四章 想念の極み①
結界の色合いが薄まり始める。
同時に竜の死骸が徐々に地上へ降りていく。ただゆっくりではあるが、幾つかの建物は犠牲になるようだ。
「そこまで面倒は見切れん」
とはエリノアのお言葉。
竜の呪いについても、現地人に任せるようだ。対処法ぐらいあるだろう、とのことだった。
それらの作業を見下ろせる高台に、翔征とエリノアは降り立った。
高層ビルなどない白と赤茶けた屋根が広がり、遠めには港が見え、水平線の彼方には薄っすらと山脈も見える。
倫敦とは異なる景色のため、移動したのは理解できたが、異世界であると言われても『へぇ』と答えただけで翔征は切り替えた。
「異世界として、柴井さんはどこまで知っているんです?」
「どこまで、か。それなりだ」
「となると、結社ビヨンド絡みで良いと」
「そうだ。通称、第六世界クリスタル」
「水晶ね」
「この世界は水晶らしき結晶体を媒介にした精神力が支配した世界だ。我々の倒すべき敵であり、侵略者でもある」
「そのあたり何も知らないまま、ここまで来ておりましてね」
「わかっている。詳しくはパンフレットでも読むんだな」
「パンフレット、今時」
「意外と詳しく書いてある。黒箱には常備されてるから自習でもしてくれ」
自習かよ。
愚痴る、前にエリノアが先手を取った。
「あの竜もルール同様、対として現れたと考えれば話は合ってくる。押し返した、とも取れる。だがそこまで出来るものなのか、甚だ疑問だ。というよりもここまでの規模は前例がない」
エリノアが振り返り、切れ長な目と合った。
「時塚翔征、お前がやったでいいのか?」
確認だろうが、やたらと圧を感じる。
何かの術が発動しているのかもしれない。
だからと言って嘘を言う必要も翔征にはなかった。
「俺、じゃないですね」
「第三者か。そういえば誰かと念話していたな」
フィアのことだ。
今はまったく声は聞こえない。
「念話ですか。よくわかりませんが、話しかけられてましたね。これまた変な、人のようなそうでない奴に」
「そいつは知り合いか?」
「向こうは知っている風でしたが、面識はありません」
翔征はフィアとの事の顛末を時系列順に話した。
「突拍子もないが、一つだけ確認をしたい」
「どうぞ」
「そいつは『任せて』と言ったんだな」
「ええ、確かです」
「この結果に関与している、可能性が高いわけだな」
「でしょうね」
時空震が発生、などと言っていた。
背後にあった黒いボールと、視界を覆った闇。
「転移門に関与か。術式を反したとでも」
つぶやきながらエリノアは再度、街並みへと顔を向けた。
「どちらにせよ、驚異であることには変わりない。時塚翔征、君は、いや君たちはもしかしたら我々人類の敵なのかもしれないな」
「ちょっと、急ですね」
「そういう見方もできるし、現に見られ始めている可能性も高い」
「それは困りますね」
「フィアとは、今は音信不通、だったか」
「ええ、回答はなく。なにかの影響か、条件が必要なのか、わかっちゃいません」
「手助けがない、か。ちょうどいい」
不穏だ。
流れが変わりつつある、ように思える。
相手の心情、それ以外でも現実は次の展開を迎えようとしていた。
「時塚翔征、気付いているか?」
「ええ、それなりに」
あたりの空気が変わったように感じる。
ただの草原の高台、人の気配もなにもない、はずなのに。
なにかの視線を覚える。
爽やかな風当たりが、雑踏の空気のように汚れていく感覚。
「いい機会だ。時塚翔征、一度関わってみるがいい」
「どういうことで」
「わかっているのだろう、時塚翔征」
ええ、なんなく。
翔征は答えず、肩をすくめた。
「私は時塚翔征、君を信頼しているがね。君のようなカードを持ち続けるのは、少し気が引ける」
「そんなものですか」
「それに春日美智留の件もある。念話すらも繋がらない点から、何某かのトラブル中かもしれん」
「探さないと」
「もちろん。だが彼女は私に任せてほしい。時塚翔征、君はもう一度、体験すべきだ」
直後、明らかな攻撃的姿勢に、目元のみを残して顔を布で覆った藍色装束の敵が現れる。
ぐるっと辺りを囲まれていた。
ざっと十人だ。しかしそれ以外もまだ隠れている。
「三百ほどと。中隊規模か。ぬるいわ」
ぬるい、確かに。
あの巨竜を殺った者を相手にする、とわかっていてなら手ぬるい。
「故に、任せよう、時塚翔征」
「まさか、どちらへ」
「わかっている癖に。いずれ連絡する」
言い終わり際にエリノアが軽くその場でステップを踏み、一気に宙へ跳躍する。取り囲む連中も思わず声が上がっていたが、エリノアの姿は宙に溶け込むように姿を消していた。
いきなり、これかよ。
一人敵陣に取り残された格好だ。
あたりの敵もエリノアが消えたことにより、一名が消えて残り九名が翔征を包囲している。それもじりじりと距離を詰めつつある。
手には刃渡り三十センチほどの小剣を持ち、もう片方の手は平を翔征に向けていた。
銃とかじゃないと。格闘か、もしくは能力。
またはすでに何かが掛けられている。
常識は捨てなくてはならない。
それは嫌というほど理解していた。
でもどうする。
言葉は通じないだろう。先から何か言われているが、まったく理解ができない。かといってジェスチャーが通じるとも思えない。
戦ってみるべきか。それとも捕まってみる? というか捕まえる気がある?
ちらり敵の様子を見るに、眼光が鋭く、動きも淀みが見えない。どう見ても殺る気満々だ。
先ほどから、正面にいる敵から声が掛けられている。
少々背が高いが、所々丸みを帯びた体型から女性だろう。取り囲む九人中、三人は似たような恰好だ。
九人を相手に? いける。たぶん、残りも。
あの巨竜を相手にしたのだ。今さらだ。
ほんと俺、入学したばっかかよ。
自分で自分を疑いたくなるほど、落ち着いていた。
動じない。力まない。自然体でこの修羅場に立てている。
案外、本当に俺は英雄だったのかもしれない。
未だ信じられないフィアの言葉。
あの時は流したが、きっちりと記憶には刻み込まれている。
グレイン・ディエスレス・ショウ、という名を。
だからなのか、それとも対峙する相手よりもレベルが上がる、現世で付与された固有能力『絶対強者』の影響なのか、翔征はただ一人になっても超然としたまま言い放った。
「いきなりで友好的じゃないよね。一応、抵抗してあげるよ」
何らかの警告を言っているであろうと状況から理解はしても、敵意があり過ぎると反抗してみたくなるものだ。翔征はボクシングのように構え、軽くジャブを放ってみる。
冷静に考えたら滑稽な仕草だが、この状況下では非常に有効なジェスチャーとして通じたらしい。
先からわめいていた相手が手元の小剣を放ってきた。
草むらに鈍い音がなり、足元に小剣が転がる。
どうやら対等な条件下での対決がお望みらしい。
騎士道精神ってやつか。まぁ騎士道なるものが存在するのか、だけど。
翔征はゆっくりと小剣を拾い上げ、軽く振ってみる。
重みはあるが、振るうのにまったく苦にはならない。握っている一体感がすばらしく、まるで手が伸びたかのような感覚に陥る。
「良いね」
相手が予備の小剣を抜き、近づいてくる。
翔征もまた小剣を片手で正眼に構える。
打ち込みはしない。まずは相手の出方を見る。
後の先とも言われるが、別に剣術に知見があるわけではない。ただ今、自分が感じている感覚が本物かどうか、知りたかったからだ。
数秒のにらみ合いのあと、敵が動いた。
間合いは五歩程度だった。
一気に詰まる。
上段からの振り下ろし。
動きは、スムーズであり読める。
『絶対強者』が発動しているためか、翔征の身体能力は飛躍的に向上している。しかし巨竜と対峙したときと、違和感は差ほどないのが気になるぐらい。
敵が強いから?
過る疑念もすぐさま振り払われる。
明らかに敵の動きは遅い。
まるで時が止まっていくかのように。
動きのスローモーション度合いが高まっていく。
やはり、凄いんだろうがアレより弱い、当然か。
確信を得つつ、翔征は相手の剣を受けて弾く。
相手の目が見開かれるも、次の手を繰り出してくる。
横殴りの打ち込みと同時に、突きだされた左手から何らかの圧を感じた。
まともに食らうわけには。
力の奔流であることは明白だ。
それが念動なのか、別の術式なのかは不明だが、物理的に殴られるようなイメージが過った翔征は、小剣の二撃目も弾くと共にスピードを上げ、射線上から身をかがめて左の掌底を相手の鳩尾に添えて、一気に押し飛ばした。
拳で叩き込むと再起不能なレベルになりそうだったので、押し飛ばすに留めた。重力から離れた身体は敵の円陣を超え、草むらに両足をつけても勢いは止まらず、数歩分下がって相手は止まった。
懲りるかな。
理解ある者ならば、圧倒的な差があることをわかったはずだ。
そして、こちらの真意も。
「諦める? 友好的な話し合いでも、ってのは無理か」
周りの殺気は収まらない。
にじり寄る円陣。
さらに身体にまとわりつく妙な気配。
周りの連中が何某かの力を発揮しているのは確かだろう。
遅効性の術、または毒。
理解度だけが増していく。
相手の言葉だって、理解してほしいもんだけど。……って待てよ。
フィアの言葉が過る。
『イメージする力、すべてが思うままの力』
殴ることができると思ったから、殴れたのだ。
ならば。
聞こえると思えば聞こえるし、伝わると思えば伝わる。
意識した途端。
「貴様は俺が殺る」
背後からドスの利いた声が聞こえ、気配が動いた。
アイツか。
振り向いた先に、一回り大きい敵が向かって来ていた。
脳筋ね。
力でねじ伏せるタイプだろう。だったら同じ方法で屈服させればいい。
上段から振り下ろされる一撃の軌跡は、刹那であっても翔征には数分の感覚で捉えていた。翔征は手にした小剣を捨て、迫りくる一撃を白刃取りの要領で受け止めてしまう。
相手が受け止められたことを認識する、間を設けたあと、翔征は軽い動作で右へ小剣を押し倒す。
抵抗はしたのだろうが、あっさりと相手の重心が崩れ、同時に翔征の強烈な足払いが巨体を軽々と宙に浮かし、草むらに叩きつけた。
決定打ではないか。
相手が受け身を取ったのがわかる。
すぐさま立ち上がろうするのも、わかる。
「そこまでだ」
すでに奪い取った小剣を、相手の首筋に添えて囁く。
いつでも命は刈り取れるのだと、わからせるように剣の平で軽く首筋を叩く。
「俺の言葉、理解できるよね。今なら」
目の前の相手にも、周りにも同意を求めて見まわす。反応は薄いが、視線が少し泳ぎ始めていた。明らかな動揺、他の意見を求める動きだ。
「申し訳ないが、今一度、最初からお願いしたい。よく聞き取れなかったからね」
幾人かの目が泳ぎ、ある人物へ集中していく。
やはり実力者か。
視線の先には、騎士道らしき生真面目な決闘を望んだ最初の相手が、おもむろに顔を覆っていた防具を脱ぎ、素顔をさらした。
切れ長の黒い瞳に、黒髪のショートボブが微かな風に揺れた。
日本人か?
そう思うほどに和風な顔立ちをした女は、片膝をついて首を垂れた。
再び動揺が走るも、先ほどとは打って変わった柔らかな声色がかき消す。
「私は、アルドレット帝国第三師団直属、蒼風小隊所属、名をコユリ・ラム・アスタフ。今までの無礼をお許しください」
伝わった、となるか。
無駄なのだと。
翔征は首筋に当てた小剣を敵であった者に返し、コユリに向き直った。
「わかった、許すよ、コユリさん」
「ありがたき……お名前を、お教えください」
「その前に、コユリが名ってことかな」
「はい。アスタフ領のラム家のコユリとなります」
「なるほど。となると俺は」
一拍の間を置き、翔征は答えた。
「そうだな、俺の名はショウ・ディエスレス・グレインだ」
神の御業の如く 沢井 淳 @sawai_atusi
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