第23話 流行りに乗るピスタチオ

 最近、輸入食材店に限らず日本の一般スーパーでも海外の珍味が簡単に手に入るようになった。おかげで何を基準にしているのか不明だが、ことあるごとに開催される「なんとかフェア」が日本列島を突き抜けてグローバルである。

「韓国料理フェア」

「アジアンフェア」

「エスニックフェア」

(この辺りの違いがよくわからない。大体「エスニック」って「民族風」なのだから「ヨーロピアン」でもいいじゃないかと思うのだが、なぜアジア中東ばかりがこう銘打たれるのか)

 どこの国でもいいが、もうそれだけで世界一周できそうである。


 さてそしていまや七月。初夏を過ぎたというのに、今なお食品棚を緑色のパッケージが埋め尽くしている。これは一体どうしたことか。新茶抹茶のシーズンを通り抜け、マンゴーだの南国フルーツだの嘉穂のお出迎えしたくない果物が大きな顔をしている季節だというのに、品種改良で抹茶様が今年は勢力を拡大したのか。そんなことあるわけがない。


『ピスタチオ・フェア』


 衝撃である。

 ピスタチオといえば、ナッツの中でも高級品。ナッツ類が日本より安い海外に行ったって高級品。落花生は足元にも及ばず、アーモンドでも力足りず、互角に張れるのはマカダミアやペカンナッツくらいだと思っていたのだが。それが日本でピスタチオ。

 なにそれお洒落じゃない。


 特にピスタチオが大好きというわけではない。ピスタチオの味についてとやかく議論できるほどの情熱も持ち合わせていない。しかし何故惹かれるのか。

 抹茶と同色という視覚内錯覚のせいか。


 理由は良い。こんなにもピスタチオの名を冠したものが簡単に手に入る世の中は今だけかもしれない。ピスタチオといえばパティスリーにおいて堂々とチョコレートと組み合わされ、ラズベリーのムースと隣り合っても遜色なく、はたまた単独でマカロンになっていたりすると無闇やたらと乙女心を刺激する物体ではないか。なにこの天然たらしっぷり。

 しかし、並んでいる商品そのままではあまり魅力を感じない。


「ピスタチオ・アイス」

 食べてみたいが、勉強中のお供としてはゆっくり食べれず劣等生である。

「ピスタチオ・チョコレート」

 美味しさは想像に難くないのだが、一粒の熱量というものが女子には辛い。

「ピスタチオ・ビスケット」

 うう、ぼそぼそするので夏には……


 頭の中でパティスリーのショーケースとセットになったピスタチオのイデア恐るべし。このイデオロギーがどう刷り込まれたのか分からないがピスタチオの存在論はどうしても高級菓子なしには語れない。端的にいえば、ピスタチオのデザートが食べたいのである。


「ピスタチオ・ビスケット」


 そうでなくてピスタチオ風味の夏のケーキとか……。


「あ」


 嘉穂は十二枚入りピスタチオ・ビスケットの箱を買い物籠に投げ入れた。値段が百円台なのを確認して。


 ***


 パッケージの写真のビスケットは砕き易そうなショートブレッドタイプ。家にはチーズとヨーグルトがある。ならばもう次の手は決まりである。

 二枚入りのピスタチオを個包装袋の上から砕き砕きボールへ。三枚、四枚、うん、五枚程度で足りそう。夏の日差しで乾いた砂に水を入れるがごとく牛乳を投入。柔らか過ぎず硬過ぎず、さらにビスケットを潰しながらボロボロになれば完了。

 このまま容器に敷き詰めても良いが、以前、失敗したのだ。水分が多過ぎて食感は悲しく、液体の生地とは仲良くなってしまったことを。

 ケーキ用クッキングシートに長方形に伸ばし、オーブントースターを強にして焼くこと四分。チーンと軽快な音をした時点ではまだふにゃふにゃ。粗熱が取れたら冷凍庫、しばらく寝ていてください。


 じゃ、その間に中身を作りましょうか。


 クリームチーズとヨーグルトは同量。砂糖は控えめ、逆に塩を入れて甘みを強く引き出し、夏には欠かせないレモンを多めに。プロのレシピならここで生クリームだが、コロナ禍運動不足の嘉穂には痛い。こってり濃厚よりさっぱり濃厚が重要である。身体的にも重要である。というわけで無視。なんのために土台のビスケットにバターを使わなかったと思っているのだ。ビスケット・ボトムの最大の敵はバターである。ただでさえダイエットの敵のビスケットにバターを足したらその威力たるやデューク・ウェリントンでも敵うか分からない。

 しかもこのタッグは、使えば使うほどにプライスも仲良く斜め直線でエネルギーとともに上がっていくのである。ご遠慮いただきたい。


 チーズが柔らかくなれば、ゼラチンを投下。そう、生クリームの代わりがここで登場。元は同じだ牛乳。この生クリームの親戚を温めゼラチンを溶かす。この段階が重要。ミルクの中でしっかり溶ければ、同じく親戚のヨーグルトチーズクリームともよく溶け合う。ゼラチンの薄明るい糸がミルクの中で見えなくなったら、大きなボールにイン。全体にとろみをつけて、完成も間近。



 ここでちょっと睡眠中の生地を確認。よしよし、冷えてもう立派なボトム。やはり基礎がしっかりしているというのは何事においても重要。


 ——これだけでもミルフィーユとかにしたら美味しそう……。


 いやいや! ここで負けてはいけない! が、ミルフィーユ? それはいいアイディア!

 昨日作っておいたカスタードが残っていたのだ。早く使ってしまわないと悪くなる。


 しっかり固まった土台をステンレスのパウンド型へクッキングシートごとイン。その上にスプーンでカスタードを平らに平らに。さらにその上にクリームを流し込み……

 あとは固まるまで冷蔵庫! 洗い物もボールとスプーンだけという、なんとも素敵な作業工程。


「でーきたっ!」


 固まった真っ白な面にナイフを入れて切り分ければ、乳白色と薄黄色と緑の美しき層。

 うんうん、やっぱり直方体スイーツって層が見えるといいと思うのよ。建築だってピラミッドだって絶壁だって層が見えるからいいじゃない。

 そしてピスタチオには、どうしてもお洒落さが必要だと思うのよ。


 五百円せずしてパウンド型一つ分のピスタチオ・スイーツ。パティスリー嘉穂、本日も営業中。レアチーズですから冷凍保存も承っております。


 あ、ミントの葉っぱ忘れた。これは、今日の課題案件。



 *完成品はこちらになります。カスタードは日持ちが悪いので、本当なら当日に作りましょう。

 https://kakuyomu.jp/users/Mican-Sakura/news/16816700425988591886#commentSection


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美味しければいいってもんじゃない 佐倉奈津(蜜柑桜) @Mican-Sakura

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