第5話 イケメン
アンジェラが、獣が炎上する瞬間をみることはなかった。
受け身もとれず、華麗な後転をいくども決めたのち、木にぶつかってやっとアンジェラは止まることができた。
この時初めて子供の体でよかったと思った。運動不足のアラサーの体ならば腰や首がとんでもないことになっていたはずだ。
整形外科があるかどうか知らないが間違いなく常連の患者になっていたと思う。
まぁ子供の体でも痛いものは痛いことにはかわりないのだが。
全身の痛みで動けず、仰向けのまま首を少し反らすと、獣が炎の球を無数に受けて徐々に後退していく様が見えた。
炎操っている人は、自分から距離を離そうとしてくれているのかもしれない。
仰向けのまま痛みを、なんとかやり過ごすアンジェラの耳に、金属が擦れる音と誰かが走る足音が聞こえた。
「大丈夫か!?」
駆け寄る声の主はすぐに現れた。
茶色い短髪で、歳は二十代後半だろうか。 銀の鎧を身につけ腰には剣らしきものを下げている。剣士か何かなのだろうか、鎧越しからでもわかる程に引き締まった身体をしている。整った顔立ちと相まって、男の魅力を一層引き立てていた。
「もう平気だ。お嬢さん喋れるか?」
「ぁ……い」
喉の乾燥、叫びすぎ、疲労やらで掠れた声しか出なかったが、アンジェラが答えると心配そうに覗きこんでいた男は、ほっとするように笑った。
「私…………助か……た……ですか?」 「そうだよ、よく頑張ったなぁ。遅くなってごめんな」
鎧の男は側にしゃがみこむと、こんなに傷だらけで、と眉間にシワをよせた。
「ゆっくりでいいから飲めるかい?ポーションなんだが飲むと痛いのがよくなるんだ」
男は持っていたポーションの蓋を外し、アンジェラに差し出した。
ポーション。
それはファンタジー世界において薬草と並ぶ二大有名回復アイテム。HPを回復してくれる冒険には必須のアイテムだ。
まさかそれを飲む日が来ようとは。
アンジェラはポーションを受けとり、ゆっくりと上体をおこす。その際すかさず支えてくれた男の優しさに、こんな時にも関わらず少しときめきを覚える。
喉に流れ込む澄んだ緑色の液体は無味無臭だった。個人的には体に効くからには、苦いと思っていたので少し拍子抜けだ。
だが効果はあった。流石はポーションと言うべきか。
傷が治ったわけではないが身体の痛みと疲労は少し減った気がする。
ついでに単純に喉が乾いていたので、喉の潤いが格段に回復した。
男はポーションを飲む姿を安心したように見つめたのち、すっと立ち上がった。
「悪いがこのままもう少しここで待てるかい?」
「ひぇっ?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
何故。
自分があんまりにもぼろぼろで側に居たくないほどだったのだろうか。
でもこれは不可抗力で仕方がないので諦めてほしい。
助かったと思ったのに、また一人になってしまうのか。
「おっ、置いてかないでっ」
すがり付くように、いや、実際すがりついたアンジェラに、男は困ったように笑った。
「大丈夫置いていかないさ。ただ、君の近くにいつまでもあれをいさせる訳にはいかないからなぁ」
そう言って男が指差した先には、今なお炎の攻撃を受けている獣の姿。
炎に強いのか倒れる気配もなく、今だ健在である。
「すぐに終わらせるから、な?」
男はそう言ってアンジェラの頭に優しく手を置いた。
その優しい笑顔にほだされた訳ではけして無い。無いが…………嘘だ。ほだされた。
アンジェラはこくっと頷くと、
「必ず戻ってきてください」
とそのまま俯きながら言った。
「もちろん。行ってくる」
そう言うとアンジェラの頭を二度撫でて、男は颯爽と獣へ向かっていた。
アンジェラは俯いたまま小さく震えていた。
一人になり急に泣きたくなった訳でも寂しくなった訳でもない。
――――何あの人っ…………イケメン過ぎかっ!
顔を手で覆い、無言で天を仰ぐ。
単に、イケメンのかっこよさに激しくときめき、叫びそうになるのを必死に堪えていただけであった。
イケメンは精神面を劇的に回復させていた。
アンジェラ物語 記憶喪失主人公は波瀾万丈な人生を送るって本当ですか? 柳の下どじょう @yanaginoshita
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