは声を荒げる。
「一体何をどうしたらこんなものが大量に出来るんですか?! 何をしたんです、えぇ?!」
「オレンジパイを作ろうとした」
「それは分かってますヨ! 経過を尋ねているんです!!」
当たり前のツッコミをするセルナに、敬一たちは供述を開始する。
「オレンジパイっていうくらいだから、ひとまずパイ生地にオレンジをまるごとぶっこんで焼きました」
「馬鹿じゃないですか! 何ですかその小学生以下の発想はっ!」
それが、失敗事例1だ。
「敬一のそれは流石に芸がないと思って、オレンジをミキサーで砕いてからばらまいて、それをパイ生地に盛り込んだものを焼いた。ただ、火力が強すぎた」
「砕いただけで発想が五十歩百歩!」
それが、失敗事例2。
「で、どっちに偏りがないように、二人合わせたのも作ってみようと思って」
「混ぜました」
「混ぜるな危険!」
以上が失敗事例3である。
「それを大量に作ってみました」
「材料がなくなるぐらいに」
「どうしてそうなったぁぁああ!!」
これにて大失敗。
セルナは唾を飛ばすぐらいの勢いで叫ぶと、その後に肩で息をし始める。
そして、同時に彼は自分の失態を悟って軽い自己嫌悪に陥っていた。
思えば、この二人が料理するのなれば、このような失敗は想定できたことだ。
まず、敬一は料理がおかしい。
下手というわけではないが、おかしい。
普通ならあり得ぬことだが、敬一はどうも味音痴なところがあるらしく、作る料理の味が著しく安定しないのだ。簡単にいえば、美味いときもあれば不味い時もあり、仲間内から、敬一の料理は宝くじだ、と言われるほどだった。
一方で、幸は料理が下手なわけでもおかしなわけでもないが、何かに失敗した時の彼女の振り切り具合は他の追随を許さない。去年も、惚れ薬というのを入れようとしたとかなんとかで、セルナを昏倒させるほどのやばいチョコを作ったことがあるほどだ。
そんな二人の共同作業である。
魔改造や危険化学反応、合体事故が起こることは、むしろ想定してしかるべきことだったはずだ。
それを失念していたことに、セルナは強く嘆息した。
「で、どうするんですか、これ?」
「まぁ、普通に考えれば処分するしかないわな」
「はぁ・・・・・・勿体ない」
大量の材料が浪費されてしまったことに、セルナは額に手を当てて落胆する。そう大した額ではないが、食品などが無駄に失われたことはやはり悲しいことである。
それは当然なことであるはずだが、敬一と幸は顔を見合わせてから、同時に首を傾げた。
「え? そんなに食べたいの?」
「違います」
「処分って、お前が食べて消費するってことなんだが?」
「ふざけんな!!」
幸が目を瞬かせる一方、セルナがまたも叫ぶと、敬一はにやりと笑みをこぼす。
幸のそれは天然だが、敬一の発言はわざとだ。
そのあたりを理解しているだけに、セルナは声を張った後、またも盛大に溜息をついた。
彼がほとほと疲れ果てていると、リビングの扉が開いた。
「どうかしたんですか? 何やら、セルナさんが叫んでいるようですが・・・・・・」
聞こえてきたのは、鈴の音のような可憐な声だ。
皆が振り向くと、そこには、天使が立っていた。
青みがかった白髪に白磁の肌、茫洋な輝きの瞳に整った可憐な顔かたちの、美少女である。
齢はセルナよりも低いと思われる少女は、その扉の向こうからリビングの方へと歩いてきた。
そして、顔に険を浮かべる。
「――ってくさい! な、なんなんですかこの臭いは?!」
「あぁ、スー。今な、俺と幸でオレンジパイ作ろうとしたんだが、失敗したんだ」
足を止めて鼻や口を覆う天使の少女、スー・ウォッカに対して、敬一は事のあらましを告げる。
それを聞いて、スーは目をぱちくり瞬かせた後、やがて納得したように頷く。
「なるほど。敬一さんと幸さんの思い出の品を、二人の協力で作ろうとしたんですね」
「あぁ、そうだ」
「それって、すごいロマンティックだと思います。ロマンというか、とても素敵・・・・・・」
両手を合わせながら、スーは微笑んで言う。
その感想は、容貌と合わさってまさに天使のようだった。少し邪がなく、険のない言葉や声には、不思議と相手の心を和ませるような癒やしがあった。
その言葉に、敬一はともかく幸は嬉しそうだった。
「ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しい」
「はい。普通は、作る前にレシピとか調べると思いますけど、それも忘れてしまうほどに頭がお花畑になっていたんですね!」
満開の笑顔を浮かべながら、スーは言う。
その天使の笑顔のまま紡がれた、なんというか、邪悪な一言に、幸は口を真一文字に引き結ぶ。いつもの無表情ではなく、意識的な無表情であった。
一方で、敬一は微笑をこぼす。
「違うな・・・・・・スー、お前は分かっていない」
「え? 何をです?」
目を点にするスーへ、敬一は言う。
「いるだろう。説明書を読むタイプと読まないタイプ。説明書を熟読してから機器を操作するタイプと、まずはスイッチを入れてみて、いろいろ試しながら説明書に目を向けるタイプが」
「・・・・・・いますね」
「これも、それと同じだ。俺らは、レシピを調べなかったのではなく、あえて――」
「なるほど。でも普通は調べますよね。馬鹿じゃない限り!」
はきはきと、元気よくスーは遮って言う。
その舌鋒に、しかし敬一は全く動じた様子はなく、むしろ楽しんでいるようであった。
「ふっ。スー、お前もまたその意見の仕方に磨きがかかってきたな」
「・・・・・・褒めてないですよね?」
「いいや。どうかな」
少しだけむっとするスーを躱し、敬一は肩をすくめる。
と、そこでセルナが手を叩く。
「はいはい、お喋りもこのくらいにしてください。で、どうするんですかこの後」
セルナが次の指示を仰ぐと、敬一と幸は顔を再び合わせる。
「まだ、作りたいか?」
「流石にこれ以上は。けど、今度はちゃんとしたオレンジパイも作ってみたい」
少し口惜しそうにする幸に、敬一は息をつき、セルナを見る。
「なぁセルナ。ネットでオレンジパイの作り方調べてくれねぇか。今度こそ、ちゃんと作るからよ」
「初めから作ってくださいヨ・・・・・・。というか初めから俺にも聞いてください」
呆れ疲れた様子で言いながら、しかしセルナは協力を拒むことはしない。
その言葉に、敬一は「悪い」と二度言って謝ってから、今度こそちゃんとしたオレンジパイを作ろうとする。
こうして、パイ作りは一から再スタートを切るのだった。
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