商店街にて②

「スカイナビアの親衛隊?」


 敬一がその肩書きに不審を抱いて顔をあげると、少女は頷く。


「そうだ。僕の名はヴァール・デジレ。スカイナビア国王・クリスティーナ殿下から親衛隊の任を拝受した誉れ高き衛士さ」


 そういう少女を、敬一はじっと観察する。

 少女は、組みかけた腕から肘を立てるようにして片手を顔に添え、不敵そうな笑いを浮かべる。

 銀幕の役者のような整った顔立ちで、男勝りの格好良さがある面立ちだが、少し気障なところがありそうなポーズの取り方だった。

 そんな芝居がかった振る舞いの少女・ヴァールは、さらに言う。


「このたび、殿下の命を受けて君たちに接触させてもらった。君たちに、依頼を持ってね」

「依頼?」


 彼女の言葉に幸が目を細めると、ヴァールは頷く。


「そう。君たちに、折り入って頼みたい話が――」

「そうか。まぁ待て。それを今すぐ話すのは無理だろう」


 敬一はそう言うと、幸に目配りをする。その視線を受けて、幸は首肯する。

 何やら二人だけが通じているような無言のやりとりに、ヴァールは不審を露わにした。


「ふむ? 場所が悪い、と言いたいのかい」

「それもあるが、気づいていないのか?」

「はて・・・・・・。そういえば、周りから妙な気配があるね?」


 ふとヴァールが怪訝に思ったように言うと、それに反応して、周囲で何かが蠢く。

 周囲は買い物を楽しむ人々の往来が盛んだが、それに模した影がいくつか見受けられた。

 敬一は、苦笑する。


「そういうことだ。ただ、そういうのは迂闊に口にしない方がいいぞ?」


 そう言って肩を竦め、敬一は呆れたように上に視線を上げる。

 直後、彼の体勢が沈み、腕が霞んだ。

 次の瞬間、銃声が嘶く。

 振り払われるように薙がれた腕と共に拳銃の引き金は搾られ、ほぼ同時に、三方向へ銃弾を吐き出す。

 一見すれば無造作に行なわれた強引な早撃ち――しかしその実、射撃は精密だった。

 銃撃がもたらした結果は、異なる方向での破砕音だ。破壊された音に目を向けると、そこでは通行人を装った男たちが、その手からある物を弾かれてのけぞっていた。拳銃だ。敬一同様のそれが、皆ピンポイントに撃ち抜かれ、手からこぼれ落ちて地面に転がる。弾丸を受けてひしゃげたそれが転がると、それを手にしていた男たちの目には驚愕が浮かんでいた。

 商店街に突然響いた銃声に、往来の人々がざわつく。

 その中で、敬一は早撃ちした拳銃を素早くしまうと、後ろに立っていた幸へ、買い物袋を渡す。


「スーと共にここへ居ろ。それと、念のためそこの女にも注意な」

「うん。分かっている」


 袋を受け取りながら幸が頷くのを見ると、敬一は周囲を確認した。

 周りの人間は、大別して二つに分かれている。敬一の突然の凶行にぎょっとする者と、敬一との間合いをはかるものの二種だ。

 敬一は、そんな人間たちの前へ進み出ると、首を鳴らして笑う。


「奇襲は失敗したんだ。相手してやるからとっとと来い」


 招きの声に、距離を測っていた者たちが一斉に動いた。

 その手に小型の凶刃を持った男たちは、続々と敬一へ襲いかかる。その目は皆血走っており、怒りと憎悪に染まっていた。彼は猪突猛進と、敬一をまがまがしい殺意を持って迫り来る。

 敬一はへらへらと笑いながら呆れの息をつくと、その身を霞ませた。

 突き出される何者かの腕を躱しながら、それを肘と膝で挟み込むようにして粉砕、その衝撃で相手が思わず体勢を崩す中で、その顔面に反転がてら拳を打ち込む。鼻柱を砕く鈍い音が響くと、男は血の筋を引きながら後方へ吹き飛んだ。


 続いて左右から振り払われる銀の軌跡に、敬一は身を沈ませる。頭上でそれを躱した彼は、低姿勢のまま身体を旋回させて足を払う。脛を蹴られるようにして足を地面から剥がされた男たちは体勢を崩し、敬一は払った足を入れ替えながら回転しつつ足を蹴り上げる。刹那、二つの男の顎に足が突き刺さり、その先端の骨を砕きながら、彼らの身体を錐揉み吹き飛ばす。掌から短剣を取りこぼしながら錐揉み回転した男たちは、地面にしたたかに叩きつけられ、白目をむいて悶絶した。


 三人を瞬時に打ち倒した敬一に、続いて敬一に向かおうとしていた影たちは蹈鞴を踏む。

 一瞬の逡巡、であったが、それでも目の前の黒い死神は、その躊躇を許してくれなかった。

 その場で迎撃した敬一は、瞬時に黒い疾風と化す。残像すらすぐに霞んで消えると、ドドドっという鈍い音だけが響く。

 速すぎて、何が起きたか分からなかった。

 周囲で短剣を持っていた男たちは、皆が頭部に強い衝撃を受けてその場に叩きつけられ、一瞬で意識を奪われる。なんてことない、拳を側頭部に叩きつけられたのだが、あまりのスピードに誰もそれを視界に捉える事ができなかったのだ。


 どさっと、ほぼ同時に倒れる三つの影――これで、敬一の周りに立つ人影は皆地面に倒れた。

 騒ぎに逃げだそうとしていた周囲の人間も、その撃退劇にあっけらかんとする。

 大きな騒動になるかと思いきや、起こったのは一方的な蹂躙なのだから当然かもしれない。

 そんな中でも、密かにこの場から去ろうとする影があった。

 足音を殺して去ろうとするその男を、敬一は即座に捕捉し、疾風となる。

 そして、その男の前に立つ。

 男がぎょっとする中、敬一はにこやかに笑いながら、首を傾げる。


「――で、貴様らは何者だ?」

「く、くそう! やっぱり化け物か!!」


 一瞬で逃走を阻止された事を悟った男は、懐から隠し持っていた銃を取り出して、それを向けようとする。

 が、敬一はまたも高速で腕を振るい、それを弾き飛ばした。

 男がその衝撃で手首を砕かれる中、敬一は相手が悶絶するのを尻目に尋ねる。


「で、何者だ? 答えなかったら殺す。答えたら半殺しですませてやる」


 敬一は、親しげな笑顔を向けながら尋ねる。

 物騒な発言ながら、そこに殺気や敵意はまるでない。

 先ほどから、六人を打ち倒した彼だが、その時から微塵もそれを漂わせていない。

 この程度の相手にそれを纏う必要はないとでもいうことか、あるいはもうそれを纏うことがなくとも人など殺せるということか、どちらかは分からない。

 ただ、そこには他者を圧巻するだけの凄みだけはあった。

 そんな敬一に、男は言い返す。


「黙れ、頭目ファーザーの仇め! 見ていろ・・・・・・俺たちは失敗したが、必ず仲間が貴様を殺し――」

「なるほど。頭目、ねぇ・・・・・・。思い当たりがありすぎるな。どこかの馬の骨か」


 敬一が呆れた様子で言葉を返す。

 おそらくであるが、男はこの国のマフィアか犯罪組織の人間だろう。そういう組織があった場合、敬一たちはよく小遣い集め感覚で潰して回っている。それを壊滅させれば、謝礼として報酬が出る世の中だからだ。

 この男たちは、そんな組織の生き残りと思われた。今回の襲撃は、組織を潰されたことへの復讐といったところだろう。

 またくだらないことをと、敬一は辟易するが、それを聞いた男は鼻息を荒げ、血走った目で敬一を見上げる。


「ふ、ふざけやがって・・・・・・。こ、ころしてや――」

「はいはい。じゃあ、おやすみ」


 もう相手の言葉を聞く気はないのか、敬一は手刀を男の脳天へプレゼントする。

 殺さない程度に加減された高速のそれを受け、男は瞬時に脳震盪を起こして悶絶し、その場に崩れ落ちる。

 白目を剥きながら倒れたそいつを見届けると、敬一は幸たちの方へ振り返る。

 周囲では、敬一の圧倒的な撃退劇に唖然とする人々がいる中、幸たちはこの結末は当然だったという様子で、こちらを見ていた。

 敬一はそんな彼女らの元へ軽い足取りで戻っていく。


「片付いたぞ。あとは、警察を呼んで、ずらかるだけだ」

「事情は話さないの?」

「話すと面倒くさい。今日中に、パイ作りが出来なくなる。死人は出してないし、逃げてもいいだろう」


 預けていた買い物袋を受け取りつつ、敬一はそう言ってから、横を見る。

 そこでは、敬一の事もなげな会話に驚いている様子の少女・ヴァールが目を瞬かせていた。


「お前は、こいつらの仲間じゃないよな?」

「は・・・・・・? あぁなるほど。それを疑っていたのかい」


 敬一が不意にかけた言葉に、ヴァールはややあってから苦笑する。

 スカイナビア親衛隊を名乗った彼女だが、敬一は少しその名乗りに疑いをもっていたようだ。

 もしかすれば、それを名乗って敬一の警戒を解き、彼らを謀って襲撃を図った一味だという考えもあった。

 それを完全に、ヴァールは否定する。


「そんな姑息な事をするような人間に見えたのかい、僕は。心外だな」

「そうか。悪いな。人は見かけ、言葉通りというからな」

「なるほ・・・・・・待て、それは僕を馬鹿にしていないか?」

「さて、な」


 悪戯っぽく笑いながら敬一は肩を竦めると、それから彼女に背を向ける。

 そしてそのまま、この場から去ろうとした。


「待て。本当にこのままずらかる気かい?」


 やや慌ててヴァールが言うと、敬一たちは足を止めて振り返る。


「今から、僕がスカイナビア領事館に連絡を入れよう。そうすれば、大した時間や後々の手間をかけることなく、君たちの疑いを晴らすことが出来ると思うのだが?」


 思いがけない提案を持ちかけられ、敬一は幸やスーと顔を合わせる。

 確かに、一国の要人の口添えがあれば、警察もやすやすと敬一たちにあらぬ疑いをかけてこなくなるだろう。


「そうか。じゃあ、ご好意に甘えて」

「あぁ。その代わり、僕の話を聞いて貰うよ。殿下からの、依頼の話をね」


 ヴァールが如才なく自分の話も進めようとしているのを感じ取ると、敬一は淡く苦笑するのだった。

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