エピローグ/巫女たち


 沖縄市にあるコザ運動公園は毎年この時期、大いに賑わう。

 日が暮れてからのほうがいっそう盛り上がる、祭りはいよいよ本番の様相を呈していた。

 沖縄全島エイサーまつり、である。

 運動公園の同じ敷地内では地元のビール会社による『オリオンビアフェスト』が催されている。

 エイサーは内地で云う盆踊りと同様、祖霊供養の行事だ。

 それぞれの地域――青年会単位での踊りを集めたのが全島エイサーで、毎年約三十万人が訪れるイベントだ。

 特設会場では順番に出てきてそれぞれの踊りを披露する青年会に歓声があがり、観客の中にももちろん、もと青年会の者や身内もいるので、観客席でも踊る者、指笛で盛り上げる者など様々いる。

 由果たち三人は金曜日にコザ・ミュージックタウン周辺での『道じゅねー』を見たあと、土曜日の運動公園も夕方から見に行き、この日曜にも夕暮れ前に運動公園にやってきていた。

 佳子が屋台のたこ焼きに文句をつけたり、香奈恵がオリオンビールを気に入り、ケースを買って帰ろうか真剣に悩んでいたりと、変わらない二人を由果は微笑ましく見ていた。



 ――あのあと、病院は混乱に陥った。仮想空間で治療されていた患者たちのデータが破壊され、仮想空間そのものも壊滅状態になっていたのだ。

 病院自慢のシステムだったが、修復には相当時間を要すると思われ、また壊された衝撃でか病状の悪化してしまった患者もいて、担当者は数日間寝込んでしまった、という。

 その中でも救いだったのは、ずっと昏睡状態だった患者二人が目を覚ましたことで、しかしその一人が事件の原因だったこともあって手放しに喜べる事ではなかった。

 結局、うやむやにしたい病院側は『ごく小さな事故で混乱しているが、回復した患者もいる』という大本営発表を関係者にも押し通すだけとなった。



 チケットを取っていたわけではないので、由果たちは運動公園の芝生にコンビニで買ってきたレジャーシートを敷いて、そこに三人座った。

 暑気と違う熱気が公園全体を包んでいる。

 さっきまで抜けるような青さを見せていた空は鮮やかな夕焼けに変わり、濃紺の夜になっていた。

 大音量で流れるエイサーの音楽と、会場で踊る男達の掛け声、大小の太鼓、そういったものが渦のようなハーモニーを生み、腹に響く。

 佳子も香奈恵も「すごいすごい」と連発し、雄壮な様に魅入っていた。

 由果はどこか懐かしい気持ちで演舞を見ている。

 そっと携帯デバイスを起動してみると、ククルが画面の隅で踊っていた。もうすっかり復活している。

 由果は少し吹き出して、屋台で買ってきたものを広げてプチ宴会になっている佳子と香奈恵を見た。

 佳子は何か意気投合でもしたのか、知らない男性と乾杯していた。

 男は関西弁の二人に興味を持ったかレジャーシートの縁でしゃがんで、エイサーの解説をしている。


「――由果」

 呼ぶ声がして、由果は振り返った。

 喧噪の中大きくはなかったのに、声は妙にはっきりと由果に届いた。

「――澪?」

 仮想空間の中で再会した幼馴染みが、車椅子に座っていた。

 そのハンドルを彩が握っていた。由果と目が合うと気まずそうにそっぽを向いてしまう。

「澪っ……よく出て来れたね!」

 由果は車椅子の娘に駆け寄ってその手を取る。

 同い年のはずなのに、与那覇澪は由果よりずっと華奢で、年下に見えた。

 何事かとこっちを見た佳子と香奈恵に、二人を紹介する。

「探したさぁ。由果のおばぁに聞いたら『全島行った』って言うから、会場中探し回らなきゃと思ったよ」

 涼やかな声で澪は微笑んでいた。

「病院が混乱してたのも幸いして、強引に外出許可もらって出てきたの」

「澪――ほんとによかった」

 由果は精一杯、そう絞り出す。

「迷惑かけたよね。私も彩も。

 ――彩」

 彩はまだ横を向いていた。

「あたし、あの青年会好きだから見てる」

 ぼそっと言う。

 演舞は終盤にさしかかっていた。

 あと一つか二つの青年会の踊りで、演舞はすべて終了する。

 さすがに大トリに近い団体のものは息の合う様も迫力も段違いで、固定のファンがいるのだろう、歓声の上がりかたが明るい時間帯にやっていたものとは違っていた。

「彩。

 ――ごめんね。でも彩も『行く』って言ってたのよ」

 謝る澪に、由果は首を横に振る。

「ううん、大変したのは澪たちだもん。気にしないでいいさ」

 澪は「それにしても暑いね」と天を仰いだ。

「そういや――私に入ってた、っていうモノは何だったの?」

「まだ持ってるよ。これからククルと調べるつもり。

 あの基地の時のかな、って思ってるけどね」

 大塚もまだ入院中であり、デバイスと『魂落ち』の関係を検証するのもこれからだ。

「うん……」

 澪は表情を曇らせた。

「あれは今思い出しても最悪だった。

 ベースのお祭りとかで会ったことのある将校さんとか、あんなに面白いオジサンだったと思ってたら鬼のような形相で、助けを求めるのも無視して何かを探してるのを見て――ショックだった。誰も信じられないと思った」

 由果は無言で頷く。

「そんな現実なんて、もう関わりたくなかった。

 でも――やっぱり、寂しかったんだよね。彩も由果も懸命になって『私を救う』って。彩なんてそのために他人にも迷惑かけて……」

 澪は、由果の手を握る力を強くして言う。

「これから私、償っていこうと思う。今さら、って怒られるかも知れないけど」

「そんなことないさ。私でできることがあったら何でも言って」

「ありがとうね。

 ――ユタだもんね。でも、もう一人ユタいるから」

 と、後ろを見上げる。

 祭りはいよいよ大トリの青年会が出てきていた。

 ゆったりとした演舞が場を圧倒している。

「由果も彩も、大阪なんだよね……」

「すぐ会えるさ。そのへんはネットって便利さぁ」

「でも私、あそこも壊しちゃったよ……」

「直る、って。

 復活したら毎日お見舞い行くさ。まだしばらく入院生活なんでしょ?」

「十年ぶりくらいの現実だもんね……」

 自虐的に微笑む澪を、由果は抱き締めた。

 しばらくそうしていると、演舞が終わっていたようで、終了とカチャーシーの開始を告げるアナウンスが流れる。

「今日こそは行ってくるでっ」

 佳子が拳を握って立ち上がった。

 カチャーシーは聴衆も誰も彼も皆一緒になって踊る手踊りのことだ。

 演舞をしていたグラウンドの中心に青年会ののぼり旗が集まり、上下に揺れている。観客は老若男女誰も皆両手を掲げて足を踏みならしはじめる。

「由果はいっつも、ワンテンポ遅れるんだよね」

 楽しそうに澪が言うと、佳子が食いついてきた。

「へぇ、そうなんやぁ」

「澪ぉ、言わんで~」

 くすくす笑いながら澪は、佳子と香奈恵に簡単な手ほどきをする。

「手をこうして、ね。女は握らないの。グーにするのは男。左右に、袋戸棚開ける風、って言ったらいいかな」

 儚げな印象と相まって、三線の音に合わせて手を左右に降る様はふわりと柔らかい。

「ありがとう!」

 佳子と香奈恵は楽しそうに、カチャーシーの輪に飛び込んでいった。

 澪が由果を見上げて微笑む。

「由果も行ってきたらいいさ。

 ――いい友達ね」

「ありがとう。佳子はお好み焼き屋の子で、香奈恵は酒豪なの。

 澪もすぐ仲良くなれるさ。」

 由果も笑って頷く。

 数歩離れて、由果は踊る人を見つめる彩を見た。

 気付いた澪が背後の妹の手を引いて、横に来たところで背中を押す。

「彩ちゃん――行こうか」

 まだいくらかためらいを見せていた彩は小さく頷き、由果に向かって一歩、近寄った。



 その顔はどこか晴れやかで、どこか気恥ずかしそうな、姉と似た印象の微笑を見せていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マブイグミの巫女 あきらつかさ @aqua_hare

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ