約束
天崎 剣
約束
「てっちゃん、絵、上手いね」
机に広げた自由帳を覗き込む影に、俺は慌てて身体を自由帳の上に覆い被らせた。
「べ、別に上手くないし」
顔から火が出そうなのを我慢して、俺はそいつに見られないよう、ゆっくりと自由帳を畳んだ。
「上手いよ。それに、凄く好きな絵柄。てっちゃん、将来は漫画家になれそうだね」
屈託無い笑顔でそんなことを言われ、俺はますます恥ずかしくなる。
「無理だよ。俺、話考えるの苦手だもん。絵が上手いのと、漫画が描けるのはイコールじゃないんだって」
短い休み時間に描き溜めた絵を褒められたのは嬉しかったが、恥ずかしさには負ける。俺は何ともないフリをして、席から立ち上がった。
「いいなぁ。僕、話は作れるけど、絵は描けないから」
その場から立ち去ろうとする俺の足を、元のそんな言葉が止めた。
元は、小説を書いていた。
大学ノートにびっしり、細かい字で綴られたそれは、子どもが考えたとは思えないくらい面白かった。天使や悪魔が出てきたり、騎士や姫、王国がどうのという、王道ファンタジー。趣味は古いファンタジー小説を読みあさることだと言っていた元の趣味が存分に出ていた。
「上手いなぁ。これ、本当に元が書いたの」
「うん。好きなんだ。こういうの」
元は顔を赤らめて誇らしげに言う。
「誰にも見せたことなかったけど、てっちゃんならわかってくれそうだと思って。見せて良かった」
教室の隅、俺たちはカーテンに隠れるようにして互いのノートを見せ合った。
俺の絵を見ていた元も、興奮気味に気に入った箇所を教えてくれる。
「モンスターデザイン、凄く良い。こういうのって、どうやったら考えられるの? 種類も沢山あるし、どれも同じじゃない。人間の絵も描ける?」
「あ、ああ。えっと、ここのページかな」
「――凄い……! てっちゃん、やっぱり上手いよ。女の子も、こんなに可愛く描けるんだ。僕の思った通り。ねぇ、てっちゃん、僕の考えた話を漫画にしてよ!」
小学校6年のある日、俺と元はそんな会話をして、以来3年間二人の奇妙な関係が続いた。
元が原作、俺が作画。二人で一つの漫画を描くのだ。
俺の名前と元の名前から一文字ずつ取って、“元木鉄太郎”って厳ついペンネームで少年誌に漫画を投稿する。
最初は道具すらよくわからなくて、紙もペンも、画材屋で聞きながら揃えた。コマ割りや見せ方だって、見よう見まねだった。自由帳とは違う、原稿用紙の広さと白さに圧倒された。16枚程度の短編が難しくて、どうやって枚数を埋めたらいいか、二人でページ割りを相談した。
「プロを目指そう」というのが、二人の合言葉だった。
有名な漫画家は高校生あたりでデビューしてるし、若さがなければ作れない話もたくさんあると信じていた。
けど、せっかく送っても何の反応もなくて、またダメか、またダメかの繰り返し。それでも描くたびに上手くなっている気がして、俺たちは漫画にどんどんのめり込んでいった。
親や先生たちはいい加減にしろと呆れていたが、俺たちは一切耳を貸さなかった。
3ヶ月に一度の投稿ペースも乱したくなかった。
絵の描けない元も、枠線を引いたりトーンを貼ったりしてくれた。絵もシナリオも全部アナログ。学校か終わってから互いの家を行き来しての作業がとても楽しくて、無我夢中になって。
そうやって何作目かを投稿した秋の日、俺たちは突然、楽しかった日々にピリオドを打たねばならなくなった。
親の転勤が決まった。
県外に行かなければならない。
咄嗟に、元との別れが頭をよぎった。
「手紙でやり取りする? それで打ち合わせ出来る?」
元の目には涙が浮かんでいた。
背ばかり高くなって、相変わらずひょろひょろの元は、誰かが支えてやらなきゃ倒れてしまいそうだった。
「わ……からない。手紙と電話で打ち合わせてやれるなら、今までもそうしてただろうし」
隣に元が居て、初めて描ける漫画だった。
「“元木鉄太郎”は解散だな」
俺が言うと、元は悔しそうに首を横に振った。
絵は続けた。
いつかプロになって、あのペンネームを使う。それが元との、言葉のない約束だと信じた。
漫画は諦めた。俺には物語が紡げなかったからだ。
いつしかパソコンが普及し、スマホが普及し、誰でも作品をネット公開できる時代になっていた。
社会人になった俺は、未だ細々とネットの片隅で絵を描き続けている。本名の一部を取って“鉄太郎”って名で。元との無言の約束をいつか果たしたら、苗字を足そうと。
電車を待つホームで、俺はスマホ片手に、ふと昔のことを思い出した。
連絡先もわからないかつての相棒とのことを。
軽い気持ちで昔のペンネームを検索ボックスに入力する。
≪元木鉄太郎 小説≫
検索結果が表示された。
画面が涙で滲んだ。
俺たちの夢は、遠い空の下でちゃんと――繋がっていた。
<終わり>
約束 天崎 剣 @amasaki_ken
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます