第1章
思い出の品作り①
弱冠十四歳にて傭兵ランクの最高峰・SS級に到達し、その後も世界を渡り歩き、多くの戦いと経験を経た彼は、つい先日には、史上ですら比類なき実力者ということを、世界最高峰の行政機関である世界連合からも認可され、傭兵ランクSSS級という新たな称号を与えられたほどで。今や名実ともに世界最強の傭兵と昇りつめた。
そのあまりの強さから、【
名を、【深紅の
知られる、とはいっても、結成からわずか数年しか経っていないのだが、それでもその勇名を轟かせるほど、その実力はすでに世界が認めるほどになっている。
これは、そんな最強の傭兵と、傭兵結社に関する物語である。
*
「敬一」
「ん?」
台所の洗面所から、流れる水の音が聞こえてくる。
食事場所であるリビングにて、食後のコーヒーを飲んでいた敬一が振り向くと、そこでは敬一の仲間の一人、
場所は、敬一たちが活動の拠点にしている一軒家の中だ。
少女――と呼ぶにはもう成熟したかもしれない、女性である幸の呼び声に敬一は振り向いたわけであるが、その視線を背中に受けて、
「今日、何の日か覚えている?」
敬一の方を振り返らず、幸は尋ねてくる。
セミロングにまで伸びてきた黒髪に同色の瞳、平均よりやや高めの東洋人の顔立ちをした彼女の言葉に、敬一は目を瞬かせる。
「今日・・・・・・?」
カップに入ったコーヒーを口に含みながら、敬一は壁にかけられたカレンダーを見る。
めくられたページは、二月になっていた。
それを見てから、敬一は首を傾げる。
「何か、あったっけ? 別に普通の平日だと思うが」
「・・・・・・思い出さない?」
食器の泡を洗い流しながら、幸は確認してくる。
その声に、敬一がコーヒーを飲みながら思案したため、わずかな間だが沈黙が続く。
やがて、敬一はカップをテーブルに置く。
「あぁ・・・・・・思い出した」
「本当?」
「お前がバレンタインのチョコに何かを仕込んで、それを喰わせたセルナがぶっ倒れたのが、ちょうど一年ほど前か」
刹那、洗い場から何かが飛来し、敬一の目の前のテーブルに直撃した。
カン、と小気味よい音に、敬一は視線を注ぐ。
飛んできたのは、銀色のフォークだ。球種ではない。それが、テーブルに縫い付けられるように突き刺さってくる。
慌てるでも驚くでもなく、敬一はそれを見たあとに洗い場へと目を戻す。
そこでは、こちらに振り向いた幸が、何かを投げた後の体勢で、涼しい顔をしていた。
その容貌は、相変わらず美しい。
東洋人にしては色薄な肌に、はっきりと浮かぶ双眸や、整った鼻梁や唇などのパーツの配置は、神に与えられたと表現してもよいかもしれないほどに可憐な美貌だ。数年前の段階ですでに、初見の人間ならば間違いなく心を射止められ、本人がその気であれば籠絡も造作がないほどの恵まれた顔つきだったが、それが熟してより魅力的になった印象がある。
その美貌を、いささかも乱すことなく無表情で、幸は敬一の方を見ている。
今、とりわけそうしているのではなく、普段からこんな表情である人物だ。
ただ、彼女の特徴としては、目つきの表情が豊かであり、現に今も、そこだけは彼女の内心を色濃く映し出している。
露出している感情は、憤りだ。
「違う。そんな事実、存在しない」
「――だ、そうだぞ。実際に昏倒したセルナくん?」
「嫌な思い出を思い出させないでくださいヨ」
叱責めいた返答に敬一がいささかも揺らがずに言葉を横に投げると、リビング奥の別の机で、パソコンの作業中であった別の仲間、セルナ・ウォンスキーが苦々しげな声で応じる。
茶髪に同色の瞳を持つ中性的な少年だが、童顔であることと背が低いだけで歳は敬一や幸と大して変わらない。
そんな少年の強ばった声に、敬一はあるかなしかの微笑を含み、幸を横目で見る。
「だ、そうだ。あの悲劇を忘れてはならない」
「・・・・・・それよりも、大事な事があったのを覚えてないの?」
こちらを向いたまま、濡れた食器を布巾で拭き取りつつ、幸が問いを重ねてきた。
その言葉、「それよりも」という単語に、若干セルナが頬を引き攣らせるが、敬一たちは気にしない。
敬一は素直に言う。
「覚えていない」
「・・・・・・私と敬一が会って、今日が五年目」
もったいぶることなく、幸は事実を告げる。
そう言われた後、敬一は再びカレンダーを目にし、顎を引く。
顔には納得と、苦笑がこぼれた。
「あぁそうか。そういえば、あれからもう五年か」
「うん。そう」
幸は、こくんと頷く。
二人が口にしたように、敬一と幸の出会いは今から五年前、とある傭兵バーでの出来事だった。
傭兵バーというのは、ただの酒場ではなく、傭兵たちが情報収集や憩いの場として利用する飲み屋のことだ。
五年前、そこを利用していた敬一の前に現われたのが幸で、何も知らない少女だった彼女にいろいろなものを与え、そしてともに歩んできたのが二人の関係だ。
話し出せば長くなる事なので割愛しているが、年数の割には濃密な期間である。
「よく覚えているな。俺は、言われるまでほぼ忘れていた」
敬一が無神経に笑うと、それを見た幸は悲しそうな目をする。
「敬一ひどい。私は、敬一との思い出はいろいろと覚えているのに・・・・・・」
「そうか?」
「うん。敬一に初めて誕生日プレゼントを貰った日のことも、デートした場所も日も。あとそれから、初キッスのシチュエーションや初体け――」
「思い出のねつ造をするな」
笑みを消して敬一が静かに遮ると、その視線を受けて、幸は視線を外す。
なかなか微笑ましいやりとりだ。
それを挟んでから、敬一は息をつき、そして机に刺さったままだったフォークを抜くと、幸へ視線を戻す。
「で、何がしたいんだ? そう言ってきたってことは、何か記念にしたいんだろう?」
幸の性格上、こういう問いからの確認は何かしたいことがある時だ。
それを理解している敬一は、ゆえに確認をとった。
すると、幸は珍しく、その顔にわずかながら笑みを浮かべた。
「そういう敬一のところ、好き」
「はいはい。で、何がしたいんだ?」
「そうね・・・・・・じゃあ、せっかくだから何か作りたい。そうだ、あの日の思い出、パイを作ってみたい」
「パイ?」
不審な顔をする敬一に、幸は顎を引いた。
「うん・・・・・・パイ。オレンジパイ。私に食べさせてくれた」
「・・・・・・アップルパイじゃなかったか?」
「違う。オレンジだった、はず」
「そうか。まぁいいけど」
そう言うと、敬一は顎を引く。
記憶違いはそんなに気にならなかったのか、それ以上両者は言葉を交わすことはない。
ただ、この後の行動については、二人は話し合う。
具体的には、じゃあ実際いつ作るか、用意はどうするかなどの話である。
事務的な内容を、時折冗談を交えながら交わし合う。
その微笑まし光景に、パソコンで作業中のセルナが、よそでほんのりと、少しうらやましそうに微笑んだのだった。
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