Lv.3「みんなの思い出はあたしが預かったわ」


 眼前に鎮座する黒色の筐体きょうたい

 電源を切られて静かに眠るパソコン本体を、難しい顔で見つめる俺と瀬川。


「この子の調子がイマイチなのよ」

「んー、見た目は元気そうだけどな」

「一目見て調子が悪かったら、もう終わってるでしょ」

「先代のさらまんだーは焦げ臭かったし」

「ばはむーとはさらまんだーとは違うのよ!」


 瀬川せがわはぺちぺちと本体に触れて言う。

 これがハウジングコンテストで入賞した賞品にもらった、レジェンダリー・エイジ認定パソコン、愛称ばはむーとだ。

 有名BTOメーカーの構築した、オンラインゲームが快適にプレイできる機体……のはずなんだけど、2D低スペゲーのレジェンダリー・エイジが基準で、さらに数年前にコラボ商品として考案された旧式だ。

 起動半年で調子が悪くなっても別に驚くほどじゃない、かもしれない。


「自分でも色々いじってはみたんだけどねー。前のパソコンは説明書とかあったけど、この子はろくに情報がないのよ」

「BTOってそういうもんだし、しょうがないって」


 必要な部品だけで構成されたBTO――Build To Orderのパソコンは、コスパには優れてるけど、手厚いサポートが売りなわけじゃない。

 少なくとも説明書なんてものに期待する製品じゃないと思う。

 とは言っても修理とかはもちろん請け負ってくれるわけで。


「マジで調子が悪いなら、修理に出せば良いんじゃね?」

「貰い物だから保証とかついてないのよ」

「ああ……そりゃそうか」


 賞品に三年保証とかあるわけないか。

 基本的に赤貧の瀬川が渋い顔になるのもわかる。

 

「それに……」

「どした」

「……修理に出すと、中のデータとか、見られちゃうでしょ?」

「そりゃチェックされるだろ」


 じゃないと直せないんだから、パソコンに保存したデータは見られる可能性があるだろうけど。

 瀬川は微妙に目をそらして、気まずそうに言う。


「他人にパソコンの中を見られるの、恥ずかしくない?」

「わからんでもないけど!」


 だからって嫌がってたら修理なんて頼めないだろ!


「別に動かない訳でもないから、わざわざ修理に出して中を見られちゃうのもなーって、そのままにしてたのよ」

「その理屈で言うと俺が見るのもマズイ気がするけど」

西村にしむらなら、多少恥ずかしいとこ見られてもいいし」

「喜んでいいのか、その言い方……」


 気を許してるのか、単に扱いが軽いのか。

 ともあれ、それで家に来た俺に様子を見させようと思ったわけか。

 

「って訳だから、うちの子をお願いね」

「あんまり期待をしないように頼む」


 専門家でもないのにパソコンの調子を見なきゃいけないってのは、なかなかにプレッシャーだよな。

 そもそも持ち主の瀬川が機械操作の得意な方だし、俺にできることがあるかどうか。

 別にわからんと言ったからって怒る瀬川でもないし、バレンタインデーの礼になるかわからないけど、やれるだけやってみようか。


「電源とかは普通に入るんだよな」

「さっきまでログインしてたでしょ、その辺りは問題ないわよ」


 瀬川が電源をボタンをぐっと押し込んだ。

 低い駆動音を聞きながらしばらく待つと、ごちゃごちゃと大量のアイコンが並んだデスクトップ画面がモニタに映し出さる。

 おおう、見にくい。


「汚いデスクトップだなー」

「こう見えて必要なファイルしか置いてないのよ? 使いたいソフトがワンクリックで起動できる理想的配置なんだから」

「部屋が汚い奴の言い訳みたいなことを……」


 自分の部屋は綺麗にしてるのに、パソコンは汚部屋なのか。

 ……お? アイコンに隠れてて気づかなかったけど、壁紙の画像に見覚えがある気が。


「この壁紙の画像って……」

「シュヴァイン様とルシアンのやつよ」

「それっぽいキャラの公式イラストな」


 瀬川がレジェンダリー・エイジを始めた原因だっていう、シュヴァインによく似た大剣使いと、ルシアンっぽい盾使いの男二人がポーズを決めた、公式のイラストだ。

 わざわざ壁紙に使うぐらいだからよっぽど気に入ってるみたいだ。

 別に俺のキャラと直接関係があるわけじゃないのに、なんだかちょっと照れる。


「……しかし、確かに他人には見せたくないパソコンだ」

「るさいわね、自覚はあるわよ」


 二次元キャラを壁紙に、ごちゃごちゃのデスクトップ画面。

 なんかもう見ただけで、あー……ってなる。

 そもそも他人に見せないのが前提だから何も問題ないんだけど、こういう時はちょっと困るな。


「むしろあんたはどんなデスクトップになってるのよ。壁紙はアコとツーショットの写真とか使ってるんでしょ?」

「壁紙は黒一色で、デスクトップにはゴミ箱しかない」

「なんでパソコンまで地味なのよ……」

「言外にパソコン以外も地味って言ってるよなそれ!」


 地味で悪いか、ちくしょう。

 壁紙が黒だと電気の消費も少ないし、ちょびっと目にも優しいような気がするんだからな!


「ま、あたしもさらまんだーの頃はそんな感じだったけど」

「壁紙なしだと、パソコン本体にちょっとだけ優しいからな」


 ロースペ勢御用達、壁紙一色のデスクトップ空っぽ設定、おすすめです。

 さて、調子が悪いって言うから、起動してしばらく待ったけど……別に変な感じはないな。


「普通に起動したけど、どの辺の調子が悪いんだ?」

「んっとね、動作が鈍いっていうか、不安定っていうか……何が悪いって訳じゃないんだけど明らかに調子が悪い感じなのよ」

「何だそのスタミナ切れみたいな症状」


 聞いただけじゃわけがわからん。

 とりあえず触ってみるか、とマウスを握って、少し動かしてみた。


「うん、普通に動……く……? あれ?」


 なんだこれ、ちょっと変だぞ。

 マウスを動かすと、ちゃんとマウスカーソルは動く。

 動くけど、なんかやたらと動きが鈍い。

 キーボードをぽんぽんと押すと、そっちの操作もなんだか遅い。

 ――なるほど、瀬川の言いたいことがわかった。


「何が悪いのかわからんけど、明らかにおかしい!」

「でっしょー!」


 わけのわからない、妙な不調だな!

 何が起きたらこんなことになるんだよ!


「しかもこれ、なんかパソコンの調子が悪い、ってググっても、まともな情報が出てこないのよ!」

「そんな情弱の極みみたいな検索ワードじゃ無理だろ!」


 パソコン関連で調べ物をする時は、明確な言葉を選んで調べるのが基本だ。

 こんな謎の症状じゃ対処法なんて出てこないだろう。


「とりあえずスペック確認して、エラーチェックも走らせるか」


 最近のOSは本体のエラーチェックは常に動いてるはずなんだけど、明らかにおかしいのに反応してないんだからやってみて損はないはず。


「スペックは……んー、キツイと言えばキツイけど、こんな遅くなるほどじゃないよな」

「やっぱメモリが足りないのかしら」

「LAをやるだけなら平気なメモリだし、何も動いてないのに重いんだろ?」

「ていうか、ネトゲ始めた方が安定するわね」

「どんな異常だよ」


 スタートアップに妙なところはないし、変なプロセスがメモリを使い潰してる様子もないか。

 んー、原因がわからんな。


「 一体何が悪いんだろ。マジで本体の深いところのエラーだったりして」

「そうだったら、直るの?」

「最悪再インストールって手もあるけど……げっ」

「ど、どうしたの!?」

「そもそもエラーチェックが遅すぎて進まない……」


 何が問題かすら確認できない!

 これじゃさすがに手がつけられないぞ。


「ちょっと手に負えないかもしれない」

「あんたでもダメなら、修理に出すしかないかしら」

「もうちょっと頑張ってはみるけど……」


 言いながら、常駐ソフトを確認していく。

 元々低スペのPCを必死に使ってた瀬川だからか、重い常駐ソフトは使ってない。ここが原因で重くなってるわけじゃなさそうだ。

 ――と、あれ? 隠れてたインジケーターに、OSからの警告表示がある。


「ここ、何かあるぞ。警告表示っぽい。ええと……」

「どしたの? 原因わかった?」

「…………ああ、マジかよ……うん、わかった、多分これだ……」

「本当に!? どこが悪かったの!?」

「ちょっと待ってな……ああ、やっぱそうだ」


 Cドライブの詳細を開いて、モニタに表示させた。

 そこに全ての原因が書かれてる。


「見てくれ、この使用領域と空き領域を」

「ええと……使ってるのが238ギガバイトで、空きが……7ギガバイト!?」

「こいつ、ハードディスクの容量が足りてないんだ……」

「空きが残り五%以下なのね……」

「これじゃばはむーとも死にかけだぞ」

「し、死にかけ!?」


 愕然とする瀬川。

 鬱陶しいからとオフにされていたのか、隠れていた警告メッセージは『ディスクの容量が不足しています』というものだった。

Cドライブの容量が少な目で250GBしかないのに、もう238GBも使ってるんだ。

 こんな瀕死のばはむーとじゃ動きが遅いのも仕方ない。


「アコならともかく、瀬川がこんな基本的なやらかしをするとは……」

「だ、だってっ! ハードディスクって本体の動作とは関係ないでしょ!」

「仮想メモリとか一時ファイルとか色々使ってるんだよ。こんなに空きが少ないと、寿命も縮むと思う」


 元々大したスペックもないのに、これじゃ動きが変になって当然だ。

 そう言う俺に、瀬川はあわあわとモニタに手を触れて、


「じゃ、じゃあどうすればいいの? あ、あれ! デフラグ! デフラグさんをするのよね!?」

「い、今時、手動デフラグ!?」

 

     [゚д゚]  デフラグヲ カイシシマス

      /[_]ヽ         

      | |

■■□■■_◇○◇_□■□


 あああ、俺の脳内で謎のAAが!

 落ち着け落ち着け、こんな懐かしキャラに惑わされちゃダメだ。


「昔で言うデフラグ的なことは、今のOSは無理なく定期的にやってるから。わざわざ意識的にしなくていい!」

「あ、そうなの? じゃあデフラグさんはクビなのね」


      _, ,_

     [ ゚д゚]   !?

      /[_]ヽ         

      | |

■■□■■_◇○◇_□■□


「クビっていうかまあ、非常勤から常勤になった感じ?」

「正社員? なら昇進じゃないの」


     [*゚д゚]

      /[_]ヽ         

      | |

■■□■■_◇○◇_□■□


嬉しい知らせに喜ぶデフラグさんは置いておいて。


「とりあえず空き容量を増やすぞ。ゴミ箱の中身と一時ファイルを消して、最低限を確保したらクリーンアップを動かそう」

「……なんか、こうしてあたしのばはむーとを操作してるのを見てて思ったんだけど」

「おう?」

「あんた、パソコン詳しいのね」

「なんでしみじみ言ってるんだよ」

「正直原因がわかると思ってなかったし」

「あんま期待してなかったんだな……」


 元々の低評価はともかく、仲間の想像を越えられたと思うとなかなか悪い気持ちじゃないな。

 無駄にパソコンをいじっていた時間も無駄じゃなかった気がしてくる。


「まあほら、俺も最低限のことぐらいはできるし!」

 

 偉そうにならないように言ったものの、明らかにドヤ顔な俺だった。

 でも瀬川の方は冷たい声で、


「っていうか詳しすぎるのもオタクっぽくてキモいわよね」

「いま褒められて気を良くしてたところなんだけど!?」


 ディスるために言ったのかよ!

 話してる間にもばはむーとはクリーンアップで無駄な容量を削ろうと頑張ってくれてたんだけど、その作業が全然終わらない。


「うっわ、クリーンアップも遅いし。どんだけ容量使ってんだ」

「別に重いソフトとか入れてないはずなんだけど……」

 

 納得いかない様子の瀬川。

 でもどこかで使ってるから容量不足になってるわけで。


「俺じゃわからないし、後は自分で余計なファイルを選んで消しといてくれ」

「ここまでやったんだし、重いの探して消しといてよ」

「……えっ」

「えって何よ。しかもその『マジでいいの?』って顔は何なのよ」

「いやその」


 そんな簡単に探して消せとか言うけど、本当に大丈夫?


「俺が探しちゃっていいのか?」

「いいわよ、別に。逆にどうしてダメだと思ったの」

「ほら、大抵の場合、容量の大きいファイルって動画とか画像のデータじゃん?」

「そーね、動画って大体重いし」

「だからほら、俺が探すと、動画とか画像が沢山入ったフォルダを発見してしまうかもしれないわけで……」

「そんなに保存した記憶はないけど、それ発見しなきゃ直らないんでしょ?」

「まあ、うん……瀬川が問題ないならいんだけどさ……」

「さっきから何を言いにくそうにしてるの? あたしの画像ファイルがそんな……」


 そこまで言って、一瞬言葉に詰まる瀬川。

 あ、気づいたっぽい。


「……まさかあんた、あたしが不純な動画とか画像を保存してるんじゃないかって言いたいわけ?」

「さーて、でかいフォルダはどれかなー」

「誤魔化してんじゃないわよ!」


 目に見えてわかるぐらい頬を赤くした瀬川。

 怒ってるってよりは照れてるっぽい。珍しい表情で、正直ちょっと可愛い。

 でも違うんだ。別に俺も、瀬川をからかいたくて言ったんじゃないんだ。


「だって友達のエロフォルダとか見つけ出しちゃったら気まずいじゃん」

「作るわけないでしょーが」


 まあね、俺も瀬川がそんなの作ってるとは思わないけどね。


「でもさ、俺が見たら微妙な、熱い男の友情画像とかはあるかもしんないし」

「…………ほとんどないわよ、そんなの」

「ちょっとはあるのかよ」

「神画像があったらそっと保存したくなるのは人間の本能でしょ」


 わからんでもないけども。

 じゃあ俺が探すのは良くないのでは、という視線を瀬川に向けてみると、


「……やっぱ、あたしが自分で探そうかしら」

「そうしてください」


 雰囲気はツンデレっぽいのに、俺達と一緒だと普通に素直なのが瀬川の良いところだ。

 瀬川はマウスを握って幾つかのファイルの容量を確認していく。

 さすがに気まずいので見ないでおこう。


「……探してるけど、普段使ってるところに、あんまり大きいファイルはないわねえ」

「でもどこかで使ってるはずだからなあ」

「って言っても、他に入れてる物なんて……あっ」


 ぐっとモニタに身を乗り出して、これ、これ! と指差す瀬川。


「滅茶苦茶重いフォルダがあったわ! 原因がこれなら仕方ないわよ!」

「え、何だったんだ?」

「ほら、LAのフォルダよ!」


 見ると、レジェンダリー・エイジのクライアントが格納されたフォルダの情報が表示されていた。

 本当だ、かなり容量を使ってるな。やっぱネトゲは容量食うよなあ。

 そのフォルダのサイズは――200GB超え!?


「いやいやいや待て待て待て! そんなわけあるか!」

「でも実際に使ってるし」

「どんな超高画質ゲームだったらそんなサイズになるんだよ! VRオンラインゲームだってこんなサイズにならないはずだぞ!」


 数年前の2Dゲーであるレジェンダリー・エイジが、200GBなんてとんでもない容量を使うはずがない。

 ってことはさらに中に原因があるはずだ。


「もうちょい調べてみろよ。中におかしいデータがあるはずだぞ」

「えー? 普通にしか見えないわよ」


 瀬川がレジェンダリー・エイジのフォルダを確認していくけど、確かに変なところはない。

 本体のデータが10GBぐらい使ってるけど、他は起動ファイルや設定が常識的な容量で入ってるだけ。

 スクリーンショットのフォルダもせいぜい180MBってところで――。


「待った、今の何かおかしかった」

「え、SSのとこ? だってこれスクリーンショットが入ってるだけよ」

「いや、容量がなんか……」


 もう一度スクリーンショットフォルダを見直す。

 使っている容量のところは、確かに180って書いてあるけど……単位が違う。

 

「SSのフォルダ、180ギガ使ってるぞ」

「……は?」

「見てみろよこれ」


 MBだと思ってスルーしかけたけど、違った。

 正確なサイズは180.6GM(180,622,336バイト)。

 まさかの180GBだ。どんだけ使えばこうなるんだよ。


「シュヴァインの格好良いところはいつもSS撮ってる、とか言ってたけど……だからって何枚保存してるんだよ……」

「た、確かによく撮ってるけど、そんなに!?」


 慌ててスクリーンショットのフォルダをダブルクリックする瀬川。

 ガガガガガと激しい処理音を立てて表示された内容は、画面一杯を覆い尽くすスクリーンショットの海。


「なんだこれ……数えきれないぐらいあるぞ……」

「毎日撮ってればこうなるわよ」

「にしても、これはやり過ぎだろ……」


 しかもLAのスクリーンショットってビットマップだったのか。

 サイズは一枚10MB以上あるな。


「一枚が10メガバイトとして、二万枚近くか、凄いな」

「もうすぐネトゲを初めて二年ぐらいになるのよ。一日三十枚も撮ってないじゃないの」

「……やべ、そう言われると大したことない気がしてきた」

 

 瀬川がレジェンダリー・エイジを始めてから七百日ぐらいかな。

 そうすると、一日三十枚撮ってるだけで二万枚を超えるのか。


「もうフォルダが重いってより、積み重ねた年月が重いような気がしてきた」

「原因は思い出が重すぎたこと、ね」


 二人してなんだか感傷的なことを言って、ため息を吐いた。

 しかしこれ、消して済ませるのも嫌だよなあ。


「どうすりゃいいんだ、要らないSSを片っ端から消していくか?」

「全部大事な思い出なのよ、要らないのなんか一つもないわよ」

「せやかせ瀬川、このままじゃばはむーとが直らないし」


 別に不要なSSもあるんじゃないのかな。

 大したことない場面とか……お、結構あるじゃん。


「これとか去年の秋のSSだけど、みんなで座ってるだけぞ。要らないだろ?」

「んー? ……ああ、これね。これは消しちゃダメでしょ」

「なんでだよ、別にシュヴァイン様の格好良いシーンとかじゃないぞ」

「シュヴァイン様は何もしてないけど、これはチャットが大事なのよ」


 チャット?

 そんな特別なチャットか、これ?

 SSの中で俺達が話している内容は、


◆シュヴァイン:やっぱ内申点とかいうわけのわかんねーシステムが影響しない分、大学受験のがマシだろ

◆ルシアン:学力勝負もやっぱり辛いと思うんだけど

◆アプリコット:素行が全てだと言うつもりは全くないが、それも一部含めた審査が行われることに反対しようとは思わんな

◆セッテ:……ねえ、アコちゃんがさっきから静かなんだけど

◆シュヴァイン:そういやそうだな

◆ルシアン:アコー? どうした、寝たかー?

◆アコ:……はい。みなさんが私の嫌いな話題を終えるまでに二十分かかりました

◆シュヴァイン:全校集会の校長みたいなこと言ってんじゃねえよwww

◆ルシアン:時間測ってたのかよw


 うん、特に何の変哲もない、いつものチャットだな。


「なんでこのチャットがあると消しちゃダメなんだ?」

「ここのアコの言い方がツボだったのよ。五分ぐらい笑ってたし」

「そんな理由かよ!」


 ちょっとチャットが面白かったって、それだけの理由で保存してるのか!

 そりゃ一日三十枚になるよ!


「そんな基準でSS撮ってたらきりがないがないだろ」

「でも見てると思い出すでしょ? これ、夏休みに夏期講習に出たってマスターが言ってた時のチャットよ。それに校長先生ネタもギルドでプチブームだったし」

「あったなあ、とは思うけども」

「こんなことあったなー、って思い出せるのが大事なの」


 確かに懐かしい気持ちにはなる。

 このSSが残ってなかったら全く覚えてないような会話だし。


「あたし達がギルド作る前のSSなんかも残ってるんだから。いつか見返したら面白いわよ、きっと」

「ソロの頃か……そんな時代もあったなあ……。今ではみんなと見知らぬ他人だった頃があるなんて信じられないぐらいなのに」

「でしょ? 思い出も、多少は形になってないと忘れちゃうもんなのよ。だからあたしが保存してるわけ」

「そう言われるとありがたい気がしてた」

「ふふふ。みんなの思い出はあたしが預かったわ!」

「急に強敵な悪役の空気出さないでくれ」


 そう言われちゃうと消すのがもったいなくなるな。

 でも容量が足りないのも事実だし。


「じゃあどうするんだ? 全部Dドライブに放り込めば問題は解決するけど、そっちが埋まっちゃうぞ」

「致し方ない犠牲よ。DドライブはあたしのSS保存用として生きてもらいましょ」


 言いながらDドライブにスクリーンショットを転送し始める瀬川。

 お返しは外付けHDDとかの方が良かったかもしれない。

 そして大量の画像データを転送するのに必要な時間は……うわ、十時間以上だ。


「終わるの待ってたら他の人にお返しが渡せなくなるな」

「アコ達にもお返し渡しに行くのね」

「その予定。でも、今の時間に確実に起きてそうなのは……」

「まあ、マスターでしょ」


 だろうなあ。

 もう早朝って時間じゃないけど、まだ午前中だ。

 この時間からしっかり活動してるのは生活リズムがまともなマスターだろう。

 アコはまだ寝てるだろうし、秋山さんは……あの人はどうなんだろ。割と朝方までネトゲしてたりするんだけど。


「秋山さんって、どういう生活リズムで動いてんだろ」

「本人に聞きなさいよ……まあ、寝溜め型ショートスリーパー、みたいな感じかしら」

「よくわかんないから詳しく」

「平日は二、三時間寝たら問題なしのショートスリーパーだけど、休みの日は死ぬほど寝てることもある、って感じ」

「なんだその体に悪そうな生活!」」

「寿命が縮むからやめなさいって言ってるんだけど、奈々子は平気そうなのよねー」


 学校ではあんだけ元気なのに、仮眠程度しかしてないのかよ。

 俺みたいな、ちゃんと寝ないと学校で死ぬタイプには想像もできないな。


「なら今日も死ぬほど寝てる可能性もあるのか……」

「でも眠りが浅くて寝起きが良いから、連絡したらすぐ起きるわよ?」

「怖くて連絡できねえ!」


 久々にぐっすり寝てる、とかいうタイミングだったらどうすんだ。

 よし、秋山さんは後回し。死ぬほど寝たとしても、夕方には起きるだろ。


「とりあえずマスターに連絡してみる」

「休みに連絡したらとりあえず喜ぶわよ、マスター」

「こっちは連絡するのが気楽だなあ」


 ぽんぽんとスマホを叩いて、マスターにメッセージを送る。


[西村]マスター、起きてるか?

[アプリコット]無論だ。何か用か?


 うっわ、びっくりした!

 送信してから返事がくるまで十秒も経ってないぞ、逆に怖えよ!


「一瞬で返事が来た……」

「大体そんな感じよ」


 休日にマスターと出かけてたりするらしい瀬川は、割と平然としてる。

 これで平常運転なのか、マスター。

 とりあえず今日の予定を聞いてみよう。


[西村]マスター、今日ちょっと会いたいんだけど、時間あるか?

[アプリコット]前に言っていた件だな

[アプリコット]ゲーム内ならばいつでも構わないが、外か?

[西村]ああ、外の方

[アプリコット]そうか……ならば


 さっきまで凄い速度で来ていたメッセージが、そこで止まった。

 少しためらうような時間を置いて送られてきたのは、


[アプリコット]ならば今日は私の家に来てくれるか


 そんな内容だった。


「……なるほど、次はマスターのお宅訪問クエストか……」

「マスターの家に行くの?」

「ああ。瀬川は行ったことあるんだろ? どんな家だった?」

「ええ、まあ……その、頑張んなさい」

「どういう応援だよ!」


 家に遊びに行くだけなのに何があるんだよ!

 ちょっと怖くなってきたぞ。


「そもそも、この辺からは結構距離があったわよ? 時間かかるんじゃない?」

「げ、それはちょっと困るな」


 ホワイトデーの間に、全員にお返しを渡したいんだけどなあ。


「聞いてみるか……あんまり遠いと困るんだけど、場所はどこ、と」


 そのメッセージへの返事はこうだった。


[アプリコット]心配ないぞ。今日は駅前の別宅に居る。そちらに来てくれ


「……別宅って、なに?」

「考えたくもないわ……」


 ばはむーとのメモリ増設貯金を貯めているぐらいに庶民派な瀬川は、別世界の生活様式に頭を抱えた。

 正直俺も頭が痛い。


「……これ、瀬川も一緒に来てくれない?」

「あたしが行ってどーすんのよ。一人で頑張りなさい」

「だよなあ……」


 マスターのお宅訪問クエスト、外伝。

 ちょっと難関ダンジョンに行かされる気配があった。

 

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