主人公の「おれ」狛村太一は、半妖の青年だ。
この現代に潜むように生きている。自分の中のアヤカシの血を隠しながら生活していた。
何故なら。
「アヤカシ」だと分かれば、「アヤカシ喰い」に狙われ、屠られ、喰われるからだ。
そんな太一は。
とある理由から「アヤカシ喰い」を逆に狩ろうとしていた。
そして出会ったのが、「依子さん」だ。
スタイル抜群、顔も可愛い。おまけに、太一のコトが大好き。
……餌、として。
そう。依子さんは、太一を「非常食」として手元に置き、その時が来るまで「カレシ」として側に置こうとしたのだ。
その時、っていつか、って?
そんなの決まってるじゃ無いですか。
……「喰う」ときですよ。
ここまであらすじを書いたら、まるで猟奇ホラーのようですが、中身は純度の高い、恋愛物語です。
いじましく、切なく、儚い。
互いの存在が脆いから、守ろうとすれば崩れてしまう。
利己的な理由で近づいた二人は、距離が近づくにつれて互いのことがよく見えるようになります。
そして高まる切なさ。
現在、第1章が終了したところですが、二人が今、出した結末は……?
この、不器用な二人に、どうぞそっと心寄り添って上げて下さい。
はじめまして、名もなきアングラグルメ研究家です。
大学でグルメ学(特定されないよう名称をふわっとさせています)を専攻していたころ、授業で「食とは命をいただくこと」という文章の入ったかわいい子猫チャンの写真を見せられました。
「なぜこんなにもかわいい写真を……?」という不可解さゆえに記憶にこびりついていたのですが、アングラグルメの探求の一環として本作『アヤカシ喰い依子さんの非常食』を読み、ようやく謎を解く手がかりがつかむことができました。
「かわいいもの」を食べること、そして「かわいいもの」に食べられることは、人間の原始的な快楽に結びついているのです。
そんなわけで、本作は「かわいい青年男子のたーくん」が「かわいい偽装女子高生の依子さん」の非常食にされちゃうお話です。
かわいいにかわいいをぶつけるという、あまりにも非道かつ陰惨な暴力が繰り広げられているのです。
ヒトとアヤカシとの混血であり弱者のたーくんが、ヒトでありながら規格外の強者である依子さんと『交際』することになって、『同棲』して、性的な意味でも食料的な意味でも食べられそうになって……おまえらこういう展開大好きだろ? 今すぐこのレビューを閉じて本編を読むんだ。
ラブコメというには切実で、シリアスというにはとんちんかんな二人の歩み寄りは、不器用でいびつでままならなくて、もはや「かわいい」ではなく「いとおしい」という域に達しています。
このように、本作では「無害で心やさしい男子が愛し方がちょっとアレな女子とイチャイチャする」様を存分に楽しむことができます。
ですが、ただかわいくていとおしいだけの作品ではありません。
居場所を失い、あるいは持てないまま、世界から疎外された者たちの物語でもあるのです。
たーくんは半妖で、元よりアヤカシ社会にもヒト社会にも溶け込めません。その上、愛し育ててくれた肉親をヒトに殺されています。
依子さんはアヤカシを殺すために生まれ、育てられた『道具』であるため、やはり安心できる居場所なんてありません。一見するとヤンデレに類するキャラですが、与えられた役割に従う一方できわめて人間らしい情緒性も秘めているので、たーくんに対する言動がちょっとバグっているだけです。
こんな不安定なふたりが、ひとつ屋根の下に暮らすことになったら……なにが起きるか、もうおわかりですね?
そうです、ぬくもりを知って、安心感を得て、人間らしさを取り戻すことができて、でもそう簡単には相手に身をゆだねることができない――そんな狂おしさに翻弄されてしまうのです。
この葛藤が、甘さのなかにひそむ苦みこそが、本作における真の美食なのでしょう。
2018年12月5日現在、連載中である本作が、これからどんなバイオレンスな「かわいい」を――究極の美食を味わわせてくれるのか、アングラグルメ研究家としては楽しみでなりません。
半妖って、世の東西を問わず孤独な存在です。
超自然的な力を持ち得ながら、同時にその超自然から人間を守る存在にもなる。でも、あまりにもかけ離れた能力から、人間の世界では、やっぱり迫害されたりもする。だからいつも、孤独感に包まれている……。
鬼太郎もハリー・ポッターも、人間とあやかしとの混血と言えますよね。スーパーナチュラルな力に、人間の倫理観。両者の間で揺れ動く心。これが、半妖の魅力ではないでしょうか。
そんな半妖の孤独な青年と、超自然を狩る運命に身を捧げた女性が出会います。……しかも、見初めた彼女の理由は、「非常食」にするため?
出会ってしまった男女の、じれじれで甘酸っぱいラブ。そして、彼らを押し流そうとする暗く巨大な潮流……。
とろけそうに甘くて危険な、バイオレンス共依存ラブファンタジー。
男性にも女性にもお勧めできる良作です。しかも今なら、第一部一気読み?