八剣士【戦】

一ノ瀬 愛結

前編

時は戦国。

混沌ざわめく徒花の世。

これは後に【八剣士】と呼ばれる者たちの

出会いの物語である。

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男は荒れ地に佇んでいた。

右手には鈍い光を放つ鎖鎌。

左手には未だ鮮血滴る男の生首をぶら下げて・・

腥風せいふうが枯れすすきをカラカラと揺すり

男の前髪を悪戯に乱してゆく。

白皙にして端正な顔立ち。

しかし、その左眼は見るものを瞬時に凍り付かせた。

鉄錆色の虹彩は右のそれに比べ、半分ほどの大きさしかない。

しかし、その陰鬱な輝きは右の眼にも勝っていた。

血に飢えた獣。

そんな比喩がぴたりと当てはまる。

不意に男の眉が動いた。

風の中に微かに混じる笛の

緩慢な動きでくるりと首を巡らすと、半町ほど先の

朽木の傍らに虚無僧姿の男が立っていた。

笛だと思ったのはその男が吹く尺八の音色だった。

目深に被った網代笠に隠れ、表情は窺い知れぬが

まだ年若い男のように見受けられる。

男は手にした生首を無造作に投げ捨てると、鎖の端を

左手で手繰った。

虚無僧は歌口から唇を離すと、腰から下げた袋に

尺八を収めた。

「おぬしが“八重ノ原の人狼”か?」

――八重ノ原の人狼―――

里の者が男の姿に脅え名付けた二つ名だ。

男の喉がくっと鳴る。

【人】と思うてくれるだけ、赤の他人の方が余程いい。

男の耳奥に狂ったような女の叫び声が蘇る。

『化け物じゃ。彼奴きゃつは魔物の子じゃ』

母親に優しい言葉を掛けてもらった記憶はない。

いつも穢れたものを見るような目を男に向けていた。

「拙僧は大八と申す。おぬしの名は?」

男はとうとう堪え切れずに笑い声をあげた。

鋭い犬歯がちらりと覗く。

「知らぬ。そんなものは疾うに捨てたわ」

良く響く低い声。

「お前は何をしに此処へ来た?俺に喰われにか?」

紅い舌が薄い唇を舐める。

人を殺め、奪い、生きながらえてきた。

これが俺の生業だ。

「おぬしをいざなう為に来た。私と共に行かぬか」

虚無僧――大八が静かに告げる。

その瞬間、男の奇眼がギラリと光った。

「領主の狗め!」

「違う!私は―――」

「問答無用」

風を切るように駆けだすと地を蹴り上げ、大八の頭上に

鎌を振り下ろす。

大八は寸前で横跳びに身体を捻り、鋭い一太刀を避けた。

はずみで網代笠が宙に舞う。

露になった大八の顔を見た男の動きが一瞬止まる。

「それは…」

その左の頬には大きく【戦】と描かれていた。

「はっ、とんだ生臭坊主だな」

大八は落ちた網代笠を素早く拾い、男に投げつけた。

男が軽く首を振り笠を避ける間に、懐から白刃を取り出す。

護身用にしては見事な拵の鞘巻刀さやまきかたなだ。

大八は刀を逆手に構えた。

男はにやりと嗤うと一気に踏み込む。

刃と刃が交わる甲高い金属音が辺りに響き渡った。

お互い後ろに飛び退り、態勢を整えると再び斬り結ぶ。

激しい気迫のぶつかり合い。どちらも退かぬ互角の攻防が続く。

何度目かの対峙の後、間合いを取った男は左手で鎖の中程を握り

大きく一回転させると大八目掛けて投げ放った。

鎖の先端に付けられた分銅が、鞘巻刀を弾き飛ばし蛇のように

大八の右手首に絡みつく。

「くっ…」

慌てて解き外そうとするも、絡んだ鎖は分銅の自重で

尚も手首を締めあげてくる。

男は身体を宙に舞わせ上段から大きく振りかぶった。

大八は鎖を掴み、横に強く張って鎌の切っ先をかわすと

間髪入れずそれを引いた。

反動で男の細身が前のめりに傾く。

相手の懐に飛び込もうとした大八は、右脚を宙で止めた。

踏み降ろす先に、一輪の竜胆の姿を認めたからだ。

その一瞬の隙を男は見逃さなかった。

素早く身体を傾がせ、伸ばした右脚で地に残る大八の

左脚を横に払う。

支えを失った身体は土煙を上げ、真後ろに倒れた。

鈍く光る刃先が大八の喉元に突き当てられた。


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