ゆりのようなもの

あきはる

海の上でふたりきり



青春のようなことをした


冬だけど


海が見たいと言いだしたのは彼女で

自分は誘われるまま、助手席でうとうとしていたら

さむくて誰もいない海岸に着いていた


あくせくと生活しているところから

2時間とちょっとクルマを走らせれば

海にたどりつくことが新鮮だった


空はあいにくの灰色だけど

見渡すかぎり、どこまでも海で

世界ってのは、ほんとうに広いんだ

大自然すげぇと感動してみる



歩きにくい砂浜をしばらくすすんで

海に突きだした防波堤の先端へ


風の強くて寒い中

釣りをやろうという人間もいないらしく

海の中にふたりで立っている気分になった


波は絶えず打ち寄せていてざぶんざぶんといっている


ひときわ大きな波がぶつかって飛沫しぶきがかかる


びっくりした彼女はわたしにしがみついてきた

急なことでわたしは、彼女とともにひっくり返ってしまう


そのはずみで外していた手袋が片方

右手が海へと落ちていく


拾いあげるのは無理そうだった



尻餅しりもちをつきながら、落ちちゃったね

うん、落ちた と意味のない確認をする


ふたりで立ち上がるでなく

もみくちゃにされているのを見ていた


ふわふわの手袋は水にひたされてじわじわとむしばまれて

やがて、海の底に沈んでいくのだろう


倒れた拍子にはだけたであろう

みだれた彼女のスカートのすそに気づいて、それを無言で直す


はしたないから

男の人に見られたら、嫌だろうなって


いや、見せたくないから?


誰に?


目の前には海しかなくって

わたしと彼女しかいなかったけれど

それでもちゃんとしているべきだと思ったのだ


彼女は防波堤のつめたいコンクリの上

わたしの横にきちんと座り直して


自分の左の手袋をはずして、わたしの冷たい右手を握り

大きめのコートのポッケに突っ込む


彼女の手は熱っぽくちょっと湿っていて柔らかい



気づいたら、手袋はどこかに流され

海の真ん中にふたりだけで座っていた



彼女はぽつりぽつりと話しだす


彼女の失恋で不倫

やめときなよ、とは言っておいたけど


それでも、やめれなくて

終わったんだろう


ひとしきり話し終わったあとに

ずっと一緒にいようね、と言われる



わたしの一緒にいたいと

彼女の一緒にいたいは違うものなんだよな


だから、すこし困るし

かなりさみしい



そのあとに彼女は声もなく泣き出す


ああ、綺麗だなと思う


彼女の泣き顔は本当に美しいのだ


本当なら

わたしが、ずっといじめて泣かせていたいのだけど


彼女を痛めつけて泣かせるのは

だいたいが顔も知らない男たちで


ただ、わたしはその泣き顔を見るだけ


しばらく堪能たんのうしたあとに、やさしい言葉をかけよう


また、彼女に会いたいから

泣いている彼女が見たいから


願わずにはいられない

彼女がずっと不幸でありますように、と


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ゆりのようなもの あきはる @03114

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