Lv.7「それが私らしいって言ったのは西村くんだもーん」

 秋山あきやまさんからサモナーの育成について相談を受けるという、まさかの事態。

 瀬川せがわと相談してるものだと思ってたから、ちょっと予想外だけど……力になれるのならいくらでも相談に乗ろうじゃないか。

 ただ、その前に一つ。


「とりあえず最初に言っておきたいんですけど」

「うん?」

「距 離 が 近 い」

「ええーっ!?」


 ノートパソコンの前に座った俺。

 そしてその真横、すぐ至近距離から一緒にモニターを見る秋山さん。

 明らかに距離が近い。これアコの距離だよ。いやアコはもっと近いけど。


「落ち着かないんで、ちょっと離れてください」

「セッテは私のキャラなのにー!」

「なら秋山さんが画面の前で、俺が離れてもいいんですけど!」


 どっちでもいいから離れてくれればいいので!

 で、と。秋山さんにお願いしてセッテのアカウントでログインしてもらったので、現在のステータスはゲーム画面でわかる。


「ステータスポイントはかなり余ってますね……スキルポイントも割と……」

「もったいないから全部は使えなくて。やっぱりこういうの、効率悪いかな?」

「いや、そういう人は結構居ますよ。一応ポイント残しておく、っていうタイプ」


 大きめのギルドで一人か二人ぐらい、そういう慎重派が居る。

 ポイントを温存しておいて、足りないと思ったステータスに振ったり、どうしても欲しいスキルに振ったりするっていう人だ。


「秋山さんがそうだっていうのは意外ですけど。もっと雰囲気で振ってるものかと」

「今必要ないのに使っちゃうのって、無駄使いっぽいかなーって」

「次の狩場を考えれば無駄になることはないですけど」

「どこに行けばいいかって、フレンドの人に聞いてたんだ」

「マジですか」


 レベルを上げたらここに行く、みたいな目標は全然なかったのか。

 っていうかむしろ、どうやってレベルを上げてたんだろ。

 俺達と遊びに行くことは当然あったけど、それ以外でも一人でどんどんレベルを上げてたんだよね。


「秋山さんって、どうやってレベルを上げてたんですか? なんか知らない間にフレンドも増えてましたけど」

「普通だよ? えっと、最初は町の近くで弱いモンスターを探して」

「そいつらを狩って――」

「戦ってる人に声をかけて」

「声をかけたの!?」


 そっち!? モンスターが目当てなんじゃなくて、それと戦う人が目的!?


「遊びませんかーって誘って、一緒にやってたよ?」

「それで普通にPT組めるんですね……」

「一人で戦ってる人に声かけることは多いけど、十人中三人ぐらい無視されるかな? でも七人ぐらいは返事してくれるよ?」

「割と答えてくれるんですね」


 まあOKするかどうかはともかく、返事ぐらいはするか。


「それで、返事してくれた七人の内、三人ぐらいは一緒に遊んでくれる感じ」

「うわー、わかる数字だ」


 それなりに長く続いて中規模オンラインゲームとして落ち着いたレジェンダリー・エイジ。

 今や新規も減ってきたこのゲームで、初心者っぽいプレイヤーに声をかけられたら、まあ三分の一ぐらいの人は放っておけないよね。


「特に町の近くで狩るレベルだと、ガチ初心者だもんな。大事に育てないと」

「あ、うん。町の外のマップで一緒に遊んだ人は、途中で強い人を呼んでくれて、後は知らない間にレベルが上がって、フレンドも一杯増えたの」

「でしょうね!」


 初心者っぽいけどなんか楽しそうなセッテさん、放っておけないタイプだからね!

 画面に表示されたセッテさんのフレンド欄は、それはそれは凄い数になってる。それもIN率が高い辺りに、アクティブなプレイヤーをピンポイントで引き当ててるのがわかる。


「その人達に、適正狩場? っていうのを聞いて。またそこで戦ってる人に声かけて色々教えてもらったり、一緒に遊んだりしてたよー」

「なるほどねえ……そりゃフレンドも増えるなあ……」


 遊んでる間に勝手にレベルが上がって、ステータスをあんまり振らなくても戦えちゃうよな。

 しかし、フレンドが多いんなら、いくらでも質問する相手は居そうだけど……。


「……ああ、育成方針が決まってなかったんでしたっけ」

「うん。なんとなーく絶対に要るかなって分だけ振って、あとはわかんないから残しちゃって。それでもみんなと一緒なら平気だったし」


 なるほど、方針が何も決まってないと自信を持ってステ振りできないよな。

 いつ何が必要になるかわからないから、どの能力を伸ばしても無駄になる可能性を考えちゃうんだ。

 となると、とりあえず完成形を決めたいところだな。


「まずは育成方針ですね。どのタイプのサモナー……デモマス目指すんですか?」

「それが決まってないんだよねー」

「大体の方向性とかは」

「全然さっぱり!」

「のんきかよ!」


 何の方向性も決まらないままここまでレベル上げたのかよ! もう100も遠くないぞ!?

 確かにステータスはかなりバランス型で、レベル90前のアコみたいな状態だけど!


「攻略Wikiとか普通に見てるんですよね? それでなんで何も決まってないんですか」

「だってWikiって言っても、ダンジョンの情報とかクエストのことは書いてあっても、職業の育て方とか何も書いてないんだもん」

「そんなことは……ああ、外れWikiの方を見てるのかな」

「外れWiki?」

「むしろWikiモドキって言うべきかも。なんかWikiって書いてあるけど編集できないし広告が大量にある、あんま役に立たない変なサイトです」

「あ、そうそうそんな感じ! WikiWikiって持ち上げられるほど役に立たないなーってちょっと思ってたの!」

「そっち見てたかー……そりゃ育成情報はないなあ……」


 最近はWikiっぽい見た目でWikiっぽいサイト名を名乗ってるものの、あちこちにアフィリエイト広告が貼られていて管理者しか編集できないWikiモドキサイトが横行してる。

 そういうのはWikiを名乗ってるだけの、営利目的の個人サイトや企業サイトなのだ。

 いやまあ、Wikiの定義からしたら個人サイトもWikiなんだけど……使う側からするとモドキなんだよね。


「調べてもゲーム内でわかるようなことしか書いてなくて、育成方針とか、完成形とか、全然書いてなかったでしょう」

「そうなの。だからなんとなく今要りそうなステータスをちょっとずつ上げるしかなくて……」


 そういう自称攻略Wikiなサイトは、曖昧なデータしかなかったり、内容が偏っていたり、部分的にコピペだったり、信頼できる役に立つ情報が非常に少ない。

 例えばスキルについて調べても『サンダースピア:雷属性の魔法ダメージを与える』って感じで、ゲーム内で見ればわかるデータしか書いてない。

 こっちが求めてる詳細な情報、スキルレベル毎の射程や威力倍率、ダメージ計算式、消費MP、熟練度の上昇による効果や実際の使い心地なんかは全くわからないんだ。

 そりゃ自分で調べろって言われたらその通りだけど、どちらにしてもそういうサイトが役に立つわけはなく。


「最近は攻略サイトを調べるのも一定のリアルスキルが居るんですよね。ネットも使いにくくなったなあ」

「そんなベテランっぽいこと言ってるけど、西村くんがオンラインゲームを始めたのも最近でしょ?」

「こういうサイトが増えたのって、本当にここ数年なんで。俺が始めた頃はまだまともなWikiの方が多数派でしたよ」


 昔はまともな攻略サイトが多くて便利だったなあ……なんて懐古厨かいこちゅうしてる場合じゃないか。


「これでもそこそこLAやってるんで、サモナーの情報も調べたことはあります。ええと、信用できるブログと、職別スレのまとめWikiがあって……」

「レジェンダリーエイジのサモナー攻略法、とかじゃ出てこないんだね」

「その検索方法だとアフィ一直線ですね」


 大昔の名言だけど、うそはうそであると見抜ける人でないと難しいんだ。

 ネットの世界も世知辛いのじゃ。


「ここがサモナーの職別スレのまとめWiki、実質サモナーの攻略Wikiです。覚えといてください」

「はいせんせー! スマホにお気に入りしとくー!」

「誰が先生ですか」


 明らかに秋山さんの方が人生の先生なのに。

 彼女は好奇心に満ちた瞳でスマホの画面を見つめる。


「うわー、色々書いてる! むーたんはフェンリルだから……んー? 重要テクニック、はうりんぐらっしゅ……?」

「そういう廃技術はスルーでいいんで、もっと大雑把なところを見ましょう。とりあえず、サモナーとは、って部分から」

「あ、それ気になる! みんな、タンクーとかDPSーとかヒーラーとか言ってるけど、サモナーって何なの?」

「その他です」

「扱い悪いっ!」

「悪く言ってるわけじゃないんです。それ以外に言いようがなくて」


 ジョブだけでは何なのか確定できないというか。


「サモナーっていうのは、単純に言うと万能職なんですね」

「万能!? つよそうー!」

「強いかどうかは人に寄るかなあ」

「万能なのに弱いの?」

「万能と無敵は違うんですよ」


 そりゃサーバー最強のサモナーなら超強いだろうけど、普通のサモナーっていうのは、万能であっても無敵ではない。


「なんでもできるけど、なんでも完璧にできるってわけじゃなくて。万能職というより自己完結職って感じなんです」

「自己完結……必要なことが自分でできるから万能ってこと?」

「理解が早い人に話すのは楽でいいなあ」


 いやあ、アコとは大違いだ。

 アコに教える場合、下手すると万能って何って部分から説明しなきゃダメだからな。


「サモナー本体のバフはほとんど召喚獣だけが対象で、サモナー側から召喚獣への回復スキルがあって盾役を任せられる。凄くソロ向きなんですよね」

「あの周りの人もスタンさせちゃうスキルとか、一人用っぽいもんね」

「あれは代表的ソロスキルですねー」


 サモナー本体と召喚獣、一人でペアPTを組んでるようなものだ。

 それもバフをかけあって、回復もできる。そりゃ単体で完結できる職にもなる。


「召喚獣の中にはデバフが強いやつ、バフが強いやつ、遠距離近距離と種類があるんで、一人で使い分けてあらゆる状況に対応したりもできますよ」

「便利だけど……なんでそんな風に作ったんだろう?」

「みんながみんなPTプレイ大好きってわけじゃないですからね。一人でなんでもできるキャラがしたいって人もいますよ」

「お一人様需要に応えた職業だったんだ……」


 わんこを相棒に一人で旅したい、とかそういう人は大喜びだからね。

 仲間が沢山の秋山さん向きかどうかはちょっと怪しいところだけど。


瑞姫みずきが使ってるモンク系列もそんな感じかな。コンボを基準にした火力、自己回復による耐久力のあるソロ職です」

「そうなんだ。ちゃんと色んな人の希望に応えてるんだね」


 言いつつ、ちらっと視線を上に向ける秋山さん。

 上に引きこもってる瑞姫だけど、呼んだ方がいいのかな。来月から秋山さんが先輩に、それも割と敵にまわさないほうが良い先輩になるわけで、挨拶ぐらいはした方が良いと思う。

 でも、普段の瑞姫は人から逃げるようなことはしないし。

 何か理由があって隠れてるなら引っ張り出すのも悪いか。


「ソロ職……ってことは、私もソロしなきゃダメなのかな? みんなとPT組んでも役に立たないとか?」


 そう不安そうに言う秋山さん。

 いやいや、別にソロに向いた職だからソロしかできないなんてことはない。


「色々役には立ちますよ? PT向けのスキルもあるし、何ならソロ用じゃない育成をすればいいだけなんで。んーと、今のデビサモのスタイルで、PT向けなのは……」

「スタイルあるの? どんな風に育てたらいいの?」

「PT型としてポピュラーなのは、SADセミアラ型フェンリルかな」

「……? えすえーでぃー……?」

「I極闇単リッチも多いみたいですね。後はPT専でDVフラットアラハピサポもあるか」

「待って待って待って! 久しぶりに外国語みたいなの出てきた! 昔のカラサワカラサワみたいなの!」

「あれよりはわかりやすいですけども」


 単に略称だし。ええと、説明をすると。


「SADセミアラ型フェンリルは、STR、AGI、DEXの順で振って火力に特化しつつ、足りない耐久力をフェンリルとタゲを分け合うことで補うスタイルです」

「最初のはステータスの略なんだね」


 筋力のSTR、敏捷のAGI、技術のDEXに振って、攻撃力、攻撃速度、命中率を確保。食らうと死ぬけど、そこは前衛のフェンリルと二人でなんとか避けようって発想だ。

 一人で二体を完全に操作する必要があるから、やたらと大変だけども。


「で、PTだとサブ火力にしかなれないから、最低限アラクネの召喚とバインドウェブを入れてギリギリのPT貢献を確保した感じ。多少INT振っててもいいんで、セッテさんが目指しやすいやつですね」

「そのアラクネちゃんのことを何も知らないんだけど!」

「セッテさん、フェンリル以外召喚する気ないからなあ」


 フェンリル――むーたん以外にも、クエストをクリアすれば色々な召喚獣が使えるんだ。

 ただ覚えるためにポイントも要るし、同時に複数は呼べないから、一体に限定しても全く悪くはない。


「それに、むーたん以外を使う気はないんですよね?」

「うん。私はむーたんと一人と一匹で頑張っていくから!」

「それもアリです。一体に振り切った方が強いし」


 決意に満ちた表情の秋山さんに、俺も頷いて言った。

 実際I極リッチはそんな感じだ。


「そんな感じでリッチに振り切ると、I極リッチになります。相性的に闇単が強いんで、I極闇単リッチが主流ですね」

「魔法攻撃力を上げたリッチで魔法を撃ち続けるのかな?」

「はい、召喚獣が本体って言われるタイプです」


 魔法攻撃力の上がるINT、知力に振り切って火力になるスタイル。

 おどろおどろしいリッチが延々と魔法を撃ち続ける、砲台型サモナーだ。

 後衛だから楽そうに見えるけど、本体も召喚獣も打たれ弱く、どちら死ぬわけにはいかないから、かなり難度の高いスタイルだったりする。

 ソロをするのも大変だしね。


「でも全然INT極じゃないし、セッテさんが目指すのは無理か」

「うーん、なら最後の、DV彼氏みたいなのは?」

「それ気に入ったんですか」


 DV彼氏ってワード、さっきも言ってたぞ。


「DVIフラットアラハピサポは、DEX、VIT、INTを平均的に振って、デバフの成功率、耐久力、MPを確保して、アラクネのデバフとハーピーのバフで活躍するデバフとバッファーを兼ねた支援型です」

「サポートもできるんだ! 楽しそう―!」

「特化すれば、ダンサーの下位互換っぽい何かにはなれますよ」

「下位互換なの!?」

「部分的には勝ってるところもあるんだけども……」


 バフ全振りのダンサーが居ると別人みたいなキャラスペックになるから、それと比べると流石に落ちる。

 そもそも特定のジャンルに限定した時点で、サモナーが最強ってことはありえないんだ。


「というかですね、最初に言いましたけど、サモナーは万能職なんですよ。なので何かに特化させると、必ず何かの下位互換になるんです」

「えー! なんでそんな風になるのー?」

「そりゃ万能職なんですから、特化職の得意ジャンルに勝っちゃったらバランス滅茶苦茶でしょう」


 例えばサモナーがタンクのナイトより硬かったとしたら、ルシアンの存在価値がゼロになる訳で。

 万能な職業である以上、限界値が低めにデザインされてるのは仕方ない。


「なので、PT向けに特化したビルドって、別にそこまで人気ってわけじゃないんです」

「うーん、じゃあどうすればいいの?」

「だからですね、結局はやりたい用にやるんですよ、サモナーって」

「……何を目指しても中途半端になるから、好きにするしかない、のかな」

「そういうことです」


 皆がああしろこうしろって言わないのは、サモナーは好みがはっきりと出る上級者向けの職業だからなんだよね。

 最初から初心者向けじゃないとわかってはいたんだけど、本人の希望が一番だし。


「なので、秋山さんがどうしたいかが問題かな。それに合わせてオススメのビルド……ステータスとスキル、装備の構成を考えるんで」

「私が何になりたいか……うーん……」


 少し考えた後、秋山さんはぱっと表情を輝かせて、


「あ、私、自由になりたい!」

「自由……?」


 うちの部で一番自由なのはあなたでしょうけど……そういう意味じゃないだろうな。

 ネトゲで自由って言うと、どういう意味だろ。


「どんな自由が欲しいんですか?」

「えっとね。部のみんなって凄く強いけど、苦手なことって本当に苦手でしょ?」


 ほらほら、と人差し指を立てて、ぴっと俺に向ける秋山さん。


「例えば西村くんは、一人だと全然火力が出ないから、いくら耐えても押し負けちゃうよね」

「そりゃまあ」


 アコというヒーラー用に、普通のタンクより硬さに特化したルシアンだ。耐えることはできても倒すのは難しい。


「アコちゃんは色々と弱いし、茜は強いけどすぐ死ぬし、杏先輩もお金に頼らないと耐えられないし」

「みんな特化してますからねえ」


 アコはともかくとして、完全火力特化、それこそS極大剣のシュヴァインは死ぬときは一瞬で死ぬ。単純防御力としては俺に迫るぐらいのマスターも、耐久スキルは一切ないから、課金回復抜きじゃそれほど耐えられない。そしてアイテムが尽きるとパワーダウンするせいで、継戦能力に欠ける。


「つまりみんな、協力して苦手な部分を補わないと戦えないんだよね」

「あー、ソロだと狩場のレベルはかなり落ちますけど……え、まさか、そこから自由になりたいってこと!?」

「そう!」


 秋山さんはウキウキと体を揺らして、名案! とばかりに言う。


「みんなが協力して戦ってるダンジョンに一人でふらーっと遊びに行って、飽きたら一人で帰れる。誰かが一人で戦ってる場所なら、どこだって一人で会いに行ける。私はそういう風になりたい!」

「無茶な希望だー!」


 俺よりも高い火力と、アコよりも高い安定感。シュヴァインより高い耐久力と、マスターより高い継戦能力を備える。

 それぞれのボトルネックになった部分だけを完璧に上回った、万能のキャラクター。

 誰かを無価値にすることはなく、誰よりも自由で、放っておいても何も問題がない、それで居て存在すれば確実に役に立つ、そういうサモナーになりたいわけだ。

 いやあ、凄くわがままだ。そんなビルド、考えるのが大変だよ。


「でも……凄く秋山さんっぽいなあ……」

「そう? 変じゃないかな?」

「いえ、むしろ火力に特化するとか支援型にするとか言われるより納得できます」


 誰かが一人で居るのなら、どこにだって助けに行ける。

 みんなが集まっていれば遊びに来るし、問題がなければ自由に帰る。

 最強でも無敵でもないけれど、誰の友達にもなれる。

 ――そしてもしかしたら、いつか本当に、絶対無敵の万能キャラクターにだってなれるかもしれない。


「うん、サモナーを選んで正解でしたね。これがセッテさんだ。間違いない」

「よくわかんないけど、なんか理解してもらった感じで嬉しいかも?」

「笑ってる場合じゃないですよ。問題はここからなんですから」

「ほえ?」


 ほえ、じゃありません。

 セッテさんの目指す方向は決まった。今までのバランス型のステ振りを引き継ぎつつ、フェンリル特化向きに調整し、全てに対応できる汎用的なスキル振りを考えないと。


「これは難題だ……最初から最終装備を意識したステ振りなのはもちろんだけど、みんなのステータスも意識して考えないと……ふっふっふ、燃えてきたぞ」

「も、燃えるんだ? 面倒くさくない?」

「めっちゃ面倒くさいけど、だからこそ燃える! よーし、早速検討しましょう、シミュレーターのサイトがあるんで、そこで……」


◆アコ:おはようございまこんばんはー


 と、そんなチャットが画面に流れた。


◆アコ:あれ、セッテさんしか居ないんですか?

◆アコ:もー、みんな何時まで寝てるんですか! もう夕方ですよ!


 アコが起きてきたのか。キャラスペック確認のためにセッテさんだけログインしてるから、それに反応してるんだな。

 でもなアコ、こんな時間まで寝てたのはお前だけだよ!

 昼に寝た瀬川はもっと悪いかもしれないけど!


「どうしよ、返事する?」

「それは任せますけど……っていうか、もうこんな時間!?」


 うわ、もう四時じゃん!

 ゲームの話してたら一瞬で時間が過ぎてる!


「すみません、ビルドの検討は後で一緒にやりましょう。とりあえずアコにお返しを渡しに行かないと!」

「今日のメインイベントだもんね。ごめんね、時間かけちゃって」

「いえ、アコが今起きたんなら丁度良かったですよ」


 寝ているアコを叩き起こしてお返しを押し付けるってわけにもいかなかったので、時間が有効活用できて良かったぐらいだ。


「よし、早速アコに連絡して……」

「あ、それ私がやるから大丈夫」

「へ?」


 秋山さんがやるって、どういう?

 スマホに手をかけたまま止まった俺の前に割り込むように、彼女がキーボードに手を置く。


◆セッテ:アコちゃんアコちゃん、ルシアンくんから伝言ー


 何ならアコよりも早く綺麗なタイピングで、チャットが打ち込まれる。

 伝言? まだ何も言ってないけど!


◆アコ:ルシアンから? 何でしょう、晩御飯のリクエストでしょうか

◆セッテ:なんで同棲してる感覚なのかわかんないけど……えっとね


 左手の人差し指を唇に当てて、んー、と考えつつ、右手で文字を打ち込む秋山さん。


◆セッテ:ホワイトデーのお返しを渡したいから、六時にアコちゃんの方の駅で会いたいって


「何の話!? そんなこと言ってないですよ!?」

「いいからいいからー」


 心底楽しそうな秋山さんに嫌な予感がするものの、ここで割り込んで「いま西村くんの家に居るの!」とか言われたら超大惨事だ。

 くっ、ここは任せるしかない、のか。


◆アコ:ホワイトデー……


 アコは一瞬間をおいて、


◆アコ:ホワイトデー! 本当です、今日ってホワイトデーじゃないですか!

◆セッテ:わ、忘れてたの?

◆アコ:いえ、覚えてました! ちゃんと覚えてたんですけど

◆アコ:我が家だと、お母さんがウキウキして鬱陶しい時期ってだけなので

◆アコ:自分には関係ないイベントだと思ってました!

◆セッテ:すっごく関係あると思うんだけど……


「……アコちゃんのお母さんって、アコちゃんのお母さんなんだね」

「そりゃもう、完全無欠にアコのお母さんだよ」


 他に言いようがないぐらい、アコのお母さんである。

 お義母さんでいいのよ、というあちらの要望はまだスルーする方針です。


「それで、駅で待ち合わせっていうのは」

「アコちゃんの家で受け渡し、っていうのも雰囲気がないでしょ? だったら駅で会って、お茶でもしながら渡した方がデートって感じがすると思って」

「むむむ、確かに……」


 特にアコの言い方だと、アコのお母さんが旦那さんの帰りを今か今かと待ってるみたいだし。そんな状態で家に押しかけるのは悪い。


「でも、それなら俺が直接アコに言えばいいんじゃ」

「伝聞だからこその良さもあるの! 大事なホワイトデーなんだから、最初のコミュニケーションは事務的な連絡じゃなくて、直接会ってお話する方が素敵でしょ?」

「ぐぬぬぬぬ」


 ぐう正論。

 おっしゃる通りです、と頭を下げるしかなかった。


「恋愛経験のない秋山さんに完全敗北した西村くんUC」 

「レベルは低いけど経験値は多いもん」


 耳年増というのでは、という意見はぐっと飲み込んだ。

 対等に言い合うようにしてるけど、だからって何を言っても良いわけじゃないのです。


◆セッテ:じゃあ、ちゃんと伝えたからね。楽しんできて

◆アコ:はい、ありがとうございます!

◆アコ:急いで準備しないとっ


 それだけ言い残して、アコのオンライン表示が消えた。

 急いで準備をする……って言っても、まだ二時間あるぞ?


「待ち合わせ場所、あっちの駅ですよね。丸二時間ぐらいあるのに、そんなに急いで準備しなくても」

「女の子には色々時間がかかるの。それで茜に怒られたんでしょ?」

「うぐっ」


 瀬川は怒っては居なかったけども、それはあいつの懐の大きさであって、普通なら怒るところだったとは思う。

 でもさ、相手はアコだよ?


「アコは風呂も早いし、髪はいつもストレートだし、化粧するわけでもないし、そんなに時間がかかるかなあ……」

「ふふふー、うん、アコちゃんは西村くんに、気取らない素の姿を一杯見せてるだろうけど……」


 でもねー、と楽しげに笑って、秋山さんはゆっくりと首を傾ける。

 綺麗に整えられた髪がふわっと流れて、柔らかい目が見上げるようにこちらに向く。

 そして大事な宝物を愛でるように、優しい声色で言った。


「アコちゃんも本当は、西村くんに一番可愛いところを見せたいって、そう思ってるんだよ?」

「……覚えておきます、先生」

「よろしいー」


 レベル0とは思えない先生のご意見を心のメモ帳に書き留めて、リビングの時計に目を向ける。

 時間はまだ四時過ぎ。早めに出るとしても、一時間以上は余裕がある。


「残り一時間は暇か……どうしようかな」

「一時間あれば、色んなステータスとスキルがシミュレートできそうだね」

「……そのつもりで余裕のある時間を指定したんじゃないですよね?」

「なんのことかなー?」


 ぴゅーぴゅーとやたら上手い口笛を吹く秋山さん。

 よしわかった、こうなったら全力でビルドを考えてやろうじゃないか――と思ったんだけど。


「それに、もっとやるべきことがあるでしょ?」

「やるべき……? 何かありましたっけ?」

「もちろん、西村くんの改造!」

「……は? はあ!?」


 ソファに置いてあった鞄を持ってくる秋山さん。

 その中には、俺には何に使うかもわからない化粧道具に、コードに繋がった謎の棒状の機械、さらには何種類かのハサミまでもが。

 ちょ、待って、俺をどうする気なんだ!?


「ま、まさか、最初からそのつもりで家に!?」

「西村くんも、一番格好良いところをアコちゃんに見せないと、ね?」

「い、嫌だー! 俺は逃げるぞ! アコのところに行くんだー!」

「はいはい、大人しくしてねー」

「ぎあっ!? ちょっと、関節は……痛っ……くない? あああ、やっぱ痛い!?」

「動くと痛いだけだから、じっとしてたら平気だよー」

「どういう技なんですかあああああ」


 いやああああ! 汚されるううううう! 自分の家で酷いことされるううう!

 必死に抵抗する俺だけど、万能キャラの秋山さんに勝てるはずもなく。


「なんでリアルでもこんなに自由なんですかあああああ!」

「それが私らしいって言ったのは西村くんだもーん」


 多分彼女にも弱点はあって、俺が勝てる部分はきっとあると思うんだけど。

 少なくとも俺の弱点のリアル生活スキルでは、秋山さんに勝てる余地はなさそうだった。

 ううう、早く、早くアコに会いたい――!

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