4.物語の終わり

「『約束は守らないといけない』、それが口癖だったかな、王様」


 最後のクエスト『KHM???』。それに一人で挑戦する。敵を引きつける揺動役もパーティの最後の一線を護る回復役も――背中を守ってくれる彼女も。味方なんて誰もいない。もうどこにもいない。


 普通に考えれば、バランスを考えて構成された、精鋭だけを集めたパーティでさえクリアすることができなかったクエストだ。一人で挑戦するなんて、無謀以外の何者でもない。


 誰が言っていただろうか、『広間を埋め尽くす程の巨体で、一度腕を振るうだけで全員吹き飛ばされた』というのは。


 けれども――広間を埋めつくすほどの巨体なんて、どこにも存在しない。

 最後のクエストのボス――魔王だなんて存在は無い。


 ――既に、


「玉座におわしますは、カエルの王様」


 ――KHM1、『カエルの王様、あるいは鉄のハインリヒ』。


 約束を破ったお姫様が、カエルの王様に付きまとわれる物語だ。『約束を守ってください』と城にまで上がり込む。『決して逃げられない』という象徴でもある物語だった。 


「――残念ながら、王子に戻ることはできないけどね」


 玉座にいたのは、手のひらサイズのヒキガエル。


 ……仕方がないじゃないか。

 僕が見たことのある蛙というと、これぐらいしかなかったのだから。


 この世界は、いまや。魔王が攻略不可能だなんて認識、


「なんてことはない。こんなもの、踏み潰して終わりさ」


 最後の一人になるまでは、絶対に来れなかった。


『もし、まだ共通認識が塗りつぶせておらず、攻略不可能のままだったら?』そんなことを考えた瞬間に、この挑戦は失敗に終わってしまうから。『最後の一人になれば、必ずそうなる』と、信じ続ける必要があった。


 ゆっくりとゆっくりと、玉座から跳ね降りたカエルに近づいていく。敵対心の欠片もない、ただの小動物。これが今まで全プレイヤーに恐れられていたものの正体。


「貴方はいったい、いつからその姿になっていたんだろうか」


 それに足を乗せ、地面に押し付けていく。身動きが取れないことに気が付いた時にはもう遅い。そのまま体重を一気にかけると――


「僕はいったい……どこで殺すのを止めても良かったんだろうか」


 ゴム毬が潰れるような、そんな感触がした。


 ――呆気ない、実に呆気ない終わり方だった。






 一ヶ月もの間ゲームの中に意識を閉じ込められていた、というのは相当な負荷だったらしく。自分が起きたのは他の人が目覚めてから一週間後だというのを、その病院の医者から伝えられた。


 地獄が始まったあの日、管理用のAIが運営の手を離れて暴走していたというのはニュースで知ったこと。騒動に巻き込まれたプレイヤーたちは、端末ごと直ちに病院に収容され、目を覚ますまでの世話をされていたらしい。


 他のプレイヤー、つまり彼女――ターリアだった僕の彼女も病院に収容されていた。今まさに、病室のドアを開けて飛び込んできた。


「よかった……! 私も、他のプレイヤーも目が覚めたって、ニュースで流れてたのに、拓海だけ目が覚めないから――」


 少しだけ伸びた髪以外は何一つ変わらない、大好きな彼女の顔がそこにあった。


「亜紀……」


 君の顔を見ることができなかった数週間、どれだけ辛かったことか。

 君に二度と会えなくなると、どれだけの恐怖を抱えて戦い続けたことか。


 言いたいことは沢山あったけれど、言葉に詰まってしまう。

 彼女は――ぼろぼろと、涙を溢していた。


「あぁ――」


 あぁ、泣かないで欲しい。

 どうか、泣かないで。


 僕に……約束を破らせないで。


『涙を流さなくても済むような、そんな未来を約束する』


 そう約束したのに。そう信じてもらったのに。

 僕はまた一つ、嘘を吐いてしまった。


 お願いだ。もう一度、約束をしなおそう。


「今度は絶対に破らない……永遠の誓いを立てよう」


 たった一人の――ホラ吹きハーメルンの物語は終わったのだから。





(了)

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