ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った?

聴猫芝居/電撃文庫・電撃の新文芸

ホワイトデー大連続クエスト

Lv.1「このままだと、取り返しのつかない失敗しそうだもん」

 バレンタインデー、というのをご存知だろうか。

 ウァレンティヌス様が処刑されてしまった日だとかそうでないとか言われているけれど、日本では女性から男性へチョコレートを贈る日ということになってる。

 でも人によってはそもそも女性に縁がないってこともあるわけで。

 ゲームでドロップするチョコレートを収集する日だったり、期間限定の特殊ボスを討伐する日だったりもする。


 もちろん俺――西村にしむら英騎ひできにとっても、バレンタインデーはただネトゲでイベントがあるねってだけの行事だった。

 そう、去年までは。

 今年の俺は、なんとチョコレートがもらえたんだ。

 それも四つも!

 しかも一つは、嫁からもらった本命チョコレートだぞ、すごいだろこれ!


 ――俺、結婚とかしてないけど。まだ十六歳だけど。

 なんで嫁からチョコもらってるんだろ。おかしくない?


◆ルシアン:変だよなあ……

◆アコ:何が変なんですか?


 それはねアコさん。

 ネトゲの嫁のあなたが、リアルでも嫁だと言い張ってることだよ。


◆シュヴァイン:余計なこと言ってないで戦えっつんだよ!

◆ルシアン:んなこと言われても、こいつ物理攻撃効かないしよう


 自分のキャラ、ルシアンを操作して、カキンガキンとゴースト族モンスターの攻撃を受け止めつつ、たまにシャウトを入れてヘイトを維持する。

 物理無効の敵が出現するこのダンジョンは、タンクの俺にとっては大変であると同時に、ちょびっと暇だったりもする。


◆アコ:ルシアンが一緒にチャットしてくれると、ダンジョンの中でも楽しいですね

◆セッテ:アコちゃんは暇じゃないよね!? 回復は!?


 むーたんに魔法ダメージのスキルを打たせながら、セッテさんが汗を流すエモを表示した。


◆アコ:それはなんとなくでやってます

◆セッテ:ヒーラーって、コンボとかそういうのがあるんじゃないの!? バレンタインのダンジョンで覚えたんだよね!?


 やだなあセッテさん、いまさらそんなことを言って。


◆ルシアン:アコが一ヶ月もプレイヤースキルを維持できるわけないじゃないですか

◆アコ:ですよねえルシアン

◆セッテ:笑いながら話すことじゃないよー! ルシアンくんも諦めちゃダメー!


 まあまあ、必要ないからコンボしてないだけで、きっと覚えてると思うよ?

 話している間に、耐える時間は終わった。

 足元にあった大きな魔法陣が大きな光を放つ。


◆アプリコット:待たせたな! これが私の、パーフェクトブリザードだ!


 マスターのチャットと同時に、若干過剰なぐらいの吹雪が巻き起こる。

 俺を殴っていたゴースト達はあっさりと消滅していった。


◆アプリコット:ふむ、火力は十分か

◆シュヴァイン:魔法ダメージのスキルってあんまねえからな、俺様達は退屈だけどよ

◆ルシアン:そのおかげで、シャウトだけでもタゲが維持できるんだけどさ


 火力特化のシュヴァインまでガンガンに殴ってたらすぐにヘイト負けしちゃうからな。


◆シュヴァイン:俺様としてはもっと激しいとこに行きてえな

◆シュヴァイン:バレンタインに買い溜めたチョコがまだまだ残ってるからよ

◆アプリコット:四次転職の詳細もまだわからん、アイテムは温存しておくべきだそ

◆シュヴァイン:むしろ使わねーと倉庫圧迫すんだよw


 バレンタインチョコレートは回復効率の良い、バレンタインの時期限定で買えるアイテムだ。

 便利なんだけど、買い過ぎるとそれはそれで倉庫がチョコで埋まっちゃうんだよな。


◆セッテ:ねーねー、バレンタインはイベントあったけど、ホワイトデーは何もないの?


 むーたんをよしよしと撫でつつ、セッテさんが言った。


◆ルシアン:あー、ホワイトデーはあんまりやらないかな

◆アコ:バレンタインほどのイベントはないですよね

◆シュヴァイン:ネトゲ人口は男の方が多いからじゃねえか? 知らねえけど

◆アプリコット:二ヶ月連続で似たようなイベントをするのも退屈であろう


 そうだよな。バレンタインの翌月にはすぐホワイトデーだ。

 イベントの間隔としても短いし、同じようなことをまたやっても仕方ないよ。

 ――と、そこまで考えて、俺はふと気づいた。

 ホワイトデー……ホワイトデーだって?


◆アプリコット:さて、では続きと行こう。どちらにせよ、霊験の迷宮のマップを埋めるまではゴースト退治だ

◆シュヴァイン:へいへい

◆ルシアン:あー……ごめん、俺今日はもう落ちる


 チャットに打って、すぐにPTから脱退した。


◆アコ:え、もうですか?

◆ルシアン:ああ。ちょっと用があって。また明日!

◆セッテ:おっつ~


 みんなに手を振って街に戻り、すぐさまログアウト。

 ええと、今の時間は……夜の八時。

 きっとリビングに居るはず!

 俺は部屋を飛び出て、階段を駆け下り、リビングの扉を開けて言い放った。


瑞姫みずきー! 俺、バレンタインにチョコもらったんだった!」

「……へ? どうしたの、お兄ちゃん」


 ソファーにもたれてテレビを見ていた妹がキョトンとした。



   †††   †††   †††



「なんで今さらそんなこと? バレンタインって先月だよ?」

「その通り!」


 瑞姫が言う通り、バレンタインは先月の話だ。

 いくら嬉しかったからって、チョコレートに喜ぶようなタイミングじゃない。

 なのにどうしてこんな話をしたかっていうと。


「何を隠そう、お兄ちゃんはチョコレートをもらうの、今年が初めてだったんだ」

「え、私が毎年あげてたよ?」

「家族は別判定だろー」

「好感度の計算式は同じだもん!」

「違うって。瑞姫からのチョコは数に入れてないし。ノーカン、ノーカン」

「ノーカンじゃないよ!」


 いやいや、かーさんのチョコとか妹のチョコとか、初チョコにならないって。

 まあね、こんなこと、ちゃんともらえたから言えるんだけどね。


「お兄ちゃん、去年までは、妹にもらえるからいいんだーとか言ってたのに。アコさんに振られちゃったら私しか残らないんだよ?」

「怖いこと言わないでください」


 それは置いといて。


「ともかく、俺はバレンタインにチョコレートをもらうのが初めてなわけですよ」

「うん」

「だからさ、完全に忘れてたんだよ。その……ホワイトデーってイベントがあることを」


 自分で言うのも恥ずかしいんだけど、完全に意識になかった。

 バレンタインデーには対になる、ホワイトデーってイベントが。


「えっ……ええっ!?」


 瑞姫はしばらく固まった後、携帯を取り出して、


「もう三月七日だよ!? 一週間しかないよ!」

「せやねん」


 ホワイトデーは来週だっていうのに、何の準備もしてないのだ。


「いやー、気づいた瞬間は焦ったよ」

「バレンタインから今日まで何してたの……?」

「レベル上げ」

「ダメ人間だよ、このお兄ちゃん!」

「返す言葉もございません」


 甘んじてダメ兄を名乗っていきたい。

 もらったことがないと、お返しをしなきゃいけないって発想すらわかないんだよね。

 みんなもバレンタインデーにチョコをもらったら気をつけろよ。俺達みたいな奴は、ナチュラルにホワイトデーの存在を忘れるからな。


「でもお兄ちゃん、私には毎年お返しくれてたよね? なのにどうして覚えてないの」

「あ、瑞姫にお返し用意しないと、って思い出すのが今の時期なんだ」


 ホワイトデー一週間前になって、ゲームのイベントが始まったり、テレビで特集し始めて、やっと存在を思い出すのである。

 今年はお返しも多いじゃないか、って気づいたのが今さっき、ホワイトデーって単語をみんなのチャットで見た時だった。

 もらえた! やった! って喜んでばっかりで全く考えてなかった。


「沢山もらうと沢山返さなきゃいけないんだな……俺には無縁のことだと思ってた……」

「なるほどー……大変だねお兄ちゃん、頑張って」


 と、素知らぬ顔でソファーに転がる瑞姫。

 いやいやいやいや!


「待て待て待て! 話はこれからだぞ!」

「だって私には関係ないもん!」

「そう言わずに手を貸してください」


 顔の方にまわりこんで、妹に手を合わせて言う。 


「女の子に何を贈れば喜んでもらえるか、俺じゃわからないんだよ。教えてくれ!」

「えー」

「そんな嫌そうに言わなくてもよかろうに」

「お兄ちゃんが他の女の人の好感度を上げる手伝いって、あんまりしたくないもん」

「酷いことをおっしゃる」


 普通の兄妹ならそれぐらいの助け合いがあってもいいじゃないか。


「だってお兄ちゃん、私が男の人にプレゼントを渡したいって言ったら」

「まずは俺という壁を越えてからにしてもらおうか」

「ほら! 不公平だよ!」

「うぐっ」


 確かに俺も、瑞姫が男の好感度を上げる手伝いとかしたくないけど。


「でもアコは、瑞姫って壁にぶつかったような気がするんだけど」

「乗り越えてはいないよね」

「まあ、横を通り抜けた感じかな」


 うちのアコ、壁とかあったらちゃんと超えるタイプじゃないんで。


「まあ、なんか気持ち悪いってのはわかる。でもさ、瑞姫にもお返しはするわけで、アドバイスをくれれば、普段よりセンスの良いチョイスができるぞ!」

「去年の鍋つかみは割と良かったよ?」

「そんな日用品で喜ぶなよ!」


 いつも使ってくれてるけど!

 我が妹ながらお手軽なんだから!


「今回は初チョコだから、もうちょっと気合を入れたいんだよ、頼む!」

「……うーん、しょうがないなあ」


 ため息を吐いて、瑞姫は俺に顔を向ける。


「ちょっとだけアドバイスをあげる」

「あざっす! 助かる!」


 さすが、頼れるのは身内だな!

 そうほっとした俺に、


「だってこのままだと、取り返しのつかない失敗しそうだもん」

「マジで!?」



   †††   †††   †††



「まず、お兄ちゃんにチョコをくれた人はだれ?」

 

 ソファーに座り直して、瑞姫が尋ねた。

 ええと、俺にくれたのは四人。


「アコ、瀬川せがわ、マスター、それに秋山あきやまさん」


 最後の人は和菓子だったけどね。


「ふむふむふむ?」


 瑞姫は指をゆらゆら振りながら考えて、


「どのぐらいの予算が要ると思う?」

「ええと……なんかホワイトデー、お返しで検索すると、倍返し、三倍返し、百倍返しとかって書いてあるんだよな……」


 とは言え、さすがに百倍はきついので。


「三倍ぐらいか?」


 まあ妥当かな、と思ったんだけど。


「はい、多すぎ!」

「なぜにっ!?」


 だって金額は高い方が良いんじゃないのか!?


「あのね、額が多ければ喜ぶなんていうのは素人の発想なんだよ」

「うっ」


 素人の俺は、そう言われるとぐうの音も出ないんですけども。


「そもそも手作りの人は、どうやって三倍にするの?」

「……美味しさと量が三倍、とか?」

「瀬川……さんって、チョコレート作りに来てた人だよね?」

「来てた来てた」


 チョコ作りの時、うちに来て練習してたからな、あいつ。

 あの時はアレンジャーっぷりを発揮して、アコが困ってたなあ。


「とんでもないチョコを作ろうとしてたのを今でも思い出すぜ……」

「……あのチョコの三倍のマズさで三倍の量って、そんなの拷問だよ?」

「俺がもらったチョコはまともだったんだよ!」


 本人曰く、大失敗のカレー味も作っちゃったみたいだけど!


「じゃあ材料代が三倍とか?」

「そうすると、すっごく高級なお菓子になっちゃうよ? その人達、大量にお金をかけたお返しを喜ぶの?」

「……いや」


 考えてみると、みんな過剰に高いお返しなんて求めてない気がする。

 何せマスターの課金に焦るようなメンバーだもん、俺が高額なお返しなんて持っていったら……。


「むしろ怒られそう」

「そう! 親しい仲でもらったチョコは、逆に相応のお返しじゃないと重いの!」

「重い、か……なるほど……」


 その発想はなかったぜ。

 よく言うもんな、気をつけないと、オタク男子は気遣いが重い、みたいなこと。

 納得した俺に、瑞姫は軽くキッチンの方を指して、


「そもそもお兄ちゃん、料理できないわけじゃないんだから。前日にクッキーとかたくさん焼いて、それにちょっとした小物を添えるぐらいでいいの」

「なるほど、勉強になる」

 クッキーを焼くのがちょっと大変そうだけど。

 失敗したらどうしよう。


「そのクッキーを焼くの、手伝ってくれるか?」

「いーよー。私へのお返し、それでいいから」

「一緒に作ったクッキーをお返しにはできないだろ。何か考えるよ」

「いいの。最近お兄ちゃんと遊ぶ時間なかったから、一緒にお菓子作りたいだけだもん」

「可愛すぎかお前」


 それ父さんに言ったら喜び過ぎて気絶するぞ。


「あとは小物……ちょっとした贈り物、か……」

「それは自分で考えるんだよ。本当に簡単な物でいいんだから」

「了解、そうする」


 そこまで人頼みだと失礼だよな。

 特にアコとか、俺が何を贈っても喜んでくれそうなのに、瑞姫が選んだって言った瞬間に涙目になると思うし。


「よし、これで目星はついたから、あとは準備して――」

「あ、待って待って」


 ストップストップ、と俺の服の裾を掴んで、瑞姫が言う。


「話はまだ終わってないよ」

「あれ、他に何かあったっけ」

「むしろ、一番大事なことがあります!」

「マジで!? ここから!?」


 思わずしっかり姿勢を正して、瑞姫の方に向き直る。


「で、大事なこととは……?」

「それは……」


 瑞姫はちょっと溜めた後、びしっと俺を指して、


「一人一人、個別に呼び出してお返しをすること!」


 力強く、そう言い切った。


「個別に……?」

「そう! これ大事だよ!」


 だいじだいじ、と繰り返す瑞姫。


「みんなお兄ちゃんの部活のお友達だよね? お兄ちゃんのことだから、部室でまとめて渡しちゃいそうだけど、そういうのはダメ!」

「いかんか」

「いかんのです」


 いかんらしい。

 でも、なんでだろ。一人一人呼び出してとか、むしろ重くないかな。


「どうして個別の方がいいんだ?」

「だって考えてよ。お兄ちゃんにチョコくれた女の人って、誰かのついでって言って適当にくれたの?」

「……いや」


 男子全員にまとめてとか、部活の人みんなに同じものを、とかそういうことはなかった。

 みんな俺のために用意して、俺だけに渡してくれた。

 だからこそチョコレートをもらったんだってはっきりと思えたんだし、凄く嬉しかったんだ。


「……なのにお兄ちゃんはみんなまとめて雑に渡すの?」

「はっ……そうか、なるほど……!」


 瑞姫の言う通りだ。

 みんなまとめて、一緒についでになんて渡し方じゃなく、ちゃんとその人へのお礼を伝えないといけない。


「危ないところだった……ありがとう瑞姫」

「今年は三月十四日、日曜日だし。直接渡しに行ったら?」

「ああ、そうする」


 一人一人に、ちゃんと感謝を伝えよう。それが礼儀だよな。

 でも、すると一つ問題が。


「ホワイトデー一日で全員に渡し終わるのか……?」

「それは頑張るんだよー」


 瑞姫は悪戯っぽく笑って、


「一人だけ当時に渡せませんでした、なんてことになったら、悲しむよ?」

「なんとしても一日で渡さないと……!」

「がーんばってね」


 俺に初めてやって来た、意味のあるホワイトデー。

 その日は失敗の許されない、四連続お使いクエストの日になった。 


★ 続きは15日(日)更新予定! ★


【ネトゲの嫁のキャラクター紹介はこちら】


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