【悪魔たちの正義】Narrow Interview ――狭間の噺――
嘉月青史
プロローグ
正義の話
これから正義の話をしよう。
哲学の講義じゃないが、少しぐらいこういう話をしてみてもいいだろう。
・・・・・・ん、なんだ? そんな阿呆鳥が豆鉄砲を喰らったみたいな顔は。
「誰が阿呆鳥だ」
ははっ。今じゃ、その呼び方は禁句らしいな。それじゃあ、幸せを呼ぶ御利益のある鳥とでもいった方がいいか?
「そういう問題じゃない」
ま、それもそうか。
おいおい、そんな不審感たっぷりな顔をするな。別にお前をからかい倒したいわけじゃない。それはそれで楽しそうだが、剣術ばかりは飽きただろう。少しぐらい座学を始めてもいいかと思っただけだ。
お前をただボコボコにするの飽きたからな。
「それが本音か」
まぁな。
で、話を戻すぞ。正義の話をしよう。
正義と言っても、語り始めたらキリがないし、抽象的すぎるな。ここは、国家レベルの正義について限定しようか。
「国家レベル?」
そうそう。
お前は、国家運営にもっとも重要な正義は何だと思う?
国益か、社会福祉か。それとも別の何かか、どうだ?
「話が大きすぎて、はっきりとしないな」
ま、それもそうか。
じゃあ、大前提の話だ。
国家とはそもそも何かと言う話になるが、国家というのは一定の領土・住民を治める統治権を持つ権力組織、あるいは社会組織というべきものだが、それがもっとも重要視しているものは何だと思う?
これでもかなり要約した方だが、さらに要するに、国家が国家としてその存在の大義名分を成り立たせているのは何か、って話だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
これでも分からないか。
ならば、さらに簡単にするか。
国家が重用するべきなのは、国家としての利益か。それとも国民たちの意見か。それとも別の何かか、どれだと思う?
こう言えば、少しは考える事が出来るだろ?
「あぁ、そういうことか。そんなの、国の利益に・・・・・・いや、アンタ今、国民たちの意見を比較に出したか。どういうことだ?」
おや、気づいたか。
きちんと人の意見は聞いているようだな。
――おいおい、そんな目をするな。ちょっとした揶揄だよ。別にお前を馬鹿にしたわけじゃない。
話を戻すぞ。
普通に考えれば、国家の利益である国益と、国民たちの意見である民意は相反するものではない。健全な国家は、民意を遂行することが国益だ、そう考えるのが普通だろう。
だが、それは大間違いだ。
「大間違い、だと?」
あぁ。例え話をしよう。
戦争に弱い国が、戦争に強い国へ、民たちが憎さのあまり戦いを仕掛けるように扇動したとする。それに統治者が従って戦争を起こしたとすれば・・・・・・何が起こるかは明白だろう?
そういう場合は、その戦争に強い国家に面従腹背して国交を行なうか、あるいは外交を行なうことで、自国に有利なことを行なって富国強兵を図り、いずれ追い越すだけの地力をつける――そっちの方が利益に繋がる。
これはあくまで単純な例え話だから一律に正しいとは言えないが、民意を遂行することが国益だと言っているのは脳内お花畑の白痴どもの言い分なわけだ。
だから、この二つは必ずしも繋がっているものではない。
けれども、この例えだと、民意を遂行するのが馬鹿、と言う話になってしまうな?
「あぁ。そうだよな」
これは、あくまで民意が悪い例だ。
逆もある。
例えば、国に多大な利益をもたらす宝石の山があったとする。それに対し、民意としては少しずつ人道的にそれを摂取しようと言うのが大半だった。しかし、国益としては非人道的に民を重労働させて摂取した方がほんのわずかに、雀の涙ほどだが利益になるとする。
この場合、国家が国民に重労働させるのは正しいことか?
そんなことはないだろう。
国に利益をもたらすものは、何もその宝の山だけではないし、国民を安んじることも国の利益だという考え方もあるだろうからな。
それに、今のは例え話だったが、普通に考えれば国家は国民の意見を反映したものでなければならないというのが、現在の世界で普遍的な考えだろう。
一部の人間だけが利益を貪る独裁国家は、多くの人間を不幸にしているのだがら、容易に容認できるものではない。
――では、健全な独裁国家の場合はどうなるか、と言う話にもなるな。
「は? なんだそれ。独裁に健全もクソもないだろ」
あるんだな、それが。
指導者が完全に公平無私、自分の不利益に目をつぶってでも、国民の利益のために奮闘した場合が。そして、他の我欲まみれの政治家どもを、情け容赦なく弾圧していた場合、それも悪政と言えるか?
「・・・・・・そんなこと、希有だろう」
そうだ、希有だ。でも、それが確かに存在していた事例も歴史上にあるらしい。
ま、そこまでいかずともだ。
半ば健全に、国民の利益のために作用している国家が、しかし民意というものに対してはまったく見向きもしない国家があったとして、果たしてその国家は正義なのかどうか、だ。
重視されるのは、国家の利益か。
それとも民たちの自由な意見か。
どっちに重きを置くべきだと思う。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
まぁ、ぶっちゃけてしまえば時と場合による、ケースバイケースだと思う。
ただ、そういう国家に対してどう立ち回るか、それも俺らにとっては重要なことだ。
――そうだな、後学のために、一応の判断材料にもなるかもしれないから、これから少し昔話をしようか。
「昔話?」
あぁ。
といっても、ほんの数年前の話だけれどな。
これは、俺たちが体験したある国家での話だが――
*
ある者は、国の運営こそ国を保つ上の正義という。
しかしある者は、国民の声をくみ取ることこそ、国を保つ上での正義という。
果たして、それはどちらが正しい大義なのだろうか。
否、そこに誤った義はない。
結局の所、争いの多くは善と悪のぶつかりあいでなく、正義と正義のぶつかり合いなのだ。
かくして幕開く、この物語の題名は――
【悪魔たちの正義】Narrow Interview ――狭間の噺――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます