三章 ドラゴンスレイヤー②

 柴井エリノアは歴戦の猛者である。

 実年齢は、外見とはまったく違うためシークレット扱い。


 故にこの戦いの行く末も見えていた。


 例え核を使われようとも、生き延びる算段はあった。

 なにしろ、こんなところで終われるわけではない身なのだ。

 予想通り、敵は強く、時間切れは明白だった。

 倒す手段はあったが、現状では無理なのもわかっていた。


 すべては想定内。

 あとはタイミングを見計らって、二人の仲間だけでも連れて脱出と考えていた。


 しかし。


 時塚翔征だけは想定から外れていく。

 あきらかに異質であり、いくつか想定されていた倒す手段の一つでもあったが、彼の行動や言動は、エリノアの思惑を簡単に破り去った。

 初手を誤るのは想定内だったが、その後がおかしい。


 思念を読み取り、想念を送り込む念話にて、翔征の行動は追っていたが途中からノイズが発生しはじめた。同時に誰か別のなにかと会話すらしている感触があった。

 そして翔征の一撃が決まり、轟く怒声。

 黒き転移門の出現に、核爆発。


「結果が、これか」


 多重結界を張った上で、転移門に飲み込まれたエリノアは、数秒の落下を味わったあと石畳の上に着地した。

 広がる景色は、今までいた場所とはまったく違う。


 穏やかな日差し。


 軽くやわらかい風には、肉が焼ける食欲をそそる香りが含まれている。

 行き交う人々で賑わう、どこかの街の広場にいたる通り。

 市場の乱雑感に似た、人込みと露店。

 特徴的な白亜の壁に彩られた外観であり、どこかの街の広場にいたる通り。

 欧風であるのは変わりない。


 ただ何かが違う。


 人種は白人が半数、残りは日に焼けたかのような褐色が多く、どちらも掘りが深い。服装はだぶついた感のある麻のような布が主体。そして男女問わず、それがファッションなのか、それとも必然なのかまではわからないが、色とりどりの結晶体、クリスタルを一つは身に着けている。


 そういう、ことか。


 エリノアには経験がある。

 次元を渡った経験が。


 異世界というものを知り、数十年と暮らし、生き抜いた記憶が。

 その状況と似ていた。

 違和感を覚える情景、人の形。

 前は額に白い角が生えている世界だった。

 今回はそれがクリスタルに変わっている。


 ここは元居た世界ではない。

 行きついた先は?

 心当たりはあるが、答えは空から降ってきた。


 突如として陰った。


 見上げると、黒き鱗がうねりながら視界を覆いつくそうとしていた。


 落ちてくる。


 あの巨竜が。


 理解と同時にエリノアは黒竜に向かって跳んだ。

 結界か、念動か、別の力か。

 今の限界を冷静に判断し、エリノアはできうる限りの選択を行う。


「守れよ」


 迫る黒竜の胴体目掛け右掌底を放つ。

 発現する淡いブルーの光が半透明な硬質ガラスのように固まり、一気に街を覆っていく。

 

 エルダリア世界式・光術積層防壁。


 第二属性を開放し、黒い巨体を支えるバリアを張り巡らせる。

 しかし黒竜の全体重がかかると、ガラスが擦り切れるような甲高い軋みが響き渡った。


 もって数分か。


 元々強力でもない防壁であり、別の世界で手に入れた能力だ。完璧には使いこなせていない。


 殺るか、それとも。


 一瞬迷うも、エリノアはもう一つの答えを感知した。

『任せる、時塚翔征』


 ◇◇◇


 落ちる感覚と共に視界が開けた瞬間、翔征は状況を一気に理解した。


 敵が真下にいる。


 あの時と同じ。まだ続いている。

 倒すには。殺すには。


 殲滅しかない。


「細切れにしてやる」


 意思を言葉にし、明確なイメージが完成する。

 おもむろに左手が黒い霧に包まれ、翔征が引き抜く。


 握られていたのは太刀。

 陽光に煌めく、最上霊刀。

 残り四本のうち、最高の業物を引き抜いていた。


 こいつでならば。


 刃を一瞥し、目標を見据える。

 竜の巨体が落下していくなか、淡いブルーの幕が急速に街を覆うように広がっていき、衝突と同時に甲高い軋みが響く。

 刹那の停止。


 チャンス。


 しな垂れていくような巨体上に、翔征は幾重もの線を思い描く。

 ありったけの。

 斬撃線のイメージを。

 太刀を上段に構え、想念の斬撃を完成させる。


「すべて、消えろ」


 振り下ろされた一撃は空を斬る。

 何事もない一拍のあと。

 黒竜の巨体は血しぶきを上げながら、一気に崩れていく。

 想定通り。

 想念破弾と呼ばれた技ができるのであれば、斬撃も可能だと理解ができていた。

 だが、その後までは想定していなかった。


「え?」


 目の前に広がる光景に、翔征の思考が止まる。

 淡い障壁により多量の鮮血が広がり、しぶきは落下中の翔征にも降りかかろうとしていた。

 真っ赤に染まる。

 寸前でしぶきは淡い障壁に阻まれ、落下が止まった。しかし頭が下を向いたままの姿勢での硬直に、翔征は眉をしかめた。


「詰めが甘いな」


 降り注ぐ声は聞き覚えがある。

 傍らに浮かぶ黒衣の麗人を一瞥し、


「よくやったほうだと、思いますよ」


「そうだな。この短時間での成果としては上出来、以上だ」


 意外に素直だ。


「ですよね」


「世が世ならば、ドラゴンスレイヤーであったが、惜しいな。あと覚えておけ。あのクラスならば、鮮血には呪いが伴う」


 いや、知らないし。


「初耳ですが」


「だろうな。これからは必要になるからな」


「倫敦では?」


「死地で必要とは思えん」


「……ですか。それより、そろそろ頭に血が」


「飛べると、思っていたのでね」


 飛ぶ、ね。


 できるだろうが、今すぐ、とは行きそうにない。

 そもそもが、まだ、何も知らないのだから。


「柴井さん、ちょっと提案があります」


 視界がゆっくりと反転していくなか、腕を組んで仁王立ちするエリノアを伺う。


 様になってるな。さすがに。


 青空をバックに空中で仁王立ちする、一般的には異常な姿も似合いすぎている。肩まである黄金のストレートヘアーが緩やかに揺れ、笑み一つない口元や蒼い瞳が合わさり、神々しさすら感じはじめる。

 神か天使か、それとも悪魔か。

 決めかねる翔征に、眉一つ動かさずエリノアが促す。


「奇遇だな。しかし譲ろう」


「そりゃどうも」


「で、なんだ」


「ちょっと話し合いませんか。あまりにも情報が足りない」


「同感だ。特に時塚翔征、君の事情には興味がある」


「それはわかりますが、俺は今、この状況が飲み込めてないんですが」


「よく言う。まずは等価交換だ」


 言い切った彼女の口元は、翔征にとって妙に悩ましいものだった。

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