侵略の行方

翠翁

―地球人― プロローグ 

 漆黒の闇に浮かぶ青の惑星。その軌道上に、見慣れぬ宇宙艦隊が次々と集結を始めた。そして、惑星へゆっくりと降下していく。惑星侵略が始まった。



 その惑星の南半球に位置する大陸の都市部近郊の大草原、防衛最前線にて。

 茶色の大地にいくつもの塹壕が並び、砂煙が上がる中。

「陣形は崩すな、奴らに、ここから先を渡すわけにはいかないぞ」

 そんな怒号が、飛び交っている。

 防衛側の圧倒的不利な状況で、戦況は進んでいた。



 なぜだ。弾丸の嵐の中、次々と仲間たちは死んでいく。奴らに一矢を報いることすらできずに、ただ、死んでいく。


 何も言うことなく、静かに、土へと沈んでいく。

 仲間は死んでいくけれど、絶対にここは通させない。この先の市街地には、家族がいる。

 俺がここで止めなきゃならない。殺させない。ここで、どれだけの屍が生まれようとも、それを盾にしてでも、奴らを通すわけにはいかない。




 見るも無残な血塗られた大地の上、塗り重ねるように、血は飛び散りっている。それが、兵士たちの体にはねようが、そんなふうに死んだ屍を踏んででも、兵士たちは、奴らに、弾丸の一発でも当てるため、屍を越えて、銃を構える。

 そしてまた、撃ち抜かれた兵士たちの肉片が飛び散る。士気などもはやない。ただ、進み、肉片と血を飛び散らし、死体が塹壕の中を埋めつくしていった。

 砂煙の中、金属のパワードスーツで全身覆う敵が歩いてくることに前線の兵士たちが気付く。

 ガシャガシャと音を立て、ゆっくりと歩きながら、敵は銃の引き金を引き続けている。防衛兵士を撃ち抜いてゆくが、敵はそんな無残に死んでいく防衛兵士の様を見ようとも、敵が引き金にかけた指を伸ばすことはなかった。


 


 パワードスーツで全身を覆う奴らが歩いてくる。抵抗もむなしく、仲間たちが死んでいく。ふざけるな。そうやすやすと、殺されるわけにはいかない。

 怒りが心に渦巻いていく。頭も真っ白になって、塹壕を飛び出していた。姿勢を低くしながらも、銃を構えつつ、奴のもとまで、無心で走っていた。

 正面で奴の姿を見ると、自分より体が大きくて、どうやっても勝てない気がして、体中の震えが止まらなくなって、足も止まっていた。

 それでも、やらなければならないと覚悟を決めて、引き金を引く。うち放たれた弾丸は、すべて、あさっての方向へとはじかれてしまった。

 その瞬間。奴がすぐそこまで走りこんできて、腕を振りかぶっていた。俺の体はのけぞり、強い衝撃と、浮遊感を感じ、地面にたたきつけられた。

 腕の振りだけで、ゴミのように吹っ飛んだみたいだった。なんて怪力だよ。

 胸のあたりに激痛を感じる。何かしら内傷を負ったかもしれない。

 体中痛いが、無理矢理に体を起こし、辺りを見渡す。奴以外に近くには何もいない。そして奴は、俺に気を留めることもなく、銃を構えて歩いていた。俺が死んだとでも思っているのだろう。だが、都合がいい。

 まだ、やれることもある。周りに落ちている物に身を隠しながらも、腰を低くし、奴のもとまで疾走する。気配を消し、恐怖を押し殺して後ろから忍び寄る。

 そして、すぐ後ろまで来たら、銃振りかぶり、パワードスーツの隙間に銃剣を突き刺した。手には、皮膚を貫く軽い感触と筋肉にズッと突き刺さる感触を感じた。そうして銃を固定し、ありったけの弾丸を放った。

 弾丸は弾かれることなく、パワードスーツの隙間に吸い込まれていった。成功だ。すぐさま奴から離れた。奴は、倒れこんだ。動くこともせず土に沈んでいる。

 近づこうとしたとき、砂煙の中から、他の奴らの姿が視界に入った。くそ、ここまでか。



 塹壕まで走り始めた俺の姿が見えたのだろう。奴らは、俺を集中的に撃ってきている。体のすぐ横を弾丸がかすめて飛んでくる。死にたくなんかない。

 あと数歩で塹壕という所まで来ると、何かの飛来音が聞こえた。ぞっと何かが俺を飲み込もうと襲ってきたように感じたけれど、後ろに振り返ることもできず、爆発に巻き込まれ、地上から空高く吹き飛ばされた。ああ、死ぬのか。


 でも、そんなの嫌だ。


 


 遠方で大きな爆煙が上がっているのが見える。最前線第四防衛塹壕帯付近だろう。あそこまで、前線が下がってきたか。まずいぞ。

 このままでは、市街地を守り切れない。これでは、一度、体勢を立て直す必要があるが、撤退することはできない。どうする。どうする。

 その時、基地本部のテント内、私の大彰室に伝令の声が響いた。

「大彰、都市部での市民の避難が完了いたしました」

 よし、これでどうにか一時立て直しが可能だろう。

「小彰、市街地での武装展開は可能か?」

「一度、外侵対策本部(惑星外生命体侵略対策本部)に報告を入れます。その後、外侵対策本部で審議となりますが、どうでしょう。一般市民の避難は完了しているとはいえ、都市部での武装展開は難しいかと」

「くそっ! それでは……。いや、なんでもない。とにかく、頼んだよ」

「は! 了解しました」

 都市部での一般市民の避難は終わった。しかし、都市部での武装展開は厳しいか。これでは、我々が壊滅するだけ……。どうすれば。

 その時だった。何かの飛来音が聞こえた。大きな爆発音ともに、テント内に閃光が突き刺し、爆風によりすべてが薙ぎ払われた。机の下に隠れたが、机はペシャンコに潰れ、その残骸に挟まれ、衝撃とともに意識が薄れていく。

 ここで死ぬわけにはいかないのだ。そう思いつつ意識を手放した。




 なんだかふわふわしているな。気持ちよさの中、ゆっくりと瞼を開いた。目に入るのは、真っ白な一室だ。

 俺は、パワードスーツの奴を殺した後、爆発に巻き込まれたよな……。生きていたのか。そういえば、体中に合った痛みはもう感じられない。

 くそっ!戦争は、戦争はどうなった?家族は……。

 全身の力が抜けていく。何もできなかったと。

 そう言えばここはどこなのかと一室を見渡せば、見覚えのないものばかりが並んでいる。他にも仲間たちが寝かされている。ここは奴らの施設なのか?

 俺は敵の捕虜になっているのか……。

 横で寝ているのは、第三防衛最前線本部の大彰じゃないか。大彰も捕虜になってしまったか。

「大彰、起きていますでしょうか。大彰」

 そう言うと、大彰はゆっくりと起き上がった。

「ん。ここはなんだ」

「奴らの施設のようです。我々は捕虜となってしまったようです」

「敵に生かされたというのか。できれば、仲間とともに戦場で死にたかったな」

「そうです。我々は生かされました。こうなれば、一矢を報いるしかありません!」

 決意を新たにこれからどうしようかと思案していると、この一室に二足歩行の生物が入ってきた。パワードスーツを着た奴よりも一回り小さい。

 これが奴らの姿。何とも奇妙だな。というより気持ち悪い。顔につけてある装置のディスプレイには、淡々と文字の表示が流れている。会話しているようにも見える。何を話しているんだろうか。

 そいつがゆっくりと部屋の中央まで来ると、大声で何かを、否、俺たちの言語で指示を出してきた。

『お前らは、これより移動して、外まで来てもらう』

 そう言うと、他の奴に指示を出して、銃を俺たちに突き立てる。そして、一人、一人、俺たちを連れていった。


 連れてこられたのは、どこかの高台のようだった。たくさんの奴らが並んでいた。パワードスーツを着た奴も、着てない奴も。パワードスーツを着た奴は、全員銃を持っている。否、構えている。

 そして、その奥に、守らなければならなかった市街地があった。原形をとどめていない町並みで、いたる所で煙が立ち上り、焦げたにおいが辺りに漂う。誰かがいたとしても、誰一人生き残ってはいないだろう。

 家族の顔が思い浮かぶ。家族はどうなっただろう。生きていてくれ。

 だが、この景色を眺めていれば、誰も生きることができないという絶望が心に食らいついてくるのだ。

 そして、これから殺されるのだと本能がそう言う。一矢報いるなんて考えは、高台の風に流されどこに行ったようだった。

 皆、すまなかった。何もできやしなかった。手も足も出なくて、死ぬってわかっているのに、何にもできない。

 そう思いながら、その時を待っていると、仲間の一人が叫びだした。

「侵略者めが、ふざけんじゃねえよ! 俺たちの星に何の用だってんだ。仲間を殺しつくし、俺たちが絶望の淵で死ぬのを楽しみやがって。お前ら何者なんだよ。死にたくないんだよ……」

 仲間が叫び終わると、それを、奴らは笑った。笑いやがった。何もできず、何もできるはずもなく。ただ俺は拳を強く握った。

 



 目の前の捕虜たちは、俺たちが笑っているのを見て、こっちを睨んできている。おお、怖い。しかし、このまま侵略者と呼ばれるのはいい気分じゃない。

「どうするよ。このまま侵略者と呼ばれるのはごめんだぜ。別にしゃべってもいいよなあ」

「ああ、いいだろ。どうせすぐ殺すからな。冥途の土産にでも教えてやれよ」

 フッ。確かに、冥途の土産か、悪くない。

 ポケットから出した翻訳器を起動させて喋りだす。

「『俺たちはな、《地球人》って言うんだよ』じゃ、殺してくれ」



 奴らは、俺たちを散々笑った後に言ってきた。

「『俺たちはな、《チキュウジン》って言うんだよ』#=*@ $#×%+#@※△$」

 名前を知っただけだけど、仲間が殺したのも《チキュウジン》。

 俺が一体殺したのも《チキュウジン》。

 俺たちを殺そうとしているのも《チキュウジン》。

全部が頭を駆け巡って、《チキュウジン》だけが脳裏に張り付いてきた。ふざけんじゃねぇと叫びながら、沸き上がった何かが俺を立ち上がらせるが、何発か発砲音が響いた。

 激痛が、胸を、足を、のどを貫いた。

 足がよろけ、高台の柵を超えてしまった。声にならない悲鳴を上げるように風を切り、地面へと一直線に落ちていく。

 どこからか声が聞こえる。妻と子供たちだ。

 ああ、すまなかった。何もできなかったよ……。


 ぐしゃりと潰れるように意識を手放した。

 

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侵略の行方 翠翁 @Motino

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