八剣士【戦】

後編

男は驚くほど艶やかな微笑みを浮かべた。

「花などに気を取られるとは愚の骨頂。お前は阿呆だな」

大八は男の顔を真っ直ぐ見上げ、静かに云った。

「一輪の花にも命は宿る。無下にそれを断ち切る事こそ愚の骨頂」

「なに!」

男は恐ろしい形相で大八を睨み付けると、握った鎌の柄に力を込めた。

皮膚が破れ鮮血が流れる。

「おい、坊主。

 俺に懇願してはどうだ。助けてくれと。無様に泣きわめけ」

今まで手に掛けてきたものは皆そうだった。

女、子供ばかりではない…

虚勢を張った男共も最後には跪き、泣きながら命乞いをした。

偉そうな事を言っても、人は脆いもの。

そう信じていた…しかし目の前に横たわる男は違っていた。

怯える様子もなく、穏やかな瞳で男を見つめ、心の琴線に触れるように

優しく語り掛けてくる。

「殺め、奪い、我欲を満たしても心の渇きは潤せぬ。

 おぬし虚しくはないのか?」

「俺は…」

男に手を差し伸べてくれる者など、誰一人いなかった。

男が最初に手に掛けたのは自らの二親だった。

自分の身を護るため殺め奪う。

それ以外に生きる術を知らぬ…これまでも、これからも…

「私と共に行こう」

大八は屈託ない笑顔を浮かべた。

男は狼狽する。人に笑い掛けてもらう事など終ぞなかった。

「…何処へ行く?」

「八つの言霊を持つ者たち…仲間を探しに。

 乱世を共に駆け抜ける仲間を探しに行くのだ」

「仲間…」

鸚鵡返しに呟くと、その響きが微温湯ぬるまゆのように男の心に沁み込んだ。

ひじり

「は?」

「俺の名は聖だ」

聖は鎌を腰帯に差すと、手を差し出し大八の身体を引き起こした。

かたじけない、聖」

立ち上がった大八は袈裟についた埃を払い落した。

「…大八、ひとつ問うてもよいか?」

「何だ?」

聖の白い指先が真っ直ぐに大八の頬を差す。

「その彫り物はどういう意味だ」

「あぁ…」

大八は眉尻を下げ、ぽりぽりと左頬を掻いた。

「これは彫り物などではない。生まれつき頬に浮き出ていた“痣”のようなものだ」

聖は目を見開いた。

腕を伸ばし、そっと【戦】の文字に触れた。

「お…おい」

「辛くは…」

「えっ?」

「辛くはなかったのか」

頬に浮かんだ不吉な痣。

自分の左眼同様、奇異な目で見られはしなかったのだろうか。

「それは、まぁ…色々あったが、この痣は御仏が私に与えてくれた

 試練だと思うている。」

「試練?」

大八が力強く頷く。

聖は左眼に手を当て

「俺の眼も試練なのか?」

と呟く。

「…俺は試練を乗り越えられるのだろうか?」

大八の手が聖の肩に乗せられた。

「私がいる。そして、まだ見ぬ仲間が。さあ、参ろう」


遠ざかる二人の男の後姿を竜胆だけが静かに見送っていた。

旅はまだ始まったばかりだ…


             終


竜胆の花言葉:あなたの悲しみに寄り添う

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八剣士【戦】 一ノ瀬 愛結 @akimama7

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