Lv.6「親友枠、空いてるよね?」「それ未実装なんですよ」

 見慣れた我が家のドアを開けるのが、とてもとても怖い日、というのがある。

 たとえば、テストの点が恐ろしく悪かった日。

 『帰ったらちょっとお話があります!』と母さんに言われた日。

 

 そして――ラスボスが自宅にやって来た日。


「開けたくねえ……」


 秋山あきやま奈々子ななこの自宅襲撃イベントという恐ろしい現実を前に、俺は玄関のドアに手をかけて止まっていた。

 中で瑞姫みずきが襲われていると思うとすぐにも飛び込むべきなんだけど……いっそ瑞姫が倒しててくれないかなあ。

 ってわけにもいかないよな。


「ええい……ままよ!」


 人生でままよとか言う日が来るとは思いませんでした。ともあれ、それぐらいの気合いを入れてドアを開ける。

 多分秋山さんはリビングに居るだろうから、心の準備をする時間はあるはずだ。

 そう思って玄関を見た瞬間。


「おかえりー」


 朗らかに笑って玄関に座る、キラキラした女の子が見えた。

 ばたん、と、そのままドアを閉める。

 え、今、居たよね? 見間違いじゃないよね?


「まさか……そこに、居た……!?」

「居たよー!」


 うわあああ!

 ボスの方からドア開けてきた! それゲーム的に反則じゃね!?


「自分の家なのにどうして閉めるかな!」

「玄関を開けたところにラスボスが居たら、勇者でもドア閉めるって!」

「だから、私がラスボスってどういう意味なの!?」

「それはアコに聞いてください」


 なんかアコがラスボスラスボスって言うから馴染んじゃって。

 見慣れた玄関に立つ、これまた見慣れた秋山さん。

 今日は制服じゃなくて私服だけど、合宿だのなんだので普段の姿も見てるから、そんなに動揺することもない。

 いつも通りにお洒落な服が、主に俺に会うために選んだものだと思うと、多少気持ちが動く気もするけど。


「それでまた、なんで玄関に居るんですか」

「妹さんが逃げちゃって、勝手に上がるのも悪いからここで待ってたんだけど」

「逃げられたんですか!?」


 逃げろって言ったのは俺だけどね!

 まさか本当に逃亡するとは思わなかった。


「まだ自己紹介すらできてないんだよね」

「うちの妹、そんな失礼なことするタイプではないんですけど……申し訳ない」


 怖い人が来たって言ってたし、恐ろしいほどのリア充オーラにビビってたのかなあ。

 別に瑞姫も陰キャってわけじゃないんだけど……。


「ちなみに聞きますけど、何か変なこと言いませんでした?」

「ちゃんと、お兄さんとアコちゃんと同じ部活だよ、って伝えたよ」

「そりゃ怯えるでしょ!」


 原因はそれだわ!


「なんで!? お兄さんの知り合いなら怖がることないよね!?」

「アコと俺、共通の知り合いなのに、アコ抜きで俺の家に来る女の子って明らかにヤバイでしょ!」

  

 後でアコがなんて言うか想像してもらいたい。

 アコの性格を知ってる瑞姫からしたら、断固関わりたくない案件だろう。

 呆れる俺に、秋山さんは逆に不満げに、


「えー、でもそれって、私じゃなくてアコちゃんが変なんじゃ」

「アコが特殊なのは間違いないですけど、アコが変だってわかってるのに俺の家まで来る秋山さんも、中々に特殊なんじゃないかと」

「そんなことないよ! アコちゃんはもう少し西村くんを信じるべきです! なので私は間違ってませんっ!」

 

 びしっと綺麗な姿勢で手を上げて、自信に満ちた声で言う秋山さん。

 自分の考えに従って、ためらいなく行動に出るところが一番怖いです。


「はあ……まあ、とりあえず上がってください」

「西村くんからほんのり紅茶の匂いがするから、私も紅茶が飲みたーい」

「ええい図々しい」


 秋山さんを連れてリビングに入る。

 ソファーに座ってもらって、ティーバッグをカップに放り込んでお湯を注いだ。

 安物だけど、これで我慢してもらおう。


「……で、秋山さん」

「うんー?」


 紅茶と一緒に置いたスティックシュガーが固まっていたらしく、にぎにぎとほぐす彼女に尋ねる。


「根本的な質問なんですけど、なんで家の場所を知ってるんですか」

あかねに聞きました!」

「やっぱりか……俺の個人情報をあっさりと……!」


 あの豚野郎め。責任を取って今夜は全力MPポ狩りを要求してやる。


「マズかった? みんな行ったことあるみたいだから良いかなって」

「どうせ連絡を取るところだったんで平気ですけども」

「ホワイトデーのお返しを配ってるんだよね」

「そうです」


 そろそろいいかな、とティーバッグを引き上げる。

 おおう、やっぱりマスターのところで飲んだ紅茶と比べて安っぽい味がするな。 

 ただその慣れた味と、温かさが少し心を落ち着けてくれた。


「なので秋山さんにもお返しをですね」

「あ、せっかくだから西村くんの部屋入れて? そこでもらうから」

「絶対に嫌です!」


 落ち着いたと思ったところで何を言い出すんだこの人!


「えー! アコちゃんなら入れてあげるでしょ!?」

「アコと同じ立場じゃないでしょーが」

「つーめーたーいー」


 言った後、彼女はむーっと不満げに唇を尖らせてみせた。

 ウザくないギリギリまで可愛さに特化した仕上がった表情だけど、アコに慣れた俺がその程度でやられると思ったら大間違いだぞ。


「……ちょっと入ります?」

「いいの? ほんと?」

「あー、うーん……やっぱダメ」

「惜しいっ」


 危ねえ、気が付かない間に負けかけてた!

 

「ええと、それよりメインの話をしましょう」

「あ、うんうん、お返しお返しー!」


 ぎぶみーほわいとでー! と嬉しそうに手をのばす秋山さん。

 瀬川やマスターと、リアクションがまるで違うなあ。


「じゃあ……はい、どうぞ」

「わー、クッキー? 西村くんが焼いたの?」

「妹に監督してもらいましたけど、味の保証はできないですからね」

「美味しそうー、ありがとー! 今紅茶と一緒に食べる?」

「さすがに持って帰ってください」

「そうだね、大事に食べるね」


 目の前で食べられると恥ずかしいってだけなんだけど。

 しかし秋山さんは、お世辞じゃなく、本当にありがたそうに受け取ってくれた。

 もっと高いお返しも貰い慣れてそうなのに、そんなに素直に喜んでくれるとは。

 っと、お返しはクッキーだけじゃなくて。


「もう一つあるんですけど……」


 今日一日持ち歩いている荷物の中から、ちょっと大きめの箱を取り出す。

 うん、秋山さんのはこれだな。


「はい、これもお返しです」

「クッキーだけじゃないの?」

「手間のかかるお菓子作ってもらったのに、クッキーだけっていうのも何なので」

「えー! いいのにー!」


 いいのにー、と言いつつも嬉しそうな彼女に、なんだか俺まで嬉しくなってくる。

 ただやっぱり照れるのは間違いないので、ちょっとだけ目をそらして言う。


「バレンタインデーは……チョコじゃなかったけど、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくね」


 ちらっと見ると、秋山さんは真っ直ぐに俺の顔を見つめていた。ええい、鋼の心臓だな本当に。倒したら素材として落としそうだ。

 箱を受け取った彼女は、ぱっと上に掲げて、


「包装されてる! ちゃんとしてるー!」

「そりゃちゃんとしてますよ」

「こういうの始めてだから、テンション上がるなー」

「……そーなんですか?」


 経験多そうなのに、そうでもないのかな?


「そうだよー? 弟に上げたりとか、友チョコとかはあるけど、ちゃんと男の子にチョコ渡したのって初めてだもん」

「いやチョコじゃなかったですけど。おはぎでしたけど」

「あれはほら、私がチョコ渡すとアコちゃんが嫌がるかなっていう思いやりだから! チョコより時間かかるんだよ!? もう実質チョコだよ!」

「わかってますわかってます」


 むしろそれはとても感謝してます。

 チョコじゃなくおはぎだったおかげで、アコは冷静だったし、クラスの男子にも、義理チョコならぬ義理おはぎって笑われるだけで済んだからね。

 

「ただ単に、そういう華やかなイベントは慣れてるのかと思っただけで」

「全然だよ? 女子全員で男子全員にチョコを、みたいなのも参加しなかったし……」

 

 あ、でも、と、嫌な思い出が蘇ったように、若干眉をひそめる秋山さん。


「渡してない人からお返しもらったことは、あったかな……」

「それはお返しじゃなくただの告白なのでは」

「うん、そんな感じだったかも」


 バレンタインに何も渡してないのに、ホワイトデーにお返しが来るのか。モテる女は大変だなあ。

 ……いや、たった四人にチョコ(実質チョコのおはぎ含む)を貰っただけでもこんなに苦労してる俺からすると、モテる男も大変なのかな。

 

「まあ、仲の良い男の子にちゃんと渡して、ちゃんとお返しをもらうのは初めて、ってことかな」

「そうなんですか……」

「だからもう、これはバイブス上がる!」

「なんでテンションを言い換えたんですか」


 へへー、と本当にハイテンションに笑う秋山さん。

こうして喜んでくれたのは本当に嬉しい。クッキーは苦労して作ったものだし、プレゼントも悩んで選んだし、わざわざ来てくれた彼女が満足したなら何よりなんだ。

 ただ……ヤバイな……箱の中身、ちょっと間違ったかも……。


「あの……そういうことなら、プレゼントの方はそのまま持って帰って、開けないまましまっておいてもらえると……」

「なんで!? ちゃんと開けるよ!?」

「いや、開けるとがっかりするから……」

「がっかり!? 何を入れたの? 今開けていい!?」

「えー」

「えーって何ー!? そんなに変な物入れたの!?」


 俺が止めたのが逆効果だったのかも。

 慌てて、でも綺麗に包装を開いていく秋山さん。

 中には薄く四角い箱。表面にはにぎやかな文字で、商品名が書かれている。


「……ノートパソコン冷却パッド?」


 はい、そうです。ノートパソコンの下に敷いて熱を緩和する、ぐにょぐにょした冷却パッドです。家電屋さんで買いました。


「秋山さん、家だとノパソでLAしてるって聞いたんで」

「うん、そうだけど……自分のノートパソコンも買ったし……」

「あ、自分の買ってたんだっけ。それなら余計に良かった。LAは軽いゲームですけど、やっぱノパソで長時間やってると熱が危ないんで、これを下に敷くと壊れにくくなりますよ」

「う、うん……ありがとう……」


 何とも言えない微妙な顔で、箱と俺の顔を交互に見る秋山さん。

 そうだよね、そういうリアクションになるよね! なんかごめんね!


「うーん、プレゼント選び失敗したかな……」

「ゲームしてると熱くなるなーって思ってたから、嬉しいんだけど……早速今日から使うけど……何なのかな、この気持ち……」

「そうなると思ったから、開けなくていいって言ったのに」

「女の子へのプレゼントとして問題があるってわかってたなら、別の物を選ぼう!?」


 ごもっともだけども!

 俺だってもっとセンスのいいアイテムを選びたかったけど、わかんないんだよ!


「リア充の欲しがる物なんて、俺にわかるわけないじゃないか……!」

「私が喜ぶ物を選べばいいんだからね!?」

「そう考えて、ノートパソコン冷却パッドになったわけで」

「嬉しいけど、そうじゃなくて!」


 喜ぶべきか怒るべきか曖昧な、なんとも困った顔で言う秋山さん。


「他の人にもお返ししたんだよね? こんな感じで雰囲気のないものにしたの?」

「いや……瀬川には可愛いヘアゴムを……」

「私の扱いがおかしいと思う!」

 

 豚さんの貯金箱とは同レベルだと思うので、ご勘弁頂きたい。

 ってそんなこと言ってもフォローにもならないので、ごめんなさいと頭を下げた。


「うーん……前から思ってたけど、西村くんって私を女の子扱いしてない気がするよね……」

「そんなことはないですけど。むしろこんな丁寧に喋ってるじゃないですか」

「その敬語も要らないから!」

「ご無体な!」

「無体なことは言ってないよ!」


 敬語をやめろとは、無茶を仰る。

 馴れ馴れしく接したりすると、クラスの男子も女子も白い目で見てくるんだぞ。

 そんな俺の気持ちを、多分わかってるんだろうけど気にしていない秋山さんは、はーっと大きく息を吐いてみせた。


「やっぱり、西村くんの家に来てよかったね」

「へ?」

「ちょっとこの機会に、西村くんとは二人でちゃんと話をしようと思います」

「あー、ええと、これで用は済んだから、駅まで送りましょうか」

「帰らせようとしないの!」


 秋山さんは、ほんのり冷め始めた紅茶をぐっと飲み干して、


「おかわりー!」

「もう一杯飲み終わるまで帰らない気ですか」


 ええい、仕方ない。もう一杯紅茶を用意して、テーブルに置いた。

 なんとか救援を呼べたら良いんだけど、秋山さんに情報を漏らした瀬川はもう寝てるだろうし、マスターは篠原さんの相手で忙しいはずだ。

 ここは正面から腹を割って話すしかないか。

 ……何を言われるんだろ。やっぱりお説教?


「それで、話すって何を?」

「西村くんとアコちゃんの、私への扱いが悪い件について!」


 ぷんぷんと、さっき使わなかったスティックシュガーでテーブルを叩いて言う。


「わたくし、これは要改善だと思います! いかがですか!」

「貴重なご意見を頂きました。前向きに検討致します。本日はありがとうございました」

「打ち切ろうとしないの!」

「秋山奈々子さんの、ますますのご活躍をお祈りしております」

「お祈りメールしないで!!」


 言った後で、ぶふっと吹き出して、


「もー、笑わせて誤魔化すのずるいー!」

「いやそんなつもりもないんですけど」


 素の会話なんですけど。

 というかそもそも、そこまで扱いが悪いという気がしないんだよね。


「うーん……真面目な話をすると、アコは本当に嫌いな相手とは会話もしないですし、俺もダメな相手なら家になんて入れないし……というか、突然家にやって来て紅茶をおかわりしておいて、扱いが悪いと言うのは横暴なのではないかと……」

「そ、そういう意味で扱いが悪いって言ってるんじゃなくてね?」


 若干やりたい放題な自覚はあるらしく、秋山さんは誤魔化すように手を振る。


「なんだかんだ言ってね、私達って仲良しだよね。うん、それはわかってるの。わかってるけど、もうちょっと表に出していこう!」

「表に……?」

「そう! みんなへの仲良しアピール! 敬語もやめて、名前で呼ぶとか、ね?」

「は? 何言ってんの、奈々子」

「いきなりDV彼氏みたいになったけど!?」

「普段なら、何を言ってるんですか秋山さん、になるんですよ? ほら、やめた方がいいでしょーに」

「まず否定する必要がなくない!? それ私の扱いが悪いから言葉が悪くなるだけだよね!?」

 

 と、言い合いをする俺達なんだけど。

 こう話していると、いやいや相手から言ってくれてるんだから仲良くすればいいじゃないか、と考える人も居るんじゃないかと思う。

 ただ、俺としても理由はあるのです。

 クラスの女子グループでとてもとても上の方に居る彼女に馴れ馴れしくするのは怖い、というのはもちろんだけど、それだけじゃない。


「もうすぐ一年経つのに、私の立場が上がらないなあ……」

「十分に上だと思うんだけど」

「みんなの心のなかで重要なポジションを占めたいの! まだアコちゃんと西村くんの親友枠、空いてるよね!?」

「それ未実装なんですよ」

「実装予定はいつなの? 私だけフィルターかかってないかな?」


 こうして雑に扱われてる時の秋山さんが、なんかこう、やたらと嬉しそうなんだよね。

 理由はよくわかんないんだけど、さすがだなー、すごいなー、あこがれちゃうなーって言うよりも、調子にのんな雑魚サモナー、って言われた時の方が嬉しそうなんだよ、この人。

 だから自分の事情と彼女のリアクションを考えて、どことなく距離があるようでない感じで話してるところもあったりして。


「うう……苦手とかじゃなく仲良しだってことは確認できたから、とりあえず良いってことにする……」

「そんな嬉しそうにしょんぼりされると、もうちょっとやりたくなるなあ」

「西村くんって、たまに悪い顔するよね!?」

「ふっふっふ、この顔を見せるのはあなただけだぜ……」

「うーれーしーくーなーいー!」


 こうやって適当に話せてる時点で、既にめっちゃ仲は良いしね。

 しかし今更だけど、秋山さんはどうしてここまで、俺やアコと仲良くなろうとしてくれたんだろ。

 瀬川が居るからとか、ゲームが楽しかったっていうので部に来てくれるのはわかるけど、俺達にまで関わらなくても良かっただろうに。

 うーん、と考えていると、秋山さんはこちらに手を差し伸べてきた。


「じゃあせっかくだし、西村くんから質問ってない?」

「質問……? いや、特には」

「ないの!? もっと私に興味持とうよ!」

「興味はありますけども」


 ないわけじゃないんだけど、あれやこれやと聞くのも悪いし。

 例えば、なんで俺とアコにかまってくれたんですかって聞くのも卑屈すぎるよな。

 んー、他に思いつくのは……。


「あ。じゃあ、変な意味じゃなく普通に聞きますけど」

「うん、なになに?」

「秋山さんって彼氏とか居ないんですか?」

「……えっ?」


 一瞬きょとんとした後、ほっとした様子で言う秋山さん。


「あ、さっきバレンタインにチョコを渡したことないって言ったから?」

「それです。それです」

 

 変な意味じゃないって先に言わなかったら良くない勘違いをされてたんじゃなかろうか。 

 

「彼氏なんて居ないよー。っていうか居たこともないから。ほら、茜のよく言ってる、彼氏居ない歴いこーる年齢?」

「そうは見えないんだよなあ……」

「失礼だよー!」

「褒めたつもりなんだけど!」


 モテるらしいし、意外なのは間違いないんだよなあ。

 そもそもチョコ渡してない相手からお返しをもらったって言ってたぐらいだし、選べるぐらいの立場なんだろうから。


「あんまり噂とかは聞かないですけど、告られたりとかあるんじゃ?」

「ないことはないけど……それっぽいライン飛んできたりするしね」

「へー、ラインなんだ」


 ひっそりラインで告られたりとか、あるんだなあ。

 秋山さん、そういうのを自慢話みたいに漏らさないから、外からはわかんないんだよな。


「それで、試しに付き合ってみようとかは?」

「全然ないない。むしろ、そんなに軽そうに見える?」


 髪の色が悪い? と髪先をつまむ秋山さん。 

 いえいえ違います違います。


「それは誤解で。ほら、秋山さんって、アコに対してはもっと前向きにチャレンジ精神を持ってなんでもやってみろって感じじゃないですか」

「私、そんな頑張れ頑張れできるできるって雰囲気だったっけ……?」

「絶対できる頑張れもっとやれる気持ちの問題だって言ってましたよ」

「そんな熱血なこと言った記憶ないよ!?」


 まあ概ねそんな雰囲気なので。


「だから、まずは友達からって感じで仲良くなってみようとするのかなと」

「うーん……付き合うなら、二人で出かけたりってするでしょ? 男の子と二人だけって、ちょっと困るかなー」

「そういうもんですか」

「自分でもメンタル強い方だと思うけど、やっぱり落ち着かないと思うかなー?」


 まあ二人っきりって、仲の良い相手じゃないと気まずいもんね。

 特に秋山さんは誰とでも話を合わせられるタイプだから、相手だけ楽しんで自分は大変、ってことになりそう。

 ――あの。さっきから俺と二人なんですが。


「俺はいいんですか?」

「うん、西村くんは別に平気。特別特別」


 さらっと言う秋山さん。

 おっとお、これはいけませんよお。


「同じ部活の、嫁……彼女……まあ彼女でいいや。彼女持ちに対して、特別とか言っちゃうんですか秋山さん。これはアコが聞いたらギルティなのでは」

「えっ? ち、違う違う、そういう意味じゃなくて!」

「間違いなくサークラ発言! まさか意図的なサークラ行動ですかー、秋山奈々子さーん!」

「本当に素直に言っただけで、変な気持ちはなくてっ!」

「さらに追加攻撃! そういうとこやぞラスボス! そういうとこ!」

「違うってば! ラスボスってなに!?」


 必死に首を振る秋山さん。

 素で言ってるのはわかるけど、そういうとこでアコが爆発するんやぞ!


「まあ冗談はいいとして。それでも、この人いいなーって相手、過去には居たんでしょう? 仲良くなったりしなかったんですか?」

「あー、うーん……」


 渋い顔で、何やらもごもごと口ごもる秋山さん。

 そして、声を潜めて、どこか恥じるように言う。


「その、実を言うとね。私、恋っていうのをあんまり信用してなくて……」

「……はい?」


 なんだろう若干中二病みたいなことを言い出したぞ。

 ごくごく普通に二次元に初恋を捧げた俺からすると、よくわからない話だ。


「それはその、俺は人間の感情を信じていないぜ、みたいな」

「別に格好良い雰囲気を出したいわけじゃなくて! その……私も、これ恋かも、って思ったことはあるんだよ?」

「普通に恋してたって言えばいいのでは」

「でもねー、本当に恋なのかよくわかんないまま、まあいっかー、って気にしないで居たら、その気持ちがどこかに消えちゃって」

「自分の心の中で整理をつけてどうするんですか」


 この人、自己処理能力が高すぎる!

 恋愛感情を制御して、要らない物としてゴミ箱に捨ててるじゃないか。


「普段は行動力の化身なんだから、もうちょっと衝動に任せて行動しましょうよ」

「でも、恋した恋したって幾ら言っても、本当に好きなのかって怪しくない?」

「……どういう意味です?」


 本当に好きなのか怪しいって、どゆこと? 好きだと言ってたけど勘違いで、本当は好きじゃなかったとか? アコにそんなこと言われたら、俺は死ぬよ?


「ええとね、友達に、この人が彼氏って言って紹介されること、たまにあるんだけど」

「あるみたいですね」

 

 俺は経験ないけど、リア充の中では彼氏だの彼女だのを友達グループに加えるのはよくあることだという噂を聞いたことがある。俺は経験ないけど。俺は、経験ないけど。


「でもね、それで紹介された彼氏さんが、後から私に連絡してくるの。最初は雑談で、段々しつこくなって、最後には今度二人で遊びに行こー、みたいな」

「……はっ? はあ!?」

「そう! はっ? ってなるの!? はっ? って!」


 ね! ね! と前のめりになる秋山さん。

 やべえ、リア充の生体怖え。いや、リア充のっていうか、悪いやつの生体か。


「本当にあった怖い話だなあ……」

「でしょ? だから恋だー愛だーって言われても、全然信用できないんだもん。かおちゃんとざっきーとか、何度も別れたり付き合ったりしてるし!」

「そりゃまあ、俺とアコじゃあるまいし。ずっと仲良しなんてことはあんまりないでしょう」

「うん、それ!」


 秋山さんは珍しく鼻息も荒く、こちらに指を向ける。


「その点、アコちゃんと西村くんは凄いよっ。二人はちゃんと恋してるんだなって、私にもわかるもん! 私にはないものを持ってて、それで凄く輝いてるんだなーって、凄く羨ましい!」

「輝いてる……のかなあ」

「輝いてるよー!」


 彼女はキラキラと、それこそ輝くような表情でこちらを見つめてくる。

 俺とアコって、むしろどんよりと暗い感じなんだけど。


「羨ましい……と思われてたのは意外だなあ」

「えー、変なの。一生の、って思えるパートナーともう出会えたって、凄く自慢できることでしょ?」

 

 本当に羨んだように、まぶしげに言う秋山さん。

 うん、なんとなくだけど、色々と納得できたかもしれない。

 これがきっと、俺とアコに長く関わってくれた理由の一つ。彼女がまだ実感できてない気持ちを、俺達が持っているように見えたんだろう。

 ――でも、それはあんまり大きなことじゃないって気がする。


「……なんだろう、無敵の秋山さんがまともに恋愛をしたことがないって考えると、上に立てたみたいで悪い気はしないぞ」

「そんなことでマウント取りに来ないでよー」

「ふっふっふ、悔しかったら彼氏を作ってみせい」

「ぐぬぬー、西村くんだって、アコちゃんが居なかったらどうなってたか考えてみてよ-」

「か、仮定の質問にはお答えできませんっ!」

 

 こうやって好き放題に言い合うのが、多分好きなんじゃないだろうか。少なくとも俺はとても楽しいし。


「たまにアコちゃんも、素敵な夫が居るんですよー、良いでしょーって自慢してくるんだよねー」

「他に自慢できること、キャラのレベルぐらいしかないからなあ」

「ううん……私も恋人作ろうかなあ……」

「気になってる人とかは居ないんですか?」

「うーん、家族以外だと、一番好きな人は茜になっちゃう」

「キマシ……!」

「キマシてないです」


 こやつ、キマシの意味を理解しておる!

 日々成長しているな秋山さん!


「でもほら、ゲームだと同性婚も可能だし」

「私と茜、普通に異性キャラだし……あ、そうそう」


 と、ぽんと手を叩く。


「この機会に聞きたいこと、まだあったんだった」

「まだあるんですか。もうこうなったら何でも聞いてください」


 アコとの馴れ初めだろうがシュヴァインやマスターとの出会いだろうが、何だって話してやるぜ。

 そう意気込んだ俺に、秋山さんはこちらへすっと携帯を向けた。

 ええと、これは……ゲーム画面を直接写真で撮ったのか? 荒い映像に、いつものセッテが写ってる。


「実はね、セッテのステータスポイントとスキルポイント、結構残してて……どこに振るか、相談に乗ってくれない?」

「……は?」


 言われてよく見ると、キャラクター名セッテのステータスには、大量に余ったポイントが。

 おおう、こりゃもったいない。


「そういや、操作とかはともかく、ステ振りとかあんまり相談してなかったですね。シミュレーター起動して、ちょっと検討しますか」

「シミュレーターとかあるの!? やりたいやりたい!」


 リビングにある家庭用ノパソを起動して、キャラクターシミュレーターを公開しているサイトを開く。

 瀬川ともマスターとも、リアルの話ばっかりだったのに……まさかの秋山さんと、ゲームの話をするとは。今日は変なことばっかりだ。

 でも、実はちょっと気になってたんだ。過剰に手伝ったりはしてないのに、凄い勢いでレベルを上げていたセッテさんが、ゲーム内で何をしていたのか。

 この機会にちょっと聞いてみようかな。

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