三章 ドラゴンスレイヤー①

第三章 ドラゴンスレイヤー


 アノ方の目覚めは近い。

 アノ方はまた闘いに身を置く、ようだ。

 アノ方は懲りない。

 アノ方は阿呆ではないか。

 アノ方は馬鹿なのだよ。

 アノ方は呪われているから。

 アノ方の平穏は持たないものだ。

 アノ方が闘うのならば。

 アノ方へ恩義が。

 アノ方を慕う我が。

 アノ方は誰にも捕らえられぬ。

 アノ方がいる場所へ。

 アノ方に付き合う我々も阿呆よ。

 アノ方は永遠の闘う者だから。

 アノ方が御座す場は。

 アノ方、アノカタ、アノカタを求め。

 我々はアノカタのもとへ。


 ◇◇◇


 バレていた。

 

 第六感的に危機感が湧いた瞬間。

 エリノアがハンドルから右手を離し、手首が黒い靄に包まれ、それは訪れた。

 

 まだ距離はあった。

 

 倫敦市街に入る手前。

 テムズ川すら渡れていない。

 しかし来た。

 

 左斜めから、白い構造物が眩い光を放ち、掻き消えていく。

 その光は、翔征らを的確に捉えていた。

 ふわりと、シートから身体がゆっくり離れる、ように思えた。

 

 光に包まれて。

 

 半幽体のリムジンがゆっくりと右へ傾いていく。

 先制必勝の一撃、やられた。このボクが。このオレが。このワタシが。

 幾多の自分と一瞬、重なる。

 焦燥感と屈辱と猛々しい怒り。

 それらに惑う暇も、状況は許してくれなかった。

 

 激しく横転するリムジン。

 

 半壊程度で済んでいるのは半幽体だったからではなく、直撃ではなかったからだ。寸前のところで結界が張られたのだ。多重結界珠、六セットのうち一つが消化されたことになる。


「散開」


 ひっくり返って停止した直後、短い指示が飛ぶ。

 二人がドアを蹴破って脱出するのを見て、翔征もまた左ドアを蹴破る。昔なら考えられないが、今の状態では容易く破壊できる。

 車から這い出て、膝に力を籠めながら翔征は見た。

 見えるすべてが瓦礫と化し、広大な平野となっていた。

 こうなるわけか。

 予想はしていたが、予想を上回る壊滅状態。

 そして。


 いた。


 こちらを見ている、黒い巨体。

 天を突くほどの高さを持つそれが、鎌首をもたげたまま、うねり、近づいてくる。

 逃げるべきだ。

 そのための跳躍だ。

 麻痺していた理性が常識的な選択肢を訴えてくる。

 だが。

 それで。


「生き残れはしない」


 道ずれとなった二人も。


「守れはしない」


 何のためにここまで来たか。

 流されて?

 わかっていたから?

 使命だから?

 力を試したいから?


「どれも正しい、か」


 やるしかない。

 勝つしかない。

 敵は。


「俺よりも弱い」


 言い切り、睨み、翔征は溜めた力を開放して駆け始める。

 どこかで。

 二人の静止する声が聞こえた気がした。

 しかし無視し、翔征は巨大な竜へ突貫していく。

 竜から見れば人間一人を潰すことなど、人が蟻を踏み潰す行為に等しい。

 明らかに無理がある。

 それでも翔征のスピードは落ちるどころか、加速していく。

 人外のスピードへと。


 驚異的な肉体強化が起こり始めていた。

 相手よりも強くなる、絶対強者の効果によってさらに増していく。


 だが。


 それでも人という器上のものだった。

 漆黒の巨竜が一撃を放つ、その異常性には到底追いついていなかった。

 あのリムジンを吹き飛ばした光の奔流が、竜の咆哮となって輝き、意識したときには身体の周りに光が満ち、走ることすら出来なくなっていた。

 これほどまでに。

 簡単にやられるとは。


「しっかりして」


 短い叱咤と共に美智留が眼前に現れ、淡い灰色のスクリーンが張られた。

 多重結界珠の使用だ。

 残り四個か。

 浮いた身体が瓦礫を踏みしめる。


『陽動を行う』


 脳裏に短い報告がエリノアから上がる。


「私も続く、だから翔征」


 乱れる白く艶やかな髪を抑えながら、美智留は微笑んだ。


「あいつに一撃を。お願いいたします」


 光の奔流が消えていく。

 同時に灰色のスクリーンも消えていく。

 目の前にいた白髪の少女は、赤い結界を纏って姿を消した。


『珠はためらわず使え』


 指令と共に青い光が右上空を駆けていく。反対側を赤い光が駆ける。エリノアと美智留が本気で、能力全開にして竜へ挑んでいく。

 しかしすべては陽動であり、隙を作るだけであり、致命傷にもならない。

 竜の攻撃がはじまれば、二人は簡単に殺されるだろう。

 一撃を。

 ただそれだけのために。

 意地の、一撃を。


「俺に、できるのか」


 近づくことすら出来てない現状で。

 できるのか。


『だからできますって』


 声が聞こえた途端、すべての動きが停止した。

 時間が止まっているかのように。

 自らの身体すら動かすことができないまま、静止した空間に一人、翔征は取り残されていた。


『ようやくつながりました。一番乗りできてよかったです。でも結局、到達できませんでしたけど』


 直接、聞こえてくる感覚。

 同じように話そうとするも、出来ずに口に意識がいく。


「キミは味方か」


 口は動かなかったが、声は出た。

 実際には出ていないのだろうが、すぐに回答は来た。


『うわ、そう来ますか。わかっていたけど、辛いわ』


 弾んでいたような声色が、若干テンションが下がっていく。

 それが違和感だった。


「キミは、違うな」


『アハハハ、やっぱバレるのね。まぁ仕方ないか。割り込んだのは確かだしね』


「そしてキミが、止めたのか。世界を」


『少しだけ、世界をずらしただけ。そこへショウを引きずり込んだだけよ』


「なら、この戦いは」


『大丈夫。まだこの子たちは死んでいない。時間の問題だけど』


 力の差は歴然を、再度認められたというわけだ。


『はーん。属性攻撃? ふふん、アイテムで強化しての五大属性アタックか。こっちは凍結が強くて、あっちが爆炎と。良いコンビだけど、ランクが段チなのよね。かすり傷ぐらいじゃない、これなら』


「わかるのか」


『元相棒なのにぃ。ま、これはこれで新鮮だけど。昔みたいで』


「キミは、名はなんだ?」


『仕方ない。あなたがつけてくれた名前だけど、あなたの脳に刻み込んであげるわ。我は英雄、グレイン・ディエスレス・ショウのパートナーであり、永遠を誓い合った超万能生体宇宙戦艦メトロアの有機生命体ナビゲーターのフィア・レベナリアスです! フィアでよろしく!』


 長い詠唱のようであり、いろいろと問いただす必要性に駆られる自己紹介であったが、翔征は先を急いだ。


「フィア、俺は奴を倒せるのか」


『すべて無視かい! ま、いつものこと。んじゃお教えいたしましょう。我が君、あなたは奴を倒せる。あなたほどの強固な意志を持つ者は、決していないのだから』


「意思」


『イメージする力、すべてが思うままの力、あなたは唯一無二の存在。故にあらゆる世界に求められる、稀有な漢』


「俺の力は、相対する者よりも強くなる、程度だったが」


『それは、単なるこの世界のスペック、あなたという固有ユニットに備わっている補助的なものです』


 別の力を出せ、ということか。


「どうしろと」


『思い描くのです。それが意思。早くその力を開放しないと、原始的だけど熱い、核ミサイルが来ますよ』


 時間がない。

 やったことのないことを。

 今すぐ実行する必要がある。


「ヒントぐらいくれ」


『意思ですよ。殴るときと同じです』


「殴る?」


『ええ、それはまさしく神の御業の如く』


 思い、だけなのか。

 イメージ、だけなのか。

 できるのか?

 そんなに明確なイメージができるとでも。


「わからん。だが、やればできる。そういうことだな」


『ええ。大丈夫。できる限り、サポートします』


「さすが元相棒」


『今もです! 行きますよ!』


 軽やかな声に怒鳴られ、身体の硬直感が無くなる。

 世界に戻ってきた。

 二人の軌道が見える。

 それぞれに五つの輝きが重なっていく。五属性、リングかブレスレットか、もしくはすべてを使っての最大攻撃だろう。


 あの陽動、無駄にはしない。


 イメージなんて。

 殴るときと同じ。

 殴る、イメージ。

 右拳を作り、左の掌底を竜に突き出す。


『型から入る。悪くない』


 あとはイメージ。

 ねじり切るような。

 見よう見まねの正拳突きで、相手を貫くような。

 しかし力を入れろ。

 すべてを屈するほどの。

 眼前の竜のハラワタを抉る!

 二人の属性攻撃が放たれる。


 狙いは正確だ。


 眉間狙いと、首元へエネルギーの奔流に変えた五大属性が突き刺さっていく。


『無駄ね』


 フィアの感想通り、かすり傷はついた。赤い竜の血が飛沫となるも、それだけだった。竜の鱗を突き破ったが、それ以上の成果はなく致命傷には程遠い。

 最大攻撃で、その結果だ。

 力を使い切る状態に陥る二人は、格好の的となり果てる。

 当初の勢いを失って自由落下を続ける二人に、竜の視線がいく。


「させるかよ」


 踏み込む左足。

 右足から腰へ捻りを入れる。

 脇は締めたまま、左手と右拳をつるべ落としの如く、引き絞り、突く。

 感触があった。

 打ちぬく前に。

 打ち出す最中に。


 当たる。


 感じる抵抗と同じく、竜の胴に巨大な凹みが現れる。

 抉れ!

 念じたのは一瞬。

 拳は抵抗をものともせず、打ち貫かれた。


『よし! 想念破弾、決まり!』


 四文字がすぐにイメージできたが、翔征は目の前の光景に釘付けだった。

 竜が苦悶の叫びをあげる。

 胴体から赤い液体が飛び散る。

 肉は削ぎ落され、地をうねる下腹部以下とは皮一枚でつながっていると言っても過言ではない。

 倒れる寸前。

 ゆらりと揺らいだ。


 しかしそれまでだった。


 耐えている。姿勢を維持できないはずだが、竜は耐えている。身体的よりも、見えない力場のようなもので状態を維持しているように見える。

 違うな。


『しぶとい』


 その通りだった。

 勢いよく噴き出していた赤い液体の勢いが弱まり、じわじわと黒い鱗が赤色を侵食していく。


『さすが、天の一角』


 嫌な言い回しだ。

 翔征は無視し、自分の右手へ意識を向ける。

 握り、再度開き、軽く振って拳を作る。

 できそうだ。

 今度はボクシングのシャドーをやってみる。

 もちろん、見よう見まねだ。

 ステップを意識し、鋭く、拳を突き出す。


「やってやるさ」


『ですが時間切れです』


 水を差す声が続く。


『二点の問題が発生。一つは北東方面から飛翔体を確認。海上から発射の模様』


 核だ。

 意識した途端、翔征は叫んだ。


「核攻撃! 珠を使え!」


 まだテレパシーのような能力は使えない。しかし二人なら聞こえたはずだ。現に二人の声が脳裏に響く。


『時間は、いや』


 エリノアは押し黙り、


『どうして』


 美智留は問いただそうとする。

 そんな二人を無指し、翔征は声を荒げた。


「フィア! もう一つは!」


『時空震を感知。約二十。このタイミング、アイツらじゃない』


 時空震、これまた嫌な響きだ。

 しかもイメージしやすい。


「何が起こる」


『第三勢力かしら。でもこれは反対。つまり引き込まれる』


 意味がわかる。

 おもむろに翔征は振り返る。

 あった。

 異質な黒く小さな球体。

 ゴルフボールほどの球体が手の届く距離に浮かんでいる。


『やられたわね、ショウ』


 確かに。

 間の悪いタイミングだ。


『でもちょうどいいわ。私に任せて、悪いようにはしないから』


 悪いように。

 どこかで聞いた覚えがあり、妙に不安感が募ってくる。


 まずいんじゃ。


 考え直せ、と口にする前に情勢は動いた。

 闇が広がった。

 小さな球体が、いきなり眼前一杯の広がりとなり、翔征は一瞬にして黒にのまれた。

 同時に背後で輝かしい閃光を感じるなか、深い闇へと翔征は落ちていった。

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